心の意伝詩

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2015-02-01 00:10:18 | 生まれ来る子供たちのために

 

心の構造は、エスと自我と超自我と言われる3つの部分で

構成されているという考え方があります。

 

エスは、生まれながら誰にでも備わっている

生きる為のエネルギーで本能です。

 

自我は、産まれてからの幼少期に養育者の世話によって、

培われる部分で、世話の仕方次第で強くも広くも脆くもなり、

器のようなものと考える事が出来ます。

 

自分の出した要求が100%通ったら子供は満足し、

この満足が快となり、自我が少しづつ出来ていきます。

満足体験によって、少しずつ、少しずつ、

器である自我は、大きく、広く、強くなっていきます。

 

そして、要求が満たされる事で、

自分は要求してもいい存在なんだと、次の要求も出す事ができるようになります。

 

超自我というのは、言葉を持ってから親のしつけによって培われた制約の部分で、

親の価値観によって強度が決まります。

後に道徳、法律、宗教といったような社会的ルールになります。

 

 

親の躾という名の許に

きれいに食べなさい、静かにしなさい、甘えてはいけません…、

…なさい、…なさい、ダメ、ダメ、ダメ。

と親は、子供の欲求をなかなか満たしてくれません…。

 

そうすると子供は、要求する自分は悪い子なんだと思うようになります。

悪い子と思うのは辛いので、要求を引込めて求めなくなります。

親の手のかからない、とてもいい子になります。

 

超自我が強すぎると要求が出せないので、満足も出来ず、

自我は弱く、脆く、小さく、生気のない状態となり、

対面の整った、融通の利かない、遊びの無い人間に成長します。

 

反対に禁止が無いと、何でも、やりたい放題、遊び始めたら止まらない、

放埓で欲望のまま、何でも一生懸命に元気よく頑張れますが、

超自我のルールの部分が無いので、社会適応できない状態になります。

 

なので、自我は、ここで自分の欲望を満足させるべきか?

遊んだらいいのか?

お酒を飲んだらいいのか?

止めるべきか?

社会に合わせるべきか?で、葛藤・・・。

というように、ある意味で超自我とエスの板ばさみの状態にあります。

 

本能エネルギーも供給し、社会にも合わせながら、

如何にほど良いバランスをとっていくかが、

人生の一生の歴史になるのかもしれません。

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