最近、この日記に関して、
<小悪魔>の周囲の人間たちが、
「小沢一郎篇」について何か感想や批判を言うのならともかく、
「愛欲篇」や「オンナ篇」のいちいちについて、
ああだこうだと、どうでもいいような事を取り上げて文句を言っている、という話を、
不思議なことでも聞くように聞いてきた。
僕は女に手の早い女たらしなのだそうだ。
何故そうなるのか、理由がよくわからない。
何でだろう?
と考えこんだ。
二つの結論を得た。
一つは、個人的なことだが、
もう一つの結論は、
僕は、もはや、<放浪者>ではなくなりつつあるのだ、
ということだった。
僕はこれまで、一定の住居地を持たない<放浪者>であった。
誰にも遠慮することなく、
自由に行動し、自由にものを感じ、自由に発言してきた。
それは、
肉体を置いている場所に、僕を縛るものや遠慮させるものが、
何一つなかったからだ。
僕が、自分に<不自由さ>を感じた最初は、
<悪態幽霊>たちとの喧嘩の時だった。
小沢一郎支持者で、かつ僕に好意的な人たちが、
「世川さん。
その喧嘩は、小沢一郎のためにならないからやめてくれないか」
こぞって、そういうストップをかけてきた。
その人たちは、ほとんどが「善意の人」だったから、
「・・・、」
僕は、少し考え込んだ。
結果はその申し出を拒絶してきたが、考え込んだのも事実だ。
僕は、ネットでの執筆を決意してからずっと、
<悪態幽霊>との喧嘩は、ネット言論の秩序維持のために必要である、
と思ってきた。
だから、その人たちの言葉を聞いて聞かぬ振りをして、戦いながら、
内心、
「自分はだんだん不自由な身になっていくなあ」
と思った。
でも、まだ、そこまではよかった。
その「善意の人たち」は<未知>の人たちがほとんどだったから、
僕が腹を決めて、最後の最後に決別すれば、それはそれで済んだ。
しかし、
数日前に気づいたのだが、
<小悪魔>の周辺の人間たち、
それは、全員が、どこそこのどこかに住所を持った定住者たちで、
その彼や彼女たちから見た場合、
僕は、墨田区吾妻橋に住居を持った、職業は作家の、定住者であって、
決して、<放浪者>ではないのだ。
だから、
それは、ちょうど、江戸時代に、
裏長屋の井戸端で、
「あそこの長屋の貧乏な浪人者が、あそこの茶屋の女に手をつけて、
あの男、貧乏なくせに女に手の早い男で、
いろいろあって別れたそうよ」
といった井戸端会議とまったく同じ世界で、
僕は、浅草や吾妻橋に両足をつけた定住者として、
僕の日記は、定住者の発言として、
ずっと見られてきたのだ。
つまり、
自分は<放浪者>である、と思っていたのは、僕一人だけだったのだ。
先日来、「トシさん」から、
「人には潮目というものがある。
そろそろ<放浪者>はやめる時期に来ているよ」
と言われ、
それにうなずきながらも、心の内では、まだまだっ、とも思っていたが、
実は、僕が決心するとかしないとか以前に、
僕は、この界隈では、すでに<放浪者>ではなくなっていたのだ。
僕の取るべき道は、簡単だ。二つに一つしかない。
<放浪者の自由>が欲しければ、この土地を出る。
この土地に愛着があるなら、定住者として周囲と折り合いをつけて生き抜く。
どちらか一つだけだ。
ふ〜む。
正直言って、
僕は、まだ老いたくない。
断じて、精神と思考の<老い>を拒絶する。
それが本心だ。
しかし、肉体の<老い>は確実に訪れてくるであろうし、
生活の困窮も襲ってくることだろう。
<老いを拒絶する意志>だけでやり抜けるものであろうか?
そう自問自答すると、
いささか心もとないのも事実だ。
思案六法。
ゆっくり悩んでみようかな。
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