一昨日が徹夜の上に、
昨日は、お散歩の後、6時間も「昼間の酒」を飲み続けたものだから、
昨夕、ベッドに転がりこみ、
一旦、朝4時に目覚めたが、すぐにまた眠りに誘われ、
結局、寝たり起きたりで、
起き上がったのは、午後3時だった。
5時半に人と会う約束があるので、
まだ、なんか、眠たくてたまらないが、とりあえず、昨日の報告を書いておく。
3回のお散歩をやって、
「これは、藤島利久という個性がなかったら成功しなかったな」
と、しみじみ思い、彼に感謝した。
何よりも、彼の<陽性>が素晴らしかった。
あれは、僕などが逆立ちしても真似のできない「天性のもの」で、
あの<陽性>が、絶対数の少ない参加者に倍以上の力を与えてくれた。
東京地裁ができて何十年経つのか知らないが、
裁判所前で、「刑事被告人」に向かって、
「頑張れ! 俺の嫁さんも応援しているぞ!」
といった声援をしゃーしゃーと送った人間は、
古今東西、藤島利久くらいのものだろう。
運動体には、<明るさ>が不可欠だ。
明るく、開かれた運動体れなければ、人は集まってこない。
それを、藤島さんは、自らの存在で証明してくれた、と思った。
「NHKは受信料を返せ!」
と彼が叫んだら、
近くに停車していたNHKの車が、あらら、移動しちゃったよ。
これは、本当の話。
「残九郎」さんは、
広島から10時間かけて夜行バスで来て、
お散歩が終わるなり、今度は新幹線で5時間かけて帰るのだと言っていて、
頭の下がる思いだった。
その「残九郎」さんが、帰り間際に、
「世川さんのこと、よろしくい願いします」
<小悪魔>にそう頭を下げて立ち去ったと、
<小悪魔>が嬉しそうに話していて、
「残九郎」さんの優しさと思いやりに、感謝した。
お散歩参加者のたいがいの顔はわかってきたが、
昨日は、見知らぬ男性が、一人、「世川さん」、とあいさつに来て、
それがまた、紳士然とした初老の男性で、
誰だろう?と思っていたら、
「「たるごや」です」
思わず、
「おーい。」
一緒に来ていた<小悪魔>を呼んだ。
「なによ」
「この人が、お前の大好きな「たるごや」さんだ」
「「たるごや」?」
「あの、歌のセンスのいい人だ」
「ああ。
あのオヤジ?」
<小悪魔>は、そう言って、「たるごや」さんを見ると、
「今日の男の中で、一番イケてるじゃん。
歌のセンスもばいいけど、顔も服装のセンスもいいオヤジだね」
と耳打ちし、
感心した視線で「たるごや」さんを見つめ続けた。
そんな人が、「たるごや」さん、でした。
お散歩が終わって、
吾妻橋の「大東縁」に数人集まった。
平松さんが、
「私、
今日、泣いてしまってね・・・、」
ぽつりと、そんなことを言った。
「裁判所を見上げながら、頑張れ小沢!って言っていたらね、
なんか、涙が流れて止まらないの。
拭こうかと思ったけど、面倒くさかったんで放っておいたら、
顔中涙だらけになってね・・・、」
「soWhatだ」の松浦さんが、
「私も見てましたよ。
平松先輩。泣き顔、よかったですよ」
と、どさくさに紛れて同い年の平松さんを先輩扱いして、自分の若さを強調したが、
大人(たいじん)の平松さんは、そんな言葉には何の動揺も見せず、
「そうなんだよなあ。
なんで泣けてきたのかわからないんだけど、
涙が止まらなかったんだよなぁ・・・。
あんなことって、何十年ぶりだろう」
自分でも不思議みたいに語り、
「なんか涙が止まらなかったんだよなあ・・・、」
そうつぶやく時の平松さんは、本当にいい顔だった。
「soWhatだ」の松浦さんも、平松さんも、
「〜国民会議」分裂騒動後も僕を信じて一緒に歩いてくれた一人で、
昨日も、
僕が、
「よくここまで来ましたよね」
と言うと、
「ホント、ホント。
あの時に全部潰れて駄目になっていたはずだもんな」
平松さんが、笑いながら僕をからかった。
「日刊ゲンダイ」の広告の賛同人にも、二人とも名を連ねてくれていて、
その二人と、こうしてお散歩終了後に「昼間のお酒」の飲める幸福を、
僕は、ありがたい、と思った。
もう一人、田園調布のOさんもそんな一人なのだが、
Oさんは、退院後まだ間がなくて、散歩という重労働が出来ない。
早く元気を取り戻してもらって、
2月22日は4人で飲みたいな、と思ったのだった。
合計3回のお散歩について言うならば、
僕は、満足だ。
一言の不足もない。
あれこれの事情の果てに選んだ選択ではあったが、
3回目のお散歩の当日に「2月22日の広告」を出した時点で、
セクト主義の病毒におかされかけてきた小沢一郎支援運動に、
「広汎な支援運動」への道筋をつける「きっかけ」を提示し得たかもしれない、
と思っている。
「ネットの外の実世界」との経路を強固にするために、
2月中に、もう一度、「日刊ゲンダイ」に広告を打つ予定でいて、
もっとも、これには、資金の手当が障害として残っていて、
なんとかそれをクリアしたいと、目下金策考慮中だが、
それをして、22日に、数百人の「国会前お散歩」が実現したら嬉しい。
岡田元治という硬骨漢がいて、
一年前、「1万人集会」という構想を現実のものとすべく、
私財を差し出し、東奔西走して頑張ったが、
3・11の大震災で、その構想の頓挫を余儀なくされた。
僕は、彼のくやしさが、よくわかった。彼のくやしさは僕のくやしさでもあった。
いつか、あの無念を晴らしてあげたい、
と思ってきた。
あれから1年が経って、
僕たちは、
構想を慎重に練り直し、
小さな実践行動を数回積み重ねて、
2月22日、
やっと、あの時胸に描いた構想のごく一部分を、
現実に変えることができることとなった。
個人的に言うならば、
言葉にあらわしがたい思いが、心の中には、たくさん渦巻いている。
1年のブランクは長すぎたような気もするし、
1年のブランクがあったから、今日があったような気もする。
どっちが正しいのかは、よくわからないが、
たった一つ、
2月22日、国会議事堂前のお散歩が数百人規模のものになったならば、
「頑張れ。小沢!
敗けるな。一郎!」
の第一声を、
ほかの誰でもない、
岡田元治さんに叫ばせてあげたい。
それだけを、僕は思っている。








2月22日に向けた作戦会議が行われれば
是非、参加したいにゃ。
小沢裁判 、 1/10/2012 小沢一郎を激励する市井の会。
http://www.youtube.com/watch?v=k-w9CvMwIzg
声がでかいけど、気持ちは解る