心の意伝詩

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身体に刻まれた文字

2013-03-21 11:00:01 | 身体に刻まれた文字

語らいの中から浮かび上がってくる無意識の言葉をひも解いていくと、

幼い頃に受けたイメージのまま子供時代を生きている人が殆どだという事に行きつきます。

幼い頃のイメージ。

それは、どのような扱いを受けたと本人が感じていたか。

 

心地よさを感じていたのか?

楽しかったのか?

恥ずかしい思いをしていたのか?

怖いと感じていたのか?

淋しい思いをしていたのか?

悲しかったのか?

甘えたかったのか?

 

言葉で反論もできない弱い立場の幼子が見ている大人の多くは、

母親であり父親や兄弟姉妹など家族です。

たとえ親が子供の為にした事であったとしても、しつけだと親が思ったとしても

子供本人がどう感じていたのか。

 

幼い子供の純真無垢な心が感じていたのは、温もりや心地よさだったのか、

落書きのように刻まれた痛々しい傷跡だったのか。

例え、なんであったとしても後々、言葉を持った時に一つの文字となって

一人の人間の人生を引っ張っていく事になるのです。

それは、赤外線を透して見えてくる絵画の下書きのようなものです。

落書きの傷のイメージが出来ていて、それを恐、恥、虚、酷など様々な文字に変換し、

そこから世の中を見て、文字の意味を生きているのです。

 

例えば、恐という文字から広がっていく人生は、自分自身も攻撃者となり人を恐れさせたり、

体罰を与えたりというように、昨今の話題とも共通しています。 

この世を見ている大元に恐れの風景があるのですから、その事に気づかない限り、

恐いものに反応し、渡る世間は鬼ばかりに見えたとしても不思議はないのです。

 

自分が持っている生活習慣病とでもいうような形式や意味に気づかない限り、

同じような状況は続いていきます。

あるがままの自分を知って、受け入れた時、目の前の現実が見えてきます。

 

 

 

 

                

 

 

 

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