心の意伝詩

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噛む

2013-04-30 12:02:34 | 子供時代を終わらせる

延ばし延ばしにしていた歯医者さんに、やっと行き始めました。

以前詰めていたものが、もう2か月も前にとれて

あ~っ・・・とうとう取れてしまった・・。

と思いながら、いろいろな雑事のせいにして、なんとか食事もとれるし・・と

最近まで、ごまかしてきたのです。

 

それが、本物の歯までもが、ボロッと半分欠けてしまい・・

またもや、あ~っ!!!です。

口の端っこに、奇妙な黒いものが見えて汚い感じすらします。

 

それでも、重い腰を上げるのに、さらに2日程かかりました。

以前、行った事のある近所の歯医者さんです。

診察台に座ると衛生士さんから、”取れたものは、お持ちですか?”と聞かれ

”いいえ。持って来れば、すぐつけられたんですよね。”と言うと、

”そうですね。”との返事。

2か月もしぶって、さらにぬかるみにはまった感じ・・。

 

先生は、40歳前後の優しそうな男の先生。

治療が始まると、自分で緊張しているのがわかります。

口を開きながら、子供の頃に治療してもらった時の40年も前の事が脳裏をよぎり、

ペンチのようなもので、グイグイ抜かれた事や

”もっと大きく口を開いて!”と言われたのを思い出して、

口を大きく開いている私がいました。

治療してもらいながら、

そうそう、この歯を削る時の音が、どうも嫌なんだよな・・と思ったりして。

 

先生は、”別に無理に口を大きく開けなくてもいいですよ。”だって。

えっ?口を大きく開けなくてもいいの?なんか、急に、力が抜けた感じです。

”お家に、痛み止めりますか?”

”え?”

”バファリンとか。”

”たぶん・・。置き薬あると思います。”

”もし、痛くなったら、それを飲んでくださいね。”だって。

 

余計な薬を処方されないって事は、余計なお金を払わなくても済むって事で

なんか良心的です。

治療は、2~3回で、終わりそうだし。

あれほど、来たくなかった歯医者さんなのに癒された感じすらしました。

 

私は、歯が弱くて、今まで何か所も歯医者さんに通ったのに、

歯医者さんといえば、40年も前に通った中学校時代の歯医者さんの光景が浮かんでくるのです。

とても怖かった事や注意された事をいまだにひきづっている事に気づきました。

 

こうして私は、過去を生きて、子供時代をいまだに生きているのです。

今という時間を生きながら、40年前の怖い歯医者さんを思い出している・・

その思い出している間、過去にタイムスリップしているという事です。

 

ここで出会った現実の歯医者さんは、無理しなくてもいいし良心的だという事を意識して

書き換えない限り、私の中の歯医者さんのイメージは、怖いままです。

 

口偏に歯と書いて、噛むという文字になります。

噛むという文字から、連想するのは私の場合、猫です。

私は、猫大好きで、猫と寝起きを共にしていました。

小さいときは、だいぶひっかかれたし噛まれてもいました。

 

大好きが故に、私の中にも、噛むという行為がインプットされ、

インプットされているが故に噛むという行為や文字に反応し、刺激を受ける事になります。

そして、噛まれた時の怖さ故に過剰反応してしまうのです。

この文字を何か別な文字に変換する事にします。

子供時代は、もう無いのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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気持ちいい!!

2013-04-25 16:18:08 | 生まれ来る子供たちのために

気持ちがいい!!という事は、とても大事です。

気持ちいい!という事は、どのような事なのでしょうか?

あなたにとっての気持ちいいとは、どのような事ですか?

 

温泉につかっている時

好きなだけ眠った後

法定速度関係なしに車を走らせている時

セックスしている時

音楽を聞いている時

踊っている時

酔った時

泳いでいる時・・etc

 

赤ちゃんにとっての気持ちいいという事は、

いつでも自由にオッパイに触れて、いつでも自由にオッパイを飲む事ができて、

優しい手で、おむつを交換してもらえて、優しいまなざしでいつも見守ってもらえて

清潔で快適な状態で安心して過ごすことができる。

赤ちゃんにとっての安心とは、

お腹の中にいた時と同じ心音のお母さんがそばにいて世話をしてくれる事です。

そして、赤ちゃをん第一に優先して敏速、適確に世話してもらえる環境という事。

赤ちゃんにとっては、法律や約束ごとや世間体やお金など一切関係ありません。

 

私たちだって、レストランに行っても、美容室に行っても、

自分を優先してもらえて、こちらの要望通り敏速、適確にサービスしてもらえたなら

満足!幸せ!そして、また行こう!!と思えます。

でも、いつも後回しだったり、イヤイヤめんどうそうに動かれたり・・・

担当者が毎回変わったり、いろんな人が自分の頭を触りに来たり・・・

なんか・・不愉快・・大丈夫かな?という不安。

そして、それが、こちらの言い分を無視したお店側の都合だったりしたら

もう二度と行くもんか!と思ってしまう。

いつも、どんな時も自分を優先してくれて、こちらの要望に応えてくれるからこそ

また行きたくなる。

これって、恋人との関係や夫婦の関係にも似ています。

 

言葉を持つ以前の赤ちゃんは、知覚だけで存在しています。

嗅覚、視覚、聴覚、味覚、触覚。

動物とほとんど同じです。

この感覚が、心の素材となります。

 

気持ちいい!が、どれくらいあるか・・が人生を左右します。

気持ちいい!快感!!という事を基礎にして心を作っていくからです。

気持ちがいい!という素材が毎日毎日積み重なって、出来上がる心は、

信頼を作り、この世界は、安心していいという事を感じとります。

なぜなら、赤ちゃんにとっては、養育者との関係が世界だからです。

信頼と安心で、出来上がる心です。

反対だと、この世は、不信と不安の世界です。

 

気持ちいい!100%の心なのか

気持ちいい!50%の心なのか

気持ちいい!10%・・・

気持ちいい!0%

トラウマ。!100%の心・・・

あなたは、どれを選びますか?

 

もし自分は、気持ちいい体験が少なかったと思ったら、

そこから先の人生を換えていく。という選択が、まだあります。

人生は、自分のものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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寄る辺なき存在

2013-04-21 09:49:08 | 生まれ来る子供たちのために

「生まれ来る子供たちのために」の歌詞の中に

”頼るもの何もない~♪”というところがあります。

震災でライフラインが断たれ、ガスも電気も水もなく、情報もなく携帯も通じない・・

という状況を思い出しました。

震災当時の場所が、自宅から離れた場所だったり、自宅がどっちの方向かもわからないとか、

仕事で行った初めての土地とか、旅行先とか。

一人、アパートで過ごしていたという方もいます。

 

私たちにとってのライフラインが、赤ちゃんと養育者のつながりでもあると思います。

 

お母さんの胸に抱かれ、好きな時に好きなだけオッパイが吸えて、

お腹いっぱいになった後は、柔らかな布地にくるまれて安らかに眠る事ができる。

腸が緊張したら一気に放出し、解放を味わい、後は、きれいにしてもらえる。

心地よさそうな状況が見えてきます。

ここに、身の回りを片付ける。言葉を覚える。などが加わり

赤ちゃんは、全てにわたって養育者の世話を必要とします。

 

馬などは、産まれてすぐに立ち上がり、間もなく駆け出し、鳥も人間に比べれば、

僅かな期間で巣立ちをします。

 

でも人間は、立ち上がり歩き出すまで1年近くかかり、離乳にも同じくらいかかります。

世界と養育者の世話と庇護の下でなければ、一瞬も生きていられないと言っていいほど

人は未熟でひ弱な生物です。寄る辺なき存在なのです。

 

未熟でひ弱な生物であるところに、どんな意味があるのでしょう?

 

赤ちゃんが愛おしいという以外にも、未熟でひ弱であるが故に養育者は世話をしていくなかで

マッサージしたり、おむつを交換したり、なでたり、まなざしをおくったり、抱きしめたりして

赤ちゃんの体に触れることになります。

スキンシップによって養育者が、さわった部位が知覚化され、温もりとなり、圧力となり、

感情に転換され、赤ちゃんの存在感に登録されます。

 

内臓は、触れないので、愛情に満ちた言葉をかけてあげる事で、情緒が安定します。

 

大事な事は、気持ちがいい!という事です。

触れてもらう事も、声をかけてもらう事も気持ちよく感じられる事。

触ってももらえず、声もかけてもらえなければ、どうでもいい存在という事になります。

 

養育者に十分なスキンシップをしてもらい、愛語をかけてもらう事で、

自分は愛されていると感じる事ができるようになります。

 

それは震災の後で、多く見られた言葉「絆」「安心・安全」「ひとつに」をそのまま表しています。

養育者と赤ちゃんが一つになり、赤ちゃんが安心と安全を感じ、絆を作ります。

養育者でなければ出来ない仕事がここにあります。

 

そう!

仕事だと思えばいいのです。

赤ちゃんは、お客様だと思えばいいのです。とても難しいお客様。

 

でも、簡単なようで自分の子供と向き合うのは、なかなか難しいのが現実です。

配偶者の協力は勿論、親や自治体、ママ友などサポート体制の確保も大事です。

 

 

 

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生まれ来る子供たちのために

2013-04-19 10:14:38 | 生まれ来る子供たちのために

オフコース時代に、小田和正さんが作った

「生まれ来る子供たちのために」という歌があります。

 

多くの過ちを僕もしたように

愛するこの国も戻れない もう戻れない

あのひとがそのたびに許してきたように

僕はこの国の明日をまた想う

 

ひろい空よ僕らは今どこにいる

頼るもの何もない

あの頃へ帰りたい

ひろい空よ僕らは今どこにいる

生まれ来る子供たちのために何を語ろう

 

君よ愛するひとを守り給え

大きく手を拡げて

子供たちを抱き給え

ひとりまたひとり 友は集まるだろう

ひとりまたひとり ひとりまたひとり

 

真白な帆を上げて

旅立つ船に乗り

力の続く限り

ふたりでも漕いでゆく

その力を与え給え

勇気を与え給え

 

最後まで写してしまいました。

今の日本が見えていたような小田さんの歌詞です。

 

そして

ひろい空よ僕らは今どこにいる

頼るもの何もない

あの頃へ帰りたい

ひろい空よ僕らは今どこにいる

生まれ来る子供たちのために何を語ろう ♪

 

この部分が特に私に問いかけてきます。

生きている間には、自分に問いかけても、問いかけても、

答えが出ない事がたくさんあります。

自分の事なのに、わからない・・。

これから、どうなっていくんだろう?

上空から見たくなる時があります。

 

さらに

母と一体だった頼るものなにもないあの頃

泣けば誰かが飛んできてくれたあの幼い日

守ってもらえたあの頃に

帰りたいと思う事も多々あります。

 

身体は大きくなり、ある時期からは下降線をたどり・・

気持ちは18の時のまま・・などと言ったら、気持ち悪く思われそうですが

それよりも2.3歳と変わらないと思う事すらあります。

そのような時の私は、一体何を求めているのでしょうか?

 

精神分析では、無意識を意識化することで

自分が何者なのか?

優しいのか、いじわるなのか、強いのか、弱いのか、臆病なのか、

努力家なのか、怠け者なのか・・。

何を目指しているのか?

何を望んでいるのか?・・・etc

を明らかにしていきます。

 

それは、まさに上空からグーグルマップで自分の居場所を特定していくように

曖昧な自分にフォーカスしていく作業です。

そして私がセラピーを続けてきたのは、まさにこのような理由でした。

フォーカスによって導き出された願いは、

頼るもの何もない時代に端を発している事が殆どです。

 

だからこそ小田さんは、たよるもの何もない時代の子育てを

もっとちゃんと語り合おうといっているのではないでしょうか。

 

愛する人を守ることが

子供を抱く事になり

仲間を作ることになると。

 

この国は戻れなくても

自分たちに出来る事がまだあるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

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精神分析とは

2013-04-14 10:03:29 | 精神分析とは

精神分析とは、対話療法です。おしゃべり療法とも言い、セラピーと言っています。

分析者と被分析者が、1対1で言葉による対話によって、無意識を意識化し

コンプレックスを解消し、自己に統合する療法です。

暗示も薬も使わず、言葉のみによる洞察的気づき療法です。

 

 

「 a 」精神科学研究所では、ジークムント・フロイトとジャック・ラカンの理論を

中心に分析しています。

 

フロイトは、オーストリアの精神分析学者、精神科医で、人間の意識していない

無意識に初めて着目し、自由連想法を使いPTSDや神経症の研究をし、精神の

構造論を確立した精神分析の創始者です。

フロイトは、無意識界に抑圧した内容を回想し言語化できれば身体症状として

表さなくても、症状は消失するという治療法にたどりつき、おしゃべり療法と

呼ばれました。

 

ジャック・ラカンは、フロイトの精神分析理論をさらに発展させたフランスの

精神分析学者です。

 

では、無意識とは、どのようなものでしょうか?

無意識とは、

フロイトによれば「主として、抑圧されたものを容れる容器である。」と言い

ラカンは、「無意識は、言語活動のように構造化されている」と言いました。

 

ならば、対話によって話の形式から無意識が浮かび上がってくるという事になります。

語りの糸口になる形式の言語をクライエントに示してあげると、

クライエントは、その言語を元に再び語り始め、コンプレックスにたどりつき

コンプレックスと共にある感情を対話によって解放します。

 

そして、コンプレックスとは、どのようなものでしょうか?

分析心理学者のユングによれば

感情的色合いをもった、心的内容の混合物と呼びました。

さらに「コンプレックは、ある意志力を、つまり自我をもち、我々の意図とは関わりなく独りで動き、

それ自身の生を営む傾向をもつ自律的な連想の集合体である」と言いました。

 

人は突然、自分ではコントロールできないような衝動とか不安、感動に襲われることがあります。

コンプレックスは、人生の早期に形成され、無意識界に貯蔵されていると考えられ、これが我々の

意識のスピードよりも速く刺激を受けて動き出してしまうのです。

 

人生の早期とは、自我の未成熟な幼少期で言語もあまり持ち合わせていない頃です。

目の前で起きている状況や不安な気持ち、辛く悲しい事の数々を言葉で伝える事も表現する事も

出来ずに、その感情的色合いをもったものは、まるで瓶の底の滓のように、部屋の片隅のほこりのように

静かに静かに沈みたまっていきます。

 

それがいつか、似たような状況や映像、言葉に出会い、突然、噴出する事があります。

どうしても許せないで言ってしまったことば・・・なんで、あんなに怒ってしまったんだろう?

自分でもわからないけど、号泣してしまった映画。

どうしても食べられない食べ物。

なんだか苦手な上司・・・・などなど。

 

それでも、私たちは普通に何事もないように、生活出来ています。

セラピーで、コンプレックスが全て解消されることはないかもしれませんが、

セラピーを続けていくと、自分がどのような事に刺激を受けるか、

少しずつわかってjきます。

過剰な反応をしなくてすむようになります。

 

事件を起こした人が、

とてもそんな事をしそうな人ではない・・とか、普通の人だった・・とか、よく言われます。

もし、その人たちが

ばかやろー!ふざけんじゃねえ!ぶっ殺してやる!etc・・言えていれば・・・

彼らの怒りを聞いてくれる人が・・・場所があったなら・・・

状況は変わっていたと思います。

 

言える事は、癒える事です。

言えれば、癒えます。

 

そして、そのような自分がいるという事を受け入れていきます。

肉体があり、感情がある以上、辛い事も悲しい事も苦しい事も怒りたい時も

甘えたい事も怠けたい事も・・・いろいろあります。

そのような自分がいるという事を受け入れるという事は、自己認識です。

 

今、自分に何が起きているのか?

自分は、何を求めているのか?

今の自分を知る事が出来れば修正することができます。

求めているものがわかれば仕合せの方向性が出来ます。

 

そして、さらなる自分をつくりあげていきます。

精神分析は、自分を知って、新たな自分を創造していく道しるべです。

 

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