とうとう、今日が来た。
一昨年の2月に、
小沢一郎の<存在>の意味を正確に理解してもらうためにと、
『泣かない小沢一郎(あいつ)が憎らしい』を書く決意をし、
上野のサウナのネットルームのパソコンに向かい始めてから、
早いもので、丸二年が過ぎた。
それから、広汎な小沢一郎支援運動をやるためにと、
『立ち止まって考えよう国民会議』を作り、
しかし、その分裂劇と東北大震災とで、
約半年間、足踏みを余儀なくされた。
焦燥に唇を噛んでいる間にも、
小沢一郎は、崖っぷちに追い詰められ、
僕などが、「遵守しなくてはならない」、と思っていた、
<戦後理念>の一等良質な部分は、
高級官僚や民主党の左翼亡霊議員たちによって、
なし崩し的に崩されていった。
このまま黙視したなら、
この国は、早晩、<官僚社会主義国家>に転げ落ちてしまうな。
と思った。
それを拒絶するためには、
小沢一郎に、醜悪な官僚機構をぶち壊させる以外に、
この国の<明日>はないな。
と思った。
官僚たちが小沢一郎の抹殺に動くのは、
その認識が、僕などと180度向こう側で一致しているからだ、
ということはよくわかったから、
在野における小沢一郎待望の気運醸成こそが急務だと思ったが、
放浪者を生きてきた僕なんぞの力は微々たるものだから、
11月から始めた「小沢一郎激励お散歩」は、100人ほどしか集まらず、
焦燥感の爆発を抑えながら、
12月、1月と、小さな実践を積み重ねて来た。
僕たちは、自分たちのハードルを高く設定していて、
平日の真昼間に小沢一郎のために行動する人がどれくらいいるのか、
3回の行動で、それを探った。
そんな小沢一郎理解者が200人いれば、と思っていたら、
今年に入って、賛同の意志表明をくれた人が200人を超した。
これなら、なんとか頑張れるかもしれない、と思って、
今回、平日水曜日の午後に、
第四回目の「お散歩」を企画した。
おそらく、今日のお散歩参加者は、
目標としてきた300人を、優に超えるだろう。
ついさっきも、都内の82歳の老夫婦が、
「今から行きます」
と、嬉しい電話をくれていた。
電話での参加申込者102番目だ。
こうした反応が指し示すものは、
平成大衆の中に渦巻く<時代>への閉塞感だ。
その<閉塞感>を克服できるのは小沢一郎しかいない、という期待感だ。
さらに言うなら、
そんな小沢一郎をここで見殺しにしてはいけない、という、
悲愴なまでの<危機感>だ。
そうした幾重もの思いが、いま、300人の人を突き動かしているのだと、僕は思う。
たかが300人か、などと嘲笑(わら)ってはいけない。
20余年間、風化に風化を重ねてきたこの平成の世に、
300人も、
自らの肉体を国会議事堂前に運んででも意思表示をしよう、
と思う人がいるだけでも、
この国も、まだ、まんざら棄てたものんじゃない。
と、僕は思っている。
そうした「満更でもない人」たちが、
自らの意志で、
午後2時、国会議事堂前までお散歩する。
行くことが出来ないでこの日記を読んでいる読者諸氏。
今日の僕たちの姿を、
ネット放送ででも、
どうか、見ていて欲しい。







