世川行介放浪日記

日々の雑感。昔話。時事問題への言及。

「東京地裁前お散歩」雑感

2012年01月11日 16時11分51秒 | 近況報告篇


 一昨日が徹夜の上に、
 昨日は、お散歩の後、6時間も「昼間の酒」を飲み続けたものだから、
 昨夕、ベッドに転がりこみ、
 一旦、朝4時に目覚めたが、すぐにまた眠りに誘われ、
 結局、寝たり起きたりで、
 起き上がったのは、午後3時だった。
 5時半に人と会う約束があるので、
 まだ、なんか、眠たくてたまらないが、とりあえず、昨日の報告を書いておく。


 3回のお散歩をやって、
「これは、藤島利久という個性がなかったら成功しなかったな」
 と、しみじみ思い、彼に感謝した。
 何よりも、彼の<陽性>が素晴らしかった。
 あれは、僕などが逆立ちしても真似のできない「天性のもの」で、
 あの<陽性>が、絶対数の少ない参加者に倍以上の力を与えてくれた。
 東京地裁ができて何十年経つのか知らないが、
 裁判所前で、「刑事被告人」に向かって、
「頑張れ! 俺の嫁さんも応援しているぞ!」
 といった声援をしゃーしゃーと送った人間は、
 古今東西、藤島利久くらいのものだろう。

 運動体には、<明るさ>が不可欠だ。
 明るく、開かれた運動体れなければ、人は集まってこない。
 それを、藤島さんは、自らの存在で証明してくれた、と思った。
「NHKは受信料を返せ!」
 と彼が叫んだら、
 近くに停車していたNHKの車が、あらら、移動しちゃったよ。
 これは、本当の話。


 「残九郎」さんは、
 広島から10時間かけて夜行バスで来て、
 お散歩が終わるなり、今度は新幹線で5時間かけて帰るのだと言っていて、
 頭の下がる思いだった。
 その「残九郎」さんが、帰り間際に、
「世川さんのこと、よろしくい願いします」
 <小悪魔>にそう頭を下げて立ち去ったと、
 <小悪魔>が嬉しそうに話していて、
 「残九郎」さんの優しさと思いやりに、感謝した。


 お散歩参加者のたいがいの顔はわかってきたが、
 昨日は、見知らぬ男性が、一人、「世川さん」、とあいさつに来て、
 それがまた、紳士然とした初老の男性で、
 誰だろう?と思っていたら、
「「たるごや」です」

 思わず、
「おーい。」
 一緒に来ていた<小悪魔>を呼んだ。
「なによ」
「この人が、お前の大好きな「たるごや」さんだ」
「「たるごや」?」
「あの、歌のセンスのいい人だ」
「ああ。
 あのオヤジ?」
 <小悪魔>は、そう言って、「たるごや」さんを見ると、
「今日の男の中で、一番イケてるじゃん。
 歌のセンスもばいいけど、顔も服装のセンスもいいオヤジだね」
 と耳打ちし、
 感心した視線で「たるごや」さんを見つめ続けた。

 そんな人が、「たるごや」さん、でした。
 

 お散歩が終わって、
 吾妻橋の「大東縁」に数人集まった。

 平松さんが、
「私、
 今日、泣いてしまってね・・・、」
 ぽつりと、そんなことを言った。
「裁判所を見上げながら、頑張れ小沢!って言っていたらね、
 なんか、涙が流れて止まらないの。
 拭こうかと思ったけど、面倒くさかったんで放っておいたら、
 顔中涙だらけになってね・・・、」
 「soWhatだ」の松浦さんが、
「私も見てましたよ。
 平松先輩。泣き顔、よかったですよ」
 と、どさくさに紛れて同い年の平松さんを先輩扱いして、自分の若さを強調したが、
 大人(たいじん)の平松さんは、そんな言葉には何の動揺も見せず、
「そうなんだよなあ。
 なんで泣けてきたのかわからないんだけど、
 涙が止まらなかったんだよなぁ・・・。
 あんなことって、何十年ぶりだろう」
 自分でも不思議みたいに語り、
「なんか涙が止まらなかったんだよなあ・・・、」
 そうつぶやく時の平松さんは、本当にいい顔だった。

 「soWhatだ」の松浦さんも、平松さんも、
 「〜国民会議」分裂騒動後も僕を信じて一緒に歩いてくれた一人で、
 昨日も、
 僕が、
「よくここまで来ましたよね」
 と言うと、
「ホント、ホント。
 あの時に全部潰れて駄目になっていたはずだもんな」
 平松さんが、笑いながら僕をからかった。
 「日刊ゲンダイ」の広告の賛同人にも、二人とも名を連ねてくれていて、
 その二人と、こうしてお散歩終了後に「昼間のお酒」の飲める幸福を、
 僕は、ありがたい、と思った。
 もう一人、田園調布のOさんもそんな一人なのだが、
 Oさんは、退院後まだ間がなくて、散歩という重労働が出来ない。
 早く元気を取り戻してもらって、
 2月22日は4人で飲みたいな、と思ったのだった。


 合計3回のお散歩について言うならば、
 僕は、満足だ。
 一言の不足もない。

 あれこれの事情の果てに選んだ選択ではあったが、
 3回目のお散歩の当日に「2月22日の広告」を出した時点で、
 セクト主義の病毒におかされかけてきた小沢一郎支援運動に、
 「広汎な支援運動」への道筋をつける「きっかけ」を提示し得たかもしれない、
 と思っている。

 「ネットの外の実世界」との経路を強固にするために、
 2月中に、もう一度、「日刊ゲンダイ」に広告を打つ予定でいて、
 もっとも、これには、資金の手当が障害として残っていて、
 なんとかそれをクリアしたいと、目下金策考慮中だが、
 それをして、22日に、数百人の「国会前お散歩」が実現したら嬉しい。


 岡田元治という硬骨漢がいて、
 一年前、「1万人集会」という構想を現実のものとすべく、
 私財を差し出し、東奔西走して頑張ったが、
 3・11の大震災で、その構想の頓挫を余儀なくされた。
 僕は、彼のくやしさが、よくわかった。彼のくやしさは僕のくやしさでもあった。
 いつか、あの無念を晴らしてあげたい、
 と思ってきた。

 あれから1年が経って、
 僕たちは、
 構想を慎重に練り直し、
 小さな実践行動を数回積み重ねて、
 2月22日、
 やっと、あの時胸に描いた構想のごく一部分を、
 現実に変えることができることとなった。

 個人的に言うならば、
 言葉にあらわしがたい思いが、心の中には、たくさん渦巻いている。
 1年のブランクは長すぎたような気もするし、
 1年のブランクがあったから、今日があったような気もする。
 どっちが正しいのかは、よくわからないが、
 たった一つ、
 2月22日、国会議事堂前のお散歩が数百人規模のものになったならば、
「頑張れ。小沢! 
 敗けるな。一郎!」
 の第一声を、
 ほかの誰でもない、
 岡田元治さんに叫ばせてあげたい。
 それだけを、僕は思っている。

 
ジャンル:
コラム
キーワード
日刊ゲンダイ 国会議事堂 セクト主義 刑事被告人
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2 コメント

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2月22日に向けて (遠藤利春)
2012-01-11 17:02:06
行動力の藤島、企画力の世川、分析力の日々坦々、この個性豊かな方々を中心に
2月22日に向けた作戦会議が行われれば
是非、参加したいにゃ。
小沢一郎を激励する市井の会。 (た)
2012-01-11 20:59:10

小沢裁判 、 1/10/2012  小沢一郎を激励する市井の会。

http://www.youtube.com/watch?v=k-w9CvMwIzg

声がでかいけど、気持ちは解る

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