世川行介放浪日記

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細野豪志離党を擁護する。

2017年08月05日 12時26分33秒 | 細野豪志離党と「ニュートラルな保守層」

 

   細野豪志離党を擁護する。




 思ったとおり、
 細野豪志の民進党離党に、
 野党関係者やマスコミは、
 批判的な言説を鉄砲玉みたいに発射し始めた。

 だから、
 僕は、擁護する。


 何度も書いてきたが、

 この細野豪志の離党によって、
 国民の眼に、
 今回の民進党の代表選が茶番劇としか映らなくなることは、
 とってもいいことだ。
 そして、
 この離党によって、仮に民進党が分裂し、解党に向かうとしたら、
 それは、もっといいことだ。


 僕は、<時代の溶解>ということを、数年前から書き続け、
 この日本社会は、もう、抜け出ることが不可能な長いブラックホールの時代に突入した、
 ここから抜け出すには、50年60年の長い年数が必要ではないか、
 という認識を述べて来た。


 本来は、もう少し緩やかに進むはずだった<溶解>を、
 これだけ加速させたのは、
 政治現場では、すべて、民進党=旧民主党の責任である。


 国民が寄せた熱い期待を、内部闘争に明け暮れて台無しにし、
 国民が民主党政権を支持した一番の基盤であった「保守層をも包摂できる政党」の特質を、
 小沢一派や鳩山由紀夫などの保守系議員を党要職や党そのものから追い出すという、
 馬鹿としか思えないような手法によって、
 ただの<亡霊左翼政党>、もっと言うなら、旧社会党政党、にしてしまった。
 菅直人、江田五月、仙谷由人、枝野幸男、
 時代の本質の読めない反体制権力主義者たちばかりだった。


 そして、もう片方には、
 江藤淳の言葉を借りるなら、「政治家になりたいだけの人間」を寄せ集めた松下政経塾出身の小僧政治家たちの集団、
 誰がそれに該当するやら知らないが、
 野田佳彦、前原誠司、安住淳、玄葉光一郎…、
 阿呆が並んだ。


 少しは賢明で、時代の本質の見える政治家なら、
 党を出ていくか、政治家を辞めるか、の心境に陥るのは、当然のことだ。


 民主党から民進党に名称変更しても、
 彼らの本質は一向に変わらなかった。
 自らを戒め、どこに思考や姿勢の欠陥があるのかを反省もせず、
 反省がないから改めもせず、
 それまで得た支持者と野党権益の中で、胡坐をかき続けた。
 そして、蓮舫という最大級の馬鹿代表を「選出」し、
 後は転落の坂を転げ落ち続けた。
 旧社会党が解党した時と、まったく同じ光景の再現だった。


 そうした中で、
 「ニュートラルな保守層」の支持無くして政党は成り立たたない。と自覚した細野豪志が、
 民進党に見切りをつけて、
 たった一人でも、その場所に向かって歩き始めよう、
 と決意して、一歩を進みだすそのことが、
 何を批判されねばならないのか。


 新党づくりが華やかな時なら、こんな光景はどこででも見れただろうが、
 反自民陣営は、政治の本質が見えなくなった咎で、瀬戸際まで追い詰められ、
 構築よりも手っ取り早さを求める老いた小沢一郎のように、
 そんな数合わせに、何の意味があるのかわからない、
 断末魔の数合わせしか言えない状況になった。
 誰も新党立ち上げになど向かえない状になっている。
 

 そうした状況下で、
 たった一人でも、まず歩き始めよう。とした若い細野豪志の今回の行動は、
 周囲から蔑まれかねない小さな行動であるからこそ、
 心ある反自民人間や「ニュートラルな保守層」からは、支持される、
 と僕は思っている。


 すべては、彼が今後出すであろう政策にかかっているとは思うが、
 これまでの言説を聴いている限りでは、
 「ニュートラルな保守層」へのアピールが主となりそうな気がするので、
 温かく見つめたいというのが、今の僕の気持ちだ。





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