唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

私は、私の幸せを求めて、何故苦悩するのでしょうか。私の心の奥深くに潜む明と闇を読み解きたいと思っています。

依存症ー(1)

2009-09-24 23:14:42 | 依存症

先日報道番組でパチンコ依存症の問題が取り上げられていました。依存症のために多額の借金をこしらえて家庭を破壊し、自分自身をも破滅の道を歩まざるをいえないという問題です。依存症の本質は依存しているものが自分だということです。それがすべてであって、そこに閉じこもることによって自分を取り戻すことだと思っていることです。依存しているところが宮殿であって、自分はそこの主であるわけです。ですから依存していることを否定されることは、自分を否定されていることになるのです。否定されれば否定されるほど依存にのめり込んでいきます。その場所が自分にとって自分を回復することのできるところだと錯覚しています。そのためには多額の借金もしますし、家庭を破壊しても何の罪の意識もありません。この牢獄から(依存症本人は牢獄とは思っていませんが)抜け出ることは容易ではありません。本人一人では脱出不可能です。関わりのある人や家族の協力が不可欠です。気の遠くなる道のりになると思いますが、途中で投げでしますと元の木阿弥になってしまいます。ではどのようにしてこの牢獄から抜け出すことができるのでしょうか。い今、パチンコ依存症に限って話していますが、依存症はこの限りではありません。宗教の世界での依存症はあります。宗教の世界での依存症は他に迷惑をかけない分脱出不可能です。この問題を少し時間をかけて考えてみたいと思います。

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