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世川君は、書籍販売営業をしてきた。

 

   世川君は、書籍販売営業をしてきた。




 午後4時に「本のがんこ堂」に行き、
「何冊かでも売れた?」
 と訊くと、
「予約の元特定郵便局長さん二人だけです。」
 がんこ堂が言いにくそうに答えた。
「まあ、彦根じゃ無名の世川行介だから仕方ないよな。」
 僕の言葉に、
「無名でない土地があるんですか?」
 がんこ堂が、実に無礼な質問を返してきた。


 なんてことを、あの彼が言うわけがなく、
「早く一冊でも売れるといいですのにね。」
 小さな声でそう言った。
 しかし、僕は、
「じゃあ、パチンコに行ってくるね。」
 そんなことお構いなしに「パチンコ1BAN」に向かった。


 30分ほどパチンコを楽しんでいたが、
 フッと、
「あいつが、僕のコーナーまでつくって、売ろうとしてくれているのに、
 当の本人の僕がパチンコで遊びほうけているってのは、
 これは、彼に対して、いかにもだな。」
 深い反省の念が湧き上がってきた。


 そういえば、
 このところ、毎日夕方は、パチンコ店に入りびたりで、
 彦根で仲良くなった人たちと会話を交わしていない。
 これじゃあ、皆、本の出たのも知らないから、
 がんこ堂に買いに来るはずもない。


「起立!」


 僕は自分にそう命じ、
 カウンターから換金所へと動いた。


 2800円の勝ち。
「まあ、今日は、こんなものでいいか。」
 自分を納得させ、
 自転車で「本のがんこ堂」に戻り、
「おい。
 一冊、僕の本を貸してくれ。」
「何するんですか?」
「今から、書籍販売営業に出かけてくる。」
 僕は大声で答えた。
「そうですかあ。営業してくれはるんですかあ。」
 がんこ堂は、僕の積極的な姿勢を大層喜んでくれて、
 本を一冊くれた。
「では、行って来る。」


 それから、僕は、堀端を自転車で走り、
 まず、
 いつも行くケーキ屋さんに寄った。
「世川さん。いつもありがとうございます。」
 馴染みの女の子が挨拶をくれた。
「いや、今日は、僕が物売りに来たんだ。
 僕の本が出た。駅前のがんこ堂で売っているから、是非一冊買ってやってくれ。」
「ええっ?
 世川さん、作家だったんですか?」
 僕はこの街に来てから、ごく限られた人にしか自分のことは語っていないので、
 何も知らない女の子は驚きの顔。
「いや。作家じゃない。
 作家じゃないけど、本は出した。
 がんこ堂に本を並べたけど、まだ一冊も売れないと、がんこ堂が泣いている。
 これからもずっと、パンとクッキーは買うから、
 どうか、僕の本も買ってやってくれ。」
 世川行介さんは、自分の本の販売に汗だくになりましたとさ。


「わかりました。
 近いうちに、必ずがんこ堂にいきます。」
 という女の子の言葉に安心して、
 僕は次の目的地、キャッスルロードの「千成亭」に向かった。


 ここはケーキ屋さんよりも、まだ仲良しだ。
 入るなり、数人の店員に、
「昨日、僕の本が出た。」
 と言うと、
「ええっ?
 世川さん、そんなことをしている人だったの?」
 仲良しの娘が驚きの声を返してきた。
「僕は本を出した。
 だけど、一冊も売れなくて、非常に困っている。
 これからも僕をお客にしたいのであれば、
 誰かが代表して、がんこ堂に行って、一冊買ってくれ。」
 僕が強くそう言うと、
「……。」
 皆が一斉に無言で横を向いた。
 嫌なガキたちだなあ。


 しかし、
 そんなことでくじけるような今日の僕ではない。
「どうだ。そこの青年。買うか?」
 一番買ってくれそうな男に言った。
「わかりました。
 いつももひいきにしてくれている世川さんの本ですから、
 私、一冊買いましょう。」
 即座に快諾。
「がんこ堂には、千成亭1冊って報告しておくから、
 行ったら、買う時に店名を名乗って買えよ。
 もし買ってなかったら。
 サラダもコロッケもヒレカツも、これから買うのをやめるからな!」
 まあ、これは、恫喝的営業と呼ばれるものであったが、
 それもたまにはいいじゃないか。


 続いて、
 もっと仲良しの、4番町スクウェアの、赤飯と和菓子の「親玉」なる店に行った。
「お母さん。
 娘の方は?」
「いま、いないよ。」
「娘に、僕の本が出たから、明日必ずがんこ堂で買うように言っておいてよ。」
「わかった。伝えておくよ。」
 これで決まり。


 それから、僕は駅に引き返し、
 彦根タクシーを探し、
 運転手さんに、
「林さんに、世川の本が出たから、がんこ堂で必ず買うように伝えて。」
「わかった。」
 これも簡単だった。


 ということで、
 世川君は、本日4冊の予約を得、
 しかも、
 ついでに、越後湯沢の茂野さんにメールして、
「アマゾンで買って読んで。」
 と書いたら、
 すぐに、
「買います。」
 の返事。


 いや~。いい汗をかいた数時間だったな。


 そういうことで、
 意気揚々とがんこ堂に帰ったら、
「世川さん。
 一人。お客さんが世川さんの本を買うてくれはりましたわ。
 コーナーの前で本を手に取って眺め、それから買うてくれはりました。
 世川さんのやらせのおお客さんじゃないみたいです。」
 がんこ堂が嬉しそうに報告してきた。
「それって、とってもいい話じゃないか。
 知らない人が買ってくれるなんて最高だ!」
 二人で手を取り合って喜びましたとさ。



 そうした数時間を送って、
 世川さんは、ニコニコ顔で帰宅し、
 パソコンを見ると、
 高山社長からのメールで、
 21日の日曜日、朝日新聞に広告が出るとのことで、
「それで売れるといいな。」
 素直に願ったのであった。



 以上、営業報告終わり。





コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
« 来週からは、... 上野の店長が... »
 
コメント
 
 
 
Unknown (元32歳雀荘店長)
2017-05-20 01:08:01
波乱万丈
世川さんの一面がよく伝わった本ですね
愛欲上野編が楽しみです。
8月5日のパーティ招待してください。
上野に寄ったらまた来て下さい。
お待ちしております。
 
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