Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

津久井やまゆり園のあの事件から一年-未解決の問題の本質-

戦後最悪の事件の一つとなったあの事件から一年が過ぎようとしている。

そう、「相模原障害者施設殺傷事件」のことだ。

26歳の男性が、刃物で19人を刺殺し、26人に重軽傷を負わせたという戦後最悪の事件である。

26歳の男の名は、「植松聖」と公開されているが、ウィキペディアでは「A」と記されている。


あれから一年。

この事件を受けて、世の中は少しでも変わっただろうか?

連日報道されるニュース番組等を見ると、被害者側の視点に立った報道が多くなされている。

亡くなった犠牲者の殺害前の写真も、テレビ画面を通じて、出されている。

僕も、長年、障害関係の人とたくさん関わってきただけに、許しがたい気持ちでいっぱいだ。

とりわけ、僕は、障害をもった「友人たち」に、人生観を変えられた経験があるので、加害者の思想については、1%も同意できないし、容認することもできないし、「なんてことをしたんだ!」と怒鳴りたい気持ちも今なおある。

その怒りの気持ちを押し殺しつつ、今年、長年の友人でもある佐分利氏と一緒に論文を書いた。

詳細はこちら


しかし…

今回の事件においても、被害者側から加害者を糾弾したところで、問題は何も解決しない。

彼は、もう二度と「こっち側の世界」には戻ってこないだろう。彼はもう、われわれの世界には「いない」。

僕らが今考えなければならないのは、彼のような人間を生み出すメカニズムの解明にある。

このブログでは何度も書いてきたけど、「被害者」と「加害者」は、非対称的なもので、まったく異なる次元の世界にあると考えるべきだと僕は思っている。

その点から言うと、「植松」という人間を排したところで、次なる「加害者」を出す可能性を断つことにはならない。彼のような人間がなぜ、どうして、どのようにして生まれたのかを考えなければ、次の事件の抑止にはならない。また、彼のような人間が生み出される社会構造を問い直すことなしに、この問題の本質的な解決もないだろう。

彼は、次のような「手紙」を残している。


衆議院議長大島理森様(1枚目)

この手紙を手にとって頂き本当にありがとうございます。
私は障害者総勢470名を抹殺することができます。
常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。
理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。
障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。
私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。
重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。
[…]戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生みますが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができます。
今こそ革命を行い、全人類の為に必要不可欠である辛い決断をする時だと考えます。日本国が大きな第一歩を踏み出すのです。

引用元はこちら


彼の「思想」は、かなり偏っているものの、こうした思想に共鳴する人が決して少なくないことも、同時に理解すべきだろう。

彼ほどの人間はいないにしても、彼のように極端な思想をもち、その実現に向けて動き出す人が今後でないとも限らない。

だから、「被害者側」からの「加害者」への非難や糾弾は、(それ自体理解できるにしても)本質的な問題解決にはならない。

また、彼自身、精神科から「躁病」と診断されており、また「大麻」も使用しており、陽性反応も出ていたとされている。

詳しくはこちら

どんな情報を見ても、それが本当に正しいのかは分からない。

ただ、メディアに宛てた彼の手紙を読む限り、彼の考えに変化はないように思われる。

「大麻」による一過性のものではなさそうだ。

彼の障害者への嫌悪・偏見は、かなり強く固定されていると考えてよいだろう。

(ただし、それが彼の「ホンネ」かどうかは誰にも分からない…)


被害者と加害者は、非対称的だと上で述べたが、もう一つ。

今回の事件においては、被害者も加害者も、どちらも「社会的弱者」であったということだ。

ただ、その背景は全く異なる。

加害者の植松は、どちらかというと「育ち」や「養育」の問題も同時に抱えた人だった(と思われる)。

児童福祉的に言えば、「社会的養護を必要とする子ども」だった、と。

彼の「人格」もまた、家庭環境の中で作られている(はずである)。

もちろん、100%、家庭で作られるものではないにしても、根本的なものは幼少期の家庭での経験によって作られる。

僕は、障害児(者)の研究から出発したけれど、途中で、児童福祉・社会的養護の研究に転向した。その理由もまた、ここにあった。

障害児(者)への支援も大事だけど、それ以上にやっかいで難しい問題を含んでいるのが、「劣悪な環境で育った愛情に欠けた子ども」だった。

障害の有無よりも、家庭での愛情の有無こそが、「悲劇の大元」である、と。(もちろん、障害をもち、かつ劣悪な環境の下で育ち、愛情に欠けていた場合は、極めて深刻である…)

今回の事件は、「障害」の問題と、かつ「養護」の問題が同時に現れた事件であり、おそらく専門家でも語るのが難しい事件だと思う。きっと障害関係の研究者は、障害者の側から「障害者の権利」や「生存権」の話をすることになるだろうし、法律や制度にかかわる研究者も、加害者の弁護をするのは難しいだろう。既存?の教育学者はきっと沈黙するだろうし、精神科医や心理学者は植松の精神病理を「推測」して、彼の「狂気性」に病名を与えるのが限界だろう。


今回の事件を受けて、僕は、かつての「付属池田小事件」の故宅間守死刑囚を思い出す。

詳しくはこちら

彼もまた、狂気的な人間で、小学生と先生を殺傷し、逮捕された後に、死刑となった。

彼は、「障害者」にではなく、「子ども」に、自身の怒りの矛先を向けた。

きっと、宅間にとっては、「子ども」こそが、憎悪の対象だったのだろう。きっと、たまたま…。

植松にとっては、たまたま働いていた職場が施設だったということで、その憎悪の対象が「障害者」になった、と考えることもできる。きっと、彼が障害者施設で働かなければ、彼の怒りの矛先は、「障害者」には向かわなかったかもしれない(それは断言できないけれど…)

アドルノの見解に従えば、いわゆる「迫害」を受ける人は、いつの時代でも、どんな場所でも、「自分よりも弱くて、かつ、幸せそうに見える人たち」である。「幸せそうに見える弱者」に、人の怒りや不満が向かう、ということを僕らはもっと知る必要がある。

しかし、残念なことに、そういう議論にはなっていない。

個別の事件の内容に、ではなく、こうした弱者への嫌悪や怒りに端を発する事件の共通性にこそ、僕らはもっと目を向けるべきだろう。マイノリティーは、常にマジョリティーによって迫害される可能性をもつし、また、マジョリティーの中で利己愛や劣等感を過大にもつ人間は、そういうマイノリティー(自分より弱く、かつ幸せに見える人)を攻撃し、支配するようになる。

それは、ISの「テロ」とも通じるかもしれない。テロリストたちは、子どもや障害者といった「社会的弱者」ではないが「幸せそうにみえる一般人が集まる施設」を攻撃する。フランスのお洒落なアーケードやレストランやライブハウス、あるいはイギリスのコンサート会場など、ごく普通の幸せそうな人が集まっている場所を攻撃する。そこで狙われるのは、無防備な普通の人々である。これとて、ある意味で、「迫害のメカニズム」の延長線にある。(そういう意味では、国家に怒りの矛先を向けたオウム事件とは異なる…かもしれない)

そのISのメンバーとて、貧困層の人や、また過去の戦争で親や親族を失くした人や、迫害された人たちで構成されていると聞く。また、過去の戦争の後に作られた収容所(刑務所)で劣悪な処遇を受けた構成員もいると聞く。

植松も宅間もIS構成員も、ある種、似たような「パターン」をもっていると仮定したら、どうだろうか。


植松も、宅間も、またISのメンバーも、皆、この世の中に「絶望」した人たちだろう。

絶望した人間は、自死に向かうか、他殺に向かうか、そのどちらかだろう。

とすれば、僕らが考えなければならないのは、またしなければならないのは、絶望する人間を出さないためのあらゆる努力である。

絶望的な状況においても、最低限度の善悪の基準をなくすことなく、思考し、行動できる知恵と勇気を与えることである。それができるかどうかは別にしても、これ自体は、「教育」の大きな大きな課題であるように思うし、また、現状の社会システムの課題であるだろう。現在のこの社会の中で、絶望する人間が生み出されているのである。

また、人間がどういう時に絶望し、どういう背景の中で絶望するのかを冷静に分析する研究も必要だろう。

それと同時に、植松や宅間のような人生を生きざるを得なかった人間を、どうやって包摂していくか。これは、極めて難しい問題であると思う。いわゆる「Out of orderな人間」は、誰かが手を差し伸べても、そこにナイフを突き付けてくるだろう(比ゆ的に)。とはいえ、そういう人間であっても、国家や権力が強制的にどこかに収容することは許されない。放置もせず、拘束もしない、別の方法はあるのだろうか?

あれから一年が過ぎても、このあたりの問題は一歩も前進していない。

あの忌々しい事件を忘れてはいけない。

無論、あのような事件は二度とあってはならない。

そのために、僕らはもっともっと知恵を出していかなければならない。

考えることを放棄してはいけない…

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