唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

私は、私の幸せを求めて、何故苦悩するのでしょうか。私の心の奥深くに潜む明と闇を読み解きたいと思っています。

第二能変 所縁門 (21) 末那識の所縁について 護法正義

2011-08-31 21:58:30 | 心の構造について

 「又有義解すらく」(『述記』) (第二解)

 「或は此いい、彼は是れ我之我ぞと執ず、故に一の見の於に、義を以て二の言を説けり。」(『論』第四・二十八右)

 (或いは此れ第七識は、彼第八識は是れは我の我であると執着する。故に一つの見(薩伽耶見)に対して義を以て(その内容の相違により)二の言(我・我所)という言葉を説いている。)

 「述して曰く、彼の第八は是れ我が我ぞと執す。(1)前の我は五蘊の仮物なり、第六の所縁なり。後の我は第七の所計なり。(2)或は前の我は前念なり。後の我は後念なり。二ながら倶に第七の所計なり。(3)或は即ち一念に此れは(我)即ち是れ此れ(我所)なりと計す。唯第七の所計なり。(4)或は前のは是れ体なり、後の我は是れ用なり。一の我見の上に於て亦義を以て之を説いて我と及び(我)所との二の亡を為れり。実は但一の我見なり。」(『述記』第五本・二十八左)

 計(け) - 分別すること。多くは認識的にあやまった思考をいう。「諸の凡夫は自体の上に我・我所を計す」、「自己である、自己のものであると考えること、実際には存在しないものをあると考えるあやまった認識。「五取蘊を縁じて我・我所と計す」

 一つの薩伽耶見に対してその内容の相違により我と我所という二つの言葉を説いているのであって、前三師が第七識が第八識を縁じて我・我所として執着するというような意味ではない。

 「我の我」について『述記』の解釈・四つの解釈を述べています。

 (1) 「前の我は五蘊の仮物なり、第六の所縁なり。後の我は第七の所計なり。」 我とは五蘊仮和合の仮有のものである。此れは第六識の所縁となるものである。「諸の凡夫は自体の上に我・我所を計す」、

 (2) 「或は前の我は前念なり。後の我は後念なり。二ながら倶に第七の所計なり。」 我は前念のもの、我は後念のものであり、この二つともに第七識が第八識を縁じ錯誤する我であるとする。

 (3) 「或は即ち一念に此れは(我)即ち是れ此れ(我所)なりと計す。唯第七の所計なり。」 一念の中で我は我であると執着することであり、第七識が第八識を縁じ錯誤する我であるとする。

 (4) 「或は前のは是れ体なり、後の我は是れ用なり。一の我見の上に於て亦義を以て之を説いて我と及び(我)所との荷の亡を為れり。実は但一の我見なり。」 前の我は体であり、後の我は用であると。一つの薩伽耶見に対して体と用という内容から我と我所に分けるということであり、実は一つの薩伽耶見である。

 『演秘』には(西明の釈)として二つの解釈を挙げています。

 「是我之我とは、疏に四の釈あるが如し。有義は二釈という。

 一に云わく、是我は第七が第八を計して我と為すということを顕す。之我とは義は第七が更に余を計せず、唯第八を執して之を以て我と為すことを顕す。(これは我は第七識が第八識を縁じ執着して我とすることを顕し、我の我とは第七識がその他を縁じ執着し我としない、唯第八識のみを縁じて執着し我と為すということを顕しているのである、と。)

 二に云わく、是れ我とは義は他我を簡ぶ。之我とは義は非我を簡ぶ。(我というのは他我を簡んでいる言葉であり、之我というのは非我を簡ぶという言葉である、とする。)

 詳らかにして曰く、復助けて一釈あり。義を以て第七の執と所執の我とは是我と許我なりと言うべし。初の我(是我)は第七の仮者を我と名づく。後の我(之我)は第八なり、即ち所執の我なり。之の言は許我と意ろ我相似せり」(是我は能縁の第七識を表し、之我は所執である所縁の第八識を表している。)(『演秘』第四末・十二右)

 これは、第八識を縁じ「我」であると執着している第七識そのものであり、その対象である第八識のことを「我所」と表しているのである解釈しています。

  

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (20) 末那識の所縁について 護法正義

2011-08-30 22:45:34 | 心の構造について

 「此れは唯彼を執じて自の内我とすれども、語勢に乗ずるが故に我所という言を説けり。」(『論』第四・二十八右)

 (これ第七識はただ第八識の見分を縁じ執して自の内我とするけれども、語勢に乗じて我の他に我所という言葉が説かれているのである。)

 聖教(『瑜伽論』巻六十三)に第七識は「一切時において我我所及び我慢等を執して思量するを性となす」と説かれており、聖教の中には第七識が第八識を縁じて我・我所として執着すると説かえている。護法正義では第七識は第八識の見分のみを縁じて我として執着し、その他のいかなる部分をも我所として縁じ執着するこはないという、しかし、この聖教の文面を見ると第七識が第八識を縁じて我と我所とするという前三師の説のほうがむしろ正義のように思われる。(逆に護法の説のほうが聖教に相違しているという説ということになる。)

 この逆説の問に対して護法は答えます。その第一解が聖教に説かれているのは「語勢に乗じて我の他に我所という言葉が説かれているのである」と説明します。語勢というのは、文章の構成上、第七識が第八識を縁じて我・我所として執着すると説かれているだけであると。実際には我の他に別の我所の執着を起こすというのではない。恒相続・一味相続の第七識がどうして異なれる分別の執を起こすのであろうか、起こす筈はない。文の便に順じ、言葉が穏やかにして理解しやすいからである。「此れは是れ、語勢なり」(『述記』)たまたま付加されているにすぎないという。特別な意味はない。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (20) 末那識の所縁について 護法正義

2011-08-29 21:53:25 | 心の構造について

 「問う、何が故に余の分を縁ぜざる。夫れ我と言うは作用に有する相なり。見分は境を受けて作用の顕にして我に似るが故なり。余の分をば縁ぜず。自証等は用細にして知り難きが故なり。

 問う、何が故に恒に一の受等を縁じて我と為さざる。亦常一なるが故に。此の問を答える。」(『述記』第五本・二十八左)

 第七識は何故第八識の見分のみを縁じて余の分(自証分・証自証分)を縁じないのか。その理由は我というのは作用の相があるからである。見分は認識対象を認識する作用の相が四分の中で最も顕著であり我に相似する。自証分等はその働きが細であり顕ではないので知り難い。よって第七識は我と似る作用の相を持つ第八識の見分を我と錯誤する。

 問、もしそうであるならば、第八識相応の心所は常一であり、第八識と同様に常に似て一つである。受なら受一つである。第七識からすれば常・一である存在の心所を縁じて我としないのか。この問に対する答えが次の科段になります。

 「恒に諸法の與に所依たるが故に。」(『論』第四・二十八右)

 (第八識は諸法に対し主であり、一切法の為に所依と為るからである。心所はそうではない。第八識相応の心所は主ではなく伴である為に諸法の所依はとならない。従って第七識が第八識相応の心所を縁じて我とすることはない。)

 「述して曰く、夫れ我というは、是れ自在の義なり。万物の主たる義なり。一切法の與に所依と為る。心所は然らず。計して我と為さず。故に唯心王のみなり。是れ所依なるが故に。此れ第七識は恒に執して内我と為す。色等に非ざるが故に。執して外の我と為さず。若し唯だ識のみを縁じて即ち唯我のみを起こして我所有ること無し。聖教(『瑜伽論』巻第六十三)に我所有りと説く。此れ何ぞ相違せる。」(『述記』第五本・二十八右)

 我というのは、自在の義・諸法の主の義であり、その為に一切諸法の所依となるのである。また心王は諸法の主であり所依となる存在である。よって我と錯誤されるのである。しかし心所は第八識に相応するとはいえ、諸法に対しては主ではなく所依でもない。その為に第八識相応の心所は第七識から我と錯誤されて認識されることは無い。第七識はただ第八識の見分のみを執着して自の内我とするのである。

 「自ということで他から簡ぶ。他我から簡ぶ。内ということで所を簡ぶ。我所から簡ぶのであろう。だから、ただ我といわず、自の内我という。」(安田理深師)

 又、以上のように第八識の見分のみを縁じて我執を起こし、我所の執がないとすれば、何故聖教に我所の執ありと説いているのであろうか、という問が出され、次の科段で会通されます。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

『自己に背くもの』 安田理深述 (3)  本願成就

2011-08-28 19:31:38 | 『自己に背くもの』 安田理深述

    - 『自己に背くもの』 -

     八番問答講和  安田理深述 (3)

 「本願成就」

  答曰案王舎城所説「無量寿経」。「仏告阿難。十方恒沙諸仏如来。皆共称嘆無量寿仏威神功徳不可思議。諸有衆生其名号信心歓喜乃至一念至心回向願生彼国即得往生住不退転唯除五逆誹謗正法」

 (答えて曰く、王舎城所説の『無量寿経』を案ずるに、「仏阿難に告げたまわく、十方恒沙の諸仏如来、皆共に無量寿仏の威神功徳不可思議なるを称嘆したまう。諸有の衆生、其の名号を聞て、信心歓喜せんこと、乃至一念せん。至心に回向したまえり。彼の国に生ぜんと願ずれば、即ち往生を得、不退転に住せんと、唯五逆と正法を誹謗するをば除くと。)

 と引用してある。これはまあ教行信証をみているとか、法門にいる人にはこの言葉は大無量寿経においていかに重要であるかが判っているけれども、門外にいる人はそうは思わないかもしれないので、どうも面倒なことである。近代人のわれわれは直接経典を見るというようなことはできないのである。歴史を離れてあるものならばとも角、その歴史というものを離れて大無量寿経というものはない。経典は自己の歴史をもっている。歴史を離れて経典というもそれは生命を持たぬ。この語は大経下巻の始めに出る第十八願成就の言葉である。ところが第十八願の言葉は諸有衆生からであるが、その前は第十七願成就の言葉である。これはなかなかやかましいところであるが、ここは第十七願にはさして重要な意義というものはないと思う。そのわけはよく文章を見ると十七願の成就は、句を分ければ十七願成就の文と十八願成就の文と分けれ必要かもしれぬが、生きた文章として見るとき、それと十八願成就の文とははなれたものではない。事実からいってもそうである。因位の本願からは十七・十八願を区別しても、成就するところに即ち信仰体験の上ではばらばらであるわけのものではない。成就は体験であり、体験の上では事実として一つである。

 その因位の本願の上では第十七・第十八の願はそれぞれに独自の原理、意義を持っている。成就では一つ、第二十願をも加えて三願の成就が一つになっている。そういうことは意義の深いことである。しかしここで十七願の成就文が曇鸞の引用中に出ているが、その十七願の意義を始めて明らかにされたのが教行信証である。十八願、二十願、十二願、十三願の大事なことは曇鸞大師を通して見出されていたのであるが、なお十七願の意義は見出されておらぬ。十七願の文章はあってもその意義は見出されておらない。それは頭が悪いというわけではなく時機純熟しないからである。時機が到来しない。その十七願の意義を明かす時機が親鸞において来た。十七願の意義は教行信証の意義の半分を尽くすというも過言ではない。十七願はみたところ、一向に大した願と見えず、何か諸仏がオーケストラをやっているようであり、一向捕らえようのない願である。第十七願は第十八願を讃える補助的願、即ち独自性を持たない願のようである。教行信証に来て始めて十七願は大行の願として、念仏というものを自ら称えしめる原理として、十八願を十方世界に行ぜしめる願という意義を見出して来たのである。かかる実践の行であり、そこに重誓の偈、本願を本願する誓いを十七願の上に見出して来た。本願の念仏は十七願の上に成立する。十七願の意義はどうしても親鸞の教行信証をまたねばならぬ。ここでは十七願の意義ということはいらないと思うのでああるが、ここに諸有衆生聞其名号信心歓喜の「其の」とは前にいってあることを指す代名詞であり、上に出る十七願成就を受けているのである。十七願というものを出さなければ、其のということが判らない。直接には十七願成就文は必要ではないが、必要なのは十八願成就文であるが、それは十七願成就文から不可分に続いている。しかしさしあたりここで必要なのは

 諸有衆生聞其名号信心歓喜乃至一念至 心回向願生彼国即得往生住不退転唯除五 逆誹謗正法

 という本願成就の言葉であるといわれている。

 大無量寿経は四十八願を説かれた経である。そして単に如来の本願を説いた経であるばかりでなく、その本願の成就を説いてある。もしそうでなければ物語を説いているにすぎない。だから大無量寿経のなかに大無量寿経によって救われた体験があわせて述べられてある。大無量寿経は阿弥陀仏の本願に救われた人がその救いの体験を通して、その救われた体験に即して救いたまう本願を説いた。これが大無量寿経というものである。その因願のなかには十方衆生というたある。それは十方衆生、ただ十方衆生といってあるが、それは誰だか判らない。本願はそれだけであるが、主観的なもの、観念で終わってしまう。それが本願成就文のところでは諸有衆生となっている。法は機をまたぬとただ観念的な存在として終わってしまう。やるせない本願としてあるものである。機をまって始めて本願が行となる。生活となる。行というものが生きている証拠である。救われたか救われぬかの証拠は行である。行があるかないか、行がないと安心も成り立たぬ。行が願である。願というところでは非常に深いが微かなもの、願が行というところに力となる。現実のわれわれの上に願というときはわれわれを離れる。それがわれわれの上に成就する。それを行という。本願が空中に成就するということはない。本願がわれわれの上に成就してわれわれを転廻する。本願がわれわれの上に来ってわれわれを招喚し摂取する。変革する。そこに歴史的、運動というものがある。因位の本願では十方衆生といってあり、成就の文では諸有衆生といってある。十方の衆生ではただの衆生ということと同じであるが、それが機というものをおさえてくるところに諸有衆生と具体化されて来たのである。

       次回は9月4日・「凡夫の自覚」を配信します。

        ー 雑感 ー   

 『解深密経の会』の講義録が松村さんから送信されてきました。私は今、心の状態が不安定で、不安の中で揺り動いているわけです。その不安をなんとか理屈をつけて自分を納得させようとしています。自分の思いに合わせようと努力をしているわけです。自分を善として他を裁く場所に居座っているのです。「何故だ」というわけです。自分の行為を棚に上げてですね、他を非難している自分が「何故こんなに苦しまなければならないのか」と。こんな思いを抱きながら高柳師の講義に眼を通していました。第三回目の講義の中で「善人の世の中というものは厳しいですね。失敗したものを許さない。犯罪者を許さない。罪人を許さないのです。」という文章に出遇いました。有る意味私は犯罪者です。法を犯したわけではありませんが、かけがいのない家族を地獄の底に突き落としました、それも無慙愧のままでです。それを許してくれとはいえませんが、本当にかけがえのないものを見捨てた罪は重いものです。一度ならずともです。一度ならずともというのは、20歳の折に縁あって得度をしましたが2年余りで還俗を余儀なくされました。余儀なくされたというより、自分の身を守るため、護身のために家に戻ったということです。この時は家に戻ったということで家からは何のお咎めも無かったのですが、二回目の事業失敗の時には二度と家の敷居はまたぐなと勘当を言い渡されました。41歳の時です。世の中は紆余曲折の有る人物は好まないのですね。まともに生きることを許してくれません。有る意味危険人物ですから地下に潜って生活することを余儀なくされるのです。しかしですね。やはり陽のあたる場所で生活したいわけですよ。そして自己破産というですね、一度人生をリセットさせていただいて、同じ過ちを繰り返さないと誓うわけですが、今度は自分の思惑と裏腹に追い込まれて来て、同じ過ちを繰り返し、また家族を裏切ろうとしているわけです。自分の持っているもの、執着ですね。捨てられないのですね。生のみの生活が破綻しているのにもかかわらずです。生のみの生活で誤魔化して生きていられる間はいいですよ。誤魔化して生きているということは苦を伴うわけです。いつ死するかわからない、その死を永遠の彼方に追いやって今を生きようとするわけですから生と死の矛盾の中で無意識で葛藤をしなければならないのです。その結果、生きたい思いが破綻したとき自ら生命を落とすことになります。そうではないんだと、死と倶にある命なんだと。死は無一物です。世の中の価値観が全く通用する場ではないですね。それは無一物になって生きよという如来の大悲がふりそそいでいる真っ只中に私はいるということに他なりません。そのね、私の中で捨てられんというという執着です。これが問題なわけです。執着は如来の催促です。執着を知らしめることを縁としておおいなる大地を開いているのですね。この世界を邪魔しているのが世間の中で自分を大きく見せたいと思う執着です。ですから、家の中にあっては良き父親であり、良き伴侶であり、勤務先では有能な人材で有り続けたいのですね。また勤務先もそれを要求してきますからね。マイナスの人材は不必要なのです。人間性ではなく、仕事が出来るか否かです。

 日本の自殺者の現況は13年連続で3万人を突破しているようです。そして自殺未遂者は自殺者の10倍以上いると推定されるそうです。残こされた遺族は300万人いると推定されるという統計がだされています。その理由が健康問題が一番多く、次いで経済・生活問題であり、自殺者遺族の4人に一人が自分も死にたいと考えているいう報告がなされています。そして近年は二番目の経済・生活問題による中高年の自殺者の急増があげられています。

 私たちが生活する上で、社会には必ず弱者を生んでいかざるを得ない構造があるわけです。弱者を生んでそれを放置するということは本来あってはならないのですが「善人の世の中」は弱者は負け組みとして見捨てるような構造になっていますね。社会を客観的にみますと三界といわれる世界は虚偽の世界ですね。しかしその三界を構成しているのは私自身です。「私さえよければそれでよし」という価値判断が生み出す世界です。

 ですから私を苦しめるものは私なんですね。弱者だから、犯罪者だから許してくれる社会構造はどこにもありませんね。生死の問題を抜いてしまいますと、社会構造はこうなるより仕方ないのです。生の謳歌は生を妨げる何者も許すことは有りませんからね。ですから私たちの行き先はどこまでも便利で暮らしやすい生活を追及し、死を永遠の彼方に追いやるより仕方ないのでしょう。

 私の不安も苦しみも私のエゴから出発しているのですが、講義の中でグサッと突き刺さった言葉に出遇いました。

 「鳥でさえあないして雨でボトボトになっても子供を育てとるのに、うちの娘は子供をほっといてどっかに生きよって」と思われたそうです。そしたら、私の中から「あんたも子供棄てたがな」と聞こえたそうです。」という話なのですが、この北野さんは自分に出遇われて自分の執着を翻えされて無一物の世界に触れられたのでしょうね。

 そこでね。私には私に出遇えない私が存在するのです。いつまでもがき続けるのかわかりませんが、死を彼方に追いやることは生を誤魔化して生きているということには気づかされました。有る意味仕事が忙しいということも死という問題を先送りにして今を問題にしていない証拠となります。不安で苦しくて悶々としているわけですから、何かに打ち込んでいると忘れられるわけです。天界に遊んでいる間は意識がないわけですから忘れることができるのです。しかし死という問題が差し迫ってきますと、天界に遊ぶことを許してはもらえません。どうするのかですね。「我今回らばまた死せん、住まらばまた死せん、去かばまた死せん。」という三定死の真っ只中にあって「一種として死を勉れざれば、我寧くこの道を尋ねて前に向こうて去かん。すでにこの道あり。必ず度すべし、と」という声が聞こえるのかどうかが問われています。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (19) 末那識の所縁について 護法正義

2011-08-27 18:48:09 | 心の構造について

 末那識の所縁の問題について「聖教には第七識は阿頼耶識を縁じる」と説かれているが、阿頼耶識のどの部分を縁じるのかは定かではありません。その解釈に難陀・火弁・安慧・護法の四師の説が述べられます。『論』に従って説明をしてきましたが、安田先生の講義より学びます。

 「彼を縁じて我となすというのであるから、阿頼耶識のどの点を自我となし得るのかがはっきりされねばならぬ。阿頼耶識はもちろん我ではないが、無我の理に迷って、我でない阿頼耶識を我とするわけである。

 その点においても、いかに無我の理に迷っても我と考えられぬものを我とするわけにはいかぬ。阿頼耶識は我ではないが似我でなければならぬ。阿頼耶識が似我であるがゆえに、無我の理に迷うものが我と執する。こういう点から護法の阿頼耶識の見分を縁ずるという考えが出てくる。 (中略)

 護法は、前の三説に対して自分の意見を出しているが、それは見分をもって我となす、ということである。阿頼耶識の見分を縁じて我と執するのであるという。我とするという点から考えると、我所とすのではない。前の三説は、いずれも我所というこという。『論』(『瑜伽師地論』)が「我我所」といっているからである。前の三説の共通点は二(我・我所)とすることである。

 それに対して護法は、我所とするという考えを除いている。専ら我となす。我と我所を分けるのは、我と我所とを区別して末那識の我執に二つの境があることになる。二境になる。しかるに、末那識の我執は、第六識に起こるような分別起の我執ではない。第六識の我執は五蘊等を縁じて我所とする。そういうのとちがって倶生起である。現在の縁をまって起こったのでない。分別起は現在の縁をまって起こったもので、邪教邪分別というようなもので起こる。

 つまり、我々の思想生活から生まれてきたような我執、それは分別起である。倶生起の我執はそういう現象をまたず、身とともに備わっている。無始より以来、任運に一類に恒に相続して生じている。そういう末那識独自の我執、そういう我執には、我とか我所とかを分別して、二境を別々に執するということはない。

 大体、我と我所はこれは全く別のものである。一境ではなく、二境である。我見と我所見は倶起しない。それは前後して起こる。一心中に二つの境が同時にあることはできぬ。我と我所は別なる分別である。ここに、末那識の我執を、六識の我見と区別する。第七識は我所というようなものを反省して執するものではない。この点で、護法と前三説とが明瞭に区別される。

 阿頼耶の見分を我とするという。やはり相分というようなものや、あるいは心所とか、種子とかでなしに、専ら見分とするのは、自我はどこまでも対象化されるものではないからである。自我という考え方を徹底するために、見分と押さえたのであろう。とくに相分を簡んでいる。

 やはり自我というようなものは、見分というようなところに、我に似ているものである。対象化されたものでなしに作用的なものであり、主観的なものであって、客観化されることがない。これが主観というものである。見分は主観に似ている相である。種子というようなものは、主観という意義をもたぬ。種子は能縁の用きをもたぬ。また種子には色法の種子、物質の種子もある。

 心所は主観であるが、心理であって、心王から見ればなお対象化される。どこまでも対象化されないものとして、見分とおさえる。それなら自証分ならどうかというと、識自体というものは明瞭でない。自体分というものになると、執することすらできぬ。微細であり、デリケートである。相分や心所ほど対象化されるものでもないが、自体分のごとく最も内面的なものも、我とするわけにはいかぬ。そこから見分を簡び取った。自我は主観の相であって、客観ではない。そういう二点がある。 (註、 自体分 - 「見分と相分との二分は是れ自体分の所変なり」、相分と見分とに分かれる以前の心の本体をいう、自証分ともいう。四分の一つ)

 阿頼耶識の見分は、無始より以来一類相続している。相分や種子は変化することがる。末那識の我執には、我所というような分別はない。一類相続の我執であるから、我所はない。一類相続の見分に対して、一類に相続して我と執する。見分というところに、自我を徹底して考え、一面には前の三説は対象化された部分があり、一面には前の三説は我所を考えている。そういう点を改めたのである。

 (註、 我 - 「論に、我というは、謂く主宰。」・「述して曰く、我が主宰の如しとは国の主に自在あるが如きが故に。及び輔宰の能く割断するが如きが故に。自在の力と及び割断の力とある義、我に同じきが故に。或は主というは是れ我の体、宰というは是れ我所なり。或は主は我の体の如く、宰は我の用の如し。」)

 我(アートマン)というが、これは仏教では常一と定義される。常住なる一者と定義されている。常一主宰、主は自在の義、宰は割断(かつだん - 決断すること、判断すること)といわれる。いつでも自己同一をもつ。自己同一をもつものでないと、我といえぬ。沢山あっても我といえぬ。主は他から支配されぬ。宰は支配する。こういうふうに定義される。他から支配されず、他を支配する。主体とか主観とかいうものに含まれる意義が、常一主宰であろう。

 そういう点に対して、相分、相応法、種子というものでは十分尽くせぬ。それらは、我というわけにはゆかぬ。だから我所といっている。阿頼耶識と相応法とか、阿頼耶識と種子とかいっているが、それで我我所とするのであるが、我という点がこれで十分でない。考えて見ると、前三説が相応法、種子、相分というのは我所を許すからそうなるので、我という点は漠然としている。混乱している。

 第一は識体及相応法、第二は見分及相分、第三説は自体分。第二説は火弁が見分をもって我となすという。四分からいうと、難陀は自体分を認めぬ。安慧は自体分、見相二分は遍計になる。阿頼耶識といっている場合の初めの二説は見分、安慧は自体分。それを護法は見分と決定し、同時に我所という点を除いた。見分が主観の作用である。それで、我所という考えを除くから、そういう点から、末那識は阿頼耶識を縁じて自我とするといわれている。自ということで他から簡ぶ。他我から簡ぶ。内ということで所を簡ぶ。我所から簡ぶのであろう。だから、ただ我といわずに、自の内我という。」(『安田理深選集』巻三p45~48)

 護法正義の第一「第七識は第八識の見分を縁じる」ことを説き、次に「第八識相応の心所が第七識の所縁とならない理由を説明します。

 

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (18) 末那識の所縁について 護法正義

2011-08-26 22:43:41 | 心の構造について

 昨日からのつづきになります。

 「此の意」は末那識です。末那識は蔵識の見分のみを認識し、他のものを認識するものではないのです。その理由が「彼は無始より来一類に相続しまた常と一に似た存在だから」と述べられます。

 此れに由って第八識の相分が除外されます。相分はいずれも消滅し変化するものだからです。第八識の相分は第七識の所縁となる我に似るものとはならないということです。

 「常・一に似るが故に」。永遠なるもの、永遠不滅のものという意味です。一は主体的な力をもっている。多数ではない、こういうものに似て生起しているのが我であると。つまり我は永遠不滅のものであり、主体的な力を有しているものであると錯誤して執着をおこしているのですね。第七末那識は蔵識の見分を認識して我執の妄見を起こすのです。

 四分義からみますと、見分を縁じ相分を縁じないと述べられていましたが、それならば、自証分や証自証分を縁じないのでしょうか。

 「而して、特にその見分のみを縁ずる所以は、見分は境を受ける作用の相が顕わであるからである。(自証分・証自証分は、その作用微細にして知り難いから、他識の所縁とはならない。)」(『唯識学研究』p284)と。

 我には作用(さゆう - 働き)の相があり、我は作用の相が顕著であり、四分の中では見分のみが境を認識する作用の相が最も顕著であり、その為に見分が我に似るといわれています。自証分・証自証分の作用は微細であり顕著ではない為に所縁とはならない。第七識が第八識の見分を所縁として我と錯誤し、無意識的に我とし、我執を起こし、我執を根拠として自己であるとしているのですね。

 護法が説くように、第八識の見分のみを縁じて我執を起こし、我所執がないとすれば、何故、『瑜伽論』等に我所執ありと説いているのであろうかという疑問がでてきます。後に答えられます。

 この項、明日は安田先生の講義録(『選集』第三巻p40~p51)より学びます。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (17) 末那識の所縁について 護法正義

2011-08-25 23:09:24 | 心の構造について

 護法正義を述べる

 正義を挙げる

 「応に知るべし、此の意は但蔵識の見分のみを縁ず、余には非ず。彼は無始より来一類に相続せり、常一に似たるが故に。」(『論』第四・二十七左)

 (まさに知るべきである。第七識の意はただ第八識の見分のみを縁じる。余(他 - 相分と種子と心所)のものではない。何故ならば第八識の見分は無始よりこのかた一類に相続し、常と一に似た存在だからである。)

 護法正義は「第七識はただ第八識の見分のみを縁じる」というものですね。余というのは相分と種子と心所という見分以外のものであり、それらを縁じないということです。その理由は一類ではなく間断することを以ての故です。

 「無始よりこのかた一類に相続し、常一に似たるが故に」と。

 「唯し識の見分のみは無始の時よりこのかた麤細一類にして常に似一に似て断ぜざるが故に。「常に似る」というは彼の境界を簡ぶ。彼の色等の法は皆間断するが故に。種子も亦然なり。或時は永断せらるるが故に。此れに由って亦余の識を計して我と為すをも遮しつ。「一に似たるが故に」というは心所を簡ぶ。心所は多の法なるが故に」(『述記』第五本・二十八左)

 第八識の見分は「無始よりこのかた一類に相続し、常一に似た存在」であるということ、他に変化しないということです。「常」とは常住不変であり、生滅変化したり間断したり、断絶したりしないという意味であり、「一」とは多ではないという意味になります。これは「我」そのものが常一に似るという意味をあらわし、我が常一に相似した存在として、第八識の見分を縁じて永遠不滅の我であると錯覚を起こし我として執着するのです。

 「論に似常一故とは、疏の所簡に依って云はば、四句を為す可し。一には常に似るとも一に非ず。第八の心所なり。(二に)一に似るとも常に非ず。眼等の転識(七転識)なり。(三に)一にも似、常にも似る、頼耶識の体なり。(四に)一と常とに似るに非ず、転識と倶なる所(我所)と諸の種と色との等なるものなり。」(『演秘』第四末・十一左)

 この項、明日に続けます。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (16) 末那識の所縁について

2011-08-24 21:01:04 | 心の構造について

 「亦二執前後なりとも説くべからず。此れは無始より来(このかた)一味に転ずるが故に。」(『論』第四・二十七左)

 (また我執・我所執の生起には時間的前後があるとも説くべきではない。第七識は無始よりこのかた一味にして転じているからである。)

 「述して曰く、前のは麤、後のは細に非ず。前のは勝、後のは劣にも非ず。前のは親、後のは疎等にも非ぜる。故に一味と言う。勢用相似せるが故に。此れは何の法をか縁ずる、」(『述記』第五本・二十七右)

 一味(いちみ) - 変化することがなく、同一で平等なありよう。麤細、勝劣、親疎等の差異がないことをいう。

 第七識は無始よりこのから一味にして活動しているので、我執・我所執の二執は時間的前後に生起することはないと述べ、前三師の説を論破します。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (15) 末那識の所縁について

2011-08-23 21:37:21 | 心の構造について

 世事に約して破す。

 「一心の中には断と常との等き二つの境有って、別に執して倶転する義無きが故に。」(『論』第四・二十七左)

 (一心の中に断と常のような二つの境があり、それらを別々に執着して転じるようなことは無いからである。)

 世事に約してとは、一般論として一念の心(一刹那)の中に断と常という二つの異なった内容を持つ境を同時に縁じ、それらに対する断と常という別々の内容の執着を同時に起こすことはないということ。

 「述して曰く、且く世の事に於て一念の心の中に断と常との二の境有って二の別執を起して倶転する義無きが故に。前後ならば然る可し。此れは即ち事を挙ぐるなり。」(『述記』)

 一般論からみてもわかるように、第七識も第八識の二つの異なった境を同時に認識し、それらに我・我所という別々の異なった内容の執着を同時に起こすことはないという。

 「断と常との如きは二の境なるを以て、一心の中に彼の二の別執を起こすものは非ず。

 如何ぞ我と我所との二境。或は五蘊の多の境なるに而も二の別執を起さんや。」(『述記』)

では同時ではなく時間的ずれがある場合には別々の執着を起こすこともあり得るのではないか。(この問に対しては次の科段で答えられます。)

 「非執ならば然もある可し。仏の真俗智は一なれども義を用て分かつ。彼は是れ執に非ず、竪著(けんじゃく - 強く執着すること))せざるが故なり。執は則ち然らず、境に竪著するが故に名づけて執と為すが故に、故に此の事無し。人・法二執は別の所縁に非ず、行相返ぜざるが故に倶有あることを得。(『述記』第五本・二十六左)

 「此の事無し」と。仏の智慧は境に対し執着がないので事例にはならないのである。

 又、人・法二執は別々の所縁で起こってくるものではない。境の用に迷えば我執となり、体に迷えば法執となる。別々の境を縁じて起こってくるものではないのです。境は同一のものであって、その働きにより我執となり、法執となる。

 「若し後有るが前には我を起こし後には所を起こすと説かば、」(『述記』第五本・二十七右)

 (最初に我への執着を起こし、後に我所への執着を起こすという時間的前後に執着を起こすと説くならば、前三師の説は理にかなうのではないのか。)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第二能変 所縁門 (14) 末那識の所縁について

2011-08-22 19:54:41 | 心の構造について

 薩迦耶見(さつがやけん = 有身見)は、任運に一類であることから、前三師が第八識を縁じ執着するものに我我所があるという説は誤りであると論破する。

 「又此の識と倶なる薩迦耶見は、任運に一類なり、恒に相続して生ず、何ぞ別に我我所有りと執すべき。」(『論』第四・二十七左)

 (またこの識(第七識)と倶である薩迦耶見は任運に一類のものである。そして恒に相続して生じる。そのようなものがどうして別々に我と我所が有ると執着するのであろうか。)

 前三師は個別に我・我所が有り執着するという説を立てていましたが、この科段に於て護法は第七識と倶に活動する薩迦耶見は倶生起にして恒相続のものであることから、前三師の説は誤りであると指摘し破斥します。

 「述して曰く、・・・「任運に一類なり」というは、無始より相似せり。分別して起こるに非ず。(分別起の薩迦耶見ではなく、第七識相応の任運に働く倶生起の薩迦耶見である。)「恒に相続して生ず」というは間断無しということを明かす。寧ぞ別に我・我所有りと執す容き。若し相続せずして間断する時有るは第六識の如く別に執することを起こすと許す可し、此れは既に恒に生じて一類にして細し。寧ぞ別に執を起さんや。

 (証を引いて前三師の過失を明らかにする)

 八十八(『瑜伽論』)には分別の我見に依って二十句有り。倶生に依るにはあらずと云へり。若し別に我所見を起こさば即ち別に諸の蘊を縁じて我所と為すべし。第一師は心所を縁ずといい、第二は相分を縁ずといい、第三は種子を縁ずというが如きは、皆過失有り。」(『述記』第五本・二十六左)

 分別起の薩迦耶見に二十種の見解があるとされる。五蘊に対して我・我所と考えること。即ち色蘊に対して(i)色は我である、(ⅱ)我には色が有る、(ⅲ)色は我に属す、(ⅳ)我は色のなかにある、という四つの見方が成り立ち、これが他の四蘊についてもいえるので合計二十種の見解が成立します。これを二十句薩迦耶見ともいう。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加