世川行介放浪日記

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株式市場のこれからに思う。

2017年01月02日 22時30分56秒 | 自選 時々への発言


         株式市場のこれからに思う。





 この数年間の世情を見つめて来て、
 僕は、反自民人間たちの、
「アベノミクス、失敗しろ!」
「株、下がれ!」
 それらの大合唱に、猛然と反駁してきた。 
 おかげで、
 以前から懇意にしていた大勢の反自民人間たちから嫌われ、去っていかれたが、
 しかし、
 僕は、そうした事態を悲しんだり恐れたりすることなく、
 訣別すべき人たちとは毅然と訣別し、
「安倍晋三の手によるものであろうが、誰の手によるものであろうと、
 東京株式市場の株価が上がることは祝福すべきだ。
 株価上昇は、庶民を経済的に豊かにするものであり、
 庶民が経済的に豊かになることに反する政治理念は、
 一見、高尚な意見のように思えても、
 その根底において政治思想として間違いだ。
 もし、反自民がアベノミクスに反対するなら、
 対峙できる経済政策を国民に提示してからやるべきだ。」
 それを言い続けた。


 そう主張する僕を支えていたのは、
 30年前の経済バブル期に、吉本隆明が大阪の講演で語った、


    お金で幸福は買えない。
    しかし、お金は人が幸福になる手助けはする。
    庶民が経済的に豊かになることはいいことだ。
    中野孝次の「清貧の思想」などのように、
    庶民に貧乏を強要するような主張は間違いだ。
    こうした紛い物の思想は粉砕されねばならない。


 そういう趣旨の言葉だった。


 2000年当初の経済バブルの興隆から崩壊、そしてその後の日本社会を、
 ある時は給料取りとして、或る時は放浪者の立場から、またある時は物書きとして、
 凝視し続け、
「庶民が経済的に豊かになることは、とても大切なことである。」
 それは僕の政治や社会を考える時の根底になった。


 一昨年から去年に書いたことのおさらいをもう一度書くと、

 上場企業の株価が上がると、
 自社株を購入している上場企業の社員たちは、
 その株価がピークに来た、と判断したなら、
 自社株を売却して、
 車を買おうとか、家を買おうとか、
 その利益の幾部分かを、必ず、消費に回す。
 株高はいずれ消費を促す。
 そんなことは当り前のことだ。

 だから、
 日本株上昇に反対する政治思想は、 
 どんなにもっともらいしものであろうと、紛い物だ。
 僕たちは、そうした見解を自分の思考の下敷にして政党を選択する段階にさしかかっている。


 反自民人間たちの阿呆なところは、
 そうした株式利益が「不労所得」の汚いものでもあるかのように認識している点だ。 
 汗を出して稼いだお金が価値のあるお金で、
 株式売買や自社株上昇で得た利益は、誇るに値しないお金だ、
 そう思っている馬鹿さ加減だ。
 こういう発想は、亡霊左翼政党の中に今でも充満していて、
 だから、彼らは、庶民意識にいつまで経っても手が届かない。


 通信革命によって、ネットが誕生し、通信レベルがこれだけ上がった現代において、
 個人として<世界>と直結できるようになった庶民が、
 株式市場に経済的豊かさを求めるのは、自然の流れだ。
 それが、いま、数百万のネット証券利用者数で実証されている。

 そうした庶民の存在を自らの政治思想に包括できず、
 故意に無視して通り過ぎようとしている反自民陣営は、
 もはや、「庶民」の代弁者ではない。
 「偏った徒党」の代弁者にすぎない。


 僕たちは、そうした認識に立って、
 政治を見つめる新しい思考角度を獲得しなくてはならない。


 昨年一年間の東京株式市場を凝視し続けた人間として、
 おそらく、
 今年、そうしたことが試されるように、
 僕は認識している。





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