一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

潮干狩り雑感

2012-06-01 21:11:25 | 雑記



      先日、福島県の松川浦出身(現在は神奈川在住)のY
      さんからアサリをいただいた。
      潮干狩りにいったのだといって。行った先は横須賀の
      走水海岸。

      アサリをみてあっと思った。
      昨年の震災を思い出したからだ。

      去年の今頃、Yさんは故郷のことを思って、とても潮
      干狩りなどいく気がしないといっていた。
      生まれ故郷の松川浦では子供のころから貝を採ったり
      ヤリで魚を突いたりして遊んでいたという。
      そのせいか海の生き物にはやたら詳しく、(海)泳ぎ
      も得意なのだ。
      
      昨年、わが家の父子(婿殿と孫)が潮干狩りにいって
      アサリを採ってきたので、私は塩出しと料理を手伝っ
      た。
      たまたま娘(チビの母)が、被災した会社の人の弔問
      のために(宮城県)気仙沼にいって留守だった。
      (その人の実家では父親と祖父母一家3人が犠牲となり、
       合同の葬儀だった)

      そんな思いがあるせいか、アサリはおいしいのだけど
      なぜか哀しい。

      今年のアサリは極上の味だった。
      根本的な解決にはほど遠いにしても、Yさんが潮干狩り
      にいく気になったということで。

      (写真はいちばん簡単でおいしいアサリの酒蒸し)

      
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

吉本隆明追悼号

2012-05-27 19:08:51 | 読書


      吉本隆明が3月に他界して2カ月半。その人と仕事
      をしのぶ動きが絶えないようだ。
      そんななか、沖縄在住の比嘉加津夫が自らの雑誌
      「Myaku」で追悼号を出し、日経新聞の「文化欄」
      でも取りあげられた。(2012・5・12)

      吉本のことをほとんど知らない私も、谷川雁のつな  
      がりで短文を書かせていただいたのだが、
      他にもたくさんの方が彼をしのぶ辞を述べていて、
      あらためて吉本隆明とは何だったろうと思う。

      比嘉のことばを借りれば、
      「流れに沿うのではなく、流れに疑問をもち、
       ひとりで立っていくという姿勢」
      なのだという。
      そして氏は吉本にも死がやってきたことに対して、
      「だから、さらに輝きを増していくのだ」といって
      次の詩をあげている。

       ぼくの孤独はほとんど極限に耐えられる
       ぼくの肉体はほとんど過酷に耐えられる
       ぼくがたふれたらひとつの直接性がたふれる
       もたれあうことをきらった反抗がたふれる
       ぼくがたふれたら同胞はぼくの屍体を
       湿った忍従の穴へ埋めるにきまっている
       ぼくがたふれたら収奪者は勢いをもりかえす
       だから ちいさなやさしい群よ
       みんなひとつひとつの貌よ
       さやうなら
               (「ちいさな群への挨拶」)

      吉本隆明入門編の私にも、この詩は分かりやすく、
      さいごの3行がすーっと入ってくる。
       


      
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

ブックカバー派? しおり派?にもどって

2012-05-24 21:46:13 | 雑記



     金環日食をはさんでいる間にそら豆は食べてしまった
     ので、いまが旬で大好きなグリンピースご飯に変わり
     ました。

     さて、本題は「栞(しおり)」のことなのです。
     何を見ても何を食べてもあまり感動しない昨今、
     これを恰好つけていうと既視感(きしかん)つまり仏語
     のデジャヴというのでしょうか、ただ齢を重ねたせいな
     のですけど。
     
     一ヶ月ほど前、新聞の投稿で目にとまるものがあった。
     題して「図書館の本に挟まれたしおり」

     概略をはなすと、
     図書館で借りた恋愛小説にしおりが挟んであった。和紙に
     桜の水彩画が描かれたもの。
     手作りらしく、最初は前の人の忘れ物だと思った。
     すると裏に達筆で「忘れ物ではありません」と書いてある。

     絵や字の形からして年配の人のようだ。
     この本には華やかな桃色が似合っていた。

     しばらくして推理小説を借りると、またもやしおりが挟ん
     であって、こんどは真っ赤な薔薇の花だった。
     投稿者は、どうやらしおりの作者が小説のジャンルに合っ
     た花や色を選んでいるらしいことに気づく。

     私がはっと思ったのは、投稿者が33歳の会社員という
     ことだった。
     若いサラリーマンが、どこの誰だか分からぬ老女(おそ
     らく)心惹かれるその初々しさにうるっとしたのである。

     そこにはブックカバーは「要らない」と怒ったように
     断わるだの、しおりは邪道だのというひねくれた感覚
     では生まれない柔軟さと爽やかさがあるのだった。
     
     嗚呼(ああ)、私は充分に歳をとって、それ以上にひね
    くれてしまったようです。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

そら豆より金環日食

2012-05-21 13:47:01 | 雑記



     そら豆は置いといて、やはりここは金環日食ですよね。
     
     夜明け前(3時ごろ)大雨で目がさめ、あらこりゃダメ
     だと思いました。
     起きてゴミを出す時刻には、いったんやんだ雨が再び
     ぱらぱらと。
     絶望的です。すっかりあきらめていつも通り洗濯機を
     まわしたり、新聞をみたり(TV番組をチェック)…
     ……
     
     さあ、朝ごはん。
     私、いくら早くても朝食は大丈夫なのです。
     (むしろ食べないと動けない)
     トーストを焼いて、牛乳とコーヒー。
     ああ、幸せ(ちっぽけな!)
     1日3食のうちで朝がいちばん好きかも。

     (すみません、くっだらないレポートして)

     あらら、ちょっと明るくなってきた。
     ふと見るとレースのカーテンごしに明るく見えるじゃ
     ないですか。
     時計をみるとちょうど7:30。

     △△グラスなんて用意していないから雲がいい具合に
     かかって、裸眼でも平気。
     写真のようなものが見えました。
     (ただしこれは友人が撮って送ってくれたもの)

     173年ぶりの金環日食。次は300年後とか。
     外出する際、思わず近所のおば(あ)さん同士、
     「見ました?」と挨拶しちゃいました。
      
     後でニュースをみて、やっと皆既日食と金環日食の
     区別がつきました。
     
 
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

ブックカバー派? しおり派?

2012-05-18 12:37:14 | 雑記


     どうでもいいことのようだが、あなたはブックカバー派?
     栞はどうしてますか。

     私は本にカバーをつけない派。書店のレジで「カバーを
     つけますか」と聞かれると、即刻「いりません」と怒った
     ようにいう。
     本に汚れがついても、それだけ読んだ証拠。本だけで勝負
     (何の勝負?)したい方なのです。電車で隣の人に何の本
     か気づかれるのがいやな時は、本そのものについている
     カバーを裏返して使うこともある。

     せっかくその本として完成したのに、わざわざ無個性の
     色つきの洋服を着せるような気がして、邪道のように
     思えるのです。
     (これは私の場合で、付ける人のことを非難するわけでは
     ありません)
     それに本だなに並べる際、一目みて何の本だか分からない
     といやじゃないですか。

     栞に関していえば、これまた無粋で、ざら紙のようなもの
     を2cm幅くらいに切って使っている。
     きれいな絵や写真のついたものや、リボン付きのもの、はた
     またどこか観光地のみやげらしき物など、もってのほか。
     主役の本が負けてしまいそうでいやなのだ。

     ここで今日はタイムアップとなってしまいました。
     これからが本番なのですが、次回に……。

     (写真は近所の家庭菜園でみたそらまめ。
      そらまめの実は空ーー天を向いてなる)

コメント (0) |  トラックバック (0) | 

Roman Holiday

2012-05-10 18:21:51 | 芸術


     いわずと知れた「ローマの休日」である。
     連休の1日、Holidayらしきものと思って、鎌倉の街に
     出たついでにふらっと寄ってみたのだった。
     雪の下にある川喜多かしこ夫妻の記念館にはミニ映画館
     があり、内外の名画をやっている。
     (有名な映画はすぐいっぱいになる)

     これは20代のときに一度みていて、正直いまさら、と
     いう気がしないでもなかった。
     チケットを買った時点でもまだ迷っていて、何故なのか
     自分の気持ちに問うてみると、若き日にもどって一瞬で  
     もあの青臭い日々がよみがえるかと思うと、いまさら
     ご免!という感じなのだった。

     ところが、やはりみてみないと分からないものである。
     20代にみたときは、ある小国の王女とアメリカの新聞
     記者とのあり得ない恋物語にばかり視点がいって、
     切なさがつよく印象に残っていた。
  
     そして40年以上経った今、まぎれもなくコメディー映画
     であった。それも上質の。
     アン王女の一晩のアバンチュールもコメディーだし、国か
     らの使いから逃げまわるところなんか、それ以外の何もの
     でもない。
     それに最後の王女記者会見も……。
     (互いに素性が分かった後でも、周囲に気づかれないエス
     プリの効いた会話)

     ようやく追跡からのがれて記者の安アパートに帰った2人
     は、ふと惹かれあって…………。
     そのときのセリフがふるっている。

     王女「料理がしたくなったわ」
     記者「(このアパートには)キッチンないよ」
     王女「不便でしょ」
     記者「ままならないのが人生さ」
       …… ……
     記者「引っ越そうか。キッチンのあるところへ」
     王女「そうね」

     引っ越すなんてあり得ないし、アバンチュールもそろそろ
     終わりに近づいていることを知っている2人の会話である。
     
     この場面でこのセリフ。
     「ままならないのが人生さ」
     このセリフのツボにはまるあたり、やはりこちらの年齢の
     せいかも知れないけれど。

     
      
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

君も雛罌栗(こくりこ)、われも……

2012-05-04 21:54:30 | 雑記

 

     
        5日は端午の節句。新聞を読んで気づいたのだ
        が、与謝野晶子がパリにいって100年になる。
       
       1912年(大正元)5月5日、新橋を列車で発ち
       福井県の敦賀から海路、ウラジオストクに渡った。
       そこからシベリア鉄道で、途中、モスクワに立ち寄っ
       て、パリの北駅に着いたのが19日午後4時。
       2週間の長旅だった。
       
       半年前に渡仏していた夫鉄幹を追っての旅である。
       生活の苦しさと忙しさからもめごとの絶えない2人
       だったが、いざ夫がいなくなると、淋しくてたま
       らないのであった。
       晶子はようやく鉄幹なしでは歌がつくれないことを
       実感したのである。

       迎えに出た夫と恋人同士のように抱き合った。
       フラランスの街は明るかった。
       そして、こう詠んだ。

        ああ皐月(さつき)
         仏蘭西(ふらんす)の野は火の色す
          君も雛罌栗(こくりこ)われも雛罌栗

       だが、晶子は間もなく体調をくずし、日本において
       きた7人の子どもたち恋しさに狂ったようになる。
       晶子は8人目の子を妊娠していたのだった。

       晶子は一足先に帰国し、渡欧のために前借した朝
       日新聞に連載小説を書きはじめる。
       (『明るみへ』)
       その何ヵ月も後、鉄幹は晶子の働いたお金でのう
       のうのうと優雅に帰国する。

       しかし、パリ留学を果たしたはずの鉄幹は仕事が
       なく、またしても晶子の力を得て「明星」復刊を
       するが失敗、すでに時代は浪漫派からリアリズム
       文学の世界へと移行していた。

       それからも晶子の奮闘はつづくのだが、
       雛罌栗とはひなげし、虞美人草のこと。
       だが、
         君もひなげし、われもひなげし
       ではサマにならない。

       
         
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

雨後の筍

2012-04-30 20:51:39 | 雑記


      連休がはじまったのに、うれし・悲し・せわしない
      の3拍子なのです。

      うれしいは、家の者(娘家族)が南の島にいってく
      れたのでばんざ〜い!の3乗くらいなのです。
      (私、心底ワガママなのか、よほどバチあたりにで
      きているのか、独り暮らしが大好き!)

      悲しは、この機にと思ってためていた本がちっとも
      読めないこと。
      これは私の読書力というか、集中力が落ちたためで
      自業自得というべきもの、他の人のせいにはできま
      せん。
      そのことに気づいて、今すごく落ち込んでいるのです。

      せわしないは、この連休中、どんどん用事が入って
      しまうこと。
      どうでもいい要件なら最初から止めればいいのだが、
      どういえばいいのか、他の何よりも大事なことに気
      づき、むしろ有難く入れさせてもらっているのです。
      感謝もしています。
      
      しかし現実は現実、そのために実際余裕のない日々
      になってしまうのは仕方のないことで、
      結果として情緒不安定という持病(?)が頭をもた
      げ、一人でイライラ〜(これ、ほとんど病気ですね)

      今日は来客があって、鎌倉のパワースポットを2つ
      ばかり案内して歩いたら疲れましたァ。
      (これって、パワーをもらうどころか、元々ない
       エネルギーが吸い取られたようです)

      写真は途中でみた筍。雨の後だったのでにょき
      にょき生えていました。
      この元気でみずみずしさ、いかにもフレッシュな
      感じ!
      ああ、筍にあやかりたい。
       
コメント (1) |  トラックバック (0) | 

雪の磐梯山

2012-04-27 21:25:27 | 雑記


      会津の話が途中であったが吉武輝子の訃報により中断
      した。今日は会津磐梯山にまつわる話を。

      市中を車でいくと、やがて猪苗代湖の北方に会津連峰
      と磐梯山(標高1816mの活火山)が見えてくる。
      会津磐梯山といえば、小原庄助さん。

      ♪(エンヤ〜)会津磐梯山は宝の(コリャ)山よ
       笹に黄金が(エ〜マタ)なりさがる
      (お囃子)
       小原庄助さん、なんで身上(しんしょう)つぶした
       朝寝朝酒朝湯が大好きで
       それで身上つぶした
       ハアもっともだ、もっともだ ♪

      同じ県民として(会津と太平洋岸の南相馬市とは地形
      も天気も産物も、はたまた方言もかなり異なるのだが)
      ♪小原庄助さん♪のくだりは自然と口について出る。

      子供の頃、ちょっと寝坊したり家の手伝いを怠けたり
      すると、「庄助さんになるぞ」といって怒られたものだ。
      (大人も自嘲的にというか、休むいいわけに使っていた)

      あんまり馴染んでいて(歌詞が明快すぎて)疑問にも
      思わなかったが、磐梯山を見るのも初めてだった。
      (つまり、会津を訪れるのも今回が初めて)
      実物をみてびっくり、こんなにカッコいい山とは思わ
      なんだ。

      ところで小原庄助さんって誰?

      道楽三昧で家財産を使い果たし、身上をつぶした(破産
      した)江戸時代の材木屋とか、幕末の志士とか、会津漆
      器の塗り師とか……諸説あるらしい。
      酒好き、遊び好きは共通しているようだが。

      長年の疑問がとけて拍子抜けしたというか、どうでもい
      いことながら決着ついてすっきり!

      4月はじめにはご覧のように冠雪していたが、ちょっと
      前に電話したら、会津も桜がちょうど満開だとか。
      季節はめぐって確実に花開くが、復興にも春の兆しが
      見えて欲しい。

      
      
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

花散る雨

2012-04-24 15:31:41 | 雑記


      花散らしの雨が続いて、あっという間に桜は終わって
      しまった。
      
      吉武輝子さん逝去は1回だけで終わろうとしたら、
      告別式に参列した方のおはなしなどあるのでもう1回
      お付き合いください。

      4月21日に行われたお葬儀にはそれこそ高名な女性
      がたくさん参列された。
      澤地久枝さん、山崎朋子さん、佐藤愛子さん、下重暁
      子さん、高田敏江さん、有馬真喜子さん、福島瑞穂さ
      ん、クミコ、落合恵子さん……等々、名前を聞いただ
      けでパッとお顔が浮かぶような方々。
      弔辞は落合恵子さんがよまれ、それも印象に残るもの
      だったそうです。

      こうした顔ぶれを想像すると、
      「年を重ねただけで人は老いない。理想を失ったとき
       人は老いる」(サムエル・ウルマン)
      という警句を思い出す。
            
      おかしかったのは、著名人にありがちな政界財界人が
      少なく、高級官僚などのオジサマ族がほとんどいなか
      ったこと。
      これも反骨の人・吉武さんらしいと思ったことだ。
      

      
    
      
      
コメント (0) |  トラックバック (0) |