夜長姫と耳男

忌野清志郎を愛し、路上生活者支援NPO・TENOHASIの事務局長にして特別支援学級教員Sの日記

”メルトダウン”

2015年12月29日 | Weblog
PARCO劇場で「ツインズ」
古田新太・吉田鋼太郎・多部美華子など。

5月に起きた何かで、すべては変わってしまった。どうしようもなく汚染された世界。外に出るのも危険・海はもっと危険。
海水を飲み続ければいつか海水が身体に循環して海に戻れると言い張るその家の主・吉田鋼太郎。
汚染されていることを知りながら、海に入って魚や貝を捕る謎の召使い夫婦。
かたくなに汚染を拒み、汚れた世界に産み落とされた自分の子ども(双子=ツインズ)を抱けない青年。産み落としてしまった15歳上の妻。
そこへ、娘を安全なオーストラリアに密航させる金を無心に来た粗暴な弟・古田新太があらわれる。従順についてきた娘・多部未華子。

汚染を拒否する人は頑なで、汚染を受け入れた人は夢に逃避する。どうしようもない現実に対処する二つの道。どうしようもないことはどちらも同じ。それなのに受け入れた方が人間的にみえるのは、汚染と汚辱に満ちた世界をつくった責任の一端は自分にある・またはその構成物の一つであることを引き受けて、汚染を受け入れるからだろう。

汚染を拒否し、娘を逃がすための金を脅し取ろうとする父に対して、娘が「もういい、いい加減にして」と突然父を殴り倒して足蹴にし、なおも声を荒げる父の指を無造作にちょん切って黙らせるシーンが痛快。
娘が汚染を受け入れたら自分も腰砕けになり、拒否していた食べ物をむさぼり、酒と祭りに逃避するオヤジ。
笑えるシーンもふんだんにあって。
海に飛び込んでいった双子が半魚人になって帰ってくるところもなんとなくわかる。汚染された世界に適合しちゃったんだ。

僕は、絶対に汚染を受け入れちゃうほうだな。酒がうまけりゃそれでいい。旨いもの食べよう。
この世の甘さと苦さをこの舌で味わおう。

よくわからない、難解、という評判が多かったが、とっても腑に落ちる芝居だった。

タイトルは”Music From POWER HOUSE” 忌野清志郎&2・3'S より。
2011年の春は、ずっとこの曲が頭の中をリフレインしていた。

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「からまる法則」再演の宣伝

2015年06月22日 | Weblog
板橋区に拠点を置く劇団銅鑼の
「ホームレス支援をモチーフにし、格差社会・反貧困を背景にしながら、共生・人間再生・家族の再生を描いた」演劇
「からまる法則」が7月末から8月はじめの4日間、再演されます。
劇団の皆さんが3ヶ月にわたってTENOHASIの炊き出しの現場を経験して作ったこの劇は
主人公の女性弁護士がどんどん変わっていく感動とともに
炊き出し現場を知るものには「あれ、あるよね」というあるあるネタ満載でもあります。

決して損する芝居ではないので、ぜひお越しください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

皆様へ

TENOHASHIを取材させて頂き、2013年に初演し高い評価を得た劇団銅鑼公演『からまる法則』。
この度、改稿を重ね、再演&全国公演の第一歩を記す事となりました。
東京公演は、4日間の短い公演期間ではありますが、ぜひご来場ください。

【内容】
孤独死、過労死、格差社会、父子家庭、母子家庭、貧困の連鎖。
社会から見捨てられ、追いやられた人たち。
一人でもそんな人達に手を貸したいと、町の片隅で活動する支援団体と出会ってしまった、弁護士・真理子。しかも、支援団体の中心人物は、幼いころに別れた憎い父親であった!

劇団創立40周年記念公演第7弾として、2013年3月俳優座劇場にて初演、高い評価を得ました。
TENOHASIも取材させて頂いたホームレス支援をモチーフにした作品で、格差社会・反貧困を背景にしながら、共生・人間再生・家族の再生を描いた感動の物語です。この度、さらに改稿し再演することになりました。
本当に生きやすく暮らしやすい、そして終焉を迎える時、人はけっしてひとりではないのだ、そんな地域を、社会を作りたい。

劇団銅鑼が心に染み入るそんな舞台をお届けします。

【あらすじ】
しあわせは、あなたを こまらせて ちかづいてくる…。
 充電器のコード、ケースに入ったクリップ、針金のハンガー、急いでいる時に限って絡まる。
人生も…。からまる法則があるのか?
企業弁護士と活躍する真理子のもとに、幼くして別れた父が病気だという知らせが届く。


かつて住んでいた家を訪ねてみると、そこはホームレス支援団体の拠点となっていた。


炊き出しに集まる人たち、保護されている人たち。
思ってもみなかった父の生き方に戸惑いをかくせない真理子。
そこに現れた一人の男。
・・・真理子の抵抗むなしく、どうしようもなくめんどくさいことになっていく・・・。



ホームレス支援だけではなく、知的障害を抱えて就労が困難な人、リストラされ家族が崩壊してしまい自暴自棄になった人、親を頼れなくなった子ども・・・そんな町の片隅で生活が困窮している人をなくしたい。
「いつか路上生活者の方がゼロになって、この活動がなくなれば良いと考えています」


そんな思いで、活動を続けるメンバーとの関わりの中で、主人公・真理子は、弁護士として人間としての生き方を変えていきます。
孤独死、過労死、格差社会、父子家庭、母子家庭、貧困の連鎖。

【日時】

7月30日(木)19時
7月31日(金)14時
8月 1日(土)14時&19時
8月 2日(日)14時

【会場】
六本木・俳優座劇場

【チケット】
一般5,000円→TENOHSHI関係者の方 4,500円
25歳以下 2,500円
◎Saturday Night 割引 全席 2,500円

【バリアフリーサービス】※要予約
●視覚障がい者の方へ
☆音声ガイド付き公演・付添1名様ご招待
8月1日(土)14時&19時
●聴覚障がい者の方へ
全ステージ・事前台本貸出
当日「鑑賞お助け本」貸出・筆談サービス

【お申込・お問い合わせ】※TENOHASHI関係者とお伝えください。
劇団銅鑼 TEL 03-3937-1101 (平日10時〜18時)
e-mail:info@gekidandora.com
チケットと郵便振替の用紙をお送りいたします。

劇団銅鑼担当:制作 田辺素子
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ルーツ・オブ・レジェンド

2012年09月15日 | Weblog
音楽における私の神様は3人。学生時代からずっと変わらなくて
1,忌野清志郎
2,ボブ・マーリー
3,ポール・サイモン

今日は、第2位の神様の映画「ルーツオブレジェンド」を吉祥寺バウスシアターに見に行きました。
もともと大きな映画館ではないが、その中でも一番小さい部屋だろう。学校の教室の半分もない。
スクリーンも当然小さい。
こんな狭い映画館で、映画の世界に没頭できるかなとちょっと心配になった。

しかし、杞憂だった。
生地・ジャマイカの片田舎(ああ、ガーナやマレーシアの田舎もこんな感じだったなあ~)の映像からどんどん引き込まれて、144分間、魂を釘付けにされた。

キングストンのゲットーでもがいていたボブが独立して成功を収めるあたりもすごかったが、カリスマとなってなおも本気で音楽と社会と対峙していく姿に痺れた。

どの曲も学生時代から聴いていた大好きな曲。
そのストーリーが語られる。

"One Love"
神を称え、対立を乗り越えて一つになろうと歌うこの曲。
この曲をタイトルにした“One Love Peace Concert”というライブがあった。
2大政党が激烈な武力抗争を続けてきたジャマイカに生命の危険を冒しても戻ったボブが、ステージ上で2大政党の党首を握手させた伝説のライブであることは知っていた。
けれど、白人と黒人の混血として両方の社会から排除されてきた彼だったからこそできたことだとは知らなかった。
負を背負い続けていくことで、正に逆転させた輝かしい業績。

ちなみに、欧米の抑圧された人たち・・・特にアメリカの黒人・・にレゲエが広まらず、熱狂する聴衆のほとんどは白人だったことを生涯気にしていて、世界有数のアーティストになったのに、わざわざ落ち目のコモドアーズの前座をやった(コモドアーズが前座ならわかるが)!

"Jimbabwe"
白人政権に抑圧されていたジンバブエ黒人の独立運動を応援し、権利のために戦う人々を鼓舞するこの曲。
いつ聞いても血が沸き立つ思いに駆られる。
そのジンバブエが独立して、その式典でライブを行ったボブ。しかし会場に入れなかった解放軍兵士が柵を倒してなだれ込み、暴徒化をおそれた何者かが会場に催涙ガス弾を放った。バンドのメンバーは死の恐怖に駆られてステージから逃げたけれど、ボブだけが歌い続けた。「聴衆とともに死ぬ気だ」とスタッフは感じたという。本人は「あのとき、誰が真の革命家だかよくわかった」とコメントしていた。歌詞そのままに。

ただ、現実の政治は厳しい。ボブは生涯、母のルーツでありラスタファリズムの聖地であるアフリカの独立と発展を支持し続けたが・・・

民衆兵士に催涙ガスを打ち込んだことからも垣間見えるように、ジンバブエはやがて独裁国家となってその後経済は破綻。
ボブが頼まれて誕生日祝賀ライブを行ったガボン大統領も実は独裁者。
そして何よりも、ボブが神と崇めたエチオピア皇帝ハイレ・セラシエ一世はエチオピアを世界最貧国に転落させて皇帝の座を追われた。

でも、それは仕方ない。彼は政治家ではないから。
清志郎も、自分の歌が「反原発」「反体制」などのレッテルを貼られるのを嫌がった。本当に伝えたいことはそこにはないから。
ボブの歌は苦しんでいる人の魂に直接語りかけ、魂を呼び覚ます。
だから政治的プロパガンダに繰り返し使われることにもなるけれど、それは力のある歌の宿命なのだろう。

"No Woman, No Cry"
これは、昔から、一番好きな曲.
いろんなテイクがあるけれど、最高なのが”Live!”の5曲目.
辛いことがあると口ずさむ。"everything"は”gonna be allright"だと確信できる。

そのデモテープが聞けた。なんとゴスペル調だった。びっくり。これもいい!
しかし、ヨーロッパでのブレイクを果たしたボブがロンドンで歌った”Live!”のバージョンは何度聞いても心が震える。

それにしても、どうしてこの人はこんなにいい顔ができるんだろう。
深い思いに沈む顔。ライブ中のトランス状態。ものすごくチャーミングな笑顔。
これを見るだけで、1800円の価値があるな。

ジャー(神)がいるから銃撃も恐れないといったボブ。
しかし、足指に悪性のガンができても踊れなくなるのがいやで切断せずに音楽を続け、末期になっても最後の最後まで歌い続けるために我慢強く治療に取り組んだ姿勢は、命を惜しむと言うことの本当の意味を感じさせてくれる。
そうそう、このあたりは清志郎と重なる。
最後のライブになったピッツバーグでは、倒れそうになりながら「いいノリしてるぜ! これなら毎年くるぜ! いや、毎月でも毎週でも!」と叫んだ。もし清志郎でも同じことを言っただろう。

ボブが家族に見守られながらマイアミで亡くなったのは清志郎に先立つこと27年。1982年5月11日だそうだ。
僕は大学2年で、その前年に出会ったRCに夢中になっていたが、ボブマーレー死去のニュースに接した覚えがない。
翌年くらいにボブの曲に出会い、魂を揺さぶられ、ほとんど経歴も知らないままずっと聞き続けてきた。

この映画で初めて清志郎との共通点も知った。

その魂・その姿勢・その生き方。
ホンモノはかくあるべし、とニセモノまたは俗物であることを深く自覚する私は思うのでありました。





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君を信じてる

2012年05月03日 | Weblog
3年4ヶ月前、武蔵野地域猫の会の「猫の譲渡会」でもらったグー。雌猫で推定8歳。

最初は飼い猫だったのだが、首輪をつけたまま捨てられ?武蔵関公園で首輪が食い込んでいるのを見かねた武蔵野地域猫の会の人たちが苦労して保護。うちにやってきたのが2008年の12月

僕がおつまみを買って帰ると、「なんかちょうだい」と立ち上がってねだるのがかわいいグー。

腎臓が弱ってきて、もう1年くらい、透析に似た高価な治療(薬液を皮下に注入して、老廃物を強制的に排出させる・・・らしい)を受けていたグー。(ただし、治療費を出していたのは僕ではなく、いちばんグーをかわいがっていた息子。資格試験受験のため休職中も自分の乏しい小遣いからだした)

そのグーが、年明けからどんどん痩せてきた。小さくなって、子猫みたい。

そして3月終わりの明け方、グーが珍しく僕の布団に潜り込んできた。うれしい。なでてやる。
でも、なんだか別れを告げにきたような、切ない予感があった。
しばらくしたら、布団から出てその場で嘔吐。
それをきっかけに寝たきりになった。

もう死んじゃうんだな。みんなわかった。
2日後の4月1日の土曜、リビングの毛布で寝ているグーに息子がずっと付き添った。
夜、用事で出かけた息子に代わって僕が付き添った。
もうグーは水もご飯も摂らない。ゆっくりと息をしているだけ。
獣医さんによると、猫は驚異的に我慢強い動物で、人間に置き換えたらとても生きていられないような数値でも、がんばって生きていることがあるそうだ。
今のグーがまさしくそれ。
「がんばってるね、偉いね、撫でてあげるね」といっていたら、息子に「ちがう。人間は撫でさせてもらってるんだよ」と叱られた。まさしくその通りだな。僕らのためにがんばってくれているんだろう。

深夜2時過ぎ、グーは毛布から立ち上がった。トイレに行こうとしたらしい。でも行き着かず、途中で床でおしっこ。そこから立ち上がろうとしたが床が滑って立てない。抱き上げてタオルで拭き、毛布の上に戻してやった。ゆっくり撫でながらみていた。息はまだしっかりしている。でも、だんだん間遠になって、20分後、とうとう息が止まった。その後もしばらくヒゲや足がピクピクしていたけれど、それもなくなった。2時半過ぎ。
あ、逝っちゃったんだな。不思議なくらい冷静だった。
そうだ、何かあったら何時でもいいから電話してくれって息子が言ってたのを思い出した。電話をかけた。話そうとした瞬間にこみ上げて、あとは言葉にならなかった。

いっしょに暮らせたのは3年4ヶ月。短かったけど、グーの最後の3年4ヶ月が、この子の苦難の生涯の中で幸せな時代であったらいいと思う。
何歳だったんだろう。獣医さんは「もらったときに推定8歳という話でしたが、実際にはもう少しいっているかもしれませんよ」といっていた。それでもいいや。15歳とか18歳まで生きて、天寿を全うしたならその方がいい。

その日の夜、花とカニかまを供えて庭に埋めた。4年前に逝ったクロの隣に。
クロも春だったな。西行ではないが、花の季節は逝くにもいい季節なんだろう。
楽しかったよ、グー。グーはどうだったんだろう。
途中から迷い込んできた野良猫親子と同居することになってストレスたまったろうね。ゴメンね。でも、あの子猫はじゃれついてきて結構おもしろかったでしょ。

タイトルは、清志郎のソロアルバム”god”より。

”寂しくはないさ 君を信じてる
 手を伸ばせばすぐそこに 君がいるようで”

先輩猫のクロが先に天国に行っているから、仲良くしてね。
そして、虹の橋のたもとで待っていておくれ。いずれそっちに行くから。




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忌野清志郎ロックンロールショー2012 指輪をはめたい

2012年05月03日 | Weblog
今年の5月2日は「激しい雨」の予報。

前回、ぎりぎりについたらグッズを何も買えなかった教訓を生かして、開演1時間半前に到着。会議をすっ飛ばしてごめんなさい、同僚の皆様。もっとも去年より開演が1時間遅かったから助かった。


今回、「ふぁんくらぶっ」予約をし損ねたたのでぴあの先行予約をしたのだが、ステージ向かって右側の2階席。アリーナを逃したのは残念で、スクリーンで梅津さんや藤井さんが全く見えなかったのであるが、ステージの左袖で次の出演者が待機していたり、矢野顕子さんがピットで出待ちをしながら軽くピアノにタッチしているのが見えたりして、これはこれでおもしろかった。

17時過ぎに開演。
今年は、ステージ全体を覆うような大きなスクリーンが下がってきた。今年の映像であることを主張するためか、東京スカイツリーが映る。そして、清志郎が自転車で武道館に到着!。スクリーンが上がって、例の二人が登場。

今回も、他の人が上げてくれたセットリストを元に思い出してみる。

1.ロックン・ロール・ショー (トータス松本・奥田民生)
この二人は去年の終盤進行をつとめたが、今年はオープニングも担当。

2.君が僕を知ってる (トータス松本)
お、いきなりこれですか、松本さん。今年はあんまり肩に力が入ってなくていい感じ。チャボのギターソロがアレンジを変えていた。

3.I Like You (トータス松本)
こっちのほうがトータスの声によく合う。「あ・は・ははっは」のところなんか特に。

4.ラプソディー (Leyona)
5.Good Lovin’(Leyona)
清志郎を歌うとどうも残念なときが多い玲葉奈お姉さんですが、今年はどっちもバッチリ決まった。よかったよかった。

6.Oh! Baby (LOVE PSYCHEDELICO)
7.いけないルージュマジック (LOVE PSYCHEDELICO)
さすがデリコさんだなあ。原曲を解体して、カントリーっぽかジャズっぽかったりするアレンジ。自分の歌にしている。もう一回聞きたい。

8.つ・き・あ・い・た・い (浜崎貴司・小泉今日子)
浜崎さんが先に登場。「みんなで呼ぼう、KYONKYON!」
小泉さん「46にもなってKYONKYONと呼ばれるのはうれしいですね」。小泉さん46ですか。小顔でかわいくて見えませんなあ。浜崎さんが「いろんなカタチで・小泉今日子と・つ・き・あ・い・た・い~」と絶叫してはじまった。サビのところではミニスカートの小泉さんが腰をくねらせて踊ってくださっておじさんは感謝。
清志郎とこの二人はいっしょにお好み焼きを食べて、KYONKYONの実家はお好み焼き屋なのでKYONKYONがとても焼くのが上手だったそうだ。

9.BABY#1 (浜崎貴司・小泉今日子)
「隠れた名曲」と浜崎さんが紹介。リラックスムードでいい感じ。

10.キレル奴 (吉井和哉)
全身黒のイケメン。一瞬誰だかわからなかったけど、やはり吉井さんでした。
「清志郎のイベントに吉井?と思う人もいると思うけれど、実は、めっちゃ緊張しています!そしてめっちゃ気合い入ってます!」と宣言して二曲目へ。

11.MOTHER / 吉井和哉
先日のジョンレノンスーパーライブでも歌ったという、清志郎訳詞の「マザー」。僕は2007年12月のジョンレノンスーパーライブで清志郎が歌うのを聴いている(DVD「ブルーノートブルース」収録)けど、ごめんなさい、吉井さんの声の方が少年の苦しさ悲しさを表現するには適しているように思う。清志郎より他の人が歌った方がいいと思うことは滅多にないけど、まあ清志郎のオリジナルではないからいいでしょう。

12.彼女の笑顔 (木村充揮・内田勘太郎)
憂歌団だ! 「天使のだみ声」だ! ギターの内田さんは初めてみるけどなんだかイケメンだ。木村さんの容貌魁偉ぶりはますます磨きがかかってる!!
この曲はぴったりあってるなあ。内田さんのギターがすごい。

13.上を向いて歩こう (木村充揮・内田勘太郎)
なぜか清志郎ではなくて原曲に近いアレンジ。別のメッセージがあったかな。
 
14.約束 (三宅伸治)
三宅さんここで登場。去年出てなかったので「来年は絶対呼んで歌わせろ、べいびぃず!」と念を送っていたので出てくれてうれしい。ボスに向かって歌い上げるまじめな三宅さんは僕と同じ歳。

15.JUMP (三宅伸治)
ギター一本でJUMP! これが不思議なことにちゃんとフルメンバーそろっての演奏に聞こえてしまう。

16.スローバラード (JUN SKY WALKER(S))
去年は民生さんだったが、今年はジュンスカがスローバラード! 
これを演奏して様になる人はなかなかいないのだ。大丈夫かと心配したが、大丈夫。いい演奏だった。
17.キモちE (JUN SKY WALKER(S))
清志郎と仲のいい寺岡さんの演奏を初めて見た。

【ビデオ】
1.ダーリンミシン(武道館 1988)
2.Call Me(武道館 1988)
3.ラプソディー(日比谷野音 1986)
4.激しい雨(BB King Clubナッシュビル 2006)
5.スローバラード(札幌市民会館最後の日 2007.1.31)
6.トランジスタラジオ(ブルーノート東京 2008.2.18)

未公開映像のオンパレード!に近かった。
とくに、札幌のスローバラードは初見! これは札幌のマーコさんがCHABOが出るからと言うことでライブに行って、いきなり闘病中のはずの清志郎が出てきたからびっくりしてうれしくて死にそうになったというサプライズライブだ。闘病中とは思えないエネルギー。これをいきなり見せられたら、気絶するわな。

18.Stting On The Dock Of The Bay (スティーブ・クロッパー)
クロッパーさま、今回も遠路はるばるありがとうございます。
最初に、スタッフや清志郎の家族に出演できたことに感謝して、その後さらにいろいろ英語で話していたのだが、さっぱりわからん。だれか聞き取れた人、教えてください。
 最後の口笛を聴衆もやるように求めていたけど、あの高音は素人には無理ですよ、クロッパーさん。

19.In The Midnight Hour (スティーブ・クロッパー)
定番の2曲を渋~~く演奏。この人の悠揚迫らぬ暖かい雰囲気というのはすごくいいなあ。きっと一緒に飲んだら最高に楽しいに違いない。

20.雑踏 (矢野顕子)
あっこちゃん、昨年に続いて登場。「雑踏」はこの人に雰囲気にぴったり。
「いろんな人が演奏して、とってもいいんだけど、一つ足りないのが、やっぱり本人よね」
だれも清志郎の不在について語っていなかったステージで、初めてあっこちゃんがタブーを破った。
そして、今年もやってくれ~~~と天に祈っていた「ひとつだけ」のイントロが!!!!背筋に電流が走った。

21.ひとつだけ (矢野顕子)
清志郎が隣でハモっているのが見える気がする。

22.まぼろし (ラキタ)
キーボードのKYONが「ボガンボスのボーカルのどんど・・・」と言いだした。え?どんとはずっと前に死んだはず・・・と思ったら「の息子のラキタがこんなに大きくなって、ライブハウスなんかで活躍しています!!今回の最年少!」
登場したラキタ。若い!! いきなり武道館だ。緊張するだろうなあ。宮沢和史にちょっとにている。不遇時代の心境を歌い上げたこの曲には若者がよく似合う。出だしはちょっと音が外れそうで??と思ったが、歌うにつれてどんどん調子が上がってきて印象的な演奏になった。

23.ハイウェイのお月様 (Chara)
「まだ出ていない人はCharaくらいかなあ」と思っていたら、案の定Chara様が登場。きれいなロングスカート。すてきなウイスパーボイス。CHABOとのデュエットでCharaが清志郎役をしたのがちょっとびっくり。

24.指輪をはめたい (Chara)
これはCharaのはまり曲だよなあ。ため息しかない。
昔、清志郎が「一曲だけ歌ってあげる」と言ってくれて、Charaがリクエストしたのがこの曲だそうだ。

25.エンジェル (斉藤和義)
まだ誰か歌ってない人がいたっけ・・・・と思っていたら、せっちゃん登場。ゴメン、すっかり忘れていた。準トリなんですね。たぶん、今回の出演者の中で去年一番たくさんCDを売り上げたやつだ。
その和義さんのエンジェルだが、切々と歌い上げて完全に自分の歌にしている。高音もよく出ていてさすがさすが。
ライブスタッフもよく心得ていて、斉藤さんのギターのストラップに反原発マークがついているのをさりげなくアップにしてスクリーンに映していた。

歌い終わって、和義さんは「いえ~~い」と脱力系の声を出しながら、右手を胸の前で小さく振る例の弱気ポーズ。いつ見ても笑えます。
「このステージの上にも日の丸がありますが、10年以上前に、清志郎さんが「君が代」でまたやらかしたとき(笑)、僕は清志郎さんに『大丈夫なんですか』ってきいたんです。そしたら清志郎さんは『10年に1回くらい発売禁止になった方がいいんだよ』(また笑)って言ってました。だから僕もね、それでいこうと(爆笑)」。いいねえ、斉藤さん。

26.涙あふれて (斉藤和義)
「おなじ歌うたいとして、この曲にはとても共感するものがありますから」と言って歌った「涙あふれて」。なるほどなあ。妙に実感的なわけだ。

27.ドカドカうるさいR&Rバンド (斉藤和義・奥田民生)
 民生さん再び登場。斉藤さんの弱気ポーズをまねして笑いをとった。二人でドカドカをやって盛り上げる。
 おなじみのカラーボール(直径1,5m位の巨大ゴム風船)がアリーナにばらまかれる。いつもならJUMPで使うんだが。
2階席で見ていると、上から落ちてきたボールをみんな前方に向かって弾き返すからボールがどんどんステージの方に集まってしまう。そうじゃない~~~後ろに弾き返さないとアリーナ後方の人が触れないじゃないか!できれば1階席に向かって弾いてそこのお客も触れるようにしないと!! 今年のアリーナはみんな下手くそだ! とくにアリーナBブロックの最前列の連中が、せっかくBブロックまできた風船をみんなAブロックに戻してしまう~僕があそこにいればそんなことにはならないのに~~。そんな、どうでもいいことばかり気になってしまったのでした。

28.あふれる熱い涙 (奥田民生)
29.誰かがBedで眠ってる (奥田民生)
民生さんは前回も「チャンスは今夜」をやってくれたが、今年もちょっときわどいこの曲を選ぶ。いいなあ。

30.いい事ばかりありゃしない (仲井戸麗市)
CHABOが「いい事・・」をやると、どうしても完全復活祭を思い出して涙ぐんでしまう。あのとき、武道館全周に観客を詰め込んだあのライブで、しんちゃんのギターにCHABOが絡んで、清志郎がそのステージで歌ったんだ・・・・
CHABOは、去年やっていた「天にいる清志郎に向かって拍手」を今年は封印していた。

31.トランジスタラジオ (浜崎貴司・吉井和哉)
32.雨あがりの夜空に (全員・武田真治 (Sax))
トータスが「去年は最後の最後で大失敗しまして(ビビって”OK,CHABO!”をコールできなかった)未だに言われる位なんですが、今年はがんばります」。すかさず民生さんが「トータスを聞きたいか!」と茶々を入れる。
そして、これも去年の反省を生かしたのかほぼ全員で『雨上がり』。KYONKYONもライブTシャツに着替えて踊っていた。
あれ、サックスが増えたと思ったら武田のしんちゃんでした。きてくれてありがとう。

そして今年も金色のテープがアリーナ上空にばらまかれた。「忌野清志郎ロックンロールショー2012」って書いてあるんだろうな。拾えた人いいなあ。しかし今回は前半分くらいにしか届いてないぞ。

このほかにも爆笑問題の太田がビデオで「僕は、この「月光仮面がこないのと」というのはすごくいい歌詞だと思ってたんだ。ところが彼女に向かって偉そうに演劇論をぶってたときに『「月光仮面がこないの」という意味がわかる?』と聞かれて『それはもちろん、ヒーローが来ないって言う意味だろ』と答えたら『女の子が月光仮面が来ないと言ったらそれは月のものがこないという意味よ。あんたはそんなこともわかってないの!』と言われて、それからけちょんけちょん」という秘話を披露していた。奥さんとの上下関係が逆転したのに清志郎が絡んでいたとは!!


終演してから”毎日がブランニューデイ””LIKE A DREAM”が武道館にかかった。完全復活祭でも特に印象的だったこの2曲。「夢を忘れるな」という清志郎とスタッフからのメッセージ。

終わったのは22時前。
今回は去年に比べて出演者を減らしたけれど、その分構成もよく考えられていて冗長な感じがなかったのがいい。どれも甲乙つけがたくよかった。

今年は、「清志郎の旅立ちを悼む」ウエットな感じが薄れて、とにかくみんなで清志郎を歌おうという空気だった。旅立ちからもう3年になる。喪に服すのは終わりで、これからは清志郎がくれたものをそれぞれが歌っていこうという覚悟のように思えた。

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雨宿り

2011年12月22日 | Weblog
7ヶ月ぶりの登校。
あ、不登校じゃないや、投稿だった。

この間、被災地ボランティアに行ってドブさらいしたら椎間板ヘルニアになって45日間の病休になったり、ついに50の大台に乗ったりと、こんなジジイでもそれなりに事件は起きるのだが、目下の急務は

「越冬活動のボランティアが集まらない!!」

これです。


2008年・2009年の越冬は、派遣村に世間の注目が集まったために、何もしなくてもわんさかとボランティアが集まってくれた。
2010年の越冬はその余波も終わり、かなり苦戦。でもどうにか延べ500人のボランティアが集まってくれて、6日間連続の活動をやり遂げた。
そして迎える2011年の越冬。世間の注目は震災被災地にむいているらしい。ボランティアツアーのバス旅行も人気らしい。
でもみなさん、みなさんが出発する池袋のバスターミナルのすぐ近くにも、この寒空に段ボールハウスや毛布一枚で震えている人がたくさんいるんですよ~~~

もちろん被災地支援は大事。私の職場でも何人もの人が行っているし、もっともっと行って欲しい。
でも、貧困と格差の問題は消えても隠れてもなくて、被災地でも池袋でも、もともと貧困にあえいでいた人が天災や人災でさらに打撃を受けて、さらにどん底に落ちるという構造は変わっていない。
ついこの前も、震災で被災して家も仕事も貯金もなくした人が、生活保護が受けられことを知らず、池袋に出てきたがついにホームレスになったという人に出会った。経済的な貧困と情報の貧困はいつも隣り合わせだ。

その人達が、寒くて辛い年末年始を乗り切るための支援が越年越冬活動。
12月29日から1月3日まで、毎日、昼飯と晩飯の炊き出し・医療生活福祉相談・衣類やコーヒーの配布・鍼灸マッサージ・夜回りを行って、年越しそばや餅つき・甘酒なのどのイベントもやるという,TENOHASI最大の集中活動です。
みんなで楽しくやれればお祭り。人手が集まらないと地獄。

みなさん、このジジイを過労死させないため、ぜひともお手伝い下さい。

詳しい日程や参加者の手引きはこちらへ。
http://tenohasi.exblog.jp/16967823/



タイトルは、斉藤和義の最新アルバム「45stones」より。
和義君45歳だそうだ。
震災の鎮魂歌と言うことだが、歌詞を見るとどう見ても震災後の日本について清志郎に聞きたいという内容に思える。

「聞いて欲しい話を
 あなたはどう言うだろう?
 あの時のように
 気にするな、と言うかな。
 ああ、あなたに会いたいよ
 ああ、今こそここにいて欲しい
 
 神様は忙しくて 連れてく人を 間違えてる」

 「ずっとウソだった」を出したあとに発表されたこの曲。
 今ここにいて欲しい清志郎がいないから、自分であの曲を出したに違いないと思う。
 いいぞ、かずよしちゃん。
 千葉のライブも最高だった。
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ひとつだけ 忌野清志郎ロックンロールショー 5月2日

2011年05月02日 | Weblog
この日は、清志郎が「銀河ツアー」に出発して2年目の記念日。この日、清志郎に会いたい連中が武道館の「忌野清志郎ロックンロールショー」に集まった。
ちなみに、「命日」という言葉は誰も使わない。「清志郎は生きてる、当たり前じゃないか」という公然たる了解がある。唯一の例外はスカパラが「今日はスカパラの初代ドラマーの命日でもあります」と紹介したときだけだった。

何人歌ったんだろう。清志郎の原曲のとおりに歌う人もいるし、思い切り自分のフィルターを通して歌う人もいた。
銀河の清志郎に届かせようとして歌っている人がいた。
清志郎が、この人の声を借りて歌っているように見えるときもあった。
共通しているのは、どの人になかにも、清志郎がしっかりと居ること。
もちろん、観客の自分たちのなかにも。
武道館は、清志郎のメッセージをあらためてかみしめて、清志郎の意志を継ごうとする人たちの祈りの場になった。

さて、チケットを確認してぶっ飛んだのは開演時間。16時ですよ、16時。どこでもだいたい21時半くらいまでは演れるはずだから、これは5時間半やるつもりなのか??仕事終わってからでは間に合わないじゃない! と言うことで、同僚には「すいません、ちょっと用事があって・・・」と、決して理由は言わずに、早退させていただいた。

ギリギリについた。グッズ売り場は長蛇の列。終演後に買えばいいやと思ったが、終演後に並んだらグッズは完売。パンフしか買えなかった。震災被災地への募金ブースがあったので1000円入れたら、缶バッジをくれた。らっきー。

さて、ネットに上がったセットリストを拝借して、思い出してみよう。

MIDNIGHT BLUEのイントロが流れるなか、完全復活祭みたいに、ディスプレイに清志郎の映像。自転車だったり、「今日もおれんちだと思って最後まで楽しんでくれ頼むぜ~」だったり。そして「OK、CHABO!」に合わせて

1、雨上がりの夜空に (ほぼ全員で。バンマス&のDr KYONが司会) 
 オープニングにもってくるというのは清志郎もいつかやってた気がする。
 宮沢さんやトータスさんなどが交互にボーカル。
 ラストの瞬間、大量の金テープがアリーナ上空に発射された。ちゃんと「忌野清志郎ロックンロールショー」と書いてある。いい記念になった。

2,激しい雨 (CHABO) 
 あらためて歌詞を聴いて驚いた。
”海は街を飲み込んでますます荒れ狂ってる
 築き上げた文明が音を立てて崩れてる
 お前を忘れられず 世界はこの有様
 OH 何度でも夢を見せてやる この世界が 平和だった頃の夢”
震災後の世界を歌っているとしか思えない。これは予言だったか?
 この後、何人もの人がライブやビデオメッセージのなかで「清志郎だったら今何をするだろうかと思う」と言っていた。
 その答は、もう、1人1人のなかにしか、ない。

3,Sweet soul music (Leyona)
 超ミニのドレスでレヨナ様が大サービス。武道館はキャバレーのナイトショーに。
 ただし、この人、けっこうハスキーだからもっと黒っぽい曲の方が似合うように思うな。

4,ダンスミュージック☆あいつ (Leyona)
 こっちの方がいい。「お願い神様かなえて欲しい」と歌いながら腰をくねらすところはおじさんを直撃。

5,ラッキーボーイ (金子マリ)
 マリちゃん登場。さすがですねえ、お姉様。たっぷり太ってまるっきりグレートマザー。

6.MIDNIGHT BLUE (金子ファミリー)
 と思ってたら、「予定になかったんだけど」とCHABOが紹介して子どもたち(RIZEのドラム金子ノブアキとベースのkenken)登場。「清志郎も俺も、2人のことはよちよち歩きの頃から知ってるんだ」。ママはド迫力のお顔(失礼!)なのだが、子どもたちはイケメン。若さあふれる演奏で、この曲の疾走感がよく出ていた。

7.JUMP (斉藤和義)
 恒例の巨大風船が客席にばらまかれて、和義ちゃんのジャンプ。なぜか他の人のブログなどでは酷評される斉藤さんだが、口べたなこの人の、ちょっと脱力した雄弁な歌はとても好き。
そして一言「清志郎さん、この国では、まだ替え歌は叱られます」「ざまー見ろ!!」
 知らなかったけど、この人、原発事故を痛烈に皮肉った替え歌を出してたんだね。ここに清志郎の意志を継ごうとする確信犯がいた。

8.ドカドカうるさいR&Rバンド (斉藤和義)
 斉藤さんは原曲を忠実になぞって歌うほう。パンチが効いている。

9.全てはAll Right (トータス松本)
「こんなときだから歌いたい曲が清志郎さんの曲にはたくさんあると思う。今だったら、これ」と語って歌った一曲。
 私も、TENOHASIでいろいろなことが起きてブルーだったんだが、これでぶっ飛んでしまった。「清志郎さん、見てくれ」とばかりに精一杯歌い上げるトータス。

10.よそ者 (トータス松本)
 「中学生の時初めて買ったアルバムから、ちょっとマニアックな曲を」といっていたような気がする。トータスも清志郎そのままに歌い上げる。 

11.雨上がりの夜空に (泉谷しげる(途中まで))
 ここで、アリーナの真ん中にセンターステージが登場。なんだ、実は今日一番いい席は、A6ブロックの最後列だったんだ。
 で泉谷登場していきなり「雨上がり」。今日は「キーがたけえ」とか文句も言わずにマジメに歌ってるな、と思ったら、歌詞を間違えたか忘れたかして演奏中断。観客のブーイングに対して「うるせえ、俺が間違えたらお前らが歌え。どうせあとでみんなで歌うんだろ」といつもの泉谷節。
ブログで「プロにあるまじきこと」と書いていた人がいたが、泉谷は歌のプロではなくて怒鳴る方のプロなんだから、これは確信犯なんだよ。

12.サマータイムブルース (泉谷しげる)
 「原発は安全なんだろ、だったらお台場に原発を作れ、石原。九段でもいいぞ!!」とまた絶叫して、会場は一気に反原発集会に。

13.ラブミーテンダー (泉谷しげる)
おお、泉谷がマジメに歌ってる、と思ったら歌詞間違えた。

14.金儲けのために生まれたんじゃない (ゆず)
 ゆずはこの曲が好きだなあ。RESPECTでもやっていたような気がする。若々しい2人のヴォーカルがパワフルに重なって、楽しい。この人たちも歳を取らないなあ。

15.イマジン (ゆず)
 悠仁が「清志郎とよくお好み焼きを食べながら、『北川君、人と違うことはいいことなんだよ』といってました。今だったら清志郎はどんな歌を歌うんだろう」と話して、イマジン。3年前の『ジョンレノンスーパーライブ』での、清志郎の神がかった名演を彷彿させるパフォーマンス。「清志郎さん、僕たち、歌っていきます」という決意表明だった。ついでに、人の声というのは最高の楽器だと思った。
 
16.ファンからの贈りもの (真心ブラザーズ)
 自己紹介も無しに、一気に歌。この曲のブラックなところがよく出ていた。

17.2時間35分 (真心ブラザーズ)
 GATTAGATTA、が清志郎ばり。

18.トランジスタラジオ (サンボマスター)
 山口がいつものあおりをかましたあと、イントロのソプラノサックスをコーラスでやるという珍しいバージョン。山口君、ちょっと痩せたなあ。もっとデブでブオトコの方がサンボらしくて僕は好きだが、一緒に行ったKさんは、ロッカーが痩せてないのは許せないそうで、よかったと言っていた。

19.世界中の人に自慢したいよ (サンボマスター)
 山口にふさわしい一曲。とてもよかったのだが、テレビで清志郎との共演を見たものとしてはもっともっと行けるだろうという不満が残る。泣きの山口にはもっと悲しい切ないラブソングの方が合っていたかも。

20.危ない二人 (スカパラ・大森はじめ)
 再び正面ステージに戻って、スカパラ。オリジナルの有名な曲・・・名前がわからないが・・を1曲入れて、そのあとにこれ。さすがの圧倒的におしゃれな演奏。

トランジスタラジオ (スカパラ・茂木欣一)
 ドラムがボーカルを取って、今日2回目のトランジスタラジオ。「中一の時、友達と”エネルギー”を歌いながら帰った」そうで、お馬鹿な中一男子の姿が目に浮かぶ。ものすごく一生懸命やってくれているのが伝わってきた。

21.銀河 (原田郁子)
 激しいスカパラのあとは、静かなバージョン。
 センターステージに。クラムボンの原田さんが登場。
 清志郎との共作のこの曲1曲だけやってくれと依頼されたそうで、数ある共作曲からベイビイズが特別にオファーしたと言うことか。
 「ぼーくらーは銀河の星くずだよ」宮沢賢治の世界を現出してみせるこの曲は、詞が原田さんで曲が清志郎。清志郎って、どうしてこんなに多彩な曲をかけるんだろうかね。アルバムよりも今日のライブの方がよかった。

22.多摩蘭坂~君を呼んだのに~多摩蘭坂メドレー(ハナレグミ)
 次は、思い切り自分のフィルターを通す派のハナレグミ。
きらめくボーカルとギターで、多摩蘭坂の世界を現出させて見せた。これは大好きな人と、あまりにハナレグミで好かない人の二つに分かれるみたいだ。僕は大好き。

23.君が僕を知ってる (浜崎貴司+高野寛)
 「2人組ですが、ゆずではありません」と自虐ネタをかましながら登場。誰も間違えないって! 気持ちのいい演奏。

24.デイドリームビリーバー (浜崎貴司+高野寛)
 これも合ってる。

25.恩赦 (矢野顕子)
26.ひとつだけ (矢野顕子)
 またまた自己フィルター派。大変な人気で「あっこちゃん~」の声が会場中からかかる。「年齢を重ねてきて、それでもあっこちゃん、ってよばれるのは嬉しいです」とにっこり笑ってから、あっこちゃんが大好きだという『恩赦』。しかし、僕としては清志郎との名演「ひとつだけ」をやってくれることを神様にお願いした。そして2曲目。「ひとつだけ」のイントロが・・・
 このデュエットはyoutubeでいくつかのバージョンを見ることができるが、僕は2002年のフジロックのものが一番好き。グリーンステージの空気感、「世界中の花を集めて作るオーデコロン」と歌うとき、清志郎が毛だらけの脇を見せてオーデコロンを付ける仕草を露悪的にして、そこから一気に愛にあふれたハーモニーにもっていく所など、たまりません。気がついたら、まわりで何人もが目頭を押さえている。さらに気がついたら、自分も号泣。
 「一番欲しいものは あなたの心の白い扉 開く鍵」を、清志郎はいつも「黒い扉」と歌っていたのだが、今日はあっこちゃんも「黒い扉」と歌っていた・・・ような気がする。

27.ぼくの自転車に乗りなよ (宮沢和史)
28.上の空 (宮沢和史)
 ここで正面ステージに戻る。
 宮沢さんは2曲ともとてもあっている曲をチョイス。特に『上の空』の高音部は清志郎そっくりだった。
 
29.幸せハッピー (細野晴臣+高野寛)
 細野さん、高野弘志を引き連れて登場。HIS再結成の一曲をいつものぼそぼそとした声で。武道館は一気に盆踊り会場。坂本冬美も来て、「夜空の誓い」を歌って欲しかったな。

 藤井ユー、と声をかけたが、呼び捨ては嫌みたい。別の人の「ユーさん」という声には答えていた。

30.自由 (YUKI)
31.不思議 (YUKI)
 ジュディマリは好きなので大いに期待したのだが、YUKIちゃん、一生懸命歌いすぎて、キンキンしたボーカルになって残念。「中学の時、初めて聞いたこの曲に心を鷲づかみされました。妖しくてセクシーで・・」というので、てっきり『いけないルージュマジック』だと思ったら『不思議』だった。若いんだね。このセンスはさすがYUKI。衣装もがんばって思い切り脚を出して、あちこちから「かわいい!!」と言う声をもらってた。

32.スローバラード (奥田民生)
 たみおさん、歌うまいなあ。これをやって様になるのはUAと民生さんだけ。男性で原曲そのままに歌ってこれだけ聞かせるのはこの人だけだろうな。

33.チャンスは今夜 (奥田民生)
 「僕は、この曲を聴いてミュージシャンになろうとおもいました。でも現実はぜんぜん違いました。(CHABOの方を見て)でもCHABOさんは半分くらいはこういう思いをしたんですよね(CHABO、苦笑い)」と言うMCのあとに「相棒、女の部屋に忍び込んでわるさしようぜ、今夜!」とこの曲をやるとは流石たみおちゃん。ツボを心得ていらっしゃる。

34.ROCK ME BABY! (ザ・クロマニヨンズ)
35.ベイビー逃げるんだ (ザ・クロマニヨンズ)
36.いいことばかりはありゃしない (ザ・クロマニヨンズ)
 ただ1人(一組)だけ、3曲を演奏したのがクロマニヨンズ。圧倒的迫力。こういう曲をやらせたら右に出るものはないな。

 ヒロトが『次はいよいよ忌野清志郎の登場です』というので期待したが、ビデオのメドレーでちょっと拍子抜け。だいたい見たことがあるようなものばかり。この時点で5時間すぎてる。船漕いでいる人がちらほら。

そしてエンディング

37.ブン・ブン・ブン (CHABO)
 清志郎の「も、もう一発行くかい?」にあわせて「ブブンブンブンブン!」とはいるのがかっこいい! 金子マリ姉さんも再び登場。CHABOはこの間清志郎の曲をたくさん歌ったから歌がうまくなったという見方があったけど、確かにそうかも知れない。叩きつけるボーカルが力強い。

38.雨上がりの夜空に (CHABO+奥田民生+斉藤和義+トータス松本)
 出演者全員が出ると思ったんだが、なぜか3人のみ。
 トータスがMCなんだが、なぜかビビリまくりのテンション下がりまくり。「清志郎さんの映像を見たら、怖くなりました」と言っているのがかわいすぎだ。どうにもこうにも盛り上げられないので、たみおが「トータスを聞きたいか!トータスを聞きたいか!」と煽って、ようやくトータスも「OK CHABO」とコールできた。

途中で「忌野清志郎ニュース」「忌野世界旅日記」「グッズ企画会議」などの映像を挟みながら約5時間半のステージ。

終わった後に、チモールで「誰がよかった? いまいちだった?」を話した。

僕は矢野顕子がベスト。賛成する人も何人か。でも「ここは清志郎の曲を歌って欲しかった」という人も居た。
サンボマスターやYUKIについては、僕としては期待はずれだったが、期待していなかった人は「すごくよかった」。好みはほんと人それぞれ。
僕はよけいだと思った各種映像集も、楽しんだ人も居たのかも知れない。
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ダンスパーティー

2010年12月29日 | Weblog
”シャンペンを抜いて
 キミに注ぎたい
 君の愛のグラスに
 今夜注ぎたい

 ダンスパーティーにおいで
 だって君も好きそう
 はやくおいで~nanana”

ということで、今日から恒例の越年越冬活動です。
昨日の準備だけでもうからだはガタが来ているけど
ガタガタガタとシャウトしながらどうにかやるぜ。

お友達の皆さん、ぜひ差し入れ持って遊びに来てください。
スケジュールは
http://tenohasi.exblog.jp/
をみておくんなまし。

さて上から下までばっちり着込んで出発。

写真は、12月25日 クリスマスの日の衣料配布
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ハッピーバースデー

2010年10月01日 | Weblog
皆様、オヤジの49歳にたくさんのお祝いメールありがとうございました。
(去年と違って、催促しなくてもたくさん来ました。あはは)

しかし、誕生日=9月28日の朝、我が家は大荒れだった。

その前夜、連れ合いと半分ずつ食べる約束だったお焼き(野沢菜入り)を全部食べられちゃったので、僕はすごーーーく頭に来て怒りまった(子供か?)。

そして誕生日の朝、連れ合いに「何か言うことは?」と催促。
寝ぼけ顔の奥様「おはよう」
「ほかには」
「何かあった?」
「何かじゃないだろ!今日は何の日?」
「えーと、ゴミの日?」
みたいなやりとりで、僕がブチッと切れた。
「何で誕生日を覚えてないんだ!去年もそうだろ!」
怒鳴られた連れ合いも逆ギレ
「日付の感覚がなかったんだからしょうがないじゃない! 
 その程度のことでごちゃごちゃ言うな!」
久しぶりの大喧嘩。

くそー・まったく・ひどい・くやしい・離婚だ~~、
ぶんぶん怒りながら職場に向かったのでした。

まあ、昨日のお焼きの恨みを引きずっていたというのもあるが、
それにしても、どうしてこんなに頭に来るのか、自分でも不思議。
授業の合間に考えた。

若い頃は、自分の誕生日なんてどうでも良かった。
1年たてば必ずその日がやってくるわけで、どうして「おめでとう」なんだ?
それなのに祝ってもらうなんて、なんだか気恥ずかしい・・・

もちろん、他人の誕生日を祝う気持ちは大いにある。
あなたがめでたいと思っているんなら、きっとめでたいんだろう。
OKだぜ。ハッピーバースデー!!!

でも、全くたいしたことない自分が、別にめでたいとも思っていない誕生日を祝ってもらうなんて、とっても気恥ずかしい。
家族はまあお互い様だから仕方ないとして、例えば、同僚とかTENOHASIの仲間とかにお祝いされるのは勘弁、と思っていた。
誕生日を聞かれたら「9月31日」と答えていた。

でも、去年くらいから、感じ方が変わってきた。
無事に誕生日を迎えられたというのは、かなりめでたいことではないのか、と。

何しろ、もうすぐ50だ。
この1年、衰えてゆく体力と、死滅してゆく脳細胞を抱えながら、
仕事、家事、レジャー、押し寄せてくるトラブルに
経験から来る若干の知識と知恵だけを頼りに対処してきたのだ。
息も絶え絶えになりながら。

そんな中、満49歳の日を迎えた。
49年も生ききった。
ついに50年目に突入だ。
よくぞここまでがんばったなあ。

おめでとう、自分!
こりゃめでたい!

産んでくれたお袋もさぞ喜んでいるに違いない。

ということで、いつの間にか、自分で自分の誕生日を祝う気満々だった。

それに、人生も後半戦、しかも終了時間未定のゲームだから、
あと何回誕生日を迎えられるかわからない。
(清志郎は、この時点でのこり一ケタだった)
祝ってくれてもいいだろ?

だから、連れ合いが寝ぼけて誕生日を忘れていたことに震えるほど頭に来たんだな。

それがわかったので、その夜は自分でケーキを買って、帰ってきた息子を呼んでお祝いした。
でも、もし1人だったとしても、ちっともさびしくない。
何しろこんなにめでたいんだから。よかったなあ、S。

ちなみに、その夜は仕事で泊まりだった連れ合いからは、あとで、謝りの電話とおわびのお焼きがきました。

というわけで、
これからは歳を取ればとる程めでたいので、ますます盛大にお祝いすることにします。
あ、そのまえに親のお祝いをしなくちゃね。

今の心境そのものずばりのタイトルは、ニーサンズの最初のアルバム”GOGO2・3’S”より。
2・3’Sってとっても好きなんだけど、ファンの間で評価は低いらしい。

この曲は、このアルバムで唯一、ギターの山川のりをの作詞作曲。
若々しいボーカルで、けっこう好きな曲

”一番はじめに息を吸った日
 それが今日 おめでとう
 一番はじめに喉を震わせた
 光も少し感じた

 今はもうお父さんや
 お母さんにもうんざり
 でもこれだけは動かない事実
 君はふたりのセックスによって生まれた!!

 ハッピーバースデー トゥーユー”

なんと言うことはない曲だけど、とっても歯切れがいい。
久しぶりにギターパンダのライブに行こうか。








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あいつの口笛

2010年09月20日 | Weblog
やっと秋。
少し元気になってtenohasiの活動にも復帰した先週の日曜のこと。
飯を食べていて、のどの奥に違和感を感じた。
ちょうど、魚の骨が刺さったような異物感。
こ・こ・これは
のどの奥に腫瘍?
喉頭ガン??

ついに来たか、と思った。

喉頭ガンはリンパ節に近いので転移しやすいというのは清志郎の時でも明らかだ。
路上生活をしていたmさんは、東大病院で声帯をとったのに1年もたなかった。
余命は・・・あと2年?

まあ、ガンならしょうがないよな。

いつかは死ぬなら、清志郎と同じ病気というのもいいかもしれない。

子供たちも成人したし、家のローンも終わったし。
とりあえず家族が路頭に迷うこともないだろう。
「思い残したこと」もあまりないし。
tenohasiもどうにかなるだろう。

仕事はすぐ休職していいかなあ。
もう治らないって、どんな気分だろう?
天国で清志郎のライブに行けるかなあ?
卑弥呼にも会ってみたい。
・・やっぱり邪馬台国は大和?

楽しく考える。
不思議なくらい恐ろしさは感じない。
でも、本当にガンだと宣告されたら自分はどうなるんだろう?

そして、5日後。名医が営む病院へ。
てきぱきしたドクターは、僕の鼻にファイバースコープを差し込み、
慎重に画面を眺めた。

「ガンです。かなり進行しています」

と宣告されることを心静かに待った。

「これは・・・胃酸が逆流して喉を刺激したことで起きる○○○肉芽ですね」

「あの、ガン、じゃないんですか」

「その可能性はきわめて低いでしょう。
 暴飲暴食は控えて、ビールなど炭酸系の飲み物ははなるべく減らしてください」

「はあ」

なーんだ。
飲み過ぎ食べ過ぎでしょっちゅう胸焼けを繰り返していたのが悪かったらしい。

これからどうなるのかと思っていたのに、拍子抜け。

というわけで、薬を飲む以外は生活に変化無し。

清志郎に会えるのはまだ先らしい。

早く会報誌の編集を終わらせなくちゃ。

タイトルは、清志郎最後のアルバム”夢助"の最後の曲。
”遠い旅の途中で ふと立ち止まるとき
 かすれた口笛が聞こえた気がしたんだ
 オレンジ色の風が 青い朝の道を
 ゆっくり走り出す 旅はどこまでも”

そうだね、旅はどこまで?
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メルトダウン

2010年08月27日 | Weblog
毎日暑い。太陽が暴力的。
日中、外にいると、冗談抜きで生存の危機を感じる。
空気が変質して液体になり、べっとりと皮膚にからみつく気がする。
肺は熱気をすって呼吸困難にあえぐ。
今日も、午前中プール指導をして、午後は屋内で事務をしただけなのに、40分自転車をこいで帰って来たときは倒れる寸前。
建築や警備など外仕事の人は大変だと思う。
路上生活の人も。何人も倒れているに違いない。

それをどうにかしたいという気持ちはあるのだが、僕もダウンした。
肉体的に・精神的に。

8月14日にやったTENOHASI夏祭りでは、昼にそうめん配布と慰霊祭・スイカ割りを行い、夜は衣類とおみやげ(下着や石鹸など詰め合わせ)配布・カレー配食を行った。

去年までは、全て南池袋公園でやっていたから、夏祭りといってものんびりしたものだった。
しかし、今年は初めて調理する場所と配布する公園が別々になり、しかも猛暑。
みんな疲れてイライラしてトラブル続出。
しかも、今まで公園班を仕切ってくれた事務局次長シロクマ氏は仕事が忙しくなってリタイア中。
そのため僕は朝7時から活動を開始し、調理場所を設営し、トラブルに対処し、トラックを運転し、公園班を仕切り、ケンカの仲裁をして・・・・開始から14時間たって疲れてきたとき、トラックを運転していて赤信号に気がつかず交差点に突っ込んだ。お巡りに捕まって減点と反則金。でも、もしバイクや車が来ていたら、トラックで押しつぶしていただろう。事故にならなかっただけで大ラッキーだった。
これで心が折れた。

いままで、この活動は自分にとってはレジャーだと公言してきて、実際、大変だとか思ったことはほとんどなかった。TENOHASIが小さいときは全ての活動が視野に入っていてコントロールできていたし。
 しかし去年から緊急シェルターが始まり、夏は公園移転問題に追われ、今年は世界の医療団・浦河べてるの家との共同プロジェクトが始まった。活動が広がるにつれて、自分だけではコントロールできなくなってきた。スタッフも、会報誌編集や公園班リーダーがリタイアしたので後任が見つかるまでとりあえずひきうけた。
明らかにキャパを越える仕事が押し寄せていたのに、自分でどうにかできると思っていたのが大間違い。
楽しく活動しているつもりだったが、次々に手を広げているうちにコントロールがきかなくなり、大爆発・・・だった。
原子炉が核分裂を制御できなくなり、暴走してメルトダウンしてしまうような。
急速な事業拡大で大量リコールを出したトヨタ自動車みたいな。
残るのは燃え尽きたオヤジ。「燃え尽きたりしません。遊びだから」と言っていたのに。
流石に今回は疲れ果てて、「夏休み」宣言をさせていただきました。


燃え尽きて分かったこと

今まで、TENOHASIのことを考えるとワクワクした。今は、どーんと重く感じる。

TENOHASIの組織を見直し、新しい体制を作るにはいい機会だと思うのだが、全く頭が回らない。だれか、「持続可能なTENOHASI」のために、アイデアを出してください。スタッフになって下さい。

先日、ある学習会で講師の紹介をすることになったが、頭が回らない。
アレも言わなきゃ、これも言っとかないと・・・と思って迷走してしまい、講師から「巻き」のサインが出た。
よく、当事者講師が不意に質問されると、どぎまぎしてピント外れなことを延々と話すことがあるが、その気持ちが初めてよく分かった。

古い友人と会う機会があったので、グチを聞いてもらおうと思った。相手もそれとなく水を向けてくれたのだが、どこから話していいかも分からず、結局言い出せずじまい。グチを言うにもエネルギーが必要だ。特に男は普段グチを聞いてもらうという習慣がないから、恥を忍んで?グチるためにはより大きなエネルギーが必要だ。男って損だとおもう。

ということで、現在、たれぱんだみたいにべったりと溶けて垂れております。
涼しくなったら復活すると思うので、それまで暖かく見守ってやってください。
そうだな、激励メールも受付中。


"俺の脳がメルトダウン
 大脳も小脳も ダウンダウンダウンダウン
 恐ろしいことが起こってしまった
 もうだめだ 助けられない もう遅い”

 原子力発電所のメルトダウンを歌った曲。”Music from Powerhouse"と”Baby#1”の2テイクがあるが、微妙に歌詞が違う。ここは後者の歌詞。こっちの方が、チェルノブイリから時間が間もないせいか、生々しく聞こえると共に、シュールな音で好き。
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うぐいす

2010年07月11日 | Weblog
tenohasiに米騒動が勃発!
いままで毎月の炊き出しで使う米約200キロを新宿の支援団体から分けてもらってたんですが、新宿も新たな事業をはじめて米不足になったとか。
そのため、tenohasiもこれから米は自分で集めることになった。

と、書くのは簡単だが、越冬分も含めて年間ざっと3トンですよ。3000kg
一番安い米でもキロ300円くらいしますから、ざっと90万!!
事務局長たる私がどれほど青ざめたがご想像下さい。
それがなくても毎月10万の赤字なのに・・・・

「米がねえぞ、米よこせ~~~」
仲間内でSOSを出した。
すると、ありがたいもので、あちこちからお米提供の申し出を頂いた。

横浜の寿日雇労働者組合から450キロ!
長野の山谷(やま)農場から318キロ!
個人からも50キロ・60キロと。
ありがたやありがたや。

先日は、長野の山谷農場までお米を受け取りにいった。


話し相手に連れあいを乗せて、関越練馬インターから山谷農場まで約3時間の快適ドライブ。
さんざん迷ったあげくたどり着いた農場の倉庫では、藤田さんがニコニコしながら待っていた。
藤田さんはとっても優しい声の腰の低い方で、「お米をもらいに行ったあんたの方がよっぽど偉そうだったわよ」とあとで連れあいに怒られました。

山谷農場は、もともと東京の山谷で支援活動をしていた藤田さんが、現場の活動は他の人に任せられるから、俺は田舎で食糧を確保しよう、と1人で長野に来たはじめた活動だそうだ。
路上生活当事者と共に畑を耕したり、農家から余ったお米や野菜をあつめたりして全国の生活困窮者支援団体に分けている。最近は地元の町おこし村おこしの活動にも携わっているそうだ。ご自身は神奈川で仕事をしながら毎週末は長野で活動しているとか。
自分でニーズを発見し、たった1人でこんなステキな支援活動を切り拓くとは、実におもしろい人で、学ぶものが多いなあ。

うちのボロ車に米318キロと、上田の専門学校の先生が作ってくれたというタマネギ60キロを載せた。信濃毎日&毎日新聞の取材も受けて、ミッション終了。

しかし、せっかく長野まで来てそのまま帰る手はない。今夜のtenohasi運営会議はみんなに丸投げして欠席連絡済みだし。温泉入って宿を取ってのんびりするぜい!

藤田さんが「温泉なら八峰の湯がいいですよ」と教えてくれた。
車で15分ほど。白樺の高原に八峰の湯はあった。
「八峰の湯」は「ヤッホーのゆ」とよむ。ダジャレみたいなネーミングで温泉もダサイのではないかと心配したが、さにあらず。立派で清潔な建物で、掛け流し温泉とサウナで500円! 岩盤浴まで付けても1000円! 池袋なら岩盤浴だけで2000円取られますよ。

風呂もサウナも岩盤浴もとてもよろしく、これはお客が来るわけだな。
ちなみに、晴れたら風呂から八ヶ岳連峰が丸見えらしい。ヤッホーの湯である理由が分かった。

ゆっくり暖まって、ああ、疲れがとれた・・・・と思ったら
逆にどんどんだるくなってきた。
体の奥にしまってあった疲れがどっと噴出したみたいな・・・
パンドラの箱を開けてしまったみたいな・・・・・

中山道の宿場町の老舗旅館では、おいしい料理を頂いたあと、7時半に爆睡。
翌日はどうにか帰宅して、そのまま寝込みました。
1週間くらい湯治したい。

タイトルはRCサクセション最後のアルバム"Baby a Go Go"より。
チャボの曲
”快復の午後に 時間をぶっつぶしてたら
 手招きする空で 雲が急に光ったんで
 新しい 奇跡の前ぶれ感じたのサ
 うぐいす一声 鳴いたような気がする”

いいなあ、この歌詞。
適度に力の抜けたバイオリンとボーカル。
ゴキゲンなお米ツアーにぴったり。

”変革の真只中 計画を練ってたら
 からっぽ夏の待ち合い室
 友達が急に現われたんで
 新しい oh 奇跡の前ぶれ感じたのさ

 快復の午後に 時間をぶっつぶしてたら
 神様のハイウエイ 雲が急に光ったんで

 それで......
 それで......
 それで......”

藤田さんともこれから長いつきあいになるでしょう。
よろしくお願いします。
お米は、4ヶ月分は確保しましたが、引き続き募集中!
もし提供してくださる方がいらしたらこちらまでご連絡下さい
よろしくお願いします。
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パパの歌

2010年06月16日 | Weblog
娘が就職の内定がとれたそうだ。
よかったよかった。これで大学の学費支払いから解放される!
しかし、その後、バイト三昧でますます家に寄りつかない。
今日なんか、19時に家に帰ったらバイトに行く娘とすれ違った。
「行ってきます」とは言っていたが・・・

某監査法人に勤める上の息子君は、毎日午前様で過労死するんじゃないかと心配したが
今日は20時にかえってきて
「プレゼントがあるよ」
そうか、やっぱり男同士、通じるものがあって
感謝したいんだなと思って袋を開けたら
洗濯機の洗濯槽クリーナーが入っていた。
確かに。
ここのところ、新しい洗濯機なのに、洗うと海苔みたいなものがくっついてくる。

タイトル曲は、確か清水建設のCMだったような(検証していません)
”昼間のパパは男だぜ”
とかいう糸井重里の恥ずかしい歌詞にゴキゲンなメロディーを付けたら
結構ヒットしてしまったらしい。
パパになってまだ間もない頃の高揚感が感じられる曲。
このminiアルバムでは、「犬の子」の方が好きだな。
そういえば、ライブが始まるときのあの声が裏返るお兄さんの煽りで
「数々の大ヒットナンバー 僕の好きな先生! スローバラード!・・」
などのコールの中に「パパの歌」は入ったことがあったっけ?
誰か記憶にあります?
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5月2日

2010年05月03日 | Weblog
5月2日。寝不足で頭が痛い。
清志郎の命日。なにするかをずっと考えていたんだが、用事が入って山にも行けず、中央線沿線をふらふらと過ごした。
12時から三鷹で開かれた障害者ミュージカルの手伝い。会場係。人が押し寄せて、さばくのが大変。
開演したら閑なのでNHKFMの「今日は清志郎三昧」を聞きながら日記を書く。

仕事は17時に終わった。空を見上げると青空に浮かぶ雲。しばらく図書館の庭でラジオを聴きながら寝ていた。三宅伸治の素直すぎる話を聞いていた。「ボスに感謝、それだけです」

チモールに行くには早すぎる。ハナミズキの花を見ながら吉祥寺へ移動。ライブバーBlack&Blueでの~吉祥寺 ROCK'N ROLL SHOW~『ボスからのRADIO』。3000円
 4つのバンドが出るんだが、ここ、楽屋がない。今まで横で飲んでいた人がいきなりステージに上がって演奏を始める。客は一番多いときで30人くらいか。バンドメンバーやその関係者が多いみたいで、僕みたいにただ清志郎のイベントだからと言う人は少数派みたいだ。

4バンド出るんだが、1つめはコピーで、2つめは自分流にぶっ飛んだアレンジでカバー、3つめは清志郎の影響をもろに感じるオリジナル中心、とそれぞれの特色があってよかった。

★Chain Smoker 猪首のおじさんがボーカルのアラフォー?バンド。「ベイビー逃げるんだ」など 
★メコシキ  危ない目をしたお兄ちゃんがボーカル。やたらかっこつけた優男がドラム。「僕の自転車の後ろに乗りなよ」をエレキで絶叫。
★酔いどれ天使 オリジナルを中心に。最初に「さむらい」という曲。肩肘張っている印象だったが、途中から元タイマーズの杉山章二丸が参入。実に楽しそうに叩く。
★CHHHIN TYHHHOS/チン・タイホーズ 杉山章二丸のバンドで、これがメインだったろうが、なんだか疲れて出た。

各バンドの「一番好きな曲」として演奏されたのは、あるバンドは「わかってもらえるさ」次が「すべてはALLIGHT(YA BABY)」。いつかビッグになることを夢見ながらバンドをやっている人たちにはこれが効くんだろうな。

ラジオを聴きながら自転車で高円寺へ。トータス松本が涙をこらえて歌った「僕の好きな先生」そして「エンジェル」「ヒッピーに捧ぐ」のメドレー。NHKめ、ここで泣かせるつもりだな、と思っても、やっぱり泣けてしまう。目と鼻から液体を垂れ流しながら五日市街道を走る怪しいオヤジを見かけたら私です。

高円寺に21時半ごろついて、チモールへ。客は6人くらい。特に今日だからごった返しているわけではなかった。マスターと友人の消息や、多摩蘭坂に行かなかった話などをぼそぼそ。ここはなんにも話をしなくても落ち着く。マスターもなんにもいわずにレア音源を流し続けていた。バーボン4杯飲んで帰った。

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4月2日

2010年05月03日 | Weblog
この日は清志郎の59歳の誕生日。
船橋の「月」で開かれたライブイベント「キセキのキヨシロー」にいった。

ずいぶん前にかぁこさんからお知らせをもらっていたけど、年度初めの金曜だから絶対残業になると思って、返事していなかった。
でも、この企画をかぁこさんと推進していた「月」のマスターが急死されたというニュースを見て、無理してでも参加しようと思ったわけです。

というわけで一切の仕事を振りきって定時に退勤。
船橋までは電車で1時間ちょっと。意外に近いんだね。月までは歩いて10分くらいかな。雨が上がってよかった。かぁこさんがセンターテーブルの席を取っておいてくれた。店内は満席。ライブハウスというと地下の暗いところしか知らなかったので、1Fで外も見える開放的な空間が気持ちいい。
店は、かぁこさんと仲間たちが総力を挙げた装飾で一杯。中央にはきらきらのキーボードを描いたベストをまとったマスターのギター。夢風さんが惜しげもなく破いて張ってくれた古い清志郎カレンダーとか、いろいろなグッズが。

まず、かぁこさんがご挨拶。
これは第1回で、いずれはCHABOも出る大イベントにするつもりらしい。すごいなあ。

メンバー登場。新井田さんが、いつものちょっとはにかんだような、知らんぷりしているような顔でドラムへ。
ボブマーリィみたいなおにいさんが力一杯ボーカルをとる。「たとえばこんなラブ・ソング」「お墓」「よそ者」など。

次に、ギター1本抱えた小柄でパワフルなお兄さんが登場。思い入れたっぷりに、かぐや姫やら四畳半フォークのことを語り、切々と歌うのは「あの歌が想い出せない」。
どこかで聞いたことがあると思うのだが、清志郎の曲だっけ? ひょっとしてかぐや姫の曲か?・・・・かぁこさんに聞いたら、「キミかわいいね」のB面で、かぐや姫に提供した曲なんだってね。勉強になりました。

第二部はまたパワフルなお兄さんがボーカル。新井田さんが今日のための選んだのが「モーニングコールをよろしく」だった。あんまり重くない曲を選ぶのが新井田さんらしい。新井田さんがコーラスを付ける。かわいいおじさんだなあ。
そして、もう一つの新井田さんのリクエスト曲が「あの娘とショッピング」。これも初めて聞きました。ノリノリのブルース。でもあまりに憂歌団っぽいところがレコードにならなかった理由かなあと思った。

この日のためにマスターが書いた「キセキのキヨシロー」。
"yeah、今夜よォーこそ このロックンロールショー
 愛を歌うよそ者が まぼろしを見る夜 なんとも たまらない”

清志郎の曲名をちりばめたステキな曲。本人に生で演奏してもらいたかったなあ。

清志郎の曲を他の人が歌うと、どうしても「ここが清志郎と違う」とか思ってのれないのだが、この日はどの曲を聴いても勝手に清志郎の声が脳内で再生され、とてもいい気分(あ、でもこれは目の前で演っている人に失礼だね)。

雨上がりでは久しぶりに跳んだり跳ねたり。

アンコールにスローバラードのインストバージョン。これがおしゃれでした。

かぁこさん・野口さん・出演者とスタッフとボランティアのみなさん、雨上がりのステキな夜をありがとう。
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