唯識に学ぶ・誓喚の折々の記

私は、私の幸せを求めて、何故苦悩するのでしょうか。私の心の奥深くに潜む明と闇を読み解きたいと思っています。

第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (103) 三断分別門 (17)

2015-05-13 20:55:34 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
    十煩悩の自類相応の図式 

         五逆罪(害父・害母・害阿羅漢・破和合僧・出仏身血)    事      
      ―――――――――――――――――――――――――――――
            謗法(五逆罪の背景・誹謗正法)            
               
     
             迷事の惑(罪福信)  貪・瞋・慢
      ―――――――――――――――――――――――――――――
            迷理の惑(仏智疑惑) 五見と疑


  倶生起の迷事の惑の断について
 「瞋と余の愛等とは、別と事とに迷うて生じ、諦観に違せず、故に修所断なり。」(『論』第六・二十二左)
 本科段の「瞋と余の愛等とは」は何を指しているのかが問題になりますが、『述記』には「瞋及び前の二の見(薩迦耶見と辺執見)と相応するを除いての外の、余の独行の愛と慢と及び此れと相応する無明とは、別の有情或は境の事に迷って生じて、理に迷わず。四諦観に違せざるが故に修所断なり。」と説明されています。
 瞋及び、倶生起の薩迦耶見と辺執見と相応する貪・慢・無明を除いての「他の」倶生起の愛・慢・無明を指す。これは、独行の愛と慢と、独行の愛と慢と相応する無明は、別の有情や認識対象という事に対して迷う迷事の惑であり、理に対して迷う迷理の惑ではない。しかし、四諦観に違背するものではなく、これらの迷事の惑も亦修所断であると説かれています。
 さらに『述記』はつづけて「見道の独行の貪等は、事に迷うことありと雖も、然も諦観に違せるが故に、見所断なるを簡ぶ。」

           分別起の煩悩の断は  ―  見所断
           倶生起の煩悩の断は  ―  修所断  

 次科段は、縁有事無事門になります。
 
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (102) 三断分別門 (16)

2015-05-12 19:49:34 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
   「疑後三見唯分別起、六通倶生及分別起」(疑と後の三見は唯だ分別起である。十煩悩の中の六は倶生起と及び分別起に通じている。)

 麤相門 ― 独頭に生起する貪・瞋・慢は、四諦の事に迷う。(事とは、現象的存在で、理によって生じる一切の有為法をいう。)
 委細門 ― 「若し三見と疑と倶なるは亦四諦の理に迷うと名づく。」(理とは、現象的存在を貫く法則を云う。縁起の理・真如の理で、存在の真実のありよう。) 

 ここで説かれている麤相門は大雑把にいえば、貪・瞋・慢は、四諦の事に迷う煩悩であるということなのですが、しかし、事は理によって生じてくるものなんですね。ですから私たちが日常の中で、むさぼりや怒りや慢心を起こしている時には、我見や辺見や疑と倶にして起こしていることなのです。我見と辺見と邪見によって自分を縛り、、疑は自分を信ずることができないということでしょう。つまり、三見と疑を依り所にして表面化してくる煩悩ということになりましょうか。
    
          麤相門(表層)
     ―――――――――――――――――――
         委細門(麤相門の背景)

 十の煩悩は、どれがどれと相応(倶起)するのかは、自類相応門を参考にしてください。(2014年7月11日~8月11日の投稿)
 前科段までは分別起の煩悩の断についての説明でありました、倶生起の煩悩の断はどうなるのかという問いに対して答えていきます。「六通倶生及分別起」の倶生起のぼんのうの断についての説明になります。
 初は、迷理の煩悩の断について。
 後に、迷事の煩悩の断について。
 (初)
 「倶生の二の見と、及び彼と相応する愛と慢と無明とは、苦諦に迷うと雖も、細にして断じ難きが故に、修道にして方に断ず。」(『論』第六・二十二左)
 倶生起の煩悩の二の見である薩迦耶見と辺執見と、及び二の見と相応する愛(貪)と慢と無明(癡)とは、親しく苦諦の理に迷うとはいえ、その行相は細にして断じ難いので修道において断ずるのである。細かい議論はさておき、倶生起の煩悩は修所断であるということですね。
 倶生起の薩迦耶見と辺執見と、これに相応する貪・慢・癡は迷理の惑である。「細にして断じ難きが故に」と修所断である理由を述べています。迷理の惑である理由と修所断である理由を「細難断」の言葉を以て示しています。
   (つづく)
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (101) 三断分別門 (15)

2015-05-11 21:45:42 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
   

 麤相門の結び
 「諦に迷う親疎の麤相是の如し。」(『論』第六・二十二右)
 四諦に妙麤相門はいじょうの通りである。
 「未だ理を盡さざるが故に、五十八に説く、亦麤相なり。」(『述記』第六本・六十二左)
 以上は麤相(おおまかなありよう)によって説いてきたのである。『瑜伽論』巻第五十八(大正30・623c~624a)に説かれている所論と同じであるが、これは未だ理を盡していないので『瑜伽論』の内容は麤相によって説かれているのである。
 「行相の別」の迷いについての委細門が説かれます。
 「委細(イサイ)に説けば・・・」 細かく、詳しく説くならばと云う、
 「委細に説かば、貪・瞋・慢との、三が見と疑と倶に生ずるは、応(ヨロシキ)に随って彼が如し。」(『論』第六・二十二左)  委細に説くならば、貪と瞋と慢との三つが、三が見(薩迦耶見・辺執見・邪見)と疑と倶に生じる場合は、よろしきに随って彼(疑と薩迦耶見・辺執見・邪見)のように理解すべきである。
 「述して曰く。疑と三見と無明との五法は親しく諦理に迷う。二取は疎遠なること前に定んで説くが如し。且く苦諦の下の貪瞋慢との三は、若し独頭に起こる見を縁じて生ずるをば疎遠なること前に説くが如し。」
 麤相門に於いては、疑と三見と無明の五法は苦諦に対して親しく迷う煩悩である。(親迷)
          疑と邪見と不共無明は、親しく集諦・滅諦・道諦に迷う煩悩である。(親迷)
          二取は苦諦に対しても、集諦・滅諦・道諦に対しても疎迷である。
          苦諦に対して疎迷である貪・瞋・慢と相応する時は、集諦・滅諦・道諦に対しても疎迷となる。つまり、貪と瞋と慢は四諦に対して疎迷である。「貪瞋慢との三は、若し独頭に起こる見を縁じて生ずるをば疎遠」であるというの         が、麤相門において説かれていたのです。
 本科段の、委細門に於いて論ずるならば、
 貪・瞋・慢の四諦に対する迷い方は、倶に生起する疑と三見の煩悩の親迷か疎迷かということになります。貪・瞋・慢が三見と倶に生起する場合と、貪・瞋・慢と、疑と三見が倶に生起する場合は、疑と三見の迷い方と同じになるので、そのように理解するべきである、という。
 「貪と慢と三法(薩迦耶見・辺執見・邪見)と倶なり。瞋は疑等の四と倶起するは、応に随って彼が如く、亦親しく諦に迷うと名づく。慢と貪と我見と倶生して、滅道の下の煩悩の後に於て起こるを亦無漏に迷うと名づく。瞋は疑と倶起し、或は独り起こる。これは数の総に約す。」(『述記』)
 ① 貪・瞋・慢の中、貪と慢は薩迦耶見・辺執見・邪見と倶起する為に、三見の迷い方と同じになる。疑は除かれる。
 ② 瞋は疑と三見と倶起する為に、疑と三見の迷い方と同じになる。 
  (つづく)
 
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (100) 三断分別門 (14)

2015-05-09 00:26:31 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
 豊臣家が滅亡した「大坂夏の陣」による大坂城の落城から400年。大阪市中央区の大阪城本丸広場で7日、「天下泰平の灯(ともしび)」として天守閣前に400個のあんどんが点灯された。大坂城は慶長20(1615)年5月7日(旧暦)に落城。戦乱の世に終わりを告げ、天下泰平の世が訪れるきっかけの日として大阪府や大阪市などが企画した。 (記事はAsahi digitalによる。)  

 瞋についての所論
 「然も瞋は亦能く親しく滅道に迷う、彼を怖畏(フイ)するに由って憎嫉(ゾウシツ)を生ずるが故に。」(『御』第六・二十二右) しかも瞋は、またよく親しく(直接的に)滅道(滅諦・道諦)に迷うのである。何故ならば、滅諦・道諦を怖畏(おそれること)することによって憎嫉(にくみ、きらうこと)を生ずるからである。
 前科段において、瞋は貪・慢・二取とともに、集諦・滅諦・道諦に於いて疎迷の煩悩であると説明してきましたが、特に瞋は滅諦と道諦に於いては、親しく迷う親迷の煩悩であることを明らかにし、その理由を説明しているのです。
 「この意の顕さく、瞋は無漏を縁ずるが故に。滅・道の理に迷って生ずるが故に。苦集の理に瞋すること無きが故に。・・・」(『述記』)
何に由ってこういことが言えるのかと云いますと、瞋は無漏法を縁ずるからである、と。つまり、滅諦・道諦の理に迷って生起するからであるというわけです。滅諦や道諦という無漏法を怖畏することによって、憎嫉という、憎しみや嫉妬を起こすからなんですね。
 「論には、唯無漏の諦理に迷うと説くのみにあらず、彼(瞋)は親しく二諦に迷って起こるに由るが故に。これより上は、皆五十八と同なり。」(『述記』)
 『瑜伽論』巻第五十八には「(瞋恚は)謂く滅諦に於て怖畏の心を起こし、損害の心を起こし、恚悩の心を起こす。是の如き瞋恚は滅諦に迷うなり。・・・所余の貪等の道に迷う煩悩は、滅諦に迷う道理のごとく応に知るべし。」と説かれている。道諦に於いても、滅諦に迷う道理と同様に知るべきであると説かれているわけですね。これを受けて『論』には「瞋恚は滅道を憎嫉すと説けるを以て、亦離欲地(上界)をも憎嫉す応きが故に。」と説かれていたわけです。そうしますと、憎嫉の内容は、「損害の心を起こし、恚悩の心を起こす」ことなのですが、この心は理に迷って起こってくるんですね。
 「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」とう理に迷って生起してくるのが瞋恚という煩悩なんですね。その内実は、
 「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといわんに、すなわちころすべし。しかれども、一人にてもかないぬべき業縁なきによりて、害せざるなり。わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし」と、おおせのそうらいしは、われらが、こころのよきをばよしとおもい、あしきことをばあしとおもいて、願の不思議にてたすけたまうということをしらざることを、おおせのそうらいしなり。」(『歎異抄』)
 これが道理なんですね。道理に反逆した在り方を、邪見・憍慢の悪衆生と押さえられているのでしょう。瞋恚は起こそうと思って起きるものではないんですね。道理に反する、道理に迷うことに由って自然発生的に起ってくるわけです。逆にいえば、いかり・はらだちは、道理に迷っているという証しでもあるんです。ご縁の世界に生き切ることができない自分が見えてきます。
 このような理由によって、瞋恚は直接的に滅諦・道諦に迷う煩悩であることが明らかにされたのです。
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (99) 三断分別門 (13)

2015-05-06 09:46:03 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
  
 Golden weak も今日まで、僧侶の方々にとっては、休日はあってないようなものですから、どのようにお過ごしなさいましたかは愚問ですね。この休みはよく歩きました。畿内の街道は、京都・奈良の古都を中心に、比叡山・高野山に、そして北は北陸道、南は熊野街道につながっているのでした。
 それ以前の大坂は、荒地であり、湿地帯であったのですね。淀川と大和川にはさまれて、たびたび大洪水にみまわれていたようです。しかし、土地の利便性を考えた時、瀬戸内海や外海を結ぶ交通の要所として開拓する必要に迫られていたことが背景にあり、渡来人の土木技術を借りながら、大掛かりな淀川左岸の築堤作業に取り組むことになったのです。それが仁徳天皇の十一年といわれ、『日本書紀』に、茨田堤の築堤工事の様子が描かれています。実際行われたのかどうかはわかりませんが、人身御供の記事もみえ、古代の神と人間との関係を垣間見ることができました。強頸絶間(コワクビタエマ)と、衫子絶間(コロモコノタエマ)の神話ですね。
 その後、淀川の洪水は収まりましたが、河内国の人々はその後16世紀まで大和川の洪水に悩まさることになるのです。遂に宝永元年(1704)に大和川の付け替え工事が行われることになり、わずか八か月で、今の大和川に変化したのですね。
 
 道明寺小学校のHPに、次のような記事が掲載されていました。(詳しくはHPをご覧ください)
 「付け替え以前の大和川は、大阪平野に入ると何本もの川に分かれて北へ向かって流れていきました。二つ
の大きな池(浅くて部分的には湿地帯)をつくって、大阪城の北で再び一つになり、北から来る淀川と合流して大阪湾へと
流れて行きました。
 この分流してから再び合流するまでの流路でたびたび洪水が起こり、この河内平野一帯では水との戦いの長い歴史がく
り広げられてきたのです。では、なぜそんなに洪水が続いてきたのでしょうか。

宿命の天井川
 この旧大和川流域の多くは、もともとは海でした。生駒山地と上町台地の間(図1)の河内平野は古代の大阪湾とも言え
る河内湾という入り江でした。縄文時代のことです。やが弥生時代の頃には河内潟となり、さらには河内湖となりまし
た。北からの淀川、南からのの大和川、二つの川が運んでくる砂によって、だんだん小さく浅くなっていったのです。特
に南から来る大和川の流れはたくさんの砂を運び、南から順々に湾を埋めていきました。
 山間部を抜けて広い平地部に出た川は、自然と何本にも分かれ、増水するたびに氾濫をくり返しては砂をまき散らして
いったのです。こうして北へ北へといくつもの川筋が伸びていき、陸地が広がっていきました。土地の傾斜が大変小さく、
低地性扇状地形といわれるものです。流れのゆるやかな時には川底に砂がたまりやすく、やがてこれらの川筋は川底が周
囲の土地よりも高い天井川となっていきました。
 川筋を表す細かな等高線を見ると、川筋の部分で下流に向かって等高線の曲がりが出っ張っています。鳥の足跡みたい
な形から鳥肢状と言われる、典型的な天井川の地形です。谷を流れる川筋だと、等高線はV字形で下流に向かっていきま
す。

くり返す洪水
 天井川であるということは、いったん洪水が起きると、氾濫した水はなかなかもとの川には戻りません。川底を掘って
も、もともとの地形のでき方からして、また同じように天井川になっていってしまうのです。堤防をかさ上げしても、や
がて川底がさらに上がり、また堤防を高くする、というくり返しです。これは困ったものです。
 洪水がおきやすい原因がもう一つあります。いったん分流した流れが大阪城の所で一つになり、淀川と合流していまし
たが、広範囲で雨が続いた時には淀川の流れの勢いの方が強く、大和川の流れが入り込みにくいということがあったので
す。深野池や新開池が遊水池の役目をしていましたが、これにも限度がありました。
 このように、大和川は、地形のでき方からどうしても洪水が起きやすいという宿命を背負った川として、多くの河内の
人々を苦しめてきたのです。
   ※ 淀川も後に近代の治水事業で新放水路が造られました。明治の中頃から事業が始まり、明治43年(1910年)に
    新淀川が完成しました。大阪城の方へ流れる旧淀川は、現在は大川と呼ばれています。」

 この記事からも伺えますが、古代大坂の治水事業は難関をきわめたのですね。私たちは、当たり前のようにして日暮をしていますが、当たりまでは無いことを教えられます。古代から悠久の時を経て、その恩恵の上に生きさせていただいていることを忘れてはならないと思いますね。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今日は、相応の無智と不共の無明についての続きです。
 『述記』には、相応の無智について、九(癡を除く九の煩悩)と相応する無智は、九の煩悩の所応に随って、親迷と疎迷に於いて苦諦の理に迷うのであると述べています。そして、不共無明は、苦諦の理を了解することができずに、親しく苦諦の理に迷うのである、と教えています。
 相応無明 ― 諸煩悩と相応して生起してくる無明ですから、薩迦耶見・辺執見・邪見のように直接的に迷う煩悩と相応する時は、相応無明は親迷になり、貪・瞋・慢・見取見・戒禁取見のように、苦諦の理に間接的に迷う煩悩と相応する時は、疎迷になります。
 不共無明 ― 独行無明とも云われます。単独で四諦に迷う在り方を云います。恒行不共無明と、独行不共無明に分けられますが、昨日説明しましたので省略します。

 「疑と及び邪見は親しく集等に迷う、二取と貪等とは苦に准じてまさに知るべし。」(『論』第六・二十二右)
 これまでは苦諦に迷う諸煩悩の在り方をまなびましたが、今回は苦諦以外の集諦・滅諦・道諦の三諦に迷う八煩悩について釈されます。何故、八煩悩かといいますと、薩迦耶見と辺執見はただ苦諦にのみ迷うと述べられていましたので、ここでは除いています。しかし、厳密に言えば、三諦に迷うのであるが、ここでは説かない、という立場ですね。
 「集・滅・道の三に於て、ただ八有る中に、二見(身・辺)を除くが故に。疑と及び邪見と不共無明とは、親しく集等の三諦に迷う。然るに実には身・辺の二見が別に三諦に迷うこと有るも、八有りと説けるを以ての故に。略して論ぜず。二取と貪等とは、前の苦に准じて説く。二見は集・滅・道の下に無きを以ての故に。又ただ親迷なり。」(『述記』第六末・六十一・左))
 疑と及び邪見と不共無明は、三諦に迷う親迷であることを明らかにしています。そして、二取(見取見と戒禁取見)と貪等(等は等取。貪・瞋・慢と相応無明)とは苦諦に准じて知るべきである、と。
 准じてということですから、なぞらえて、苦諦の所論と同じように知るべきである、ということですね。
 貪・瞋・慢・戒禁取見・見取見は苦諦に対して疎迷であることから、三諦に於いても疎迷である、ということになります。疑・邪見と相応する相応無明も、苦諦に准じて、三諦に於いても親迷である。貪等と相応する無明も、苦諦に准じて、三諦に於いては疎迷であるということになります。  つづく
 
 
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (98) 三断分別門 (12)

2015-05-04 21:39:07 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
  今日は楽しい楽しい子供の日。

 昨日のブログに対してコメントを寄せていただきました。有難うございます。
 「自己は他者に対して比較的優位ではなく、絶対的優位でないと気がすまない。全ては自己保身。僕の例で言いますと、見合い断ったのは相手に嫌われる。という恐怖心から。相手を見ていることに執われ、見られていることに気がつかない。感想としては離れているでしょうが、全ては自己が見ているものしか信用出来ず、他者が見ているものは見えない。と言うより見ているものは同じでも見えかたは違う。気がつかない所ですね。結局は他者の事を思ってとった行為であっても自己保身ということになるのでしょう。悪い思い込みは直さねばと思います。ただ自己愛が無ければ他者をも愛することができないのではないかと思うのですが。自らを責めているつもりで、相手を責めている、気が付かないところです。」
 「コメント有難うございます。自分を愛するように、他者もまた、自分を愛している、という目線は大事ですね。この目線があってこそ、初めて人を愛することができるのでしょう。その極みが、如来の大悲といわれているんでしょうね。
 真(マコト)に、他者を愛することのできる人は、真(マコト)に、自分という自己を大切にしている人でしょう、そのように思っています。」

 今日は、無明(癡)が苦諦の理に迷うことの理由を述べる所論です。
 癡について、2014/3・20の投稿を再録します。
 「云何なるをか癡と為す。諸の理と事とに於いて迷闇なるを以って性と為し。無癡を障えて一切雑染の所依たるを以って業と為す。」(『論』第六・十三右)
道理と事実です。道理によって事実が成り立っているのですが、それがわからないということです。諸行無常・諸法無我は道理ですが、それが頷けないので道理でない我を立てて生きている。それは闇であり迷いであると教えています。生きているのも道理ですが、死もまた道理なのです。「生のみが我らにあらず。死もまた我らなり」とは、清沢先生の教えであります。

「なごりおしくおもえども、娑婆の縁つきなばかの土へはまいるべきない」とは親鸞聖人のお言葉でした。命は与えられたものであって私有化できるものではないのですね。「生かされてある命」なのです。縁によって生かされている。そこにですね、命の大切さが教えられているのではないでしょうか。しかしながら私たちは道理と事実に背いているわけです。それを迷闇となり雑染の所依となるのです。すべてが自己中心に考えていくということです。「私が・私が」と我執から出発するのですね。迷・闇によって経験のすべてが執着的経験となる。その根拠になるのが癡という煩悩なのです。それが闇の中の出来事であると教えているのです。理と事に於いて無痴であるところから自己の内に貪りをおこし、外に対して自分が無視されたと、怒りをぶつけるのです。これが貪・瞋の煩悩であり、貪・瞋の根拠(所依)が癡の働きである、と教えられているのです。

「論。云何爲癡至所依爲業 述曰。於理事者。謂獨頭無明迷理。相應等亦迷事也。」(『述記』第六末・四右。大正43・444b)

(「述して曰く。理事と云うは、謂く、獨頭無明は理に迷い、相応等も亦、事に迷うなり。」)

四諦の理に迷うのは、独頭(ドクズ)の無明(独行無明)のはたらきであり、現象の真実の相に迷うのは、相応無明(共無明)の働きである、と云われています。

貪・瞋・癡等の根本煩悩と相応する無明は、理と事に迷う無明であり、独行無明は根本煩悩とは相応しない無明である。この無明が、主と非主に分けられて説明されます。主独行無明は、ただ理に迷う無明であり、非主独行無明は、理と事に迷う無明であるとされます。

「疏。獨頭無明迷理等者。問前第五云。獨行無明而有兩種。謂主・非主。非主無明通於見修。云何今判唯迷理耶 答且然。瑜伽是主者説。五十八云。又此無明總有二種。一煩惱相纒相應。二獨行。若無貪等諸煩惱纒。但於苦等諸諦境中。不如理作意力故鈍惠士夫諸不如實簡擇。覆障纒裏闇昧等心所性名獨行無明 又非主者。多迷理起。從多分言。由斯疏中不言唯也。」(『演秘』第五本・三十三右。大正43・917b)

(「疏に、獨頭無明迷理等とは、問う、前の第五に云く。獨行の無明に兩種有り、謂く主と非主なりと。非主の無明は見修に通ずと云う。
 云何ぞ今判じて唯理に迷うと云うや。
 答う、(第一釈)且く然なり、瑜伽は是れ主なる者のみを解く。五十八に云く、又此の無明に総じて二種有り、一には煩悩と相纒相應す、二は独行なり、若し貪等の諸の煩悩の纒無く、但苦等の諸の諦境の中に於て、不如理作意の力の故に、鈍慧の士夫は諸の実の如く簡択(ケンチャク)せず、覆障(フクショウ)し纒裏(テンカ)し闇昧(アンマイ)なる等の心所の性を独行無明と名づくと。
 また(第二釈)非主とは多く理に迷って起こすを以て多分に従って言う。斯れに由りて疏の中には唯と言わざるなり。」)

この項について、第二能変 末那識の存在証明の二教六理証において不共無明が論じられています。2012/4・3/の記述より抜粋し記します。

不共無明に総じて二種あることを述べる。

恒行不共無明と独行不共無明について、その相違点を説明されています。

「不共無明に総じて二種有り。一には恒行不共、余の識には無き所なり。二には独行不共、此の識には有るに非ず。」(『論』第五・十一右)

 (不共無明に総じて二種類ある。一つには恒行不共無明であり、末那識以外の他の識には存在しないものである。二つには独行不共無明であり、この末那識には存在しないものである。)

無明には大きく、相応無明と不共無明の二つに分けられます。ここで述べられている無明は不共無明で、これが大きく、恒行不共と独行不共に分けられます。そしてここで述べられていますように、恒行不共は第七末那識とのみ相応し、他の識とは相応しないものです。一切の凡夫において無始より以来、恒に働きつづけているところから恒行といわれ、恒行という点から、末那識以外の他の識に相応して働く無明にはないから不共といわれる。もう一つが、独行不共で、これが第六識と相応して働く無明で、末那識には存在しない無明です。貪・瞋等の根本煩悩と相応せず、第六意識と相応して働く無明で、ただ独り働くところから独行不共無明といわれる。『瑜伽論』巻第58(大正30・622a)に詳細が記されています。

 「又此無明總有二種。一煩惱相應無明。二獨行無明。非無愚癡而起諸惑。是故貪等餘惑相應所有無明。名煩惱相應無明。若無貪等諸煩惱纒。但於苦等諸諦境中。由不如理作意力故。鈍慧士夫補特伽羅諸不如實簡擇覆障纒裹闇昧等心所性。名獨行無明。」(『瑜伽論』巻第五十八)

 また、『瑜伽論』巻第五十八には、この文に先立って、無明について説明があります。「無明とは謂く所知の真実なる覚悟に於て、能く覆い能く障える心所を性と為す。」と。「又此の無明に総じて二種あり、一には煩悩相応無明、二には独行無明なり。愚癡無くして而も諸惑を起すに非ず、是の故に貪等の余惑相応する所有の無明を、煩悩相応無明と名づく。若くは貪等の諸の煩悩の纏(てん)無く、但だ苦等の諸の諦境の中に於て、不如理なる作意の力に由るが故に、鈍慧の士夫補特伽羅の諸の実の如く揀擇(けんちゃく)せず覆障(ふくしょう)し纏裹(てんか)し闇昧(あんまい)なる等の心所の性を独行無明と名づく。
• 纏(てん) - 煩悩の異名。煩悩は心をまとい、おおうから纏という。
• 纏裹(てんか) - まとわりからむこと。如実に簡択しない覆障・纏裹・闇昧等の心所性を独行無明と名く。

 「論。不共無明至此識非有 述曰。下顯差別有三。一彰二別明識有・無。二引證。三大小異。此初也。此總凡解。不共無明顯此識者。一恒行不共。此七倶是。今此所諍。餘識無也 其第二獨行不共。則與忿等相應起故名爲獨行。或不與餘倶起無明獨迷諦理。此識非有爲成此後所説無明。」(対象・43・411a)

 「述して曰く。下は差別を顕す。一に二が別なることを彰して識にも有無なることを明かす、二には証を引き、三に大・小の異を云う。此れは初なり。此れは総じて凡て不共無明を解して、此の識にも有なることを顕す。一に恒行不共と云うは、此の七と倶なる是れなり。今此に余識には無しと争う所なり。其の二の独行不共の、則ち忿等とのみ相応して起こるが故に、名けて独行と為す。或は余と倶起せず、無明は独り諦理に迷うなり。此の識には有るに非ず。此の後の所説の無明を成ぜぬが為に。」(『述記』第五末・二十三右)

 又、『樞要』巻下本・二十五右には

 「不共無明有二。一與根本倶恒行一切分。餘識所無名不共。二不與根本倶名不共。然復有二。一與小・中・大隨煩惱倶。不與根本惑倶名不共。二不與小隨惑及根本倶。與中大隨倶名不共。隨其所應後二亦通上界。然與相應多小上下界別 然爲三句。一唯見斷。謂獨行四諦下者。二唯修斷。謂第七識者。三通見修。謂忿等相應。」(大正43・640a)

 「不共無明に二有り。一に根本と倶に恒に一切分に行ずる、余識に無き所を以て不共と名く。二には根本と倶ならざるを以て不共と名く。然して復二有り。一には小・中・大の随煩悩と倶にして、根本の惑と倶ならざるを以て不共と名く。二には小随惑と及び根本と倶ならずして、中・大の随と倶なるを以て不共と名く。其の所応に随って後の二も亦上界にも通ず。然るに相応する多少は上下界と別なり。然るに三句を為る。一には唯だ見断と云わば、謂ゆる独行の四諦の下の者。二には唯だ修断と云わば、謂ゆる第七識の者。三に見・修に通ずるは、謂ゆる忿等と相応するなり。」 と。

 『述記』・『樞要』の記述は『論』の補足説明になりますが、再度まとめてみますと、不共無明に二つ有り、(與根本倶恒行一切分の)恒行不共無明と、(不與根本倶名不共の)独行不共無明である。独行不共無明がまた二つに分けられ、一つは根本煩悩と相応せず、小・中・大の随煩悩と相応する非主独行不共無明と、忿等の十種と根本煩悩と相応せず、中・大の随煩悩と相応する主独行不共無明とに分けられる。主独行不共無明は見道所断であり、非主独行不共無明は修道所断である。小随煩悩の忿等は見断にも通ずると説明がなされています。」

 この所論をうけて、本科段を読み解きたいと思います。
 「相応の無智は九と与(トモ)(或は、與)に同じく迷う。不共の無明は親しく苦の理に迷う。」(『論』第六・二十二右)
 相応の無智は、九の煩悩とともに同じく迷うのである。不共の無明は、親しく苦諦の理に迷うのでる。
          相応の無智=相応無明 ― 貪等の九の煩悩と相応する無明である。
  無明(癡){
          不共の無明=不共無明    独行不共無明 ― 煩悩と相応しない。
                           {
                             恒行不共無明 ― 第七末那識相応の煩悩と相応する。(第六意識相応の煩悩とは相応しない。)
 本科段で問題にしているのは、一つは、相応無明です。相応無明はすべての煩悩と相応しますから、他の九の煩悩が苦諦の理に迷うというのであれば、相応無明も苦諦の理に迷うわけです。その中で、薩迦耶見・辺執見・邪見と相応する場合は、所謂、親迷になります。また、その他の煩悩と相応汚する場合は、所謂、疎迷ということになります。
 もう一つの問題は、不共無明ですが、この無明は単独で生起する無明ですから、直接的に苦諦の理に迷うということになりますから、親迷です。 また明日にします。
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (97) 三断分別門 (11)

2015-05-03 22:24:56 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
  苦悩(自らが自らを縛って、執われて起してくる。その原因を十二縁起として表されている。)を縁として、目的地は涅槃であり、目的地に行く方法が八正道として教えられているのですね。

 本科段は、貪・瞋・慢はどのようにして起こってくるのかを説きます。実際ですね、身につまされますよ。教学の怖さといいますか、喉元に突き刺さってくるような鋭さを以て、「自己とは」を問うてきます。
 「自他の見と及び彼の眷属(ケンゾク)との於(ウエ)に次での如く、応(ヨロシキ)に随って貪と恚(イ)と慢とを起す。」(『論』第六・二十二右)
 自らの見(身見=薩迦耶見)に依って貪欲を起こし、他の見に依って瞋恚を起こし、自他の二見に依って慢心を起こす、何故ならば、己が見を恃んで、他の見を陵するからである。これを随応(いくつかの中の一つと応ずること)と云い、間接的に迷う縁ですから、疎迷である。
 別迷の中の、行相の別を説く中で、先に疑と三見及び二取の見に次いで、貪・瞋・慢が苦諦に迷う有様を説いています。
 自らの見(身見=薩迦耶見)に依って貪欲を起こすというのは、自分が自分を溺愛・渇愛・貪りの愛(貪愛)するということです。自らが可愛くて、自らを責めることなく自己愛に溺れて、自らの姿勢が見えない状態に置いていますから、自らを妨げる者に対して怒りを起こすのです、瞋恚ですね。
 これは、少し考えてみますと、至極当然の事です。自らが自らの見に貪愛するということは、他者は他者の見に対して貪愛を起こしているのですね。貪愛と貪愛がぶつかれば、そこに争いが起ります。そうしますと争いの直接の原因は、自己愛と云う貪愛が基になります。
 また、ここで云う眷属は、付属するもの、随うものという意味になります。自他の見に随って、引き起こされてくるのが慢ということになります。慢の発生は、ひとえに自他の見に随うということです。
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (96) 三断分別門 (10)

2015-05-02 14:49:44 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
  

 二取(見取見と戒禁取見)について
 「二の取は彼の三の見と戒禁(カイゴン)と及び所依の蘊(ウン)とを執じて勝なり能浄(ノウジョウ)なりと為す。」(『論』第六・二十一右)  二つの取(見取見と戒禁取見)は、かの三つの見(薩迦耶見・辺執見・邪見)と戒禁取見と及び所依の五蘊とに執着して、二取は勝れたものであり、よく浄らかにするものであると考える。
 説明でもわかりますように、二取は、薩迦耶見・辺執見・邪見と戒禁取見と及び所依の五蘊とに執着して、その上に苦諦に迷うことを明らかにしているのです。つまり、直接的に苦諦に迷うのではなく、間接的に苦諦に迷うという迷い方であって疎迷と云われています。
 戒禁取見〈ziila-vrata-paraamarza〉
 「五には戒禁取。謂く諸見と随順せる戒禁と及び所依の蘊とのうえに執して最勝なりと為し、能く清浄を得すという。無利の勤苦が所依たるを以て業と為す。」(誤った見解にもとづく外道の戒を取り入れて、そのような戒を、正しい戒であると思い、その戒を説く人を最も勝れた者であり、その戒を保つと清浄な涅槃を得る原因であると考える見解であって、いたずらに身を苦しめる心である。) 
 これは戒禁〈かいごん〉されたものを勝れた正しいものと誤って執着する考え方である。これに非因計因と非道計道との二を立てる。すなわち、実際に因果の正しい立場に立てば因とならないものを因と誤って考え、それを勝れたものと執ずる見である。仏教の正しい菩提(さとり)に対して、それを達成する正しい因をとらず、間違った因を正しいものと誤って執着するようなものである。
 非道計道とは涅槃の道に非ざるものを涅槃の道と間違え、それを正しく勝れたものと誤って執着することである。このことは一般に注意すべきことで、ある立場の実現には、それを達成する正しい方法があるはずである。また、この立場に基礎付けられた正しい方法によってこそ、その立場は実現されるのである。
 自らの目的の達成は目的を達成する正しい方法の自覚自行によるので、立場と方法、思想と実践とが別々であっては、何も成功しない。悪見の中に、戒禁取見を説くのは、仏教の正しい因果論をふまえての説であることに注意しなければならない。(仏教書大辞典より)
 自分の見方が最勝であるという見解や、最後は自分の行っている戒律が最高のものであるという思い込みですね。我執を中心に見ていく在り方が根本煩悩といわれるものです。このように煩悩は自分が一番正しいと執着を起こして苦を自分で招いてくるのです。苦の因を他に求めながら実は自分の中から起こしている。
 2014/6/7~8日のブログより
 「「述して曰く。謂く諸見に依って受ける所の戒なり。此の戒を説いて勝と為す。諸見に順ずる戒と及び戒の所依の五蘊の眷属を執して勝と為す。及び能く涅槃の浄を得と云うは戒取と名く。戒は即ち是れ禁(イマシム)なり。戒は性と遮と別なり。この戒に由って一切の外道は抜髪(バツハツ)等の利無き勤苦を受持するが故に。戒と及び眷属とを除く。外に余の一切の法は勝なり及び能く因と為って清浄を得と執す。戒は勝と執せず、但だ能く因と為ると言うと雖も、並びに戒取に摂するに非ず。・・・」(『述記』第六末・二十七左)
 戒禁取見とは、つまり、(戒禁とは、外道が説く戒と、その規範)諸々の悪見に随順する戒禁と及びその所依の五蘊とに於いて執着して最勝であるとし、そのことがよく清浄を得ると考えるのである。
 戒禁取見は、利益が無く、勤苦の所依となることを以て業とする心所である。この考え方は外道の説が悪いといっているのではないんですね。自己中心的に動いていきますと、外道の立てる戒を勝れたものであると思い込みます。間違いを起こすんですね。まさに政治・経済そのものでしょう。政治・経済が戒になりますね。その戒を説く人を尊敬しますし、その戒を守って生活の指針とします。しかしですね、自己改革といいますか、自己に対するプロテストがありませんから、いたずらに身を苦しめるものであると説かれているわけです。

 仏法を聞いていてもですね、仏法を楯にとって裁くということが起ってきます。諸刃の剣といいましょうか、自分が見えてこない、見えてこないと、人を裁くのですね。裁いていることさえ見えないですからね。深い問題が隠されています。人を社会を問うているわけではないんです、他を社会を縁として自分が問われているのです。戒禁取見はまさに諸刃の剣の切っ先が問われている見解であると思います。

 その為に、涅槃と菩提を障えるわけです。煩悩障・所知障といわれていました。障礙ですから、真理に反逆しているわけです。そうしますと、当然に苦を生み出してきます。利を生み出さないわけですね。「利無き勤苦」(無利勤苦)と教えています。菩提を得る勤苦は「利有る勤苦」(有利勤苦)と称されます。

 本科段は、見取見と戒禁取見が苦諦に迷うのは、どのようにして迷うのか、何に迷うのかを説明しているのですね。『述記』には端的な説明が述べられています。
 「見・戒の二取は、
  前の三見と及び倶時の蘊とを執して、勝なり能浄なりと為す、是れ見取なり。
  彼と倶なる戒と及び蘊とを執して、勝なり能浄なりと為す、是れ戒取なり。・・・」
 また、『演秘』には
 「此れ等は三見等を縁じ起すを用つて、苦集の理に望むるに所隔有るが故に、これを名づけて疎と為す。是れ重縁の惑なり。」(別して行相の別を釈す。麤相)と釈されています。
 見取見は、「三見(薩迦耶見と辺執見と邪見)と及び倶時の蘊とを執して」と云われてますが、倶時ですから同時に、三見と同時に存在する五蘊に執着して、最勝であり、能浄であると考え執着をすることにおいて迷うという在り方です。
 戒禁取見は、「(三見)と倶なる戒と及び蘊とを執して」、三見に随順する戒禁と所依の五蘊に執着してという意味になります。(誤った考えに随順して、誤った戒)を最勝とし、能浄であると考え執着をすることにおいて迷うという在り方です。
こういう迷いの在り方を疎迷というのですね。重縁の惑と名づけられています。
 
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (95) 三断分別門 (9)

2015-04-30 21:58:28 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
   もうすぐ子供の日ですね。日赤のロビーにて

 薩迦耶見と辺執見の二つは、ただ苦諦にのみ迷うことの理由が示されます。別の空・非我は苦諦固有の行相であり、苦諦のみに所属するからであるという。
 「諦を別縁する十六行のうち、空・非我の二はただ苦諦のみに属するが故に、三諦(集諦・滅諦・道諦)にこの二見有りと説かず。・・・十六行は総の行に非ざるが故に、別の空・非我という。属は属著をいう。或は摂属(ショウゾク)をいう。・・・」(『述記』第六末・五十九右)
 「身辺二見は唯果処のみに起こる、別の空と非我とは苦諦のみに属せるが故に。」(『論』第六・二十一左)
 身辺二見とは、薩迦耶見(身見)と辺執見(辺見)の二見ですが、この二見は、ただ果処(有漏の五蘊)のみに対して起こるものである、つまり身体を縁(縁籍ー原因となると云う意味の縁)じて起こす所の見解なんですね。身見は我見ですから、身(無我)を我として執着し、執着した我の上に辺執見を起して迷うのですが、この在り方を苦諦に迷うと述べているわけです。あくまでも、十六行相の上で、この二見は苦諦に迷うと説かれているわけです。総の空・非我で云う場合は、この二見は
集諦・滅諦・道諦にも迷うという所論になります。
 親迷と疎迷について
 親迷とは直接的な迷いであり、間接的な迷いを疎迷といっているわけですが、ここに問いが設けられまして、
 「この十が四諦に迷することは、皆是れ親しく迷すとせんや。亦疎く迷するものもありや。この問いに答え、及び別の行相を顕さんが為の故に、次の論文あり。」(『述記』)
 先ず、親迷について論じられます。簡単に言えば、薩迦耶見と辺執見の二見が苦諦に迷うのは、有漏の五蘊を直接的に縁じ、有漏の五蘊が実体的な我であると錯誤し、執着を起こして迷う直接的な迷いであるので、これを苦諦に親しく迷う、親迷と呼んでいるわけです。後の三の上に更に二見を起こすのは間接的な迷いになりますから疎迷と呼んでいます。本科段は更に詳しく説きます。
 「謂く、疑と三のとは親しく苦の理に迷う。」(『論』第六・二十二右)
 本科段より、「行相の別」の迷いについて説明されます。
                          
                                         親迷 ― 疑・薩迦耶見・辺執見・邪見
          苦諦に迷う十煩悩について説明されます。  {
   麤相門 {                               疎迷 ― 見取見・戒禁取見・貪・瞋・慢
          集諦・滅諦・道諦の三諦に迷う八煩悩について説明されます。

 
  苦諦に迷う十煩悩について説明されるわけですが、前科段でも述べられていましたように、薩迦耶見と辺執見は苦諦にのみ迷う煩悩であることが明らかにされていますが、残る八煩悩の所在を明らかにする必要がありますし、また八煩悩が三諦に迷うありかたも説明を要します。
 十の煩悩が苦諦の理に迷うことについて、親迷と疎迷と相応無明をもって説明されています。
 本科段は初の疑・薩迦耶見・辺執見・邪見についての所論です。
 つまり、疑・薩迦耶見・辺執見・邪見は、親しく苦諦の理に迷うのである。親しく迷う、直接的な迷いの在り方を親迷という。
 疑 ― 苦諦の有無を疑う迷い。
 薩迦耶見(身見・我見) ― 非我(無我)に迷って我と執着を起こす。
 辺執見 ― 身見で起こした我を常見、断見と執着して無常に迷う。
 邪見 ― 因果撥無の見ですから、邪見によって苦諦を撥無するわけです。
 これら四つの見は苦諦の理に直接的に迷う見ですので、親迷と云われます。
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第三能変 煩悩の心所 諸門分別 (94) 三断分別門 (8)

2015-04-30 00:32:58 | 第三能変 煩悩の心所 三断分別門
出掛ける前にブログ更新 

 分別起の根本煩悩の十(見所断の煩悩)、つまり、貪・瞋・癡・慢・疑・悪見(薩迦耶見・辺執見・邪見・見取見・戒禁取見)が、四諦(苦諦・集諦・滅諦・道諦)に迷うあり方について、総迷と別迷が有ることが明らかにされ、さらに、総迷に数の迷いと、行相の迷いがあり、別迷にも数の別と行相の別があることが明らかになりました。
 個別に説明される段において、総迷とは十の煩悩がともに皆、四諦に迷うこ、これが総迷ということであり、、苦諦と集諦という苦の原因(因と依処)と、滅諦と道諦という苦を滅する八正道は、分別起の十の煩悩を怖畏するものだからであると説かれて、分別起の十の煩悩は、苦諦と集諦の二つの諦に迷い、滅諦と道諦の二つの諦に迷うことが説かれいます。これは行相の総として説明されています。
 別迷についても、数の別と、行相の別が説かれています。数は四諦を表していますが、別は個別という意味であり、四諦の一つ一つの相に迷って煩悩が生起することを言っています。これは、四諦の一つ一つに固有の行相が有ることが示されています。それが四諦の四行相、つまり、四諦の十六行相なのですが、苦諦で明らかにされた、苦・空・無常・非我の四行相の中で、空・非我に総の空・非我と別の空・非我という区別があることが明らかにされています。総の空・非我は四諦に通じて、諸法無我・一切皆空として共通していますが、別の空・非我は苦諦固有のもので、「別とは、謂く、別に四諦の相に迷うて起こるなり、二(薩迦耶見・辺執見)は唯苦のみに迷い、八は通じて四に迷う」という一段が別の空・非我を表しています。
 数の別 ― 四諦の一つ一つの行に迷って煩悩が生起こすること。四諦固有の四行相を了解することなく、煩悩を起こすことであり、詳細すれば、薩迦耶見と辺執見は苦諦にのみ迷い(苦諦には十煩悩が倶起する。)、残る八煩悩は四諦すべてに迷うということになります。つまり、四諦に迷う煩悩の数が違うと云うことから、数の別、四諦四行相の諦固有の行相の相違により、苦諦には十煩悩が迷い、集諦・滅諦・道諦には八煩悩が迷うという、迷う煩悩の数が相違することから、別迷を数の別と云っています。
 また別迷の三諦に別の行相があるのは、癡は不共無明であり、不共無明の三諦に迷い、八つの煩悩が相応することが別迷であることが示されています。相応無明で説かれている場合は、四諦に迷うのは十煩悩になるからである、と明らかにしているのです。
 ここまでを簡単に整理してみました。 
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