Senboうそ本当

広東省恵州市→宮崎県に転居。
話題は波乗り、流木、温泉、里山、農耕、
撮影、中国語、タクシー乗務、アルトサックス。

清朝の王女に生れて

2017年07月13日 | 中国語のこころ(宮崎)

『清朝の王女に生れて - 日中のはざまで』 中央公論社  1986年   

書籍の紹介です。著者は愛新覺羅 顯琦という中国人女性(1918年-2014年)。ずいぶん長ったらしい名前ですね。清朝八大親王の一人である粛親王の末娘(第17女)です。最後の皇帝として知られている「溥儀」の親類。あちらのフルネームは愛新覚羅 溥儀。中国語のお勉強とは無関係の話題ですが、近代の中国を理解するのにとても参考になる内容だったのでここに取り上げます。 「清朝の王女に生れて」というタイトルなので、特別な身分の人にしか体験できない華やかな暮らし→そこからの転落人生 といった内容かと思ったら、大半は獄中生活(15年)とか強制労働(7年)での体験を綴ったものでした。彼女は世間知らずでもなく、忍耐強く生活力もあります。当時の中国は「清朝」→「国民党」→「共産党」→「文化革命」 と目まぐるしく体制が変遷し、政治がらみでのでたらめな逮捕・投獄・強制労働が執行されたのですが、著者が投獄された理由も ただの言いがかりです。「清朝王族の血筋」と「日本人との親交」なども災いしました。

監獄の中での話など、気が滅入るような暗い話ばかりのはずなのですが不思議と軽やかな文章に仕上がっています。それは彼女のメンタルの強さ、というかしなやかさがあってこそ。ユーモアもちょっぴり加えて。ユダヤ人として迫害を受けながらも前向きに生きた記録「アンネの日記」に通じるものを感じます。著者は日本での留学経験も長く、後に北京編訳社で中・日の翻訳を任されていただけあって日本語の読み書きは得意。1986年の出版なので著者は当時すでに68歳、本書は直接日本語で綴られたものです。本書と合わせて、文化革命がもたらした悲劇を題材にした中国映画「活きる」「覇王別姫」の鑑賞もオススメします。

以下は本文からの抜粋です。

 

 父が危篤になりますと北京から棺が運ばれてきました。親王の棺をかつぐのは六十四人と決められておりますが、途中で交代するもう一組の六十四人を入れて百二十八人となります。勿論、この他にも家代々の執事や使用人達もゾロゾロ北京から馳せ参じ、親戚友人をも入れると二、三百人の人が集まり、彼らは父の屍と共に一斉に真っ白な木綿の喪服となりましたので家中白一色になりました。  (第一章 父の葬式 より)

 

しかし、入社後、私を紹介したのが、軍の関係者だったので会社側としては断れなかったのだと知り、意気込みは冷えてしまいました。しかも、小売店の中国人店長は恐ろしい程民族的自尊心の無い人で、日本人にはお世辞タラタラなのに、中国人の女の売り子には凄く威張りちらし、いつも爪先立っているような人でした。
        (途中略)
 巷では、日本の軍人や憲兵が益々強くなり、日本人が洋車に乗り、お金を払わないばかりでなく、足蹴にしたり、殴ったり、又わずか十人たらずの軍人が縦列で王府井を通っている時、百メートルも先で中国人が彼等の前を横断したといっては呼び止めて難癖をつけて威したり、駅や汽車の中では憲兵が気に入らぬ人がいるとさんざん調べて切符を取りあげたりするのを見るたびに、私は胸の怒りを抑えることが出来ず出て行って喧嘩したものです。  (第五章 帰国、終戦までの北京 より)

 

 この頃会社では仕事そっちのけで社員大会がくりひろげられました。反右派運動は益々盛んとなり、会社に一歩入るや壁という壁、しまいには、紐や針金を渡して社中一杯の「大字報」(毛筆で大きな紙に書いた社員など相互の告発材料)を掲示していましたが、私には何が何やらサッパリ意味が分りません。ABCと次々に個人の経歴や出身を洗い上げ、その人がなにげなく言った言葉を断片的に取り上げ、反党反社会主義の言論だと長々書きたてる、また普段品行の悪い人も書きたてられ、とにかく大騒ぎです。 (第八章 北京翻訳社に入社 より)

 

どのくらいたったのか、私にも分りませんが、とつぜん、また、戸が開き、看守人が入ってきました。驚いて座りなおすと彼は直立不動の姿勢のままいとも厳かに「昼間は寝てはいけない、ちゃんと座って自分の事を反省して、自分の犯した罪を承認し、その犯罪の原因をよく考えてそれを書いて提出すべきだ----」と教訓めいた事をいってでて行きました。私は「囚人」である自分が座っていて看守人が「気を付け」の姿勢で立って話すのが、とてもおかしくてなりませんでした。
 私にいったい何を反省しろというのでしょう。私はいったいどんな理由で逮捕されねばならなかったのでしょう。 (第九章 逮捕の夜 より)

 

 私は字が書けるので、囚人の口述する事を文章で提出するために書く役目をおおせつかって知ったのですが、ある老女の話は次のようなものでした。
 七十歳に近いてんそくのその老女はこんな理由で逮捕されてきたのです。
 彼女の住んでいた村も「のこぎり作戦」で、嫌というほど痛めつけられたのですが、国民軍が、白昼に入ってきて大捜査を行い、共産軍に味方したという理由で村の1人を捕まえて、穴を掘って生き埋めにしました。そして、「自分が本当に共産軍を憎んでいるなら、その証拠に、この穴の中に石を投げろ!」といい、皆に投石させたのでした。投げないと共産党の味方とみなされ、同じ穴に押しこまれます。村人達は仕方なく、国民軍の監視する中を列を作り、一人ずつ石を投げたそうです。この老女は、涙を零しながらも命令にそむくことはできず、小さな石を拾って投げました。が、石が小さいのは同情してるからだろうといわれ、もっと、大きな石を投げなければ穴に突き落とすと責められて、恐ろしさのあまり、夢中で大きな石を拾って投げたといいます。   (第九章 逮捕の夜 より)

 

とにかく、あの時代は、嘘が巧みであればあるほど、有利でした。こんな事ではどうなるのかと、私は心密かに憂慮しておりました。作業の結果も同じで、粗製乱造でも生産量の多い者が上にたっていました。口では、質をおもんじるようにいわれながら、実際に表彰されるのは、質はさておき数量の多い人間でした。  (第十章 服役十五年、離婚 より)

 

 

 

 

 

 

 

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