唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

私は、私の幸せを求めて、何故苦悩するのでしょうか。私の心の奥深くに潜む明と闇を読み解きたいと思っています。

別境のまとめ

2010-01-05 07:03:57 | 心の構造について
欲・勝解・念・定・慧という別境の心所は働く対象が異なるのですね。欲は所楽の境に於いて・勝解は決定の境に於いて・念は曾習の境に於いて・定・慧は所観の境に於いてというように異なる対象に於いては異なる心所が働いているわけです。ここで大事なことは欲から慧へと心の深まりがあります。はじめは漠然として欲の心所がいわれています。その欲にもいろいろあります。欲楽といい、欲望という違いもありますが、慧の心所から窺えますことは、慧は真実を知る智慧ですね。そうしますと別境の心所は仏道に向かわしめるということを主題としているということがわかります。私たちは自ずと仏道的生き方をしているわけです。そして別境はどの心に働くのかという問題になります。「第七・八識には」と、この別境は位(有漏・無漏)に随って有無があるというのです。有漏の阿頼耶識には別境は働かない・偏行だけが働きます。阿頼耶識は純粋ですから何事にも分別しないのですね。阿頼耶識が転依(大円鏡智に)しての無漏位には別境の全てが働くのです。これは願生という欲生心から無分別智まで一筋の道なのですね。第七末那識は転依(平等性智に)しての無漏位にはすべての別境は働きますが、有漏位では慧の心所だけが働くのです。何故かと言いますと末那識は我執ですから自他を簡びわけるのですね。自分の損得だけを思いつづけていますから、自分にとって損をしないように簡択(選ぶ)するわけです。その心所が慧です。仏道に方向が定まっていてもですね、最後の関門があるわけです。エゴイズムです。利己的に物事を変えていくわけですね。ここをどのようにして突破するかが仏道の課題として残るのですね。前五識は感覚器官ですが第六意識に左右されます・影響を受けますから六識には五つの心所が働くのです。この様に見ていきますと第六意識ですね。この作用がいかに大切なことかがはっきりと見えてくるわけです。欲を起こす、それはどの方向を向いているのか、優れた理解を以って確認をするわけです。方向を見極めるのです。そしてはっきりと記憶して忘れることがないのです。そして忘れることのない対象に精神を集中していく、そのことによって真実の智慧が獲得されるという流れになるわけですね。このような心の構造をしっかりと把握して聞法に励み、聞薫習することが大切な生き方ではないでしょうか。
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