世川行介放浪日記

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あの者たちの神。2016

2016年12月07日 19時07分13秒 | 自選 時々への発言


         あの者たちの神。2016




 僕は、
 太宰治の『如是我聞』の出だしの一節を、
 愛し、大切にして、
 今日までを生きて来た。


 『如是我聞』は、こんな書き出しから始まる。


    人を攻撃したって、つまらない。
    攻撃すべきは、あの者たちの神だ。
    敵の神をこそ撃つべきだ。
    でも、
    撃つには先ず、
    敵の神を発見しなくてはならぬ。
    ひとは、自分の真の神をよく隠す。



 この数日間、
 カジノ法案に関して、
 民進党幹部、反対派弁護士、市民団体、
 そういった人間たちが、
 カジノ法案反対!の弁説を提示した。


 それを読みながら、僕は、
「この人たちがイメージしている人間社会とは、
 いったいどんな人間社会なのだろう?」
 と、
 少し考えた。


 で、
 面倒なので、
 結論だけを言うと、
 彼らが理想社会としてイメージしている人間社会は、
 社会主義国家の中の生活光景だ。
 しかも、
「人が理想的に生きたらこうなるであろう。」
 といった、
 現実の社会主義国家群の歴史には一度も誕生しなかった生活光景だ。


 こういうマンガチックな光景を自分の理想像として、真顔でじゃべっている輩を見ると、
「おめでたい阿呆だらけだな。」
 苦笑を禁じ得ない。


 なんてことはないのだ。

 この連中は、
 若い日に教わった社会主義国家の理想像が忘れられず、
 社会主義国家群が自壊して30年経っても、
 「ありもしない理想像の残像」を棄てる勇気と知性を持てず、
 さりとて、時代を読み解く努力は放擲し、
 不勉強のままに、
 今風にアレンジして、偉そうな貌をしているだけだ。


 僕は、そこいらのことはよくわからないが、
 この反対派弁護士とか市民団体というのは、
 反自民政党のヒモつきではないのか?
 主張を読んでいると、そう思えてならない。


 庶民が、
 カジノであれ、
 競馬であれ、
 宝くじであれ、
 株式投資であれ、
 自分に見合った手段によって「経済的豊かさ」を求めることは、
 何も悪いことではない。
 これは、ごく真っ当な庶民的欲望であり、願望だ。

 庶民に対して、
 不遜にも、
 清廉な生を生きよ!と、
 その「射幸心」を非難阻害する側こそが非難されるべきである。


 僕は、そう確信している。





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