つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

リアルバウト加納伝説

2007-03-26 23:59:59 | ミステリ
さて、奇しくも第821回の問答が現実となった第846回は、

タイトル:いちばん初めにあった海
著者:加納朋子
出版社:角川書店 角川文庫(初版:'96 文庫版初版:'00)

であります。

加納朋子の作品集です。
『いちばん初めにあった海』と『化石の樹』、二つの中編を収録。
相棒が激賞していたのでなかなか手を出し辛かったのですが、ようやく読みました。
例によって、それぞれ感想を書いていきます。


『いちばん初めにあった海』……誰の干渉も受けず、静かに暮らしたいと願う堀井千波は、ずっと深夜の騒音に悩まされていた。だが、いざ引っ越しを決意して本の片付けを始めた際、「いちばん初めにあった海」という見覚えのない本を発見し、その内容に引き込まれてしまう。しかも、驚きはそれで終わらなかった。本の間に、〈YUKI〉と名乗る謎の人物からの手紙が挟まっていたのだ――。

どこか無気力な雰囲気の女性・千波が、過去からのメッセージをきっかけに、記憶を再構築していくミステリです。
〈YUKI〉を正体を探る現在と、奇妙な友人と語り合う過去が交錯し、次第に接近していく展開に、決定的なシーンまで書かれない「ある謎」を加え、最初から最後まで綺麗につなげています。
千波の人格に大きく影響している要素として、死んだ双子の兄弟、彼ばかり見ていた母親、そして、自分の半身の死を願ってしまった自分、という関係を用いているのも秀逸。

ただ……ちょっと気になる点がいくつか。(ちょっとじゃないが)

まず、現在の千波を揺さぶる作中作「いちばん初めにあった海」。この内容が実にあざといこと。
『ガラスの麒麟』の「お終いのネメゲトサウルス」もそうでしたが、執筆者、引いては作者の意図があからさま過ぎて萎えました。
ファンタジーっぽい空気は出ているものの、その中に存在するメッセージが濃すぎて、「ハリボテ」としか感じません。千波の心には響くのかも知れないけど、読んでるこっちは白けるばかり。

後は、締めのエピソード。
本作のクライマックスは二つ存在し、抽象的な表現で言うと、「帰還」と「免罪」なのですが、前者に比べて後者が薄い……。
いや、伏線使い切った綺麗なラストだとは思んですよ。でもね、現在におけるこの二人の関係ってものすごーく嘘臭く感じるのです。
(読んでない方には意味不明な書き方ですいません……)

ちなみに、もう一つ引っかかる点があったのですが、これは『化石の樹』で解消されました。
そういう意味では、この二作が一緒に収録されているのは、極めて自然だと思います。
ただ、『化石の樹』が一作でちゃんと完結しているのに対し、『いちばん初めにあった海』の方は……なんだかなぁ。(毒)


『化石の樹』……〈ぼく〉の記憶の中には一人の少女がいる。木の化石を抱いて、それと話をしている不思議な少女だ。ただ、話の本題はそれじゃない。彼女と出会ってから十数年後、僕が手に入れたあるノートのことだ――。

語り手である青年〈ぼく〉が、金木犀の下に埋められていた『ノート』の謎を解いていくミステリです。
〈ぼく〉が自分とノートの事を語るAパート、ノートの内容をそのまま記したBパート、再び青年がノートについて語るCパートの三部から成り、進む毎にいくつかの謎が明らかになっていきます。

正直、Aパートは読んでて疲れました。
〈ぼく〉が謎の誰かに語りかけるという形式で書かれているのですが、彼の喋り方が果てしなくうざい。
自分がちょっと変わった子供だったことや、バイト先の上司が変わり者だったことなど、退屈な話題を延々聞かされた後、ではこのノートを読んでくれと言われた時は心底安堵しました。お前、もう帰ってこなくていいよ。(毒)

で、本作のキモとなるBパート。
某保母の手記という体裁の作中作なのですが、これが非常に出来がいい。
母親から虐待を受け、何かに期待することを諦めてしまった少女と、彼女の親でありながらその自覚がまるでなく、子供のような行動を取り続ける女性について丁寧に書かれており、独立した短編として最後まですらすらっと読めました。
少女が母親に対する複雑な感情を見せる場面、語り手が、本来ならば咎めるべき相手に惹かれていく過程、最後に訪れる別れと語り手の願い等、見所も多く、非常に読ませる作品に仕上がっています。

んで、最後のCパート。
また〈ぼく〉が帰ってきて、偉そうに講釈をたれます。
手記から読み取れることとその謎解き、これまで不明だった『聞き手』の正体明かし等、ミステリ的展開が楽しめるようになっているのですが、相変わらずこいつの喋り方は不快。

加えて言えば、最後に明かされる「解答」も納得がいくものではありませんでした。
別に〈ぼく〉の説明が破綻しているわけではありません、判明する事実に説得力がないだけの話です。
一言で言うと、「安易な救い」で、それに至るまでの伏線は張ってあるものの、某キーパーソンの心理にまったく必然性を感じないのは不満。
『いちばん初めにあった海』に足りなかった部分を補っているのはいいと思うんですが……無理にハッピーエンドにする必要ってあるんでしょうか?


どちらの作品も、凄く好きな部分と嫌いな部分が混在しており、総評は二つセットで辛うじて△。
まぁ、可もなく不可もなくな作品に比べれば余程良いのだけど。


☆クロスレビュー!☆
この記事はSENが書いたものです。
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