できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学人文学部・住友剛のブログ。
関西圏に関することを中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

昨日の復興大臣の記者会見での発言について思うこと

2017-04-05 18:39:27 | 国際・政治

自主避難は「本人の責任」 復興相、記者に「うるさい」 (朝日新聞デジタル2017年4月4日付け記事)

http://digital.asahi.com/articles/ASK444HK9K44ULZU009.html

復興相「自己責任」発言、野党が批判 与党幹部も苦言 (朝日新聞デジタル2017年4月5日付け記事)

http://digital.asahi.com/articles/ASK454CQ1K45UTFK00M.html?iref=comtop_8_02

自主避難は「自己責任」~復興大臣明言 (OurPlanet-TV 2017年4月3日公開)

https://www.youtube.com/watch?v=mOUSSJmg_dE


いや~この復興担当大臣と記者さんとのやりとり、ひどいですね。

ほんと、記者さんの質問に対して、マジでキレていますね、この大臣さん。

それから、ここで展開されている復興担当大臣の自主避難者に対する対応と、これを支える理屈のつけ方って、昨日、電車のなかで読んでいた『戦後補償裁判』(栗原俊雄、NHK出版新書)の空襲被害者訴訟やシベリア抑留者訴訟の理屈のつけ方、政府の対応とそっくりなんですよね。

要するに、「受忍の範囲内」とか「自己責任」という理屈で、自分たちが補償すべき対象者をより狭く、より狭く絞り込んだり、補償の金額もできるだけ少なくしたり、さらには「補償しろ」という声そのものも門前払いにして切り捨てていく、そういう理屈のつけ方なんですよ。

そして、昨夜のニュース見たら「いや~。さっきは感情的になってしまった。すまんすまん」みたいな軽い謝り方で出てきているでしょ?

「ばかにするな!」って、これ、自主避難している人の神経をかえって、さらに逆なでしています。

ちなみに、何かにつけて「この対応に不満があれば、訴訟しろ」みたいなこの復興担当大臣の理屈のつけ方。

その点では、学校事故訴訟での行政側の対応とも似ていますね。

そして結局、どうしてこの復興担当大臣がこういうキレ方したり、むちゃくちゃな理屈のつけ方できるのかというと、せいぜい原告側の主張を「一部認定」程度で賠償請求訴訟が終わっているということ、つまり行政側のこういう理屈を司法がくり返し「追認」してきたということ。そういうことが背景にあるのかな~なんて思いますね。

また、そのような状況を「立法」はぜんぜん、是正してこなかったわけで。

この2つの点でも、『戦後補償裁判』という本が言っていたように、国策で被害を被った人々への補償に関する行政の問題・矛盾と、これに対応するための立法の不作為、そして司法の追認みたいな構造が、ここにも表れているように思います。

そうそう、記者会見での記者さんからの鋭い質問に答えるのを拒否したり、激高したりするということは・・・。

この復興担当大臣が望むような会見というのは、かつての大本営発表のように、「一方的に自分の垂れ流す話を、ありがたくメディア関係者が聴いて、そのまんま記事にしてくれること」なのでしょうね。

 

ジャンル:
東日本大震災
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 今回から「プリキュア」の話... | トップ | 公教育計画学会理事会声明「... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む