鶴猫荘日記第2版セガン編

知的障害教育の開拓者エデュアール・セガン著作翻訳のページ

セガン1842年論文 3

2017-07-13 09:06:58 | セガン研究
(承前)
個人の観念 ― 不動 ― まず第1の個人の観念は不動と動です。彼らにこれらを生じさせるために、私は彼らをまず整列させますが、しかし、誰ひとり列に留まる者はおりません。ある者たちは口に手をやり、ある者たちは頭かポケットに手をやります。彼らは足を組み、つまずき、動き回り、笑い、わめき、散り散りになります。そして私は彼らを連れ戻します。

右と左。 ― 私が彼らを歩かせようとし、彼らに左足を前に出すように命じます。彼らは私が言っていることが分かりません。私が彼らに腕の振りが間違っていると言おうとしても、やはり同じことです。私に右手を見せるようにと求めます。右手は彼らが食べるために使うものです。やはり混乱。私はあるものを地面に置きます。そして幾ばくかの抵抗はありますが、彼らに拾わせます。このようにして、彼らの無意識の内に、私と彼ら、つまり私たちが有益なコミュニケーションを開始することができるような何らかの助けを借りて、私は最初の情報を得ます。この2つの概念、すなわち右と左を区別させるために、この訓練を繰り返します。右、左の言葉を使い、それらを手から腕へ、耳へ、目へ、脚へと次々と移していきます。それらは次への適用へとつなげるためなのです。

規則正しい歩行。 ― 8日間、整列させられると、彼らはそれが出来るようになります。しかし、不動ではありません。ラングロアは片足を前に出し片手を顔にやります。ユジェーヌはとアランは休むことなく身体を動かします。グルダンとオーギュストは握り拳を噛みながら笑っています。ラミとポンサールはアポロ神の本物の巨像のように両脚を離して立っています。ジャックマンは立ったままでいることがやっとのことです。マルキは地面を踏みつけている間は顔を硬直させています、そして倒れます。左足から進めという命令で、彼らは、バラバラにそしてむちゃくちゃに、足を出します。彼らの内、ラングロア、ユジェーヌとオーギュストとはただ左足だけを前に出します。アランとポンサールは右足を。ラミ、ジャックマン、グルダン、マルキは左足と右足を同時に移動させます。この最後の者たちは、絶えず、つまずくか、その上ころぶかします。誰ひとりとして、きちんと、かつ、うまく、前進しません。

平衡。 ― 平衡が無いことに対して、バランス棒のように、どの手にも、かならず重い錘を持たせました。動かせさせたくない足に私の足を乗せながら、もう一方の足に「歩け!両足を揃えて、ではないぞ」と大声で言うことで、左右についての不完全な観念を補います。素早い身振りと威厳のある目線と声とでそうします。彼らが重荷を放り出すと、私はそれらを拾います。彼らが足を間違えると、私は元に戻させます。彼らが同時に足を出します。私は片足を止めます。彼らが後ろに進みますと、私はそれを止めます。彼らがころべば、私は起こします。しかし、2週間は、先行きどうなるやら分かりません。月末には、ジャックマンとマルケが何とかできるようになります。アランとポンサールはしばしば足を間違え、ラミはいつも両脚を同時に踏み出していまいます。
みなさま方、私は繰り返し申し上げるつもりはございませんが、この訓練の目的は、あらゆるものの支点として役立つ四肢を、それほどに、だらだらとした、異常な、かがめた、緩慢な、あるいは不器用な身体を支え、そして規則正しく動き回ることに馴染ませる、ということをねらいとしているだけではありません。それは目に見えて分かることですが、こうした子どもたちに服従(彼らにとっては前代未聞のこと)、もちろん、非常に粘り強く非常に必要な、機能の訓練、つまり運動の訓練を教えるという固有のねらいを持っているのです。
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