とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

あちこち「SYOWA」 (番外)竹久夢二の大正ロマン 夢二の絵に詩をのせて 

2017-01-02 07:59:17 | 日記
竹久夢二の大正ロマン 夢二の絵に詩をのせて 前編


竹久夢二の大正ロマン 夢二の絵に詩をのせて 後編




Aの好きな夢二の絵は「鴨東秋色」です。木版画が家にあります。鴨川の東に夢二は一時住んでいました。この舞妓姿の女性のモデルは誰でしょうか。はかなげな、かなしげな・・・。何とも言えない表情。Aは今家の床の間に掛けて新年を祝っています。
「こんな寂しい絵は止めてよ」と妻が言いました。でも、Aは変えたくないのです。何故だか今新年だから視ていたいのです。こんなにも女の生はたおやかで哀しい。そして、それが美しい。・・・こう言うと今時のこと誰かに叱られそうです。しかし、夢二はこの省筆の絵の中に確かに一人の女性の一瞬の生の輝きを浮かび上がらせています。Aは他の作品と比べてこの作は群を抜いていると信じています。


数多くの美人画を残しており、その抒情的な作品は「夢二式美人」と呼ばれ、大正ロマンを代表する画家で、「大正の浮世絵師」などと呼ばれたこともある。また、児童雑誌や詩文の挿絵も描いた。文筆の分野でも、詩、歌謡、童話など創作しており、なかでも、詩『宵待草』には曲が付けられて大衆歌として受け、全国的な愛唱曲となった。また、多くの書籍の装幀、広告宣伝物、日用雑貨のほか、浴衣などのデザインも手がけており、日本の近代グラフィック・デザインの草分けのひとりともいえる。
彼自身の独特な美意識による「夢二式美人画」と呼ばれる作品の多くは、日本画の技法で描かれ(軸物や屏風仕立てで遺る)、また、洋画(キャンバスに油彩)技法による女性像や風景画ものこされている。好んでさまざまな表現形式を試みたが、むしろ、それらは後世になってから評価されたもので、当時の時点においては、印刷された書籍の表紙や広告美術などが多くの目に触れ、大衆人気というかたちで脚光を浴びたのであった。一時は中央画壇への憧れもあったようだが受け入れられず、終生、野にあって新しい美術のあり方を模索した。
世の動きとしてみた場合、当時の画壇ではさまざまな芸術思潮が交錯し、ある意味で胎動期の不定のさなかである。都市における大衆文化の開花による消費生活の拡大を背景とした、新しい応用美術としてのデザインというものの黎明の時代であり、夢二もこれに着目した。生涯の後期にいたっては、彼の図案家としての才能の実績において、生活と結びついた美術を目指し、あるいは産業と融合すべきとの理念を持ち、むしろ積極的に、商業美術(のちにいわれるグラフィック・デザイン)の概念を描いていたようである。榛名山産業美術研究所の構想や、先進欧米視察への野望がこのことを裏付けている。(Wikiより)
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