さあ、ここからは、平安末期から鎌倉時代へと、中世日本が大きく変わっていった時代を文化から見ていくXYZです。その3つは『山家集』『方丈記』『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』という文芸の作品。まず最初のXは、西行という歌人の『山家集』を取り上げましょう。西行は平清盛と同じ1118年に、京の武官の家に生まれたんですね。平清盛と西行、まったく違った生き方をした二人ですが、その若き日の二人は、武士として実 . . .
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頼朝に先んじて京都に入った源義仲でしたが、もともと政治力に欠け、朝廷との折り合いが悪かったんですね。そこに後白河法皇が頼朝に接近を図ったんです。義仲は怒って法皇を幽閉してしまう。これを義仲を討つチャンスとみた頼朝は、即座に行動に出た。1184年1月、弟の源範頼を総大将とした6万の大軍勢が京都に向かいます。その先頭を切ったのが、これも頼朝の弟、源義経でした。
平治の乱の後、清盛に敗れた源義朝の遺児 . . .
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「うぐいす鳴くよ(794)平安京」、「いいくに(1192)できた鎌倉幕府」なんて年号の覚え方は昔からありますね。400年に及んだ長い長い平安時代が、いよいよ12世紀とともに終わろうとしています。日本は12世紀末から13世紀で大きく変わる。これはぜひ覚えておいてほしいところですね。法皇、平清盛とみてきた変革期の日本のXYZの最後のZは、もちろん「源頼朝」です。
ご存じのように、頼朝は征夷大将軍とな . . .
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1156年、鳥羽法皇が重態に陥ると、後白河天皇と崇徳上皇の院政の後継をめぐる対立は一気に緊迫します。上皇、天皇の間だけではなく、このときに起こっていた関白の座をめぐる摂関家の争い、藤原忠通と弟の頼長の対立も重なった。朝廷全体が真っ二つに分裂するんですね。両派は有力な武家を味方に引き入れることに必死になった。こうして北面の武士、武家の棟梁として台頭した源氏、平氏それぞれも上皇方、天皇方に分かれたんで . . .
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最初の武家政権をつくった平清盛、みなさん、もちろん知っていますね。清盛については、平家物語の「おごれるものは久しからず」や、「盛者必衰のことわり」など、平家滅亡のシーンがよく記憶されていますが、この平清盛が統治者として実際に考えていたこと、推進したことには、もっと注目したほうがいい。
その一つの大きなポイントは、国際貿易を強力に押し進めていこうとしたことです。海に囲まれた日本で、貿易を中心にする . . .
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