世川行介放浪日記

日々の雑感。昔話。時事問題への言及。

吾妻橋情話(1)

2012年02月01日 21時30分54秒 | 03 愛欲篇


 昨朝、救急病院に行く時に、
 僕は、<小悪魔>だけには、
「さっき、大量の鼻血が出た。
 不安だから、いまから救急車に乗る」
 と連絡し、
 救急車から、行くことになった病院の名を知らせた。

 朝8時だというのに、女は着の身着のままで救急病院に駆けつけ、
 2時間以上も僕の側にいて、
 僕の右手を握りしめ、診察室までも一緒についてきた。
 しかも、僕の頭を調べようとしない医者に対して、
「こんな高血圧の人が鼻血を出したりしているのに、
 胃なんかばっかり調べて、なんで頭を調べないの。
 家に帰って脳梗塞で倒れたりしたらどうするのよ。
 今すぐに、MR検査をやってよ」
 と食い下がって、適当に逃げようとする若い医師を困らせていた。


 昨日、救急病院で検査を受けながら、僕は、
 自分が、もうちっとも若くないどころか、老いの世界に足を踏み入れつつある、
 という事実を思い知らされた。
 もう、死を計算に入れなければならない年齢にさしかかったのだな、
 苦い気持ちで、そう思った。
「・・・、」
 そうした苦い認識で、僕を心配そうに見つめている傍らの女を盗み見たら、
 いかにも女が不憫な気がした。
 19歳も年上の、死を意識しなければならないような男とつき合せるのじゃ、
 まだ40歳のこの女が、いかにも可哀想じゃないか、
 心底からそう思い、
 自分の方から、心を鬼にして別れの言葉を言おうか、
 とまで考えた。


 昨夜、
 僕は、部屋に独りきりで篭っていた。
 零時を回ってから、女から電話があった。
「独りだと不安でしょ?
 こっちの用は片づけたから、今からそっちに行くからね。
 なにか欲しいもの、ない?」
「弁当でいいから、米が食べたいな」
「わかった」
 15分ほどして、女は僕の部屋のドアを叩いた。

 部屋に着くなり、女は僕に言った。
「世川。
 今から救急病院にもう一度行こう。
 行って、MR検査をしてもらおう」
「そんな。
 いま、真夜中じゃないか。
 そんな事までしなくてもいい。」
「でも、世川。本当は不安でしょ?
 心配してるんでしょ? 
 私も不安で、自分の部屋にいられないし、眠れないよ。
 行こ。
 今から行こ。」

 僕は、その昼間も、女が、他の病院に検査に行こうと言うのを、
「そんなお金は持っていない」
 と断わった。
 僕は、この人生、傍目には、好き勝手を生きてきた。
 倫理も道徳も礼節も、何もかも無縁な場所を思い通りに生きてきた。
 その代わり、
 最後の最後に野垂れ死にをしようとも絶対に嘆かない、
 黙って独りで死んでいくんだ、
 と強く決めてきた。
 だから、
 いま、この歳になって、命惜しさの検査なんかやれるか、
 と思った。
「お金は私があるから。
 お金の心配なんかしないで、検査に行こ。」
 女は言った。
 しかし、
「お前のお金で病院に検査に行くなんて、
 そんな恥ずかしい真似が出来るか」
 僕も、万が一のことを考えて、その日、いくばくかのお金は用意していたが、
 自分をためらわせるものに引きずられて、
 その日の救急病院行きは、拒絶した。


「ねえ。世川。
 お金は持ってきたから。
 いくらかかっても大丈夫だから。
 今から私と一緒に救急病院に行こ。」
 深夜にもかかわらず、女はしつこく僕に言いつのった。
 僕は、その度に、「少し考えてみる」、と言葉を濁した。
「世川。
 お前が倒れたら、小沢一郎を応援しているみんなが困るでしょ?
 まだ俺がいないと駄目だって、世川も自分で言ってたじゃない。
 ねえ、いまお前に何かがあったら、みんなが悲しむから、
 小沢一郎だって悲しむよ。
 お願いだから、今から私と一緒に救急病院に行こ。」
 いくら断られても、女は、しつこくしつこく食い下がった。
 そんな女の姿を見るのは、この一年間で初めてのことだった。
「ねえ、世川、行こ。」
「わかった。
 じゃあ、明日行こう。
 明日は必ず行く」
 僕は、とうとう、ためらいを捨てて、
 <小悪魔>の説得に応じたのだった。

                 (この項、続く)

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コラム
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吾妻橋情話 あがた森魚 (た)
2012-02-01 22:36:17


赤色エレジー あがた森魚  吾妻橋

http://www.youtube.com/watch?v=R7I4LDiGhDg

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