世川行介放浪日記

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細野豪志離党と「ニュートラルな保守層」

2017年08月04日 22時49分29秒 | 細野豪志離党と「ニュートラルな保守層」

 


   細野豪志離党と「ニュートラルな保守層」




 僕は、本当に、ついさっきまで、
 今日は土曜日だとばかり思い込んでいて、
 『豊臣奇譚』の原稿の推敲のギリギリの期限が月曜日なので、
 昨夜から結構てんてこ舞いの過ごし方をしていた。

 さっき、今日が実は金曜日だと知って、
「なんだ…。」
 肩から力が抜けた。


 ネットニュースを見たら、
 今朝少し触れた民進党の細野豪志が、
 正式に、
「民進党を離党して政権可能な新党を立ち上げたい。」
 と表明したとのことだ。
 仲間たちの翻意の説得にも応じなかったらしい。


「なかなかいいじゃないか。
 頑張れよ。」
 と思った。


 僕は、
 10年くらい前からずっと書いてきたが、
 現在の日本社会において、
 「ニュートラルな保守層」からの支持を得られない政党は政党に値しない。
 と思ってきた。


 この20年間、
 細川政権、小泉政権、民主党政権、安倍政権と、
 政治思想はかなり異なる政党に、大量の支持票が流れ、
 一見すると、整合性のない政権変遷の歴史となっているが、
 しかし、
 その本質を読み解くなら、
 これらの政権を現実のものにしたのは、
 「ニュートラルな保守層」の支持票だ。


 ある時は非自民に、またある時は自民党にと、
 「ニュートラルな保守層」がその時々支持政党を変えるのは、
 それは、決して、「庶民の無節操」などではなく、
 かつて、吉本隆明が言った、
 東西冷戦構造崩壊後の「その都度のイエス―・ノー」という思考が、
 庶民レベルで具現化された光景なのだ、
 と理解したら納得できると思う。


 そうした意味合いから現在の反自民政党を眺めると、
 彼らは、「小政党に追いやられて当然」の思考角度の持ち主たちばかりだ。
 民進党、共産党、小沢党、
 どの党の主張を聞いても、
 彼らの思考角度は、その根底に「ニュートラルな庶民」を包摂していない。
 彼らが問いかけ訴えているのは、<亡霊左翼>の残滓を後生大事に抱えている反自民人間たちばかりだ。
 そんな政党に、「ニュートラルな保守層」が支持票を投じるわけがない。


 小沢一郎という政治家がいて、
 かつて、「ニュートラルな保守層」から絶大な支持を得て、彼らの期待を担っていたが、
 20年経ってよく見たら、
 自分を支持した「ニュートラルな保守層」をどこかにポイ捨てして、
 <亡霊左翼>よりもまだ左傾化した政党をやっている。
 馬鹿じゃなかろうか、って話だ。


 僕は、
 細野豪志には、
 くだらない<亡霊左翼>たちの批判なんか気にせずに、
 「ニュートラルな保守層」を納得させる政策を掲げた政党を立ち上げてもらいな、
 と思う。

 細野豪志本人とは口をきいたこともないが、
 この10年間ほど、ずっと遠望してきて、
 なんか、
 彼ならやれるかな、
 って気がするからだ。


 今日のところは以上です。






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