心の意伝詩

やすらぎ.lab

090-3755-0061
022- 743-3375

腰痛

2013-07-03 09:46:01 | 身体に刻まれた文字

   7月2日のNHKクローズアップ現代で腰痛を取り上げていました。

   現在の日本に腰痛で苦しんでいる方は、2800万人もいるという事です。

   その8割は、原因不明で心理的、社会的ストレスと脳の関係として

   日常生活の改善こそが腰痛の治療になるという内容だったと記憶しています。

 

   ストレスと脳との関係で見ていきたいと思います。

   

   腰痛になる時は、人それぞれ、イロイロな場面があると思います。

   子育て中のお母さんが疲労で・・。。

   仕事で重いものを運ぶ事が多い・・。

   仕事で長時間、同じ姿勢でいる事が多い・・。

   仕事で時間に追われる事が多く、忙しさに疲れて・・。etc

   体力的な問題でも腰を使う人のみんなが腰痛になるわけではありません。

 

   そして、体力的に疲れないような人でも腰痛になる事はあります。

   

   なぜなのでしょうか?

 

   ちょっと見方を変えて、心の部分から見てみましょう。

 

   ニュースキャスターの国谷さんが、番組の最後に

   ”この椅子疲れるんですけど、どうしたらいいでしょうか?”と言いいました。

    

   セラピーの場合、大事な事は

  ”この椅子疲れるんですけど、どうしたらいいでしょうか?”と言える事です。

   国谷さんは、今まで疲れるなあ・・と思いながらも、仕事だからという理由で

   頑張って我慢されてきたと思われます。

   さすがのプロ根性です!

       

   腰痛の多くの方は、プロだから、期待されているから、母だから、私の役目だから・・・

   などの理由で、降りるに降りられない状況を(椅子ではなくて・・)

      変えられないでいます。

   そのような事をは、大きなものを背負っている ように感じていることがあります・・・ 

   その状況を背負っていると思われます。

      そんな時、腰痛が起こります。

   別な言い方をすれば、その状況を背負っているから、腰痛になるとも言えます。

   逆を言えば、背負っているものを下せば楽になるので腰痛は消えます。

   

   何を背負っているかというと国や会社や看板や期待や家庭伝統など。

   今月の売上の数字や今週中にまとめるプレゼン・・・

   もとをたどれば会社や支店を背負っていたり

   疲労に鞭打つ残業が・・・家族を背負い

   立派な職業人になるようにという親の期待を背負っていたり

   その家特有の家事が何代にもわたる家庭伝統を背負っていたり

     人それぞれ、さまざまあります。     

 

   病気の方は、辛い・・負担・・嫌だ・・甘えたい・・etc

   言えない為に身体で症状を表現しています。

   それを、心身症といいます。

   感情を言葉で表せないから、心の歪みを身体で表現します。

   心のひずみを身体で表現し、病院で病名をつけられたものが心身症です。

   心のひずみを腰の痛みとして表現したのが、腰痛です。

 

   なぜ言えないのでしょうか?

   言いたくない!

   言ったところで、何も変わらない。

   誰かがやらなければ! 

   みんながやっていることだから・・。

   頑張れば評価される・・・

   期待されているから・・etc

   と思っている。

   という事は、お互いに本当の気持ちを伝えあう事が苦手だったり、ためらったり・・

   気持ちをありのままに受け入れる環境が整っていないと言えます。

 

   そして、自分の価値を高めるために無理をして頑張ってしまう。

   その大変な事を断れる人は、腰痛にはならないのです。

  

   

   これは、感情です。

   辛ければ辛いほど、我慢すればするほど、抑えれば抑えるほどに感情は増大し、

   ホルモンが作用します。

   その作用した場所が、腰だったという事になります。

 

   辛いという事を・・

   負担だと言う事を・・

   この感情を言葉にして出す。

   言葉は、発した瞬間、自分から離れます。

   これを外在化と言います。

 

   自分一人で、ああでもないこうでもないと思考しても堂々巡りですが

   対話によって言葉にすれば、外から眺める事ができます。

  

   自分の中に感情としてある間は、

   形も無く、とらえどころがないものですが

   言葉にしたものは、自分から離れます。

 

   感情を吐露する場所が、セラピーの場です。 

  

  

  

  

 

  

   

 

 

   

  

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

身体に刻まれた文字

2013-03-21 11:00:01 | 身体に刻まれた文字

語らいの中から浮かび上がってくる無意識の言葉をひも解いていくと、

幼い頃に受けたイメージのまま子供時代を生きている人が殆どだという事に行きつきます。

幼い頃のイメージ。

それは、どのような扱いを受けたと本人が感じていたか。

 

心地よさを感じていたのか?

楽しかったのか?

恥ずかしい思いをしていたのか?

怖いと感じていたのか?

淋しい思いをしていたのか?

悲しかったのか?

甘えたかったのか?

 

言葉で反論もできない弱い立場の幼子が見ている大人の多くは、

母親であり父親や兄弟姉妹など家族です。

たとえ親が子供の為にした事であったとしても、しつけだと親が思ったとしても

子供本人がどう感じていたのか。

 

幼い子供の純真無垢な心が感じていたのは、温もりや心地よさだったのか、

落書きのように刻まれた痛々しい傷跡だったのか。

例え、なんであったとしても後々、言葉を持った時に一つの文字となって

一人の人間の人生を引っ張っていく事になるのです。

それは、赤外線を透して見えてくる絵画の下書きのようなものです。

落書きの傷のイメージが出来ていて、それを恐、恥、虚、酷など様々な文字に変換し、

そこから世の中を見て、文字の意味を生きているのです。

 

例えば、恐という文字から広がっていく人生は、自分自身も攻撃者となり人を恐れさせたり、

体罰を与えたりというように、昨今の話題とも共通しています。 

この世を見ている大元に恐れの風景があるのですから、その事に気づかない限り、

恐いものに反応し、渡る世間は鬼ばかりに見えたとしても不思議はないのです。

 

自分が持っている生活習慣病とでもいうような形式や意味に気づかない限り、

同じような状況は続いていきます。

あるがままの自分を知って、受け入れた時、目の前の現実が見えてきます。

 

 

 

 

                

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加