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流れ者のささやかなふれあい。

 

    流れ者のささやかなふれあい。




 昨夜は、
 午後7時から、
 「千成亭」夢京橋店(=キャッスルロード店)の若い従業員三人と、
 飲食店のはしごをした。
 一昨日、パチンコで55000円も勝ったので、
 「幸福のおすそ分け」というやつだ。


 他の店員も行きたそうな顔をしていたが、
 あんまり人数が多いと、僕の財布が耐え切れないので、
 今回は3人で我慢してもらった。


 みんな、若い子ばっかりで、僕の子供か孫みたいな年齢だったが、
 楽しかった。







 僕が一番可愛がっている「名前負けのすみれ」という女の子に年を訊いたら、
 まだ21歳だという。
 僕と40歳以上違う。
「お母さんの歳は。」
「50歳。」
「……、」
 母親が僕より一回り以上若い。
 歳月は矢のように走りすぎ、
 世川行介、もう完璧に、ジジイの仲間入りをしてしまっていたのだ。


 そんなジジイの僕を毛嫌いせずに、この子たちは、大層親切にしてくれる。
 特に、いつもあちこちへの近江牛の発送手続きをやってくれる「名前負けのすみれ」お嬢は、親切で、感謝してきた。

 彼や彼女の親切は、僕に魅力があるからか、と思っていたが、
 彦根市民は敬老精神に篤いからの親切であったようだ。
「世川のおじいちゃん。
 その階段、気をつけて歩かないと転ぶわよ。」
 そんなとこか。


 最初の「伽羅」のしゃぶしゃぶで、パチンコの勝ち金はきれいさっぱりなくなり、
 お金が足りなくなって、コンビニのATMに行ったら、
 郵貯は、日曜日は早くに取引不能になるらしく、
 こいつにはまいったが、
 一軒仲良しの店があったので、
「火曜日に持ってくるから、頼むよ。」
 とお願いして、食べさせてもらった。
 おかげで、若者たちと深夜零時まで呑んでしゃべって、
 楽しかった。


 僕は、20年以上、
 一つの土地に根を持たない流れ者を生きてきて、
 格段それを寂しいとも悲しいとも思ったことはなく、
 小林旭の『さすらい』という歌の歌詞にある、


     知らぬ他国を 流れ流れて
     過ぎていくのさ 夜風のように


 その「夜風」のような生でありたい、
 と思ってきた。


 「書いた文章以外に、
  自分の生きた痕跡をこの世に残さないこと。」
 そう言い聞かせて、
 ついこの間までは、
 一葉の写真も撮られることを拒んできた。


 そうして生きてきた僕だが、
 彦根の街に来てから、
 一人、また一人と、
 親しく口をきく人が増えてきて、
「これは僕らしくないな。」
 苦笑いしている。


 5時間の飲食で、
 ただただ食べて呑んでしゃべるだけの5時間だったが、
 「今どきの青年たち」とあれこれ会話できて、
 僕には、実に、有意義だった。


 若い子たちは、
 見ているだけでも、いいなあ。






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