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京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

「学校事故対応に関する指針」の趣旨に反する当該私立学校の対応

2017-03-25 11:39:34 | 受験・学校

中学校が遺族の卒業式出席認めず(NHK大分NEWSWEB、2017年3月24日)

http://www3.nhk.or.jp/lnews/oita/5074967961.html


この件、ご参考までに。

<その1>

文科省「学校事故対応に関する指針」は、国公私立のあらゆる学校での事後対応及び未然防止に関する対応の指針で、当然ですが、この私立学校においてもこの指針の趣旨に沿った対応が求められます。

その指針の21ページに「被害児童生徒等が死亡した場合」の「(被害児童生徒等の)保護者への支援」が書かれています。そのなかには、次の言葉があります。

○葬儀が終わった後も、被害児童生徒等の保護者への関わりは継続して行い、学校との関わりの継続を求める被害児童生徒等の保護者に対しては、他の児童生徒等の気持ちにも配慮しつつ、クラスに居場所を作る等の工夫をする。

○被害児童生徒等の保護者の意向も確認し、卒業式への参列等も検討する。

この記事を読む限り、この指針の趣旨に「真逆」の対応をしてきたのが、この当該の私立学校ですね。この点は、大分県の私立学校行政の担当者がコメントをしているとおりです。

<その2>

次に、この記事の文中で、当該の私立学校側は「ご両親が感情的になり、卒業式の円滑、厳粛な進行が保たれないおそれがあった。やむをえない措置だった」と述べています。

しかしながら「学校事故対応に関する指針」の趣旨に即して言えば、ご遺族をそういう感情にさせないように、卒業式をどのような形で迎えるのか、事前にていねいな話し合いをすべきです。

したがって、これは当該の私立学校の事後対応の「失敗」を意味するもの、誤りを意味しているものとして、少なくとも私は理解しています。

<その3>

他方で、学校事故訴訟で被告側代理人(特に私立学校の訴訟での被告側代理人)を務めることもあるような弁護士のなかには、次のように文献のなかで述べている人もいます(これは『新しい学校事故・事件学』の第3章にも引用した文章です)。

○被害者側が学校側との交渉を申し入れてきた場合、学校側としては、拒否することなく、相当の対応をしなければならない。しかし、十分な説明を尽くしたにもかかわらず、事故の責任を学校に押しつけようとする執拗な交渉の申入れがあった場合は、学校側の把握した事情と事故の責任についての見解は、既に説明したとおりである旨を回答し、交渉の申入れに応じないこととするのが相当であろう 。

○被害者の父母が、学校事故の真相を把握しようとして、学校関係者や、児童生徒等や保護者に執拗に働きかけ、そのことについて児童生徒等や保護者から苦情が申し出られているような場合は、被害者側の弁護士を通じて、父母に対して節度ある行動を求めることが考えられる 。
※以上の2つの引用は、いずれも俵正市『学校事故の法律と事故への対応』法友社、2006年より。

おそらく、今回のケースでも、何らかの形でこの卒業式のことやご遺族からの要望について、顧問弁護士に当該の私立学校側から相談があったのかもしれませんね。

もしもそうだとすると、ここから先は私の推測でしかないのですが、依然として私立学校やその代理人になる弁護士のなかには、先の引用ような遺族(被害者家族)への対応、つまり何らかの理由をつけてとにかく交渉を打ち切ろうとするような、そういう対応を行おうとする発想が根強くある、ということでしょうね。そういう学校や専門職の対応がかえって関係をこじらせたり、問題を大きくしてしまう場合があるにもかかわらず、です。

私が『新しい学校事故・事件学』で「研究者・専門職の実務の内実、専門性が問われる」ということを訴えようとしたのは、まさに、こういう現象あってのことです。

 



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最近読んだ本をまとめて紹介(2429冊目~2444冊目)

2017-03-25 09:01:41 | 本と雑誌

今回も新書本・文庫本が中心ですが、最近読んだ本のタイトル等をまとめて紹介しておきます。

2429冊目:文部科学省『高等学校キャリア教育の手引き』教育出版、2012年

2430冊目:文部科学省『中学校キャリア教育の手引き』教育出版、2011年

2431冊目:奥野修司『看取り先生の遺言』文春文庫、2016年

2432冊目:齋藤孝『「頭がいい」とは、文脈力である。』角川文庫、2009年

2433冊目:柏井壽『おひとり京都の晩ごはん』光文社新書、2017年

2434冊目:山崎雅弘『日本会議 戦前回帰への情念』集英社新書、2016年

2435冊目:島田裕巳『反知性主義と新宗教』イースト新書、2017年

2436冊目:齋藤孝『語彙力こそが教養である』角川新書、2015年

2437冊目:齋藤孝『文脈力こそが知性である』角川新書、2017年

2438冊目:小川仁志『〈よのなか〉を変える哲学の授業』イースト新書、2017年

2439冊目:奥野滋子『「お迎え」されて人は逝く 終末期医療と看取りのいま』ポプラ新書、2015年

2440冊目:中山元『アレント入門』ちくま新書、2017年

2441冊目:橋本健二『階級都市―格差が街を侵食する』ちくま新書、2011年

2442冊目:吉田千亜『ルポ母子避難―消されゆく原発事故被害者』岩波新書、2016年

2443冊目:鳥畑与一『カジノ幻想 「日本経済が成長する」という嘘』ベスト新書、2015年

2444冊目:佐高信・浜矩子『どアホノミクスの正体』講談社+α新書、2016年


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昨日の証人喚問を見ていて、あらためて考えたこと

2017-03-24 10:26:47 | 国際・政治

おはようございます。

今朝も参議院予算委員会のラジオ中継聴きながら、このブログを書いています。

このトップバッターで質問している自民党議員、安倍総理との質疑応答をしているというより、なんか党としての「言い訳」をしている感じですねえ。

昨日も証人喚問でトップバッターだった方ですが。

さて、ここ最近の例の学園の国有地売却問題や、昨日の証人喚問等々を見ていて、あらためて昨夜から今朝にかけて考えたことを、以下のとおりまとめておきます。

(1)

まず、今、日本会議派の極右勢力による国家改造運動(以後「極右的な国家改造運動」と称す)に、政治家・官僚・民間人(私立学校の経営者、弁護士、企業経営者等々)が次々に合流しているという現実がある。

(2)

この極右的な国家改造運動は、排外主義・歴史修正主義的な思想を基盤とする。したがって敗戦後の日本社会を形成してきた日本国憲法を嫌悪し、日本社会に暮らす外国籍の人々を排斥し、明治維新~敗戦までの日本の歴史のなかで、自分たちの主張にとって問題のある部分を否認する。そして、その否認、嫌悪、排斥を現実のものとするために、国家改造運動を実施する。

(3)

したがって、その国家改造運動のターゲットになるのは、敗戦後の日本国憲法において実現されてきたリベラルな諸価値であり、福祉国家的な側面からの諸施策ということになる。ここで「福祉国家的な諸施策の縮小・解体」を目指す新自由主義的な政治・経済改革論者と、極右的な国家改造運動を目指す勢力との接合が生まれる。

(4)

一方、極右的な国家改造運動を目指す勢力も、現実的に日本社会に基盤をつくっていくためには、地方議会及び地方行政、さらには国会及び国の官庁に勢力を拡大していかなければならない。そのためには、極右のポピュリズムを巻き起こし、地方議会の議員や首長、国会議員などに自分たちの仲間を送り込んでいく。まさに「国民主権」を基盤に民主的な手続きを踏んで、「極右の政権」をつくろうとするわけである。一方で日本国憲法を嫌悪しながら、他方でその憲法の趣旨を利用して、自らの政治勢力の基盤をつくるといえばいいのだろうか。

(5)

また、極右的な国家改造運動を目指す勢力も、現実的に日々、メシを食っていかなければならない。そのときに、新自由主義的な政治・経済改革によって規制緩和を生じさせ、今まで保有していた国・自治体の資産を流動化させてそこを破格の安値で得たり、あるいは新たなビジネスチャンスを得たりして、自らの「利権」の基盤を創出する。ここでも、新自由主義的な政治・経済改革論者と、極右的な国家改造運動を目指す勢力との接合が生まれる。

(6)

規制緩和によって法的なしばりが弱くなり、国や自治体の関与が少なくなればなるほど、新自由主義的な政治・経済改革論者と、極右的な国家改造運動を目指す勢力のどちらにとっても、「自分たちのお仲間」に利益誘導をやりやすくなる。そうなると、ますますこの両者の「お仲間」になることで、その利益誘導という動きに乗ろうとする人々が現れやすくなる。これは「コネ」でなにもかも動く社会ができあがる、ということでもある。


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今日の証人喚問を見ていて、ふと思ったこと

2017-03-23 23:26:30 | 国際・政治

今日はなんといっても、例の学園の理事長さんの国会での証人喚問の話ですね。

家でパソコンに向かいながらラジオでの中継を聴いていて、ざっと、こんな印象を抱きました。

(1)

今回の証人喚問でとった与党側議員や維新の議員の次のような質問の方法は、学校事故・事件訴訟での被告側弁護団とか、あるいは法的責任を回避したい学校・行政や学校法人側がやることによく似ていました。

・文書公開を求めても応じない、もしくは「のり弁」状態で日頃は対応しているのに、肝心のときには自分たちの都合のいい書面等が出てくる。

・本筋の話ではない別の話をあえてとりだし、そこでの証人の発言や対応上の問題点をことさらに強調することで、「この人、ほんとうのことを言っていない(うそつきだ)」というような印象をつくりだそうとする。(⇒ほんとうの「印象操作」というのは、こういう手法ですね)

・「そういうことを言うと法的な責任が問われますよ」(この証人喚問の場合「偽証罪」ですが)を連発して、恫喝を加える。

でも、ある意味腹をくくって「知っていること、正直に言うぞ」と思っている理事長さんに対しては、こういう手法はあまり、効果なしのようでしたね。

また、逆に理事長さんの返答でやり込められていた感がありました。

(2)

これに対して、他の野党の議員たちは、すでにマスメディアなどで伝えられていることや、先日の現地視察などでわかったことを手がかりにして、冷静に理事長さんの側に「この部分はまちがいないですか?」「この部分についてどういう印象を抱いたか?」「この部分について、どういうことが裏であったと考えられるか?」等を聴くなど、事実と論理をできるだけ積み上げていく形で証人喚問を行おうとしていました。

特に例の理事長さんご本人が今は「思っていること、知っていることを正直に話したい」と考えているわけですよね。

だから、(1)のような対応をするよりは、この(2)のような冷静な対応の積み上げのほうが、あくまでも理事長さんの側から見た話でしかないのですが、それでもいろんな事実関係や状況認識などが引き出せるように思いました。

これは今後、学校事故・事件訴訟や事後対応のなかでの調査・検証の場面でのやりとりにおいても「使える」手法だなあ・・・なんてこと思いながら、ラジオを聴いていました。

(3)

例の理事長さん、私立幼稚園の経営者として見た場合、当該の幼稚園で起きた「虐待」問題、「教育勅語」的な価値観にもとづく教育など、いろいろと問題はあるわけですが。

でも、その理事長さんがこの証人喚問で拠り所にしているのが、まさに「人権」というものなんですよね。

ことさらに政権の側が「私人」である自分をつぶそうとしている・・・ということ、それを理事長さんはおっしゃっていたわけで。

このことを今後、思想的に、どう考えるのか。それは私たちにつきつけられているようにも思いました。


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『新しい学校事故・事件学』AMAZONに入荷しました

2017-03-17 19:54:06 | 受験・学校

たいへんお待たせいたしました。

私の新著『新しい学校事故・事件学』(子どもの風出版会、2013年3月)は、大手通販のAMAZONにようやく入荷されました。

これで予約注文ではなく、本格的に発注が可能になります。

みなさん、ぜひぜひ、ご注文ください。


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