一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

訃報

2016-11-05 08:33:07 | 雑記


       高井有一さんの訃報を新聞(10月27付)で
       知って驚いた。84歳。
       その3日前に、ある会合で高井先生のことについて
       語っていたからである。
 
       芥川賞を受賞した『北の河』を筆頭に、『立原正秋』
       (毎日芸術賞)、『夜の蟻』(読売文学賞)等々、
       好きな作品を挙げたらキリがない。

       私は文章修業時代(数年間であったが)高井先生の主宰
       する同人誌に入っていたことがある。

       尊敬し大好きな先生の謦咳に接することができ、
       身近に文学論を拝聴することができるのは最上のよろこび
       であった。
       同人誌に入る場合、好きな師をえらぶのは当然のことと
       はいえ、そううまく巡り合わせは来ない。
       毎回、先生の一言一句を聞き逃すまいと必死だった。

       まず、仕上げた作品を先生に見てもらって、手直しをする
       ところは直す。
       2~3回それを繰り返して、合格なら同人誌に掲載される。

       合評会では、仲間の同人から手厳しい批評を受けること
       なんてしょっちゅう。
       勉強の身だから当然のことである。
       それでも、あまりに厳しい批評に、立ちなおれないことも
       あった。

       そんなとき先生は的確なフォローをしてくれて、どんなに
       その言葉に救われたことか。
              
       また、お互いの作品の合評とは別に、
       時には気分を替えて、話題となった他の著者の作品や
       先生自身の小説を課題に取り上げることもあった。
       そこでも私は自分の無知を知らされ、ずいぶんと勉強に
       なったものだ。

       毎日芸術賞をとられた『立原正秋』を読んだのもその頃で
       あった。
       小説を書くときの姿勢や、ノンフィクションの書き方を
       学んだことが今に生きていることはいうまでもない。

       ここに一つのエピソードがある。

       高井先生の小説は新聞、雑誌に取り上げられるとき、
       決まって「いぶし銀のような」といった形容詞が付けられ
       ることが多かった。

       「いぶし銀のような」--
       私も本当にぴったりだと思っていたが、あるとき先生は
       こう云われた。
       「<いぶし銀>と云われることはちっともうれしくない」

       なるほど、そんなものかと私は思ったものだ。


       補)高井有一さんのニュースから5日後、
        こんどは伊藤桂一さんが亡くなったことも新聞で知った。
        99歳
        伊藤先生は秋山駿氏らとともに農民文学賞の選考委員で、
        私の授賞式でもありがたい心あたたまる評価をして下さった。
       
        また私がペンクラブの会員になるときも推奨していただき、
        たまさか会合などでお目にかかると、いつも「頑張って
        下さい」とやさしい言葉をかけて下さった。

        伊藤桂一先生も『蛍の河』で直木賞をとり、
        『静かなノモンハン』で複数の大賞に輝くなど、当代一流
        の大先生なのに、エラぶったところなど全くない、
        若輩の私などにも気さくに声を掛けて下さる、やさしい方
        であった。

        今年は過去にお世話になったお二人の先生の訃報を知る、
        喪失の秋となった。
        
              


       
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