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サトウハチロー「夢淡き東京」



   サトーハチロー「夢淡き東京」



 昨夕は、もりちか眼科に行って、抜糸をしてもらった。
これで、左目の白内障手術は完了だ。
終わるなりマージャンに行って、
6ゲームやって3000円ほど勝ち、
「もう、お前さんの口車に騙されての徹夜マージャンはしないからな。」
「私は時間ですから」と、自分が誘った僕よりも早く帰ろうしているわがままな店長41歳に、毅然と宣言をし、
その言葉を遵守し、
11時に店を出、
西浅草のばあさんの店に行った。


ひと組、カップル客がいたが、しばらくしたら帰ったので、
「よし。貸切だ。」
世川君は、駆けつけ3曲のあと、
ばあさんと二人でカラオケをうたった。


悩み忘れんと 貧しき人はうたい
狭い路地裏に 夜風はすすり泣く


もう、5年以上も前、


















あづま橋から上野までを、
晴れた日も、雨の日も、風の日も、
毎日一回、女の部屋と僕の部屋を、二人で歩いて往復した。
今考えると、嘘みたいな毎日だった、
「あの子、どうしているのかねえ。」
ばあさんが言った。
「幸せにしているさ。」
「そうだよね。」
「うたおう。」


橋にもたれつつ 二人は何を思う
川の流れにも 嘆きを捨てたまえ







サトウハチローは、いつも、東京の下層庶民の心情に視線を向けることをした作詞家だった。
いろいろな歌謡詞を書いたが、
その視線だけは手放すことなく作詞家を全うした。
彼のその視線が、僕は好きだった。


狭い路地裏も 淡き夢の街 東京



放浪の一時期、
この「夢淡き東京」という歌が、
僕のカラオケの定番だった。
どこの街に流れても、行った先の店でこの歌を探し、
今は離れている浅草や吾妻橋を懐かしんで、やたらとうたった。


「あんたは、この歌を歌っている時が、一番生き生きしているね。」
ばあさんが僕に言った。
「そうだな。
この辺りには5年いたからな。」
「田舎にいると、東京に帰りたくなるでしょう。」
「ああ。
僕は、どうも、田舎は合わない。」
「早く帰っておいでよ。」
「あと2冊原稿が書き終わったらな。」
「いつ頃終わるのよ。」
「今年いっぱいはかかるだろうな。」
「それが終わったら、帰っておおいでよ。」
「そうだな。」


そんな会話をして、
それから、また、僕たちはうたい合い、
0時半を確かめて、、店を出た。

マージャンもいいけれど、
こんな時間も、たまには、いい。







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