goo

『世川行介放浪日記 貧乏歌舞伎町篇』のご案内



        5月18日発売。



  『世川行介放浪日記 貧乏歌舞伎町篇』





     



     




  著 者   世川行介
  出版社    彩雲出版
  価 格   1400円(税別)






      第二弾『愛欲上野篇』


      7月中旬発売予定



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

インデックス 



小説『本能寺奇伝』  彩雲出版 税込み価格1944円



    

     直接僕にご意見のある方は、
      以下のメールアドレスに送信ください。


         segawakousuke@gmail.com
           会員制ブログ(2016年4月30日~)     『世川行介備忘録』     (http://blog.hatena.ne.jp/segawakousuke/)

コメント ( 4 ) | Trackback ( 0 )

一休みの短い日記。

 

       一休みの短い日記。





 彦根は、さすがに今日は、朝から雨だ。
 東向きの窓に向けて机を置いている僕には、
 雨の日は眼が痛まずに済むので、大助かりだ。
 今朝から、休みなしのパソコン三昧だった。


 たまに株価ボードを覗くと、
 今日は、
 世川推奨銘柄Bであったクラリオンが、15円高して飛んで来て、
 380円台の安値を見せて、弱気の提灯筋を投げさせた後、
 一気に60円近く戻した勘定だ。
 すごいことをやる。

 それにしても、
 昨日の東武といい、今日のクラリオンといい、
 戻す株は戻してくるものだなあ。
 感心する。

 昨日は売り物を誘ったソニーも、
 今日は澄ました顔で、3740円をクリアしてきている。


 日経平均は、現在198円高で、19277円。
 あっという間に戻したな。
 弱気筋に投げるだけ投げさせるという、1カ月の調整期間が、無事終了したみたいだ。
 素人投資家は、結構投げたんだろうな。
 連休明けからが楽しみな今日の相場光景だ。


 昨夜、午前一時にもなって、
 気分転換に流し台に向かい、
 金山寺味噌がなくなったので、
 柚子味噌を使って蕗の薹の「蕗味噌」をつくったら、
 これは、見事な失敗作で、
 食べれたもんじゃなかった。


 やっぱり僕は、作る人ではなく、食べる人をやっていた方がいいみたいだ。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

<官僚社会主義>化は止められない。



     <官僚社会主義>化は止められない。





 僕は、この「放浪日記」を書き始めてから、ずっと、
 この国に浸透定着しつつある<官僚社会主義>化への批判的言及を続けてきた。
 僕は、平成日本庶民の抵抗の威力など、まるで信じてはおらず、
「この国は、いずれ、世界でも比類のない<官僚社会主義国家>になるだろう。」
 と思っている。
 この国の民は、
 上部に管理統制され、思考施策しなくても済む生活が好きなのだ。


 ただ、
 僕個人は、そんなものは真っ平ごめんだったから、
 <野垂れ死にをも許される自由>を希求して、
 42才からの20年ほどを、
 国内にいながら国家権力とは無縁の<放浪者>として、「社会のくぼみ」を生き続けた。
 たまに書く本は、<官僚社会主義>化への疑義の書ばかりだった。


 その手の本を書いていた頃、いつも思ったが、

 省庁の息のかかった民営企業は、この日本にどんどん増えた。
 特に、
 かつて現業と蔑まれた国営事業が、いま、ほとんど民営化され、民間企業として存在しているが、
 それらは、どれも、完全な民間企業ではなく、
 体質的には、官庁と同じものを持っていながら、名前だけは民間企業となっている。
 JR然り、NTT然り、郵政三事業然りだ。
 他には、道路公団を親とする変形民営会社もある。


 これらの企業が生粋の民間企業とどこが違うかというと、
 一つは、役人の天下りに非常に寛容であること。
 もう一つは、
 入社試験のランクによって、
 入社時に、社員はすでにランク付けされて、将来が限定されている、
 という点だ。
 僕には、これは、民営会社のあるべき姿ではないと思うのだが、
 官公庁主導で民営化された企業は、この形態が多い。


 こうした疑似民間企業は、現在、その収容人数を増やすばかりだ。
 元々が人手の必要な現業部門だったから、
 当たり前と言えば当たり前の話で、
 これに、警察や自衛隊を加えたら、膨大な数になり、
 その家族親族を加えたら、もっともっと膨れ上がる。

 そうした人数を計算すると、
 この国で、国家に逆らっての革命など、夢のまた夢の現状なのだが、
 反自民は、根が馬鹿だから、そんな計算もできず、
 理念で政権が転覆できるという幻想を振り撒いてやめない。


 今回の民営「日本郵政」の巨額損失は、
 そうした、民営化企業におけるお役所体質が露わにされた一例だ。
 僕は、もう、郵政事業に関して書くのは飽きが来ているので、詳しい説明など面倒で嫌だが、
 一言でいうなら、「根っこは同じ物語だよ」ということだ。


 僕は、この数年、
 日本は<溶解>の時代に突入した、と書き綴ってきたが、
 <溶解>を促進するのは、高級官僚たちの<官僚社会主義>への強い意志と、
 それをたやすく受け入れる国民の無意識だ。


 日々の週刊誌劇場でお祭りをやっている間に、
 国民生活は、融けてドロドロになっていくことだろう。 
 しかし、
 その頃には、僕は死んでしまっているだろうから、
 社会のことなんか、どうでもいい。
 自分の<野垂れ死にをも許される自由>を守るだけで手いっぱいだ。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

日本郵政の赤字転落に。



      日本郵政の赤字転落に。



 日本郵政が、
 日本郵便の豪子会社買収事業に伴う巨額損失のため、
 連結最終で400億円の赤字に転落する、
 という。


 郵便事業は、その事業内容から、利益率の薄いものであった。
 しかし、全国津々浦々に通信の恩恵を付与するためには、どうしても必要なものだった。
 郵政民営化が騒がれた際、
 僕などは、
 郵便事業だけは赤字覚悟の国営事業で維持されるべきだ、と思っていたが、
 国民の絶大な支援を得た小泉純一郎によって、
 郵政三事業は、根こそぎ民営化になった。


 それは、時代の必然なので、僕などはただその後を見つめるだけのことだったが、
 今日、記者会見の中で、社長が、
「固定資産の一部の計4003億円を減損損失として計上する」
 と軽く言っているのを眼にして、苦笑した。


 ムードに酔ってばかりで、詳細な検証をするのは苦手な馬鹿にはわからないだろうが、
 その「固定資産」というものは、
 民営日本郵政が自力で得た資産など、ほとんどない。
 それらは、かつては「国家財産」で、
 民営化と同時に民営日本郵政に払い下げられたものだ。
 こんな国家財産の無駄遣いが、どこにあるのだ?


 民進党あたりは、くだらない政局ごっこをする暇があったら、
 こうした国家資産が、民営化の名のもとに軽く流失していくことの疑念を世に問うてはどうか。


 僕は、
 国内の郵便局の局員たちが、わずかな郵便収入を紡ぎ出すためにどれほどの苦労をしていたかを、よく知っているので、
 役人商売のこんな阿呆みたいな赤字転落記事を読むと、
 彼らの口惜しさを思って、憤懣やるかたない気分になる。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「相場局面の変化」ということについて。



   「相場局面の変化」ということについて。


 さすがに、眼が疲れ果て、3時前から5時半まで眠りこけていた。
 頭がガチガチになっていたが、2時間半の睡眠で、少し柔軟になったみたいだ。
 また今からパソコン打ちに専念しよう。


 昨夜、手すき時間に、
 越後湯沢から送られてきた蕗の薹を使って、「蕗味噌」をつくったら、
 それが、また、味わい深い苦味があって、
 格別に美味く、
 つくった分をたちどころに全部食べ終わるというのを2度も繰り返した。
 すると、今日は体重が1.4キロも増えて、
 73.4キロにまで戻ってしまった。
 今夜は何も食べずに一晩を過ごそう。


 この一週間ほど、
 もう、あまり深く書きたくはなかった心を抑えて、
 東京株式市場の今後の方向性について言及し続けた。


 本日、東京株式市場は、あっさり19000円台を奪回して、19079円で終わった。
 僕の眼には、なるべきしてなった結果だ。


 僕は、ここ一カ月くらい、
「相場の転機」や「局面の変化」ということについて、かなり大切なことを親切に指摘してきたつもりだが、
 まあ、政治でも株式でも目先の動向に囚われるのが得意な人たちばかりだから、
 真面目に読んだ人は、きっと少ないことだろう。
 儲けそこなうのは人の勝手だから、僕にはどうでもいい。
 僕は、折に触れ株式市場に言及してきた人間としての責任感で書いただけだ。
 僕としては、自分の門下生たちが僕の教えを素直に守って儲けさえすれば、それでいい。


 昨日今日の市場の力強い反騰で、
 卑近な例を挙げるなら、

 今日の引け値で、
 僕の門下生たちの信用取引の利用枠が、
 これまでのマイナス評価が消え、プラスに転じたばかりか、
 利用枠の金額が大きなもになっている。
 つまり、
 彼らは、明日から買い攻勢に出ることが可能になったのだ。


 この変化は、とっても大切だ。
 こういう反騰の恩恵を受けた人は、僕の門下生以外にも少なからずいるだろうから、
 これは、きっと明日からの相場には強い援軍になることだろう。


 この一か月くらいの下落場面を見ていて思ったが、
 僕の門下生たち(破門者たちのことは知らない)は、
 昨年末からの利益金を、最高でも、半分くらい損金に充てて追証をしのいだだけで終わった。
 ここが昨年とは全然違っている。
 昨年ならば、儲けを吐き出した上に足が出ていた。

 昨年と今年のこの違いを正当に判断する能力を、
 個人投資家たちは持つべきであろう。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

お~い。青山俊夫。東武が上がってきたぞ~!



    お~い。青山俊夫。東武が上がってきたぞ~!




 ちょっと早いが、
 煙草買いのついでに、がんこ堂に寄って立ち話をして帰ってきてパソコンを見ると、
 今朝書いておいた東武株が、非常に健闘していて、
 いま、577円買いの6円高になっている。
「その調子で頑張れよ。」
 声援を送った僕だ。


 この東武株は、
 ナイルスナイルオーナーの青山俊夫(敏夫)君の二枚証文裁判で、
 青山俊夫君から、
 時価550円の計算で、5000株、仮差押えを食っている。
 ぴったり275万円分。
 まだ裁判が決着ついていないので、
 仮差押えのまんま。両者見合って待ったなし状態。


 しかし、
 そろそろ15万円の余剰金が生まれる。
 裁判所が管理しているから、
 仮差押えはしても、余剰金まで持って逃げることはないだろう。
 ここからどこまで上がるのかなあ。
 楽しみだよ。世川行介。


 あと300円くらい上げたら、
 275万円出して、
 株券を引き取ろうかなあ。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

今朝も彦根は朝陽が眩しい。



     今朝も彦根は朝陽が眩しい。




 今朝の彦根も快晴だ。
 窓越しの朝陽で目覚めたのは8時半、
 躰中が、だるい。


 今ちょっと見たら、
 東京株式市場は、予想どおり、
 昨夜のニューヨーク高に支援されて、
 目先の目標である日経平均19000円奪回に向けて、
 それほど重圧感の感じられない反騰基調を強めている。


 世川推奨銘柄Aである東武株が、先日から力強い反騰相場をやっていて、
 今日は576円まで戻してきた。
 材料株相場が終わった後は日経平均採用銘柄相場が来る!
 その時のダークホースは、スカイツリーを持っている東武だ。
 と推奨してきた僕としては、
 今回の下落場面で下げ幅も少なく、戻り足の早い東武の動き、
 それに喜んでいる。


 しかし、
 今の僕には、基本的には、そんなことにはほとんど関心がなく、
 期限までがあとわずかになったパソコンに向かうばかりだ。


 今コーヒーを淹れて、
 誰がうたっている分かは知らないが、「サマータイム」という懐かしい歌を聴きながら、
 短い憩いの時間を過ごしている。
 僕は、この「サマータイム」という歌は何人かのシンガーの声で保存しているが、
 ヴィッキーのものが一番好きで、
 若い日、よく聴いた。
 夏のどうしようもないような気だるさと、夕暮れの哀愁のようなものが、
 作為的ではなく、声そのものの中に感じられて、好きだ。


 1ページを17行に設定して、290ページくらいにまで削除したのだが、
 1ページを14行に直したら、また350ページくらいに戻ってしまい、
 一昨日から、50ページの削除作業に入って、 
 ヒーヒー言っている。


 今回の書籍『世川行介放浪日記』は、
 「歌舞伎町篇」と「上野篇」の二巻で一対、という内容構成なので、
 第二部にあたる「愛欲上野篇」の編集には、かなり汗タラタラの毎日だ。
 しかし、泣き言は言っていられないので、
 今から、また、作業に入る。
 自分で言うのもなんだが、
 これまでの日記文章を時系列で編集してつくったものの割には、
 それなりのドラマになったような気がしている。


 元々が、
 古い読者に読んでもらえればそれでいい、と思って出版を考えたので、
 初版発行部数も少ないが、 
 新しい読者諸氏の皆さんも、よろしければ、読んでやってくださいな。
 書籍代1500円くらいの読後感は付与したつもりです。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

<大衆の無意識>の方向   同時掲載



     <大衆の無意識>の方向   同時掲載




 腰を落ち着けた話を二つの日記に別々に書いている時間的余裕が、今の僕にはないので、
 本来なら「~備忘録」に書くべき話だが、
 同時連載させてもらう。


 時代の大きな潮流を自分の知の中に確保したいと願う人間にとって、
 避けて通れないのは、<大衆の無意識>の方向性への考察だ。


 僕たちが時代の区切りとして、身をただして<大衆の無意識>を注視し始めたのは、
 1990年前後の世界的な東西冷戦構造の崩壊と、国内的には経済バブルの崩壊、
 その二つの事件だった。
 この二つの事件は、地続きだった戦後昭和という地層を、大ハサミで、バッサリ断ち切ったくらいの重みを時代に与えたから、
 時代を読み解こうとする者たちとっては、
 そこから起こる<大衆の無意識>の流れの変化には、眼を凝らして注視せざるを得なかった。


 あれから30年ほどの歳月が経つが、
 この国の知性は、あの二つの時代的事件を論理的に乗り越えたとは思えない。
 週刊誌劇場化されたネットニュース世界や、馬鹿しか立候補してはいけないのか?と思えるほどの政治現場光景を見ていると、
 あの崩壊の一番低級な残滓を引きずってきているようにしか、見えない。


 その一方で、  
 時代錯誤の教育勅語礼讃者が出てくるかと思うと、
 今はボロ雑巾でしかない亡霊左翼論理に化粧を施して<正義>の旗を振る馬鹿も後を絶たない。
 この、知の戯画光景は、<大衆の無意識>の負を反映した現象だ、
 という風に受け止めるところから、僕たちは、考察の歩みを進めなければならない。


 こうした「時代のくぐり抜け方」として、
 僕などが一番納得できたのは、
 吉本隆明が言った「その都度のイエス・ノーの時代」という処し方だった。
 「絶対の正義」がなくなった状況にあっては、それで時代をかいくぐるしかないではないか、 
と、僕などには思えた。


 しかし、
 それを一番考えねばならなかったはずの左翼陣営に所属する人間たちは、
 自分をいったんニュートラルな場所に移行させることがどうしてもできず、
 すでに正義ではなくなっている亡霊左翼論理を、「現在でも通用する正義」であるかのように振舞い続け、
 特にこの数年は、戦争法案反対!原発反対!と、
 あの二つの崩壊前と変わらぬ<正義>を叫び続け、盆踊りをやり続け、
 <大衆の無意識>の側から、捨てられた。
 だから、
 民進党という野党第一党の無残無様な現状は、
 <大衆の無意識>の方向性を読み解こうともしなかった知的怠け者たちに対する、<大衆の無意識>からの刑罰だ。
 この刑罰は苛烈で容赦がないから、
 ここしばらくの日本社会は、「週刊誌劇場」に甘んじて過ごさなければならないのかもしれない。

 本当に、
 阿呆の限りのネットニュース欄だこと。


 うん?
 <大衆の無意識>って何だ?って?

 そんなことは、自分で勉強しろ。




           (「~備忘録」と同時掲載)






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

これからの株式売買への一言

 

    これからの株式売買への一言


 少し気分的に楽になったので、
 さっき、15分ほど、東京株式市場のあれこれの銘柄の動向を眺めていた。


 1カ月くらい前にここに書いたと思うが、
 昨年末から東京市場のけん引役をやってきた材料株と優良株が一緒に下げ、
 18300円台まで日経平均は下げたが、
 先週金曜日から今日の月曜日まで、
 反騰の主役をやっているのは日経平均採用銘柄だ。
 しかも、値動きが軽やかだ。
 材料株は、一部の銘柄以外、ピクリともしていない。


 個人投資家諸氏は、この変化の事実を重く受け止めなくてはならない、
 と僕は思う。


 これまでも書いてきたとおり、
 主役が大きく変わる場面というのが、相場にはあって、
 今日の日経平均採用銘柄の強い反騰ぶりというのは、それを暗示している。


 先週金曜日、
 ある証券会社の社員が、
「国際優良株で、外人の持ち株比率の低いトヨタを買ってくれ。
 少し儲かるから。」
 と言ってきたので、
 僕は答えた。
「馬鹿だなあ。
 買う時には、相場の主役を買うんだよ。
 日経平均採用銘柄相場の指標株は、ずっとソニーだ。
 買うならソニーを買うんだよ。」
 その答えに、
「はあ、そうですか。」
 相手は電話を切った。


 相場のスイッチが切り替えられようとしている。
 そうした場合、これまで高値を追ってきた材料株は、
 買い陣営がよっぽど腰に座った銘柄でない限り、
 もう、上値はない。
 仮にあっても、買値とトントンくらいのところで止まる。


 そうした銘柄にこだわって戻りを待つということは、
 「個人資産の凍結」と同じことだ。
 それはいつの相場にも見受けられる光景で、
 そうした「凍結資金」を尻目に、日経平均採用銘柄は高騰して行って、
 日経平均は高値を切り上げていく。
 これが相場のいつものパターンだ。


 この「いつものパターン」を軽視してはいけないと、僕は思う。
 変化や流れに素直に従うこと、
 これが株式売買で利を得る一番の方法だ。


 そうだろう?
 自称相場名人のナイルスナイル青山敏夫。

 うん?
 あっ、そうか。
 お前は、
「世川の指導指示なんか受けたことはない!」
 だったな。




コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

今度はソニー株が飛んできたよ。

 

      今度はソニー株が飛んできたよ。



 今、株価ボードを見たら、
 この間、指摘した3銘柄のうち、
 今日は、ソニーが165円高してきたよ。
 3758円まで。
 ダイキン工業も100円高。


 世川さんって、本当にいい読みしているなあ。
 門下生たちが、「神さま!」って呼ぶはずだ。

 青山敏夫一人だな。
「私の才覚で買いました!」

 裁判になるわけだよな。







コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

彦根、月曜日の朝。



      彦根、月曜日の朝。




 昨日は、軽やかに文章の推敲作業が進み、
 深夜零時過ぎ、満足して眠り、
 今朝6時半に目覚めた。


 今日も彦根は快晴みたいだが、
 東向きの窓のカーテンを開けると眼をやられるので、
 カーテンを閉めたまま、
 隙間から洩れた陽の光を眺めながら、朝のコーヒーを飲んでいる。

 今朝の「寝起きの一曲」は、なかにし礼の書いた『暗い港のブルース』。
 46年くらい前の歌だが、僕には、今聴いても味わい深くて、
 いい。
 こういう歌を聴くと、日本海が見たくなる。
 いまの編集・推敲作業が一段落したら、
 どうしても新潟県上越市にまで行って来なくてはならないので、
 途中、糸魚川にでも一泊しよう。
 今度は、少しまともなホテルに泊まって。


 昨日、その新潟県の越後湯沢から、
 今年最後だという蕗の薹が送られてきたので、
 酒の肴用に、「蕗味噌」をつくろうと考えている。
 金山寺味噌でやった方が酒の肴にはいいな、と思って、
 さっき、買ってきておいた金山寺味噌の袋の封を切った。
 うまく出来るといいが、料理はまったく下手ッピーなので、
 自信はない。


 この2カ月間近く、目覚めるなり、即座にパソコンに向かう生活をしてきたが、
 昨日の作業が順調すぎるくらいに順調に推移ししたため、
 今朝は、1時間くらいを煙草ふかして、コーヒー飲んで、歌を聴いて、
 少し鷹揚に過ごした。


 久しぶりに、朝8時から、株価ボードなんてものを見た。
 先週末から、調整の終わった銘柄が反騰してきていて、
 先日ここに書いたその翌日に、日本カーボン株が15円も上げてきて、
「買っておけばよかったな。」
 苦笑いした僕だったが、
 腰の据わった筋のやっている銘柄いくつかは、
 これから、値を戻してくることだろう。
 今朝も、どの銘柄も強い気配値を見せている。


 まあ、株のことは今の僕の頭の中には薄くしかないし、
 僕がああこう書く場面でもないので、
 ここまで。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

「共謀罪」法改正への雑感。  同時掲載



      「共謀罪」法改正への雑感。



 非常にいいスピードの編集作業になって来た。
 気分がいいと、編集作業にも「ユーモア」が加わってきて、
 やっている本人も楽しくなる。
 ホント、
 鬱陶しい気分でやると、暗い文章ばっかり選んでしまい、
 読み返して、
 選んだ自分でも、「なんだかなあ」、って気持ちになるものなのだよ。
 そういう意味では、今日は最高の編集日和であった。


 途中一時間半、仮眠をとって、
 あとは、ずっと、パソコンに向かい続けた。
 今見たら、煙草が、あと2箱しかない。
 たった2箱では、明日の朝まではどうしても持たないので、
 これを書き終わったら、近くのコンビニに買いに行ってくる。


 ネットニュース欄は、相変わらずの「週刊誌劇場」をやっている。
 バカバカしくて、まともには読んでられない。


 茂木とかいう政調会長が、
 共謀罪の捜査対象は、「一般市民」を対象としていない。と発言していて、
 これには、少し笑った。


 これは「役人答弁」以外の何ものでもない。

 国内治安機関(主として警察)が、
 捜査に取りかかるまでは、「一般市民」で、
 捜査に取りかかる直前に「対象団体(あるいは個人)」に「格上げ?」し、
 その後に捜査するやり方をとるであろうことは、
 別にその可能性をことさら論(あげつら)う必要などないほどに、
 ごくありふれた手法だ。


 今回の「共謀罪」というのは、
 30年前のオウム真理教によるサリン事件で国民が「別件逮捕」を黙認した、
「凶暴なテロ行為による生命破損の危機を防ぐためなら、
 現在の法認識を多少逸脱した捜査行為も、これを許す。」
 この発想の延長上にある。


 僕はあの時、
「この国は、とんでもない場所に行くな。」
 と、
 加速するこの国の<官僚社会主義国家>化に幻滅して、
 <野垂れ死にをも許される自由>を、たとえ自分一人だけでも守り抜きたいと思い、
 国内にいながらこの国を棄てるという放浪者の生き様を選んだ。


 今回の「共謀罪」を受け止める国民の法とテロ行為への認識が、あの時の発想の延長上にある限り、
 いくら、反自民が反対を叫んだところが、この法案は、成立する。
 と僕には思える。


 もう、この国の治安機関による国民管理の段階は後戻りのできる状態ではなくなっていて、
 強化されることはあっても、緩和されることはないはずだ。
 何故なら、無意識の根本のところで、国民の多くがそれを許しているからだ。
 知識人とかいう連中は、この、国民が無意識の根本のところで許している事実に気づかないから、
 毎度毎度のシュプレヒコールをあげるしかやりようがなくなっている。


 僕は、もちろん、こんな法案は大嫌いだが、
 それは、もう、止めようなどないのだ、ということを認識しているので、
 黙って眺めている。

 
 それもこれも、
 あの時に国家公安委員長だった、
 野中広務という自民党政治家が、一番悪い。
 僕は、あれを見てから、野中という政治家の綺麗ごとを並べた言葉を信じたことは、ただの一度もない。
 あの県議上がりの「政局だけ男」は、
 <戦後昭和理念>を溶解に導いたA級戦犯の一人だ。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

西条八十『青い山脈』の4番。

 

      西条八十『青い山脈』の4番。


 煙草を買いに出たついでに、
 愛車グリーンタンクで旧市内を徘徊してきた。
 芹町1丁目と2丁目をグルグル回った。

 彦根市を取り巻く山は、どれもみんな低い。
 だから、取り巻く山々は、「山脈」とは呼べない。
 その低い山々が、今日は雲の少ない青空の下に、どれも鮮明な姿を見せていて、
「もう春なんだなあ。」
 僕は、自転車をこぎながら、鼻歌をうたった。


     父も夢見た母も見た
     旅路の果てのその果ての


 終戦直後に流行った『青い山脈』という歌の4番目の歌詞だが、
 この20年間、どこの土地を流れていても、
 晴れた日の山を見上げると、
 何故か、いつも、この歌詞が口の端からこぼれた。


 僕は、
 長姉によって、父親の死に目にも会わせてもらえず、
 母親とは、20年近く音信遮断にさせられて、
 昨年、意識不明と死だけをメールで知らされるという、
 一般社会人が聞いたら驚くような、なんともすさまじい仕打ちを受け、
 つまり、二人ともの臨終にも葬儀にも立ち会うことのできない親不孝者をしたが、
 そうした表面的なことは、僕には、さして苦にもならなかった。
「くだらない。
 勝手に好きなことをやってろ。」
 そんな気持ちだった。


 放浪を重ねていた日々、
 どこかの土地で、晴れた日の山脈を仰ぎ見る時、
 いつも、


     父も夢見た母も見た
     旅路の果てのその果ての


 この歌詞が心に浮かび、
「待ってろよ。
 いつ必ず、あんたたちが僕に託したものを、
 現実のものにしてみせるから。」
 生きている間には絶対に会うことのない父と母の幻に、
 元気よく、そう言っていた。   


 僕は、特定郵便局長の家の長男として、父や母のあれこれの期待を言葉で聞いて育ち、
 父母との「直結の意識」は薄れたことがないので、
 旧郵政省と戦っている時も、
 どんなに貧しいさすらいをしていても、
 自分が父や母の期待を裏切っているとは、一度も思ったことがなかった。
「あんたたちの期待どおりの生き様をやってるぜ。」
 そう思ってきた。
 この自負と直結意識は、貧乏だらけの僕の放浪生活を、基本的には陽性のものにしてくれた。


 今年に入って、
 彩雲出版の高山社長から過分な温情をもらい、
 1年に4冊もの本を出版させてもらえることになった。
 そして、いま、
 彦根の独りの部屋で、
 自分ひとりだけの生活空間と思考領域を得、
 毎日毎日、作文や編集作業に没頭しているのだが、
 9年10年前の古い「放浪日記」を読み返しながら、
 当時のあの場面、この場面で、
「この時のこの僕の姿、
 あんたたちの子供らしい、いい生き方をやってるだろう。」
 今は亡き父や母に語りかけている自分がいる。
 そんな数か月をやった。


 親と息子は、その意識が褪せることなくつながっているだけで、
 それだけでいいのだ。


 天才歌謡詩人西条八十の書いたこの『青い山脈』の4番は、
 こんな歌詞で終わっている。


     青い山脈 緑の谷へ
     旅をゆく若いわれらに鐘が鳴る


 42歳から「第二の青春」をスタートさせた僕は、
 年齢は64歳だが、精神はまだ、実年齢よりも少しだけ若いので、
 残された「第二の青春の時間」を、
 旅の途上に鐘の音なんぞは聴こえもしないけれども、
 <放浪の精神>を抱きしめて歩き続けてみたいと、
 そう思っている。





コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )

今日も彦根は青空だ。



     今日も彦根は青空だ。




 6時にいったん起き、
 8時前にまた眠り、
 9時半にパッチリ目を覚まして、
 シャワーの後、パソコンに向かった。


 295ページまで行削除が完了したので、
 今度は一転、
 行替えを削除しすぎた文章を行替えして、
 300ページまでの行の膨らまし作業に入った。

 それに伴って、句読点、誤字脱字、あるいは使用漢字の平仮名化、
 そうしたことを一行一行丁寧に検証していかねばならない。
 これはとっても根気のいる作業で、
 しかも、それが、300ページもあるわけだから、
 5月の連休明けまでにいったん終了、ということになるものなのかどうか、
 ちょっと自信がない。


 5月は、僕は、予定表がぎっしりで、
 3回か4回、東京往復をしなくてはならない。
 それに併せて、7月までに、『戦国倭人伝』第二部を書き上げなくてはならない。
 常人なら音を上げるところだ。


 日曜日なので、たまには、丁寧な文章を書こう、
 と考えてパソコンに向かったのだが、
 買いだめをしておいたはずなのに、
 煙草が、これでなくなる。

 他のことは何を我慢できても、煙草のないのだけはどうしても我慢できない僕であるので、
 今から煙草を買いに駅の下まで行って来る。
 帰ってきたら、またゆっくり書こう。






コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 前ページ