せっけい日和

MKデザインスタジオ一級建築士事務所柿本美樹枝のブログです。設計者として、生活者として、多用な視点で綴っています。

これからの建築のあり方を問う 〜万博や、再開発の日本の動向に疑問を持って〜

2022年12月20日 | 模型・実験・見学・講習・イベント

写真は、TECTURE MAGのサイトより
下記にリンクを貼っておきます。

昨日のブログで、ちらっと触れた万博に関連する
ニュースが入って来ました。それに補足する形で綴ります。

大阪で予定されている万博、
正確には、2025年日本国際博覧会
(略称「大阪・関西万博」)

テーマが「いのち輝く未来社会のデザイン」

ここに来て、パビリオンの入札が不調だそうです。
資材高騰だけが理由ではなく、
各デザインへの施工者の技術的懸念が大。

東京オリンピックの際のザハ・ハディットのデザイン案なら
海外の建築家とやるのは、難しいと言い逃れもできたかもしれません。

しかし、今回は、日本人が提案しています。

建築家だけではなく、著名なアーティストや映画監督。
それらのデザイン性重視に待ったがかかったようです。

日経新聞より

一方で、2030年の万博案の一つがこちら。
ザハ・ハディド・アーキテクツの案です。
(ザハは亡くなっていますが、事務所は存命)

TECTURE MAGのサイト

少しだけ万博の背景を、
大阪の次の2030年開催の候補地ですが、
韓国、ロシア、イタリア、ウクライナ、
サウジアラビアの5か国が競っていました。
ロシアは今春取り下げています。

最終的には、博覧会国際事務局総会で3回から4回の
プレゼンテーションを通じて誘致を競い合い、
2023年6月に会員国による投票で
開催国が決まる予定だそうです。

その中の、ウクライナのオデッサを会場とした案が
ザハの案です。

これだけの曲線のデザインですが、
近未来的なデザインは、ザハらしいといえば、
そうなのですが
明らかに、当初のザハとは、違っています。

私の知る初期のザハは、それはもう重力に逆らう、
これでもかといった尖ったデザインでした。

事務所が大きくなるにつれ、歳を重ねるにつれ
丸みを帯びましたね。

ザハ亡き後でも、時代の先端を走るというDNAは
事務所にしっかりと引き継がれています。

この万博案は、すべてのパーツを再利用できるよう
モジュール設計になっているようです。

効率性、斬新さ、リサイクルの観点、からも
先端を行く理念です。

実現には、相当緻密な作業が伴うとは想像できます。
設計も、施工も。

もし、オデッサが、選ばれたら、
きっと私はウクライナに行くでしょう、笑。

この空間と環境を味わってみたいものです。
CGとは違ってヒューマンスケールで
実際のところ、どうなのかを確かめてみたいですね。

比較してはいけないのを百も承知で、
書きますと、

日本の各パビリオンの担当者の
我の強いデザインに比べて
さすが欧州でしょか、統一感があります。

日本人は「和する」のは好きですが、
こう言った他国との関係性や、全体のバランスセンスは
統一感のない町並みを見てもわかるように、
経済事情なども含めて、好き勝手する方向にありますね。

デザインルールがありません。建築家がしっかりしていれば、
デザインコードなども決められるのでしょうけれど。。。
なかなか、難しようですね。

まぁ、もともと、パビリオンは
いろいろなものが集まる面白さがありますから。
私も、そういう点では好きでした。

ただ、ザハの案を見たとき、
時代は転換期を迎えていると強く感じました。

今、求められている持続可能な社会を見据えつつ、
技術的案もの、マテリアル的なもの、それぞれに
解決さ案を提示する形になるのではないでしょうか。

高さを競う建築から、横への広がりへ
これからの建築は、
自然環境との真の意味での共生を成し遂げたいものです。

この案にそれを期待するのは、私だけではないことでしょう。

さらに、本日は、東京外苑の再開発についての
【緊急オンライン集会】@衆議院会館みんなで考えよう!
「神宮外苑再開発問題」を視聴させてもらったため、
より建築の将来性に関して、気持ちが
熱くなっているのかもしれません。

非常に思うことありました。先輩の建築家からの紹介で
すが、都民ではないけれども、非常に注目していますし、
署名活動には参加させてもらいました。

このレポートも後ほどまとめます。
本日は、ここまで。


ワールドカップ2022にみるカタールのスタジアム最新建築

2022年12月19日 | 模型・実験・見学・講習・イベント
ワールドカップが終わりましたね。

関係者の皆さん、選手の方々、
そしてサポーターの方
お疲れ様でした!

すべての試合を観戦した訳ではありませんが、

テレビ中継で映し出される選手の活躍、
各国の子どもから大人までの
応援席の喜怒哀楽の表情を見ていると、

人間って、どの国でも同じなんだなぁと
しみじみ感じました。

世界の人々の一体感を感じたのは、
私だけではなかったはずです。

もちろん、参加できていない国の方が多いのですけれど。

見所は、もちろんスポーツそのものなのですが、
興味があるのは、スタジアム建築ですね。

試合中は、一部しか写りませんから、
もう少し、観たいなぁ、、、と思っていたら

FIFAの公式ページに、スタジアムの紹介コーナーがありました。
試合が終了してから、ご紹介するのも、なんなのですが

興味のある方は、ページがあるうちに
ぜひご覧ください。


スタジアムの中でも、私が注目したのは、
日本がベスト8入りを懸けてクロアチアと戦った試合会場の
『アル・ジャヌーブ・スタジアム』です。

亡き女性建築家のザハ・ハディド氏が設計を手掛けた建築。
日本では東京五輪の誘致の際に採用されて、
実現出来なかったザハ案のスタジアム。

案は違えども、日本ではできず、
カタールでは建設可能なんだなぁ、、、と
複雑な心境でもありました。

デザインが美しいだけではなく、
設備も画期的です。
屋根の開閉システムも動画を見る限り見事。

先のFIFA+のページには、

「スタジアムのデザインは伝統的なダウ船の帆をイメージしており、
アル・ワクラの船乗りの歴史に困難を表しています。」とあります。

(翻訳ソフトの間違いで、「歴史の困難」だと思います)

日経アーキテクチュアの記事によれば、
「太陽光を動力として稼働する最先端の冷却システムを搭載。
ピッチ脇と観客席の足元に通気口を設け、
地上付近にたまりやすい冷気を施設内で循環させる。
開閉式の屋根と冷却システムによって、
夏場でも施設内の温度を18~24℃に保てるという。」

だそうです。現地で見てみたかったですけどね〜。
『アル・ジャヌーブ・スタジアム』

そのほかにも、再利用できるコンテナを組み立てて
作ったスタジアムや、かつてカタールや湾岸地域で遊牧民が使っていたテント
「bayt al sha ar」に由来した『アル・バイト・スタジアム』など。

そして、メインスタジアムとも言える
『ルシル・スタジアム』

光と影、伝統的なモチーフなど
用いてデザインされています。

こんなにも、実験的で、美しく、差し先端の技術で
いくつものスタジアムを建ててしまうカタール恐るべしです。

近代的な建築が軒並み立っている開催国カタール。
イギリスの保護領という歴史からでしょうか。
イギリスの建築家も多く手がけています。

独立してからの年齢は、私よりも若い国。
石油マネーで、裕福な国のイメージが強いですね。

国民は、大学まで無償で通えるとか、
手厚い国の支援がある国、というと、羨ましい!?

実際には、人口の1割ほどしか国民がいない。
残りの約9割は、外国から移住してきた労働者。

NHKのニュースでは、建設現場で働く
海外からの労働者が賃金未払いで、
強制的に帰国させられることが問題になっていると
報道していました。

建築のデザインの光と影が、
国の光と影をも象徴しているとは!!

どれだけの人が気がついたでしょうか。。。

世界を沸かしたスポーツのお祭りも
それぞれの国の光と影があることでしょう。

先の日本で実現しなかったザハのスタジアムは、
デザインは、近未来的で美しい曲線の案でした。

建設できなかったのは、
スケールアウトだったことと、
予算がかかり過ぎることが大きな理由でした。

日本が、建築の技術的なチャレンンジをしなかった
ことには失望したものですが、

他国の労働力で、無理をさせて建築を
造らせる国でなかったことには、安堵したいと思います。
(そうあって欲しいと、希望も込めて)

これから日本での大掛かりな建設といえば
大阪で開催される万博ですね。

そのままIR会場になったりして!?
と思うくらい、費用を掛けてやりますね。

その国の建築のあり方は、
その国の政治経済、そのものの象徴でもあるので

専門的な方以外でも、建築の動向には、
これを機に、注目してもらいたいと思います。

そして、本当にその建築が必要で
環境に沿ったものであるのかも含めて、
考え、意見をもってもらえれば。

私も考え続けます。

アスリートの活躍にみる粘りの力のように
決して、希望も捨てないで、
行動したいですね!

暮れに大きな勇気と
課題をもらった一年のしめくくりです。

建築の原点を探る旅、哲学堂

2022年12月05日 | 模型・実験・見学・講習・イベント


先週末のヘリテージマネージャーの講習会で訪ねた
熊本の三軒堂。

その設計のモデルとなった建築が、「中野区にある
哲学堂であろう」という学芸員さんの説に従い、

今回の休日は、哲学堂へ足を運んだのである。
紅葉の真っ盛り。

公園の一角にあることから、こちらもでも素敵な
秋の風美を味わうこととなった。

特別に古建築解放デーとあって、
マイナーな場所の割には、人が多かったのではあるまいか。

公園内は、散策の親子ずれや、野鳥撮影のカメラマンなども
ちらほらの見受けられたが、

公園の一角にある野球場での試合における
小学生の野球チームの子どもたちの賑わいが一番であった。

一般にも貸し出しているという木造の邸宅は、
野球チーム保護者控室として利用されていた。

地域の形とっては、当たり前の風景なのかもしれない。

さて、それにしても、どの建物も大変ユニークであった。
「哲学」を基にした建築の、寄せ集めとなっているこの場所。

賢人を敬い、精神修養をする場所としての建築。

これまで、様々な建築を見てきたつもりだったが、
このような、個人の思いから作られ、そして維持管理されながら

今日まで、生かされてきた建築のそのまた歴史を垣間見るのは
初めて出会った。

そして、直感した。


やはり、熊本の三軒堂は、この場所、この施設、この思想を
絶対に意識したと。

大正から明治にかけて、整備されたこの地を
きっと訪ねて参考にしたに違いない。

特に、平面は正方形に近い建物の角から入り、
45度に振られた四角形の中に、銅像が建っている様は、

三軒堂で、賢人達に対面した時と
同じ感覚になったからだ。名前も「宇宙館」(大正2年)



三軒堂も、「大宇宙を象徴し、大神州を表現す」と神鏡に
刻んである、そうなのです。(参考:安達謙蔵自叙伝)

一方は、円形の建物だが、
このアプローチの手法は非常に似ていると言わざるを得ない。

古い建物は、ただ古い。。。としか
見ていなかった若かりし頃。

歴史、哲学、思想、宗教、学問、、、、
さまざまなものが絡み合って出来上がるのが建築だと今は分かる。

「六賢台」は、狭い空間のため、定員が3名で換気も悪いため、
密になるのが御法度なご時世を鑑み、残念ながら非公開であった。



入って見たかった!
瓦屋根の天狗はユニークでしたけどね。

それにしても、門の左右が阿吽の仁王像ではなく、
幽霊と、天狗というユニークさ。
実は梅の木に幽霊が出るらしい。




ここの建主、哲学館大学(現東洋大学)創設者の井上円了氏は、
なんと妖怪博士でもあったとか。

鬼灯篭


裏にまわれば、なんと褌姿。


哲学的散策の仕掛けがあるのに加えて、
妖怪も配置されているらしい。

しかし、「77あった見所ポイントは、50箇所程度になってしまった」
とおっしゃるのは、公園ボランティアガイドさん。

理由は、洪水(水害)らしく、
流されてしまった場所もあるのだとか。
長い歴史の中では、そういうことも起こりうるのだった。

解放されていた古建築のなかで最も気に入ったのが
読書堂の役割をしていた「絶対城」(大正4年)


まったく、お城の形ではないのに、おかしなネーミングと
思って、中に入って、その理由が述べられていた。

「読書は、絶対の妙境に到達する道理」なのだそうだ。
ここでは1階が書庫で、2階は吹き抜けを囲んで畳がひかれてある。


ここに座って、読書したのだろうか。。。
天窓の明かりと、窓から見える自然。すごく良い。



そして、婦人部屋というのは、当時はまだ女性が学問をするのが
許されていなかった時代。女性が籠って読書する場所というのが
設けられていた。広さにして、2畳ほど。



狭いけど、むしろ、集中できそうだ。

この回廊型の、読書のための建物が、
いっぺんに好きになる。

外観は、洋風だが、使い方も最先端をいっていたのだろう。

三軒堂の建築的な参考は、四聖堂や六賢台であったと思われるが
思想は、この場所も踏襲されているに違いない。

三軒堂では、女性も一緒に講和に参加できていたのか
不明だがそうであって欲しいと思う、、、。

建築の不思議を、探る旅であったが、
おもがけず、私には収穫となった。

「建築のモノづくりには、哲学が必要だ」

とは、昨今、大先輩が講演会で述べられたばかり。

私自身は、思想が必要だと思っている。
どんな発想力も、その人の思想がなければ生まれてこない。
形だけではダメなのだ。

使い方、運営の仕方、空間から何を感じ取って欲しいのかまで、
一生懸命に考えてこそ、きっと構成まで残るのだろう。

久しぶりに、納得した建築めぐりとなったお天気にも恵まれた
昨日の日曜日。

と、ここまで、綴っておいて、夜更かししているのは
もちろん、サッカーW 杯にて日本を応援するためです。

こちらは、監督の緻密な作戦とアスリートの鍛錬
そして、チームワークの結果によるものですね。

会場が、亡くなった女性建築家
ザハ・ハディットのスタジアムであることもあり、

今晩、いえ今朝は張り切ってTVの前にいようと思います。
頑張れ!日本。


建物の謎は、いろいろとあり。 考えることは創ること。

2022年11月28日 | 模型・実験・見学・講習・イベント

建築のデザインやそこにできた経緯など、
建物が長く残れば残るほど、
それは人に不思議がられるというものです。

建築家が、意図した形も、万人が納得出来るものかどうか
有名になればなるほど、問われます。

ですから、建築家に必要なのは、実は言語だったりします。
日本で区分けされる、文系、理系の知識の中を行ったり来たり
あるいは、哲学

そんなことを考えさせられる建築との出会いでした。

先週末は、熊本にてヘリテージマネージャー講習。


まるで観光に来たみたいな気分を味わいながら、
建物観察と、実測。

石段の下からは、樹木に紛れて
ひっそりとしているのだけれど、


紅葉の先に現れたのは、まるで
UFOの円盤⁈と見紛う建物。


熊本の賢人御三方(菊池武時、加藤清正、細川重賢)
を祀る三賢堂です。


神道、仏教、基督教などの宗教を超えた
精神修養の場としての建設。戦前の建物です。

円形とは珍しい。
形の理由や、何故柱が12本なのか、など謎多し。

学芸員さんの考察資料があるのですが
はっきりとしたことは分かっていないようです。

学習仲間と、特徴、感想、疑問などをディスカッション。

外側は、八角形の柱が内部では四角形になりどうして?

R天井の梁は途中からフラットになるのはなぜ?

中央の照明の意味するところは、天空への繋がりの意味か???

円形だと、8か16の柱の本数が施工的にはベターなのに、12本なぜ?

などなど、疑問の声しか出ません。

今どきで言えばちょっと不思議な建築でした。

でも、そこがかなりの魅力で、こういう建物は
こどもたちにも建物探検してもらったら良いのに~
と、思います。

すぐにプログラムが頭に浮かんでしまいました。

さて、次に見学したのは、
この三賢堂を建てた安達謙蔵氏の敷地内にある隠宅。



熊本出身の政治家。


民家のような太い梁ではなく、
数奇屋のような華美もなく、シックな印象。


障子、ガラス戸からの庭の景色は紅葉を独り占めできて
最高でした。ここに泊まりたい〜、笑。


こちら市に寄贈された建物は
民泊、レストラン、お茶席利用など
何でも合いそうだけれど、活用方法は、未定。

そんな建物の活かし方についても、議論。

建築はあっても場」がないと
宝の持ち腐れだなと、
改めて考えさせられた一日に。



横浜にも氏の建てた施設があるので
見学してこようと思います。

施設のイメージを受けたと言われる
中野区の哲学堂も。
そして、図書館では自叙伝を借りました。

謎が解けるかは、分かりませんが、
ヘリテージマネージャーとして、探求の旅は続きます。


7月1日建築士の日に建築見学会〜こども環境学会に参加して~

2022年07月04日 | 模型・実験・見学・講習・イベント

図書館

暑い最中の先週末の3日間、
日本女子大学で、こども環境学会が開催されました。

学会の大会は、一昨年は中止。
昨年は、オンラインと対面のハイブリッド。
今年も、昨年同様の形式で開催されました。

参加の仕方も、私もハイブリッド(笑)

建築の見学会には参加し、
基調講演や国際シンポジウムは
オンラインで参加しました。

この暑さを考えると、
会場運営の事務方や、担当大学関係者の皆さんには
申し訳ないくらい、移動がない日は、
身体的に楽でした。
(学生さんや教員の方が、オンラインは楽と仰るのを実感)

実は、日本女子大は、東日本大震災が起きた2011年に、
開催予定をしていた会場でした。

私も企画を持っていたので、その時は、
下打ち合わせに伺ったものです。

しかし、事情が変わり、会場開催は中止。
その後は、私も熊本に移住したので
東京での活動は見送り、
学会の大会に参加するのが精一杯
という形になってしまいました。

今回は、久しぶりに建築見学ができるということと、
コロナ禍になって、閉じてしまった大学の構内にも
部外者が入れるということもあり、お邪魔しました。

そして、目玉は、なんといっても妹島建築。

創立百二十年を記念して建てられた、百二十年館。
図書館。そして、新学生棟と、3部作を拝見しました。

卒業生である建築家妹島和世氏が、
西沢さんと組んでいたSANNAとしてではなく
妹島和世建築設計事務所としての作品です。

率直な感想としては、あぁ、乙女な妹島さんが戻ってきたな
という印象でした。

初めて妹島建築を見たのは、学生時代。
熊本アートポリス事業の再春館製薬の女子寮です。

伊東豊雄さんの事務所で頭角を現し、
軽やかな建築を作る女性として
注目された妹島さん。

その、伊藤さんの薫陶を受けている様子がわかるのが
ボールト状の屋根のモチーフ。


新学生棟

アルミや白やグレーなど、色調も然り。
DNAを感じるものでした。

図書館は、内部外部をスロープで巡らせることで、
上下階の目線を交差させるという試みは、面白く
不思議な体験でもありました。



入ってすぐのスロープでは、転ぶ学生さんが続出したとか。
それは、ねじれている傾斜なのだそうですが、
体験した身としては、歩きにくさはなかったですね。
じゅうたんでしたし、ペタンコ靴には。


緑が一緒に写らないと無機質に見える図書館。
ガラスに映り込んでいるのが幸い。

新学生棟では、円形型のソファに、個別の丸テーブル。
個人利用や、グループ利用ができる仕組みは
今の学生さん向けでしょうか。
伺った際は、満席状態でした。

そして、百二十年館。
地下のパティオを持つ、シンプルな四角の建築。


百二十年館



これまでの日本女子大の建築の中では、
一番クールで、シャープ。

建築も建てられた時代で、
建築様式とデザインの最先端が違い、
まるで、年代建築見本市のような日本女子大。



それだけ、伝統がある大学ということですね。
(何と言っても日本初の女子大学)

室内の写真は撮影不可でしたので、お見せできなくて残念ですが
興味のある方は建築雑誌などで、チェックしてみてください。

細かい建築のうんちくは、そういったメディアにお任せするとして
学生さんが、気持ち良く、のびのびと学べる場であるのかどうか
私としては、建築の造形だけではなく、その辺りが気になりました。

もし、自分がここの学生だったら?
うむ。迷うでしょうね。慣れるまでは。

新しい建築は、どこを切り取っても、同じような感じ。
均一均質な空間だからか、サインが、ほぼないからでしょうか。

会場での説明では、実際にトイレの位置をよく聞かれるとか。

そう、建築家は、ゴテゴテしたサインが苦手で、
できるだけ、綺麗にしておきたいのです。
むしろそういう意図がよく伝わってくるサイン計画でした。

公的な空間でありながらも
私的な大学という構内ならではのデザインでしょう。

数字とか、大きく表示したくなるのが
大きな空間ですが、そこを抑えるのが、
 妹島流なのかもしれません。

図書館の内部空間は、
使い手側との協議も重ねられたのか
様々なところに、学習机と椅子のセット。

明るい場所、暗い場所。
静かなところと賑やかなところ。

自分がどこで勉強したら、
心地よいのか、集中できるのか、

様々な場所が用意されているというのは、
多様性があって良いと感じました。

そういったきめの細やかさは女性の感性でしょうか。

大胆に、「ここが学習コーナー」と、
半ば強引な、あるいは強制的なゾーニング
でなかったことは幸いです。

兎にも角にも、ここで学べる学生さんは、
羨ましいなぁというのは、全体の感想です。

案内役をしてくれた学生さんへのヒアリングでは
「コロナ禍で、学校がオンライン授業の間に、
建築が出来上がっていて、
登校してびっくりした」という感想でした。

4年生だったので、前の環境もご存知なわけです。
環境が変わってしまうと、戸惑いますね。

古きものと、新しきもの、、

学生さんへの教育方針も、
きっとそうなのだろうなと、思います。
空間から感じることも大いにあるでしょう。

具体的な全体の作りや建築計画の流れは
次の日の基調講演で
学長より説明があり、より理解が深まりました。

こどもの環境を考える学会の大会ではありますが、
大学という学びの場のあり方を考える機会になりました。
(私も勤務時には大学の設計監理に関わりましたけれど、)

ありがとうございました。