パロディ短歌『石泥集』

百人一首や近現代の名歌を本歌どりしながら、パロディ短歌を披露する。

2017年事件簿6 森友学園の怪

2017-03-06 17:42:35 | パロディ短歌(2017年)
(写真は申請中の瑞穂の国記念小学院)
             保守と復古は違う

 森友学園(籠池泰典理事長)が開校を申請している「瑞穂の國記念小學院」について、土地取得にまつわる疑惑が報じられている。簡単にはしょってしまえば、9億5,600万円と鑑定された土地が、地下の廃材などの撤去処理費に8億1,900万円かかるとして、それを差し引いた1億3,400万円で国から払い下げられた。この売買は正当かという問題である。

 そこへ安倍総理の妻の昭恵さんが名誉校長を引き受けていたり、系列の塚本幼稚園で選手宣誓に政治的な文言が使われていたり…さまざまなゴシップやスキャンダルがくっついてきて、思わぬ大問題にふくれあがってきたというのが実態であろう。問題の本筋は売買価格の異常な安さで、財務省がいち早く「資料は破棄した」と返事をしたのは不自然きわまりない。真相が解明されるかどうか? 関係者は必至で落とし所を探っているところであろう。最新情報では、大阪府が認可を延期するらしい。ミソをつけた籠池理事長が退任して、別人に代わるというケースもあるだろう。

 しかし、ここではジャーナリズムや政治家の論議にはのらない。それよりも、籠池氏が幼稚園や小学校で進めようとする教育について考えたい。

 結論からいうと、復古教育は要らない。敗戦後のいびつな教育を正す必要はあるが、それを復古調でやるのには反対である。戦後の革新と保守ならば、筆者は保守を選択する。「革新」を標榜した政党、共産党とか社会党(のち社民党)とか民進党の一部などの考えには与しない。それはわが国の国力を削ぐ政策ばかりをとってきたからである。

 ただし、保守とは何か。昔の体制をそのまま復古するのは「保守」ではない。たとえば、森友学園で話題になっている教育勅語を調べてみようか。原文の出だしは次のようになっている。
 「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス……」
 キチンと読める人がいるだろうか? そして正しい意味を理解することができるだろうか? 関係者は必ず一様にこう言う。最初からわかる必要はない。繰り返し暗記するうちに、内容がわかってくる。しかし、それでも呪文を唱えているのと変わりない。戦前が暗黒の歴史で、戦後は光明の歴史である…などというサヨクの言い分は噴飯ものだが、それでも戦前の呪文のような、意味のキチンと限定されない言語よりは、研究論文から日常の報道用語、そしてお笑いなどにも応用のきく新しい日本語の方が、意味の伝達性ははるかに高い。

 これはなにも筆者が強弁しているわけではなく、小説家にしてエッセイスト、英文学者にして国語の歴史にくわしい丸谷才一氏が述べたところである。戦前の文章について、丸谷氏は「精細な叙述でない、文位の取りにくい、虚飾の多い文章がはびこった」と記し、戦後「言語表現の目的が伝達にあること、筋道をたてて説明し納得させなければならないことがはっきりしてきた」と言っています。(『みみづくの夢』中の「男泣きについての文学論」)

 なるほど、教育勅語の中には素晴らしいことも書いてあるが、復古主義でそのまま読んでも、単なる時代錯誤である。曲がりなりにも、定着してきた日本語で、教育勅語の精神を、格調を保って誰にでも分かるように表現しなければならない。その意味では、保守層の文化人に大いに責任がある、と筆者は考えます。中曽根内閣のとき、文化方面の顧問として劇団四季を率いていた浅利慶太氏を重用したことは知られている。
 安倍首相には、文化を担当する良い人材がいないのではないか。第一次内閣の際の「美しい日本」というスローガンは、文章のセンスから見ても最低である。独りよがりで力強さに欠ける、こんな言葉を誰も阻止できなかったのが証拠である。

 読者は「温故知新」という四文字熟語を知っているだろうか。古いものをたずねて、新しい知見とする…という意味で、これこそ「保守」のあり方なのであるが、それができていない。古いものをまるまる暗記するなんぞ、いちばん智慧のないやり方である。例えば家族制度一つとってみても、日本の環境は変わってきているのだから、現状に即応した教育勅語が必要である。その知恵がないばかりに復古調になる人々が多すぎる。自民党には、まだこうしたシーラカンス的存在が多く、人心を集めきれない原因にもなっている。ヘイトスピーチをするような輩も、ものを考えないシーラカンス的存在であり、彼らとは一線を引いた、新しい保守勢力が結集しないことには、憲法改正も実現しないだろう。個人的には、維新の会に期待する他はないと思っているが…。

 最後に強調しておきたい。「保守」とはイデオロギーではない。それは物事に対処する態度のことである。こう喝破したのは、福田恒存氏だった。知らない人はWikipediaで調べよう。筆者の考えでは、「事実に基づく歴史」に学ぶ態度である。これまで歴史を理解するには、まず「歴史観」が問われた。中国や韓国の言う歴史はマルクス主義によって解釈された歴史である。実はとっくに破産しているが、自分たちに都合がいいので、今でも言い張る根拠にしている。欧米の歴史観は、欧米を優れた存在とみなす、キリスト教歴史観である。「歴史観」によってたつ歴史ではなく、「事実に基づく歴史」を…というのが筆者の主張である。ここにいう「事実」とは司法の世界で証拠となる「事実」をいう。手あかにまみれた「歴史観」に対抗するには、この方法しかなく、現に日本の良識ある人々はこれに気付き、アメリカの新聞などへの意見広告などで実践している。外務省が頼りないのは、今に始まったことではないので、あまり当てにしてはいけない。

(注)丸谷氏といえば、戦後の新かなづかいに一貫して反対してきた。それは日本語表記の歴史を断ち切るからであり、新かなづかい採用の理論的基礎になったのが、日本語のローマ字化にあったからである。戦前の文章の粗悪なことと、仮名遣いの問題は区別しておこう。ましてや「國」とか「學」とか旧字を使う必要は豪もないので、これも区別しておきたい。

森友学園の籠池泰典理事長はかなり強引な人のようだ
●国をみよ国に陳情府知事をみよ府知事に陳情いざ認可を君
(本歌 山をみよ山に日は照る海をみよ海に日は照るいざ唇を君  若山牧水)
(蛇足)地代を安くとか、売値を低くとか、とにかく強引に陳情を繰り返す。しつこい人という評判もある。騒動が発覚してから、一度も会見しないのは、なにか不利になる事実を隠しているからだろう。確信犯の疑いが濃厚である。

強引さに負けた総理夫人。名誉校長を辞任したが…
●なげけとて校長はものを思はするかこち顔なるわが夫かな
(本歌 なげけとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな  西行法師)
(蛇足)断ったにもかかわらず、強引に名誉校長と紹介されて断れなかった昭恵夫人。少し了見が甘いのではないか。幼稚園児に政治的なスローガンを叫ばせる…籠池理事長のような人物は排除する、という識見を持たないと安倍首相も同類に見られてしまう。

理事長は裏工作にたけた人だろうね
●わが土地は難波の北端安く買う予を怪しいと人はいふなり
(本歌 わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり  喜撰法師)
(蛇足)近畿財務局や財務省は資料を破棄した、という。そんな訳おまへんやろ。あわてて処分したにきまってる。お役人のこすからいのは知っているけど。

鴻池衆議院議員から経緯をばらされ
●鴻池のつれなく見えし別れより政治家ばかり憂きものはなし
(本歌 有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし  壬生忠岑)
(蛇足)「白い封筒」持参で陳情に現れた…と議員にばらされた理事長。「あれは商品券です」と言い訳をしたが、商品券は金券で現金と同じ。この抗弁でだいぶ不利になった。結局、理事長交代で乗り切るしかないのではないか。名の通った人でないと困るし、資金も相当用意しなければならないから、人選は難航するだろう。
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