Seijun Opinions

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「被爆再現人形撤去」は正しい判断なのか

2017-04-23 17:14:56 | 日記
 また目を疑うようなニュースが飛び込んできた。

 広島の原爆資料館から、被爆再現人形が姿を消すという。

 初めて被爆再現人形を見たときの衝撃が忘れられない。
 あれは、高校生の頃に行った修学旅行の1日目だった。研究者の講演を聞き、実際にこの目で確かめるために資料館に足を踏み入れた。
 すると目に飛び込んできたのは、焼け爛れて皮膚が溶け落ちた両の腕を前に突きだし、町をさ迷い歩く親子の姿。百聞は一見に如かずと言うが、講演を聞いただけでは分からない、再現とはいえ緻密に作られた当時の人々の姿がそこにあった。
 もちろん、実際に被爆を体験した人からすれば、たかが人形、という話だろう。被爆者団体の方の話が記事に出ていたが、そのような趣旨の発言だった。
 しかし、被爆を体験していない我々からすれば、たとえ人形でも、それは当時を知る重要な手がかりなのだ。完全なリアルではないかもしれない。怖くてトラウマになるかもしれない。それでも、目を背けてはいけないと思う。

 そういえば昨今、戦争の反省を忘れたかのような話題が並ぶ。憲法9条改正騒ぎだってそうだ。
 法律は、時代の流れに応じて変えていかなければならないものだ。しかし、変えてはならないものもある。それが憲法9条だ。多くの人の命を奪う戦争は、たとえそこから何かが生まれることがあるとしても、失うものが大きすぎる。人道的な問題なのだ。
 変えてはいけないものを変える。撤去してはいけないものを撤去する。なぜ日本は、過去の悲しみをまるで無かったことのように葬り去ってしまうのだろうか。
 戦争で、沢山の尊い命が奪われた。その事実は決して消えるものではないし、ましてや無かったことにするなど言語道断。その反省を忘れないために、被爆再現人形が展示されていたのではないだろうか。それを撤去することで、戦争を知らない世代が戦争について何一つ考えない、そんな恐ろしい未来がやって来てしまうのではないだろうか。

 世界は混沌としている。北朝鮮は世界のほとんどを敵に回し、核兵器をちらつかせる。そんな時代に、唯一の被爆国である日本に課された使命について、もう一度考えたい。
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