京都ぶらり女の1人旅

京都ぶらり女の1人旅 社寺散策・四季折々・観光祭他

京都 節分祭 吉田神社 (2月2日~4日)

2018年01月22日 | 京都ぶらり女の1人旅

現在では、2月2,3,4日に催される節分祭の行事が有名で京都市民を中心に50万人に及ぶ参詣客で賑わう。

参道にはびっしりと屋台が建ち並び祭りの雰囲気を盛り上げる。

 

節分祭は本宮並大元宮に於て節分の当日を中心に前後3日間に亘り執行される。主なる祭儀は疫神祭(えきじんさい)追儺式(ついなしき)火炉祭(かろさい)である。

疫神祭は本宮前日祭(午前8時)に引続き大元宮に於て行う疫神を「荒ぶる事なく山川の清き地に鎮まります」事を祈り奉るために門外に向かって祭事が斎行される。

追儺式は前日の午後6時本宮に於て行われ、俗に「鬼やらい」と称す。

 

平安朝の初期より毎年宮中にて執行されていたものを、古式に則って厳修に伝承・継承されており、古の趣を現在に伝える数少ない神事の一つといえる。

その儀式、大舎人黄金四つ目の仮面を被り玄衣朱裳(げんいしゅしょう)を着装し盾矛をとりて方相氏(ほうそうし)となり子(しんし)といへる小童多数を従え、陰陽師(おんみょうじ)祭文を奏し終れば方相氏大声を発し盾を打つこと3度、群臣呼応して舞殿を一巡。

 

最後に上卿以下殿上人が桃弓で葦矢を放ち疫鬼を追い払うのである。

平安京鎮護の神として、又全国の神を祀る社として、鬼即ち悪神を追い払い諸人の不幸を除いて人々の幸福と平和な生活を願うのである。

 

火炉祭は当日午後11時より行う本社の三ノ鳥居前に直径5m高さ5mもの巨大な八角柱型の火炉を舗設。

節分祭中参拝者が持参した旧い神札が積み上げられており、浄火を点じて焼上げる。

その有様は盛観を極め、火焔天に冲する時人々が待ち望みし春(立春)が訪れるのである。

 

参拝者には、その炎が無病息災をもたらし新春の幸運を授けると言われる。

大元宮正面に立つ厄塚は、参拝者の厄を負するという節分信仰の中心をなすもので、厄神や心に潜む鬼を塚に封じ込め、社殿と繋がった注連縄により八百万の神との感応を願い一年の健康を祈るものである。

 

方相氏(ほうそうし)

他にも姓名や年令を記した紙に賽銭厄豆を包んで詣り厄を払い神の加護を乞う等、節分にまつわる信仰は数多く存在する。

これらのように、節分はわれわれの生活に深く根付いており、明朗な生活を願う大切な歳事である。

 


期間:2/2~2/4

時間:追儺式:2日18時~ 

火炉祭:3日11時~

拝  観  料 

無    料  お守り(800円~)

駐  車  場 

参拝者無料 約30台駐車可 (但し、節分祭中を除く)

*2・3日の両日には約800店の露店が立ち並びます 


*3日 
 
午前 8時      節分当日祭(於 本宮・大元宮)
              
 午後11時      火  炉  祭(於 本宮前 巨大火炉)
          

*4日  

午前9時30分    節分後日祭(於 本宮・大元宮)
              

午後 1時      福当抽選会(於 本宮前 抽選会場) 


アクセス

京都駅方面より

市バス206系統

<東山通北大路バスターミナル行き>

「京大正門前」下車     徒歩 約5分

住    所

〒606-8311 京都市左京区吉田神楽岡町30番地

TEL     075-771-3788 

詳しくは:http://www.yoshidajinja.com/

 

 

 

 


 


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京都 竹内栖鳳邸跡 周辺散策

2018年01月21日 | 京都ぶらり女の1人旅

今回は観光客で賑う清水周辺を散策です、三年坂を上がって左に折れれば清水さん 「今日はたくさんの人ですね」っといつも驚かれます。

 

清水へ 祇園をよぎる桜月夜


       今宵逢うひと みな美しき  と与謝野晶子が詠んだのはどのルートだったのだろうと考えながら竹内栖鳳邸跡へ。

明治から昭和期にかけて活躍した日本画家 竹内栖鳳(たけうち せいほう)の広大な邸宅跡が高台寺脇にあります。

もともと竹内栖鳳の私邸「東山艸堂」は、1300坪の広さがあり、皇族や海外政府首脳、各界著名人が数多く来訪し、文化芸術の交流の場として、一つの時代を築きました。

現在では英語表記のTheSODOH となり、ガーデンウェディングに利用されています。

竹内栖鳳(1864~1942)は,御池通油小路の料亭「亀政」に生まれ,幸野楳嶺(1844~95)に師事し,棲鳳と号した。

明治33(1900)年日本画家として初めて洋行し,帰国後栖鳳と号した。

四条派の手法を近代化し,京都画壇の重鎮となり,横山大観(1868~1958)と並び第1回文展審査委員や第1回文化勲章受章者となりました。

 

所在地 東山区八坂上町(高台寺南門前)

位置座標 北緯34度59分45.1秒/東経135度46分57.1秒(日本測地系)

建立年 昭和53年

建立者 京都新聞社

一念坂

一念坂
一念坂から二年坂へ 石塀小路を堪能した後は、二年坂へ向かう。

高台寺の山門

石塀小路から高台寺道へと戻り、右に曲がるとすぐに坂道になっている。

ここは少しややこしい交差点で5叉路になっており、右手に行くと高台寺の山門に出会う。

また、左の手前の道を昇るとさっきの高台寺の駐車場へと続く。

左の向側の道がメインの道で、そのまま進めば維新の道へと続いていて、護国神社の鳥居の手前で二年坂へと続く道が分かれている。

交差点をまっすぐ渡ると木の門があり、右手に石碑が立っている。

日本画の大家、竹内栖鳳邸跡だ。

以前は非公開であったが、最近レストランと結婚式場として整備され、入る事が出来るようになった。

 

 

二寧坂の歴史

ここでは二寧坂の歴史とそれにまつわる逸話などを紹介いたします。

なぜ、二寧坂という名前なのか?

1..大同2年(西暦807年)に坂が整備された時よりこの名前が付けられたという説。

2.産寧坂の下なので二寧坂で呼ぶようになったという説。

では、なぜ産寧坂なのか?

豊臣秀吉の正妻(北の政所)「ねね」が高台寺に居を構えていたというのは有名な話。

その「ねね」が子供の誕生を念じて(産・念)坂をあがり清水寺にお参りしていたことからその名前がついたという説。
 
二寧坂で転ぶと二年以内に死ぬ?!

この坂道は古くからあったが産念坂の手前の坂という意味でこの名が通り名となった。

「ここでつまずき転ぶと二年以内に死ぬ」という言い伝えは「石段坂道は気を付けて」という警句が語り伝えられたものと思われる。

「某日誌」によると「宝暦八年(1758)枡屋喜兵衛なる者、官の許可を得て、之を開拓屋地と為す」とある。

以来この付近は枡屋町と称する。

大正初期現在の家並みとなり国の町並み保存地域に指定されている。

清水寺界隈は京都を旅する魅力を満期で切る。

三年坂に続く200mの石段で大同2[807]年に出来た事から二年坂の名が付いたとされる。

二年坂の坂道は店に立ち寄る楽しさがある、二年坂から歩いて行こう右側に八坂の塔[法観寺]へ、二年坂にはいて直ぐ「甘党の素道り出来ぬ二寧坂」と言われる「かさぎ屋」がある、ここは京都で初めておしるこを出した店。

店はこじんまりしていて、ぜんざいで一休みの男性客も少なくない。

又 隣の「しょうざん」の店の前に竹久夢二寅寓居の跡」碑が見える、美人画家・詩人の竹久夢二は大正6年2月に京都に駆け落ちして二年坂に居を構える「紅殻塗りの家」と呼ばれ結婚相手の彦乃と1年余り住んだ。

二人はかさぎやにも顔を出している。

大正12年12月竹久夢二と彦乃は別れる事になるが、ちょうどそのころ竹久夢二「宵待ち草」が出版されている。

ここからから平坦の石畳の道は霊山護国神社への維新の道と出合い、そして高台寺前を南北に伸びる「ねねの道」へとつながる。

 

 


三年坂・産寧坂

清水坂の清水寺塔頭経書堂[平迦院の本堂]と七味家本舗に狭まれた所からが三年坂の入り口。

石畳の坂道と言ってもここは幅広の石畳で清水寺への旧参道である。

泰産寺への安産祈願の妊婦が上り下りした石畳の坂道で産寧坂とも言われる。

三年坂は産寧坂が謝った訛ったとの説もある。

三年坂は「この坂で転ぶと三年以内に死ぬと言う物騒ぎな話が今も伝わる、その為にか、坂の下に魔除け瓢箪を売る天保7[1837]年創業「瓢箪屋大井人形店」がある。

石畳の坂道で転んでも大丈夫な「無瓢息災」丸くおさめてくれる瓢箪が人気。

 

 

 

 

 

 

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京都 初不動 狸谷山不動院「狸谷飲み放題」 (1月28日)

2018年01月20日 | 京都ぶらり女の1人旅

今日は足に余り自信がが有りませんが、 叡山電鉄の一乗寺駅から東の山手に向かって歩き、あのしんどい急な坂道を登って来ました。

京都では東寺の「初弘法」、北野天満宮の「初天神」に続き狸谷山不動院の「初不動」が「京都三大初まいり」と呼ばれています。


ここは真言宗修験道大本山の山寺で、修験道の修行場として長年にわたって信仰されてきました。

この辺りでは「たぬきだにのお不動さん」と呼ばれており、境内にはたぬきの像がたくさん安置されています。

狸谷山不動院の歴史は古く、天応元年(781年)に桓武天皇の勅願により、平安京の東北に祀る鬼門守護として、この「怒鬼不動明王」が安置されたことに始まります。

名前から想像できるように、「鬼を叱る」といわれるほど大変険しい表情をしていることから、悪鬼・悪霊退散、あらゆる災難を取り除いてくれる不動明王として今日でも厚く信仰されています。

毎月28日は狸谷山不動院の縁日であり、その年の最初の縁日を「初不動」と呼びます。

この日は修験者山伏による災難除けの大護摩供養が行われ、「ガン封じの笹酒」の無料接待があります。


狸谷のみ放題という、木食上人の故事にちなみ、青竹に入れた、ガン封じの笹酒の接待があります。

(持ち帰りは有料)。

 

狸谷不動院は桓武天皇勅願の不動尊を安置したのがはじまり、縁日にはたくさんの参詣者でにぎわいます。

厄除け大護摩供で家内安全・商売繁盛を祈願。

笹酒(おかわり自由)はここの護摩火で温めたものだけに霊験もあらたかなのだとか。


左:願かけ札(ガンカケフダ)/病気平癒を願い、体で悪いところ、また不安なところに○を付けて本堂の柱に結ぶ祈願。

右:撫で御幣(ナデゴヘイ)/初不動ガン封じ当病平癒のおふだ。


■場 所: 狸谷山不動院

■期 間: 1/28(※毎年同じ日程です)

■時 間: 大護摩供養:11:00時~

          笹酒接待:9:00~16:00時

■アクセス: 市バス5「一乗寺下り松町」

■お問合せ: 075-722-0025

■詳細ページ:  http://www.tanukidani.com/

 

 

 

 

 


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京都 冨田屋・町家のお正月「歳徳神」

2018年01月19日 | 京都ぶらり女の1人旅

西陣の町家では、お正月だけ特別に現れる歳徳神の神様を、その年の恵方に向かい合うように神棚にお奉りします。

門松、年神さん、歳徳さんなどの伝承されてきた「町家のしきたり」が再現され、町家見学やしきたりのお話を聞く事ができます。


富田屋とはもともと呉服問屋。

西陣という一番古い、職人町にある。

今は着物を着ている方を見かけることはない。

大変な業界。

20年くらい前、どんどん売り上げが下がり苦しんでいる時に、「じんじん、西陣」という神の声を聞いた。

その時に、西陣の伝統と歴史を皆様にお示しし、西陣の通りを人が行き交うような仕事をしようと思って始めたのが、西陣くらしの美術館 富田屋。

富田屋の建物は130年程経つ家。

神の声を聞いて一週間も経たない内に、文化庁から建物を見て文化財に指定したいという連絡もあった。

呉服屋で、登録有形文化財で、京都の景観重要建造物。

家の中の神様事から毎朝が始まる。

1月1日は歳徳神。

色々な、お正月のしつらえをする。

すべてのしつらえには意味があり、神事が関係している。

私たちの願いが込められている。

2月3日の節分、3月3日の雛祭り、5月5日の端午の節句等の12か月の行事は、すべて無病息災、家内安全を祈って行われている。


■場 所: 冨田屋

■期 間: 1/2~節分

■時 間: 11~13時

■料 金: 2160円(町家見学・しきたりのお話)※要予約

(伝統弁当・お茶席体験・着付け体験などのオプションもあります)

■アクセス: 市バス9「一条戻り橋」

■お問合せ: 075-432-6701

■詳細ページ:http://www.tondaya.co.jp/

  昔ながらの京都、昔ながらの日本を今に伝える町、西陣。

  京都の織物として和装の代名詞にもなった西陣織で有名です。

  そんな西陣を生粋の京都人・冨田屋の女将・田中峰子さんのナビゲーターで紹介していただきます。 

 

 

 

 

 

 

 

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京都 北野天満宮初天神 (1月25日)

2018年01月18日 | 京都ぶらり女の1人旅

 

 

 

今年最初の縁日になる「初天神」露店が参道に並び、食べ歩きや買い物を楽しむ参拝者でにぎわった。

毎年約15万人を上回る参拝があるのではないか ?

今年は暖冬で 梅の開花が早いので楽しめそう、2万坪の境内には、50種、1500本の梅が、1月下旬ごろから、次々に咲き始め、2月下旬から3月中旬ごろが、梅の見ごろ時期に。

 


御祭神菅原道真公の誕生日6月25日、薨去の2月25日に因み毎月25日は御縁日として、終日境内周辺に露店が所狭しと立ち並び、参拝者の人波が絶えない。

特に1月25日は、初天神(12月25日は終い天神)と呼ばれ、新春一番の天神さんの日として、京阪神はもとより全国の人々に親しまれ、毎年多数の参拝者で賑わう。

露店も例月以上に多く植木・骨董・古着・衣料品などを商う店が新春の縁日の賑わいをみせる。(例年約千軒の出店)

一方、1月未は国公立・私立の大学・高校・中学校等の入試を直前に控え、真剣な受験生・父兄等の参拝も多く、合格祈祷を受けたり、絵馬に願い事を託す真摯な姿に、学神である当宮への篤い信仰を如実にみることができる。

 

終い天神

終い天神(しまいてんじん)

12月25日 終日

 

【祭典】午前9時から約30分間(於本殿)

当天満宮の縁日(毎月25日)の中でも特に12月25日は、終い天神と呼ばれ京都の行事の締めくくり、師走の恒例神事として多くの参拝者で賑わう。

 

場 所: 北野天満宮(上京区馬喰町)
 
時 間: 祭典:9時から約30分間

料 金: 300円(宝物殿)

アクセス: 市バス50「北野天満宮前」
 
お問合せ: 075-461-0005

詳細ページ: http://kitanotenmangu.or.jp/

 

 

 

 


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京都  東寺(初弘法 1月21日)

2018年01月17日 | 京都ぶらり女の1人旅

 

 

 

今年もさぞかしにぎわうことが予想されます。

 

宗祖弘法大師の命日に当たり、大師堂で御影供が営まれ、千数百件もの露店が立ち並びます。
 
東大門から九条大路に面した南大門にかけては植木市、大門を入ると古道具類、金堂や大師堂周辺では食べ物や生活用品など、ジャンル別に並んでいます。

年によっては蛇の薬売りなど大道芸を見ることができたりしますが、今年はどうでしょう?

世界遺産に登録されている京都の東寺(とうじ)。

公称名は教王護国寺(きょうおう ごこくじ)。

弘法大師ゆかりの真言密教の名刹として仏教芸術・日本最高の五重塔として知られる。

東寺金堂 薬師三尊・十二神将

国宝だけでも30を超え、見どころが多い寺です。

とくに講堂の21体の立体曼荼羅の迫力には圧倒されます。

春と秋には五重塔を桜や紅葉が美しく引き立ててくれています。

世界遺産に登録されているので、外国からもたくさんの観光客が訪れています。

また毎月21日の縁日「弘法さん」には露店が並び、多くの人が訪れにぎわいます。

東寺は平安遷都からまもなく、京都の鎮護を目的とする官寺として建立された。

延暦13年(794年)に桓武天皇は平安京を造営。

その折に羅城門の東側に建てられたので東寺と呼ばれた。

西側にも官寺の西寺が建てられたが、中世に廃寺された。

弘仁14年(823年)、空海(弘法大師)が嵯峨天皇から東寺を賜った。

その後、空海は東寺を真言密教の根本道場として発展させ、教王護国寺(きょうおうごこくじ)と称するようになった。

正式名は「八幡山金光明四天王教王護国寺日秘密伝法院(はちまんさんこんこうみょうしてんのうきょうおうごこくじでんぽういん)」。

平安時代末期には源平の戦いで伽藍は荒廃した。

鎌倉時代に入ると源頼朝の援助を受け、文覚(もんがく)上人が復興した。

その後、応仁の乱ではここだけは聖地として破壊をまぬがれたが、室町時代の土一揆(つちいっき)では拠点となってしまい、伽藍のほとんどを焼失した。

その後も織田信長や豊臣秀吉・秀頼の援助を受けて復興を遂げ、江戸時代にも保護された。

また東寺は弘法大師信仰の霊場でもあり、当時から庶民の厚い信仰によって支えられてきた。

 

交通アクセス

JR京都駅から近鉄「京都線」で2分、「東寺駅」下車、徒歩5分

■拝観時間

8時30分~17時30分 ※9月20日~3月19日までは16時30分まで。

■拝観料

境内は自由 ※金堂・講堂500円、宝物館500円。

■拝観時間

9月20日 ~ 3月19日  午前9時より午後4時半まで
 
住所

京都府京都市南区九条町1

お問合せ: 075-691-3325

詳細ページ: 公式ホームページ

http://www.touji-ennichi.com/

 

 

 

 


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京都 京の三弘法めぐり (1月21日)

2018年01月16日 | 京都ぶらり女の1人旅

弘法大師ゆかりの3ヶ寺を、弘法さんの命日である21日に巡る習わし。

東寺では初弘法、神光院では、大師が厄除け修行をしたという境内で山伏による大護摩焚きと火渡りが行われ、仁和寺では三弘法めぐりの納めとして、裏山の御室八十八ヶ所霊場をめぐります。
 
御影堂は重文です。

ここの宗祖はもちろん弘法さん。

 

現在この3か所のお寺に詣でることを「三弘法まいり」として、専用のものが用意されています。

杖に付けるお守り(ストラップ):500円

木札:200円(東寺の笠、神光院の納札箱、仁和寺の金剛杖で計3種類あります)

ケース:100円(3種類の木札と満願証をいれる透明のビニルケースです)

満願証:100円

朱印帳:700円

厄除け手ぬぐい:500円

輪袈裟:600円

おいずる:2500円
 

■期 間: 1/21(※毎年同じ日程です)

■アクセス: 東寺(教王護国寺):近鉄京都線「東寺」駅

 神光院:市バス9「神光院前」

 仁和寺:市バス26「御室仁和寺」
 
■お問合せ

東寺:075-691-3325

神光院:075-491-4375

仁和寺:075-461-1155

 

 


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京都 城南宮 湯立神楽  1月20日

2018年01月15日 | 京都ぶらり女の1人旅

一年で寒さが最も厳しいとされる二十四節気の大寒にあたる20日、無病息災を祈願する「湯立(ゆたて)神事」が京都市伏見区の城南宮で営まれた。

巫女(みこ)が熱湯にひたしたササの葉を振り、参拝者が飛び散る滴や湯気を浴びた。

神事の後、拝殿で4人の巫女が扇や鈴を手に神楽を舞った。続いて大釜の湯に清めの塩や供物の米、酒を注ぎ、巫女がササを釜に入れて、熱い湯を勢いよく左右に振りまいた。

湯を浴びると邪気が払われ、神事で使われた「福笹(ざさ)」を持ち帰ると幸運に恵まれるという。

文政6(1823)年の銘を持つ大きな釜に湯を沸かし、祓神楽、杓取の儀、御幣舞、笹舞が行われます。

 

■場 所: 城南宮

■期 間: 1/20(※毎年同じ日程です)

■時 間: 14時~

■料 金: 福笹特別授与 初穂料:1000円
 
■アクセス: 地下鉄「竹田」駅より徒歩約15分 または

 らくなんエクスプレス「油小路城南宮」

 市バス南1・2・3「城南宮東口」
 
■お問合せ: 075-623-0846

■詳細ページ:http://www.jonangu.com/ 

 

 

 

 


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念珠(ねんじゅ)の珠(たま)の数 (京都ぶらり女の1人旅)

2018年01月14日 | 京都ぶらり女の1人旅

浄土真宗では念珠という言い方をしています。

お寺のお参りや法事、葬儀などで欠かせないものに念珠があります。

これは、数珠(じゅず)あるいは、珠数(じゅず)とも言いますが、浄土真宗では念珠という言い方をしています。

念珠の珠(たま)の数はいくつあるのが正しいのですか正敬寺の例会の時、お参りにこられた人から「念珠の珠(たま)の数はいくつあるのが正しいのですか」と聞かれました。

念珠には、二輪念珠(ふたわねんじゅ)と単輪念珠(ひとわねんじゅ)があります。

本来、念珠の珠(たま)の数は人間の煩悩の数だけあるものです。

ですから、本来108あるはずなのですと応えました。

浄土真宗では念珠には、二輪念珠(ふたわねんじゅ)と単輪念珠(ひとわねんじゅ)があります。

一般的に持つのは単輪念珠ですから108も珠の数はありませんと応えました。

108を基準にしています。

念珠の珠(たま)の数と言うのは、108を基準にして、108の半数の54、54の半数の27の数でしょう。

また、場合によっては108の10分の1の18である場合もありますと説明しました。

するとお参りにこられた方がめいめいに自分の念珠の珠の数を数られて、自分の念珠の珠の数はちょうど27あるとか、29あるとか25しかないと言われました。

一般的に単輪念珠では、珠の数に規定はなく、手の大きさに合わせて作られているので、念珠の珠の大きさによってその数が多少異なってきて当然でしょう。

如来さまにお参りする時の礼儀作法として念珠を用いています。

浄土真宗では、如来さまにお参りする時の礼儀作法として念珠を用いているので、念珠の珠の数にこだわる必要はないでしょう。

 

 

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京都 八坂神社・疫神祭(1月19日)

2018年01月14日 | 京都ぶらり女の1人旅

八坂神社の境内に疫神社というお社があります。

この日の早朝に竹の芯の茅の輪を鳥居に据え、粟餅をお供えします。

その由来は、八坂さんの祭神・すさのおのみこと(素戔嗚尊)が南海を旅していた際に、巨旦将来に一晩泊めてもらえないかと頼みましたが断られ、弟の蘇民将来に迎えられ、粟餅でもてなされました。

みことは蘇民に対してのお礼に、悪疫が流行しても茅の輪を腰に下げれば悪疫除けになると告げました。

そのため、蘇民一家は無事であったという故事によるものです。

参詣した際にはぜひ輪をくぐって罪や汚れを祓い、今年一年の健康・安泰をお願いしましょう。

 


場 所: 八坂神社・疫神社

時 間: 10時~

アクセス: 市バス206「祇園」
 
お問合せ: 075-561-6155(八坂神社)


詳細ページ:http://www.yasaka-jinja.or.jp/

 

 

 

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京都 初観音詣(1月17日)

2018年01月13日 | 京都ぶらり女の1人旅

 

年明けお初の、観音さんの微笑みを見て、一年のやる気を頂きましょう。

清水寺・行願寺・新熊野観音寺・六波羅蜜寺・六角堂・法厳寺の観音詣りです。

 

■場 所: 清水寺、行願寺、新熊野観音寺、六波羅蜜寺、六角堂(頂法寺)、法厳寺

■詳しくは::http://www.kiyomizudera.or.jp/

■お問合せ:清水寺:075-551-1234

 

 

行願寺:075-211-2770

詳しくは:http://saikoku33.gr.jp/place/19

 

 


新熊野観音寺:075-561-5511

詳しくは:http://www.kannon.jp/

 

 


六波羅蜜寺:075-561-6980

詳しくは:http://www.rokuhara.or.jp/

 

 


六角堂:075-221-2686

詳しくは:http://www.ikenobo.jp/rokkakudo/index.html

 

 


法厳寺:075-581-1586

詳しくは:http://kyoto.hougonji.com/

 

 

 

 

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京都  上賀茂神社 武射神事(1月16日)

2018年01月12日 | 京都ぶらり女の1人旅

京都の1月の風物詩なので、見た事がある人も多いのではないでしょうか。

早いもので、今年に入ってもう半月近くになります。

世界遺産にも指定されているという上賀茂神社へとゆっくりと見学。


直径約1.8メートルの的の裏に「鬼」と大書きされていて、悪鬼退散を願い、息災を祈願します。

大的式弓射引始め神事とも言われ、平安時代に始まった神事。

烏帽子に狩衣姿の神職達が御幣殿前の芝にて、40メートル離れた的を射るもので、迫力満点です。

武射とは「歩射」から転じたもので、馬に乗らず矢を射るのでこの名がつけられています。

これだけ広大な場所での弓の神事はあまりないので、ゆっくり見物できるのが魅力。

平安時代の旧暦1月15日に宮中の建礼門前で行われていた「射礼(じゃらい)の儀」が始まりとされ、現在では毎年1月16日に行われています。


 

場 所: 上賀茂神社

期 間: 1/16(※毎年同じ日程です)

時 間: 11時~ 射場の儀式は11:00~  (観覧無料)

アクセス

地下鉄「北大路」駅より 市バス北3「御薗口町」


駐車場

約170台が駐車が可能です。(30分100円)

駐車場から、参道の横から入って行けれます。

 
お問合せ: 075-781-0011

詳しくは:http://www.kamigamojinja.jp/

 

 

 

 

 

 

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京都 妙心寺・東林院 小豆粥の会(15日~31日)

2018年01月11日 | 京都ぶらり女の1人旅

 

 

今回は洛西の中心地嵐電妙心寺駅を降りてから 直ぐに 妙心寺の北門から入ります、東林院の小豆粥の会です、はんなりとした時間をお過ごしください。

妙心寺には約40ケ寺以上もの塔頭があります。

細川氏綱が父の菩提を弔うために建立し、戦国大名の山名豊国が再建。

その際に「東林院」と改名されました。

 

「東林院」の庭園は期間限定拝観です。

この「千両の庭」には、飛龍の宿り木があって、本堂から書院に向かう途中にお寺の方より説明を受けました。

樹齢推定300年の槇に1966年(昭和41)に鳥によって黒松の種子が自生したもの。

庭園を公開する式典期間以外は、宿坊に宿泊した者だけが、通常は観られない庭園をゆっくりと愛でることができます。

喧噪を逃れた静寂のひとときに心身がなごみます。

 

庭には一壷天と呼ばれる水琴窟があります。

長い竹の筒を通して水が落ちる音を楽しむものです。

 


小豆粥は桜粥、餅粥ともいい、七草粥と同じように、日本古来の新春の優雅な行事で、新年にこれを食すると、一年間の邪気を払い万病を除くと言い伝えられています。

小豆粥を京風に言うと「あずのおかいさん」。

毎年小正月と呼ぶこの日に、それぞれ柔らかく煮た小豆、餅をお 粥の中にいれたものを食べる風習があります。

一年間の邪気を払い、万病を除くと平安時代から言い伝えられる小正月の習わしです。

 東林院では初日の10時から禅寺の食事作法に基づく法要「小豆粥散飯式」が行われます。

これは1年の邪気を祓うもので、読経のなか小豆粥を少量とりわけ境内の木々にお供えします。

参加者には梅湯茶札、小豆粥、精進料理、無病息災・家内安全の 御守り(大般若札)が授与され希望者には千両の庭で取れた千両の種がお年玉としていただけるそうです。

 

■場 所: 妙心寺・東林院

■期 間: 1/15~/31(※毎年同じ日程です)

小豆粥・散飯式:15日10時~

■時 間: 11~15時

■料 金: 3,800円 (梅湯茶礼、小豆粥の精進料理ほか・予約不要)
 (※過去の例)

■アクセス: JR嵯峨野線「花園」駅

■お問合せ: 075-463-1334

■詳細ページ:http://www.myoshinji.or.jp/

*周辺情報:http://www.e-kyoto.net/kyocourse/37

 

 

 

 

 

 

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平岡八幡宮「左義長(とんど)祭」1月15日

2018年01月10日 | 京都ぶらり女の1人旅

 

先日お正月を迎えたと思ったら もう 2週間がたってしまいました。

早いですね。

1月15日は、お正月飾りを焼く「どんと祭」が、各神社で行われます。

とんどともいい、注連縄、門松などで堆く燃やし、神前の鏡餅を焼いて食べながら一年の無病息災を祈ります。

何だか美味しそうな行事ですね。

琴弾弁財天女

花の天井

昔は正月遊戯に使う毬杖(ぎちょう)という長杖の槌を青竹と組んで焼いたので「三毬杖」とも呼びます。

「吉書揚げ」といって、この火で書初めを燃やし、その燃えさしが高く舞い上がったら書の腕が上がるといいます。

 さざれ石

■場 所: 平岡八幡宮
 
■期 間: 1/15(※毎年同じ日程です)

■時 間: 8~13時頃

■アクセス: JRバス「平岡八幡前」

■お問合せ: 075-871-2084

 

 

 

 


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京都三十三間堂 楊枝の御加持と弓引初め 1月14日(日)

2018年01月09日 | 京都ぶらり女の1人旅

柳の御加持は、後白河天皇の病が浄水で治癒したことに由来します。

天台宗密教の修法で加持祈祷した浄水(清水に柳の枝を浸す)を当日妙法院門跡が柳の枝で参詣者に灌頂(かんじょう・頭頂に水を注ぐこと)して功徳を分け与え、無病息災を祈ります。

この日堂内は無料で開放されます。

また弓引き初めは、かつて三十三間堂の端から端まで66間の距離を1昼夜で何本通せるかを競ったもの。

慶長年間に始まったと伝えられ、「三十三間堂の通し矢」とも呼ばれています。

全国の弓道者が集まって60メートルの距離から直径1メートルの矢を競射します。

ピーンと張りつめた緊張感が新春ならでは。

 

★楊弓★小弓の一種で、もともと主に楊で作られていました。


室町時代には公家や武家の遊びとして、江戸時代には庶民のスポーツとしても親しまれ、祇園社や六角堂などの寺社付近に射場が設けられ、参詣者を集めたといいます。

 

 

通し矢の起源は、保元の乱の頃(十二世紀中頃)熊野の蕪坂源太が崇徳上皇の 身方として京に馳せ参じたとき、三十三間堂の軒下を根矢をもって射通したのに始まると 云われる。
 
その後、応永ごろから天文ごろにかけて(十五、六世紀)、名人達が折にふれ て試射した と伝えられた程度で、天正ごろ(十六世紀末)に小川甚平.木村伊兵衛.今熊野 猪之助.らが 出て差矢を試み、ようやく流行の緒を開いたことが「武芸小伝」に記されてい る。

かくて百射、千射、あるいは徹夜の大矢数など、種々の規定のものに、秘術を ふるった堂射 と云われる通し矢競技は、江戸時代に入る慶長ごろ(十六世紀末)から始まっ た。

すなわち、慶長四年(1599)印西派の吉田五左衛門(和歌山、浅野候臣)が千 射を試みたの が大矢数の初めであると伝えられるが、 「年代矢数帳」を初め、「武用弁略」その他に明らかな記録が残っているのは 、慶長十一年 (1606)石堂竹林の門人浅岡平兵衛(尾州清洲候臣)の通し矢五十一本が初め である。
 
それ以来毎年晩春初夏の交には、各藩の名射手が京三十三間堂に集まって、記 録の更新を狙 って、天下総一を競うようになった。


■場 所: 三十三間堂

■期 間: 2018年1/14(日)

■時 間: 弓引き初め・柳のお加持 9~15時半

■料 金: 当日入山無料

■アクセス: 市バス206・208「博物館三十三間堂前」

■お問合せ: 075-561-0467

 

 

 


http://www.e-kyoto.net/


 


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