唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

私は、私の幸せを求めて、何故苦悩するのでしょうか。私の心の奥深くに潜む明と闇を読み解きたいと思っています。

「唯有識無外境」、果たして三界は唯心か? (81)九難義 (21) 唯識成空の難 (14)

2016-09-15 23:03:54 | 初能遍 第三 心所相応門


 9月6日からのつづきになります。『倶舎論』に於ける勝論と論主の対論。業と果との関係について論主の正義が示されます。
 勝論の難 「若し実に我無くんば、業已に滅壊(メツエ)す。云何ぞ、復た能く未来の果を生ぜん。」
 論主の反論 「設ひ実我有るとも、業已に滅壊す。復た云何ぞ、能く未来の果を生ずる。」
 勝論の答 「我に依止する、法非法(ホウヒホウ)より生ず。」
 論主の論破 「誰が誰に依るが如くなる。此れ前に已に破(ハ)しぬ。故に、法非法は応に我に依るべからず。然るに、聖教の中に、是の設を作さず、已壊(イエ)の業より、未来の果生ずと。」
 勝論の問 「若し爾らば、何れよりする。」
 論主の答 「業の相続と転変と差別とよりす。種の果を生ずるが如し。世間に果、種より生ずと説くが如し。然るに、果、已壊の種より起こらず、亦た種より無間に即ち生ずるに非ず。」
 勝論の問 「若し爾らば、何よりするか。」
 論主の答 「種とする所の相続と転変(テンペン)と差別(シャベツ)とより、果方に生ずることを得。謂く、次に芽茎葉(ガキョウヨウ)等を生じ、花(ケ)を最後と為して、方に果を引いて生ず。」
 勝論の問 「若し爾らば、何ぞ種より果を生ずと言う。」
 論主の答 「種展転して、花中の果を生ずる功能(クウノウ)を引起(インキ)するに由るが故に、是の説を作す。若し此の花の内の生果の功能、種を先と為して、引起する所に非ずんば、所生の果相は、種と別なるべし。是の如く、業より果を生ずと雖も、彼の已壊の業より生ずるに非ず、亦た業より無間に果を生ずるに非ず。但だ業の相続と転変と差別とより生ず。」
 勝論の問 「何をか、相続、転変、差別と名くる。」
 論主の答 「謂く、業を先と為して、後に色心起こる。中に、間断無きを名けて相続と為す。即ち此の相続の最後の刹那前後に異にして生ずるを、名けて転変と為す。即ち此の転変、最後の時に於いて、勝れたる功能有りて、無間に果を生じて、余の転変に勝れたり。故に差別と名く。」

 9月4日に原文で記しまし所の「業と果との関係」のについての所論を読み下しました。
 「若實無我業已滅壞。云何復能生未來果。設有實我業已滅壞。復云何能生未來果。從依止我法非法生。如誰依誰。此前已破。故法非法不應依我。然聖教中不作是説。從已壞業未來果生。若爾從何。從業相續轉變差別。如種生果。如世間説果從種生。然果不隨已壞種起。亦非從種無間即生。若爾從何。從種相續轉變差別果方得生。謂種次生芽莖葉等。花爲最後方引果生。若爾何言從種生果。由種展轉引起花中生果功能故作是説。若此花内生果功能非種爲先所引起者。所生果相應與種別。如是雖言從業生果。而非從彼已壞業生。亦非從業無間生果。但從業相續轉變差別生。何名相續轉變差別。謂業爲先後色心起中無間斷名爲相續。即此相續後後刹那異前前生名爲轉變。即此轉變於最後時有勝功能無間生果勝餘轉變故名差別。」
 一応最後まで読みくだしていこうと思います。遅々たる歩みです。
 
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