さんたろう日記

 89歳、会津坂下町に住む「さんたろう」と申す老人です。晩期高齢者の日々を楽しく記録出来たらいいなと思っています。

晩秋の野にきれいなチョウを見つけ嬉しくなって撮りました

2016-10-14 | 日記
久方ぶりの秋らしい秋の晴天で気持ちいい散歩でした



農道の脇のセイタカアワアダチソウの花にきれいなチョウがとっまっていました。空気ががひんやりとして冷たかったからでしょうね、カメラを近づけてもチョウが動かなかったのできれいな写真が撮れました。





1時間ほど散歩していると西洋タンポポの黄色い花に同じような色形のチョウが止まっていました。そっと近寄ってカメラを向けるとさっと飛んでいってしまいました。気温が上がっていたからでしょうね。



今年は近くにチョウの姿が少なくかったので今年初めてのチョウの撮影でした。はて、このチョウはなんと言う名前のチョウなんだろうかと昨年会津マッチャンさんに教えて頂いたチョウの写真と名前の記録と照らし合わせてみました。

セイタカアワダチソウに止まっていた写真のチョウはウラギンスジヒョウモン?・・見たい。そして西洋タンポポのチョウはヒメアカタテハ?・・見たいと思いました。

でも、同じ時期そして同じ場所、そしてちょっと見た目には同じ大きさ同じ色形なのに違うチョウのはずがありません。模様の違いは雌雄の違いなのかも知れません。私の考えたチョウの名前などはあてになりません。

ど素人のボケ爺いは、大きさ4cmくらいの茶色くて小さい黒い斑点模様のきれいなチョウと書けばいいんですよね。名前など分かるはずがありません。若い頃からしっかりと勉強しておくんだったと悔やんでいます。でもやっぱりほんとの名前が知りたいボケ爺いなんです。後日会津マッチャンさんに教えていただくつもりです。

それにとっても嬉しいことにイナゴを一匹みつけたんです。何年ぶりでしょうかイナゴは絶滅してはいなかったんですね。これはイナゴの♂です、と自信をもっていえます。なにせあの食糧難の時代たくさん捕って佃煮にして食べていましたから。



お若い方々、こんな虫食べるなんて気持ち悪いなんていわないで下さいよ。あの時代はこれがだいじな蛋白源でみんなおいしいおいしいと食べていたんですから。
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6 コメント

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ツマグロヒョウモン (会津マッチャン)
2016-10-14 22:21:42
南国風のチョウは、今、分布の北限を広げているツマグロヒョウモンの♂です。メスはとってもきれいです。今年は我が家で何度も見ています。

http://blog.goo.ne.jp/tosimatu_1946/e/e315c65038ca8f9a7b64420a38abe461

最近、昔見られなかったチョウが、見られるようになり驚いています。地球温暖化の影響らしいです。
いよいよチョウ、トンボの季節も終わりですね。
会津まっちゃんさん (さんたろう)
2016-10-15 08:48:01
早速のご教示ありがとうございました。心がっすっきりしました。南国のチョウが地球温暖化で北上して会津でも見られるようになったということなんですか。嬉しいような怖いような気持ちがします。

私にはチョウやトンボの姿が少なくなって嘆いていたんですけど、いるところにはいろんなチョウや蛾やトンボがいっぱいいるんですね。私には止まっている蝶やトンボは撮れるんですけどホバリングしているチョウやトンボなどはどうしても撮れません。ピントをマニュアルで固定して高速連写にすれば撮れるとは思うんですけどどうにも挑戦出来ません。

専門家でいらっしゃるンだから当たり前といえば当たり前なんでしょうけど唯々驚くばかりです。
いなご佃煮 (sasanoha7920)
2016-10-15 18:57:09
会津地方でもイナゴは珍しくなりましたか?農薬使わなければイナゴも増えるのでしょうが、お米がイナゴに食べられるのも農家にとっては辛い話、昔は季節になると地方の小売百貨店の入り口ガラス戸に「イナゴ買います」と張り紙が、稲刈り後の子供達の良い小遣い稼ぎ?。収穫が少ない上、手間が掛かるのでしょう、雑魚や川エビの佃煮に比べても高いので残念乍ら、何十年も買ったことが無いのですが、あの香ばしい味だけは忘れません。昔成田山の土産店で買って帰ったことを思い出しました・・・
sasanoha7920さん (さんたろう)
2016-10-16 09:43:59
イナゴがいなくなってからずいぶんん年月が過ぎました。

イナゴの思い出はたくさんあります。でもイナゴを佃煮にして食べるようになったのは戦後のような気がします。

私の幼かった頃、昭和の初期の頃は水田にいっぱいいたタニシとドジョウがおいしいご馳走ででした。「ドジョウドウ」という竹で編んだ筒を夕方水田の境の溝に据えて置き朝行ってあげるとドジョウがいっぱい入っていました。長い竿の先に小さな網をつけてタニシを拾い集めました。みんな子どもの仕事でした。生きたドジョウを鍋にいれて煮ると大暴れして鍋のふたがばたばた音がするんです。いま考えると残酷ですけどなんとも思いませんでしたね。ドジョウや泥を吐かせたタニシの味噌汁はおいしいものでした。ふうふう吹きながら竹串でタニシの身を引き出して家族で食べるのはとても楽しいひと時でした。
懐かしい話ですね (基左衛門の独り言)
2016-10-16 18:33:40
 思い出します幼い時を、小学一年か二年頃よく来た万場の伯母御に連れられて行ったイナゴ取り、町のうらっ田圃で浅間山噴火に会い、ちょうど西風で上州は風下でお日様が隠れ寒い寒い、震えながら用意のおにぎり食べたっけ、伯母後もなくなり30年もたつか、懐かしい思い出です。
                   上州の八十爺
(基左衛門さん (さんたろう)
2016-10-17 09:27:28
コメントありがとうございます。

幼い頃は純粋でひたすら楽しみを求めて生きていましたから、思い出は皆様も私も懐かしく輝いています。上州浅間山地図を開いて思いを馳せました。

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