世川行介放浪日記

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「共謀罪」法改正への雑感。  同時掲載

2017年04月23日 21時10分30秒 | 自選 時々への発言


      「共謀罪」法改正への雑感。



 非常にいいスピードの編集作業になって来た。
 気分がいいと、編集作業にも「ユーモア」が加わってきて、
 やっている本人も楽しくなる。
 ホント、
 鬱陶しい気分でやると、暗い文章ばっかり選んでしまい、
 読み返して、
 選んだ自分でも、「なんだかなあ」、って気持ちになるものなのだよ。
 そういう意味では、今日は最高の編集日和であった。


 途中一時間半、仮眠をとって、
 あとは、ずっと、パソコンに向かい続けた。
 今見たら、煙草が、あと2箱しかない。
 たった2箱では、明日の朝まではどうしても持たないので、
 これを書き終わったら、近くのコンビニに買いに行ってくる。


 ネットニュース欄は、相変わらずの「週刊誌劇場」をやっている。
 バカバカしくて、まともには読んでられない。


 茂木とかいう政調会長が、
 共謀罪の捜査対象は、「一般市民」を対象としていない。と発言していて、
 これには、少し笑った。


 これは「役人答弁」以外の何ものでもない。

 国内治安機関(主として警察)が、
 捜査に取りかかるまでは、「一般市民」で、
 捜査に取りかかる直前に「対象団体(あるいは個人)」に「格上げ?」し、
 その後に捜査するやり方をとるであろうことは、
 別にその可能性をことさら論(あげつら)う必要などないほどに、
 ごくありふれた手法だ。


 今回の「共謀罪」というのは、
 30年前のオウム真理教によるサリン事件で国民が「別件逮捕」を黙認した、
「凶暴なテロ行為による生命破損の危機を防ぐためなら、
 現在の法認識を多少逸脱した捜査行為も、これを許す。」
 この発想の延長上にある。


 僕はあの時、
「この国は、とんでもない場所に行くな。」
 と、
 加速するこの国の<官僚社会主義国家>化に幻滅して、
 <野垂れ死にをも許される自由>を、たとえ自分一人だけでも守り抜きたいと思い、
 国内にいながらこの国を棄てるという放浪者の生き様を選んだ。


 今回の「共謀罪」を受け止める国民の法とテロ行為への認識が、あの時の発想の延長上にある限り、
 いくら、反自民が反対を叫んだところが、この法案は、成立する。
 と僕には思える。


 もう、この国の治安機関による国民管理の段階は後戻りのできる状態ではなくなっていて、
 強化されることはあっても、緩和されることはないはずだ。
 何故なら、無意識の根本のところで、国民の多くがそれを許しているからだ。
 知識人とかいう連中は、この、国民が無意識の根本のところで許している事実に気づかないから、
 毎度毎度のシュプレヒコールをあげるしかやりようがなくなっている。


 僕は、もちろん、こんな法案は大嫌いだが、
 それは、もう、止めようなどないのだ、ということを認識しているので、
 黙って眺めている。

 
 それもこれも、
 あの時に国家公安委員長だった、
 野中広務という自民党政治家が、一番悪い。
 僕は、あれを見てから、野中という政治家の綺麗ごとを並べた言葉を信じたことは、ただの一度もない。
 あの県議上がりの「政局だけ男」は、
 <戦後昭和理念>を溶解に導いたA級戦犯の一人だ。





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