世川行介放浪日記

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本来の世川行介に戻るぞ。

2017年05月11日 09時54分21秒 | 彦根放浪篇


     本来の世川行介に戻るぞ。




 今朝4時に眠ったのに、
 8時にはピシャッと起き、
 生ゴミを2袋捨てに走った。

 寝起きの歌謡曲を聴きながら、
 朝のコーヒーを飲んだ。
 今朝の一曲は、景気よく、ラッツ&スターの『め組のひと』。
 三日間、彦根市から、望外の支援をもらった。
 嬉しくってたまらないので、
 今日は、朝から、元気よく行こう。


 台東区入谷を出てからのこの1~2年、
 「行儀のいい世川行介」をし過ぎた。
 入谷の時代は、毎日、マージャンも1円パチンコも酒もあったのに、
 そうしたものとすっかり縁遠い世川行介になっていた。


 これは、本来の僕ではない。


 まあ、魅力的な女将やママのまったくいない彦根市なので、
 酒を呑んで歩こうとは更々思わないが、
 10年前の僕を扱った『貧乏歌舞伎町篇』『愛欲上野篇』の編集作業2ヶ月間で、
 しみじみと、
 近年の「身の不徳」を思い知らされた。


 若い世代に、「啓発的な」などと言われていた日には、
 世川行介、堕落の坂を駆け下っている、と言われるのと同じことだ。
 反社会常識。反道徳。反小市民。反権力。反家族主義。
 これこそが、20余年間の僕の旗。
 それを言動で示す生き方に戻ろうではないか。


 高山社長によると、
 『貧乏歌舞伎町篇』は、
 大型書店からのまとまった注文がかなり来ていて、滑り出し好調なのだという。
 初版は印刷を少なめにしてあるので、
 この調子だと、すぐに初版本はなくなることだろう。
 しかし、
 あの本で、僕の放浪と貧乏とマージャンと愛欲を読んで、
 そんな男だと思って、今のこの日記を読み来たら、
 あまりの違いに、
「本代を返せ!」
 と言われてしまう。
 僕がその人たちでも、きっと、そう言うだろう。


 <野垂れ死にをも許される自由>の希求。
 これこそが、世川行介の20余年間だった。
 今から日本を覆いつくすであろう<官僚社会主義>の庶民統制に、
 どこまで、<野垂れ死にをも許される自由>の旗で抗い続けることができるか。
 それが、僕の課題だ。


 社会常識? ごめんだね。
 小市民的家族愛? 勘弁してくれ。
 野放図自堕落? いいじゃないか。
 いい加減?
 もっといいじゃないか。


 無頼こそが、ずっと、僕だった。
 あそこに、駆け足で、戻るぞ。





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