娯楽とは、日常性からの脱出でなければならない。
わずか四丁むこうの崖っぷちにゆくにしても、
日常的でない設定をしなければおもしろくなかった。
食事も、ござを敷いて草の上でする。
たべるものも、うんとご馳走でなければならない。
それに女どもも御酒を頂戴して無礼講で酔い痴れなければ
日常性からの脱出にならなかった。
もうそれだけで、後世の者が百日のヨーロッパ旅行をするのと同質の悦楽が得られるのである。
(司馬遼太郎 夏草の賦 <上>, p186 2005:文春文庫)
コメント (0) |
トラックバック (0) |









