世川行介放浪日記

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冬に口ずさむ放浪の歌

2016年12月28日 19時45分34秒 | 自選 歌が呼ぶ思い出


         冬に口ずさむ放浪の歌




 暗くなってから、
 煙草と黒烏龍茶を買いに外に出た。

 国道8号線を沢山の車が行き交っていた。
 彦根駅の東側には高いビルがほとんどない。
 そこを走る車だけが異常に多いのを見ていると、
 そうか。ここは田舎町だったんだな。と、再発見をしたような気分になる。
 そう言えば、こんな地方都市で年の瀬を迎えるのは、本当に久しぶりだ。
 何年ぶりのことだろう?


 交差点を2度渡り、部屋に戻る道を歩きながら、
 こんな地方都市で年の瀬を迎えるのが久しぶりだということに驚きながら、
「そうか。
 もう、東京を離れてから、2度目の師走なんだ。」
 それにもっと驚いた。
 ついこの間、東京駅から「のぞみ」に飛び乗ったような気がしていたのに、
 2年近くが過ぎていた。


     昨日は東  今日は西よ
     流浪の旅はいつまで続く


 戦前の大陸浪人を詠った『流浪の旅』という歌の数行が口からこぼれた。
 この歌は、いい歌詞が何行かあるのだが、
 基本的には「望郷の歌」で、
 そんなセンチメンタルとは無縁な僕には、一体化できない歌だ。
 ただ、この数行はいい。


 初めての土地を放浪している時、
 晩秋から冬の夕暮れ、
 薄日に染められた街並みを見るとはなしに見ていると、
 まったく当て所(ど)のない寒い<明日>を歩くしかない自分の身が、
 なんか、少し、可哀想な、いとおしいような、そんな気になって、
 この数行を口ずさんだものだ。
 あれは、もう、どれくらい昔のことだったのだろうか?
 きっと、50代初めのことだろう。


 今、僕は、
 本を出すだとか、株で儲けるだとか、
 生活に余裕のありそうなことを得意気に書いているが、
 放浪の間は、今夜を生き延びるお金に困っていたから、
 放浪にも、切実さがあって、
 同じ光景を見ても、今とは、やりきれなさが100倍も1000倍も違っていた。


 そんな時期の僕に、
 話し相手などいるはずもなく、
 話すと、皆、「真面目に働けよ。」それしか言わなかったから、
 僕の友だちは、
 歌謡曲と、昔記憶した詩人や文学者の言葉だけだった。


 北原白秋の作詞した『さすらいの唄』は、好きだった。
 それも、歌い手が田代美代子のものだけが好きだった。
 森繁久彌の歌は、感情移入が大きすぎて、この歌とは全然合わなかった。

 放浪の途中、文字通り、深夜のネットカフェで何千回も聴いた。
 3番の歌詞で、


     燃ゆる思いを荒れ野にさらし
     馬は氷の上を踏む


 という歌詞の、
 「燃ゆる思い」を「さらす」という表現に心奪われた。
 その「燃ゆる思い」の主を乗せた馬が、「氷の上を踏む」という表現に、
 北原白秋の詩人を見た気がした。
 ホント、この歌はよく聴いた。


 それまでの僕は、
 世間なんか、まるで知らない甘ちゃんで、 
 自分の中に、<書くべき切実>がてんでなかった。
 自分を土壇場にまで追い込まないと駄目だ。
 そう思い詰めて、毎日放浪していたのだが、
 あれはいったい、何だったんだろう。


 今になっては、書きたいことは山ほどあるのに、
 今度は能力がついていかない。
 困ったものだ。


 小林旭の『さすらい』という歌に、


     知らぬ他国を流れ流れて
     過ぎてゆくのさ 夜風のように


 という数行があるが、
 あれは、
 流れてみて初めてわかる歌だった。


 この歌を聴きながら、
 まったく空虚な心で、
「そうか。
 そうだな。
 僕は、一生こうして流れて生きていくんだな。」
 と、小さくつぶやく時、
 悲哀でもない、哀愁でもいない、望郷の念でもない。
 たとえて言うなら、
 サボテンの棘が、チクリと小指を刺したような、
 そんな小さな痛みが、
 心の一番奥深いところを刺して、
「……。」
 明日からの旅のはるけさを思わせるのだった。


 本当に、いくつもの土地をさすらったなあ。





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