キタカゼとタイヨウ

「意識不明の重体」「重症びまん性脳損傷」から奇跡的に回復、大学生になった息子と子宮腺筋症の母の記録

自分だけごめん。

2017-01-25 22:13:17 | 日記
義父の夕飯を用意した後、
実家へ行って母を相手に泣いた。

この家では私は

  大丈夫、大丈夫、
  頑張ろう

と言う係だし、
憔悴しきった夫の前で泣くわけにはいかないし、
でも、やっぱり泣きたくて、
実家で、母を相手に泣き泣き1時間自分の思いを吐いてきた。

義母は延命なんて望んでいない。

って。

実の親子ほど密な関係じゃなかったけど
私だって25年、実母との時間より長い時間を過ごしてきた。
二人でハワイ旅行にも行った。
よその、嫁姑よりずっといい関係にあったと思う。

それでも、私に下の世話にならないように
あんなに頑張ってきた義母が
あんな姿になってまで生き延びたいと思っているわけない。

1時間、吐くだけ吐いて
そして決めた。

そんなことは義父も夫も私よりわかっている。
それでも、義母に生きていて欲しい
(機械に生かされているだけでも)
と思うなら、応援しようと。

義父や夫が、今日の決断を後悔した時、
義母の兄弟に責められた時、
これがベストの選択だったと言おうと。

だって、私には話を聞いてくれる母がいるけど
夫はその母を今失くすかもしれないという思いと必死で戦っているのだから。
夫は…おかあちゃん大好きなんだもん。

ごめんね、私だけ母に甘えてきて。
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