世川行介放浪日記

日々の雑感。
昔話。
時事問題への言及。
歌謡曲篇。文学篇。
漫談。
たまに女篇。
2年に1度は愛欲篇

カタコト日本語の遠い記憶。

2017年03月07日 20時33分53秒 | 自選 文学篇


     カタコト日本語の遠い記憶。




 今日は、朝からパソコン打ちに没頭していたので、 
 さすがに、この時間になると、目が疲れて、眠たくなってきた。

 ここ一か月くらい「~備忘録」に連載してきた、
 僕の処女作である『百人町暮色』、
 その最終推敲が、今日の午前中にやっと終わり、
 まあ、この作品の場合、
 推敲とは言っても、若書きの頃の証拠を残したいので、ほとんど初稿を変えることはしなかったが、
 句読点の整理だけでもかなりの時間を食い、 
 それなりに大変だった。


 その作品は、日本の中年男と韓国から来たオーバーステイ女の物語なのだが、
 その中で、僕はやたらと、
 日本語に慣れない韓国女のカタコト日本語を書いていて、
 今日も、それを読み返しながら、
 20年前の新宿歌舞伎町の光景のあれこれを思い出し、
 懐かしく思った。
            

 このカタコト日本語の文章だけは、僕は、自信があって、  
 当時、つまり、20年近く前は、
「僕よりうまく書ける奴がいたら、書いてみろ。」
 くらいに自惚れていた。
 今日読み返しても、
「このカタコト日本語は、やっぱり僕の独壇場だったな。」
 と思った。 


 それまでの僕は、
 日本語を、ことさらに、美しい言葉だ、などとは思わなかったが、
 歌舞伎町で、渡日して間もない韓国女たちのカタコト日本語を聞き、
「日本語って、こんなに美しい言葉だったのか。」
 そう感心した。
 つまり、僕は、
 日本語の美しさを、オーバーステイの韓国女たちから教えられた。 
  

 自国で日本語学校かなんかで日本語を覚えて渡日してきた人間たちのしゃべる日本語なんか、
 あんなものは、全然美しくない。
 日本に媚びているだけの話だ。

 中学や高校を出たのか出なかったのかもわからないような無学な韓国女たちが、
 やっと覚えた日本語の単語を拾い集め、
 それを必死につなぎ合わせてしゃべる日本語の会話、
 それは、僕には芸術品のように思えたものだ。
 そして、
 人は、自分の思いを相手に伝えるために、こんなにも苦労するものなのだ。
 それを知った。


 当時書いた僕の文章から引用すると、
 以下のようなカタコト日本語を、
 僕は、こよなく愛した。


   日本人オトコ、お金持ちけど、
   みんな、イヤなオトコばかりだった。
   だから、私、仕事だ思て、
   平気で嘘するできたよ。
   お金ため、お客寝るもできたよ。
   日本人オトコ、
   ホテル行きましょう、セックスしましょう、
   そればっかり。
   私、日本、お金働くしに来たから、
   軆どうでもいいだったよ。お金ため思て、
   ベッド中我慢したよ。
   だけど、あなたと暮らすなって、
   私、わかったよ。
   あれ、悪い事だった。
   私、あなたみたいいい人、
   愛するしたことなかった。
   あなたみたいいい人愛する、どうすればいい、
   わからないなった。


 こう書き写しながら、
 新宿歌舞伎町の片隅で、この作品を必死で書いていた頃の自分自身を思い出す。
「この街を、
 この女たちを、
 俺が必ず書き残してみせてやる。」
 そんな真剣な気持ちで、1年間ほど、原稿用紙に書きなぐり続けた日々だった。


 作品の質がたいした水準ではないことくらい、
 書いた自分が一番知っているが、
 もし可能ならば、この作品に書籍という形を与えてやりたいなあ、と、
 そう思いながら、
 一か月、推敲作業をした。





『コラム』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 安値を買ったら、また下げた。 | トップ | いくつかのニュースに  3・8 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

自選 文学篇」カテゴリの最新記事