世川行介放浪日記

日々の雑感。昔話。時事問題への言及。

まもなくここが映像コーナーになります

2018年05月16日 01時31分08秒 | 01 小沢一郎篇

予告

まもなくここが映像コーナーになります。
本当は7月1日開始を予定していましたが、
少し早くなりそうです。

録画テスト

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「最悪のシナリオ」を許してはならない

2012年05月31日 02時30分09秒 | 11 時事問題篇


           「最悪のシナリオ」を許してはならない

 30日、消費増税関連法案に関して、小沢一郎と野田首相の会談が行われ、
 その会談は、小沢一郎の消費増税反対表明によって物別れに終わり、
 同夕、野田首相は、今会期末までの消費増税関連法案の可決をはかる意向を語り、
 同夜、自民党の石原幹事長が、問責議員2名を野田首相が更迭するであろうと述べた。
 それについて、ある政治関係者が、こんな話をしてくれた。
「野田首相が、6月21日という特定の日を言うまでは、自分も考えなかったが、
 ひょっとして、「最悪のシナリオ」が実行されるのではないだろうか?」

 以下は、その人の話を、僕なりにまとめてみたものだ。
 関心のある方は、どうか、読んでやって欲しい。


 まず初めに言っておくと、
 松下政経塾は、元々、無税国家が理想だったが、
 松下幸之助の愛弟子のような野田首相が、増税に転じた。
 これは、不思議でも何でもない。
 毎日、財務省の役人たちから、増税の必要性を3ヶ月も説かれ続けたら、
 誰でも、そうか、と思ってしまう。
 役人のマインドコントロールは、宗教なんかの比じゃない。
 そんな路線転換をした野田首相だから、消費増税は絶対に引っ込めない。

 
 小沢・野田会談が1時間半にも及んだことは問題だ。
 おそらく、あれだけ長い時間をかけての小沢説得で、
 野田首相は、小沢説得はもはや無理である、と覚悟したのではないのか。

 そして、このままで行ったなら、9月の代表選で自分の再選はない、と読んだ。
 そこに(か、それ以前からかわからないが)、財務省を中心とする役人たちから、
 6月21日までに、自民党と協力して法案を通して、解散総選挙に打って出るべきだ。
 それなら、権力を手放さないですむ、
 と知恵が入った。


 誰も、今年6月の総選挙なんか頭の隅っこにも入れて来なかった。
 みな、来年を睨んできた。
 もし、この6月に解散総選挙をやったなら、
 たった3週間しか時間がない。
 小沢グループだけでなく、橋下の「維新の会」も、渡辺の「みんなの党」も、
 どこも全部、準備不足で選挙に大勝できない。
 民主党と自民党で過半数がとれる。

 この構図は、財務官僚たちの一番望む構図だ。
 官僚たちは、小沢、橋下、渡辺にだけは政権を渡したくない。
 この3人以外なら、自民党であろうと、民主党であろうと構わない。
 自民党の谷垣総裁などは、元財務大臣だ。財務官僚には御しやすい存在だ。


 だけど、そんな解散総選挙が可能なのか? といった問題になる。
 誰も、党の要である輿石幹事長がそんな馬鹿な話には応じない、と思っているが、
 しかし、首相が幹事長の首を切ったなら、それは可能だ。
 そして、今なら、輿石幹事長の首を切れる理由はある。
 昨日の、小沢・野田会談の「不首尾の責任」を取らせる形でなら、輿石幹事長の首が切れる。
 
 輿石幹事長と、問責議員二人の更迭で、解散総選挙に打って出て、
 今の民主党にはお金があるから、
 議員たちにお金(選挙資金)で踏み絵を踏ませたら、
 小沢派議員の何割かは、間違いなく転ぶだろう。

 ひょっとしたら、
 官僚たちは、二ヶ月も三ヶ月も前から、リサーチをやり、
 そうした構想を練って来たのではないのか?
 これをやったら、政権維持が出来ますよ、と野田首相に勧めてきたのではないのか?


 以上のシナリオは、自分が夕方の野田首相の発言を聞いて思った「最悪のシナリオ」だ。
 そんなシナリオが、現実のものにならないことを願っているが、
 しかし、これが、実行されない、とは断言できない。
 何故なら、これを止めることのできる人間が、政界のどこにも存在しないからだ。

 これが実行されたら、
 政権交代の時の夢も、小沢無罪の喜びも、橋下に対する期待も、
 何もかにも、全部、紙くずのように吹っ飛んでしまう。
 最低5年間は政治が停滞を余儀なくされる。
 心配だ。


 というのが、その人の話だった。
 僕は、憂愁をもってその話に耳を傾け続けた。
 読者諸氏におかれては、
 こうした意見を頭の隅に置きながら、今後の政局を見つめて欲しい、と思い、
 自分に課した原則を破り、
 旧の放浪日記にも、急きょ掲載させてもらった。

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リップサービス  <小沢一郎事件>の深層にあったもの

2012年05月27日 07時09分11秒 | 01 小沢一郎篇

 最後のコメントである「珊瑚」さんという人のコメントを読んでいたら、
 フッと、懐かしい気持ちになり、彼女のために、新しい日記の一文を再掲したくなった。
 新日記では5月14日に掲載したものだが、よかったら読んでやってくれ。


       <小沢一郎事件>の深層にあったもの
 

 指定弁護士たちに控訴はされたものの、小沢一郎に無罪判決が下りた。

 控訴について、マスコミ世界では、いろんな人があれこれ語っているが、
 僕は、あんな控訴なんぞ、ちっとも気にしていない。
 あの控訴は、
 小沢一郎の総理就任をどうしても止めたい人間たちの最後のあがきだ、と受け止めていて、
「裁判所はあの控訴を受理したら、阿呆だな。
 マジに受理するのかい?」
 という思いが強いし、
 仮に受理されても、
 官民一体のあれだけの激しいバッシングをくぐり抜けた小沢一郎は、
 バッシングエネルギーをも吸収して、倍以上の強さを得たから、
 政治舞台で控訴が彼の政治活動のハンディとなることはあまりない、
 と思っている。
 谷深ければ山高し。だ。


 <小沢裁判>事件は、本質的には、終わった。
 ただ、それを酒の肴にしてきた連中が、
 (これは反小沢陣営も親小沢陣営もだが、)
 みな、小沢一郎が無罪になってしまって、他にしゃべることがなくなったから、
 暇を持て余して、ああだこうだとしゃべっているだけで、
 たいした意味を感じてやっているわけではないだろう。

 そんなことよりも、
 何故、「戦後最大の政治家だ」と評価された田中角栄は有罪判決で政治生命を失い、
 「師匠の角栄に比べたら小者だ」と揶揄され続けた小沢一郎は、
 司法官僚による撲殺死寸前のところで無罪判決を得て、復活できたのだろう。
 僕は、それを考えた。


 田中角栄と小沢一郎の置かれた状況を検証してみると、

 田中角栄の時代は、自民党の一党独裁時代で、
 いくら宗主国米国の意向を受けてのこととはいえ、
 元総理を陥れるのには、攻める側にも相当なエネルギーが必要とされた。
 実際、田中角栄が逮捕されてから病いに倒れるまでには、10年近い歳月が流れ、
 三角大福間で熾烈なつば競り合いが行われた上に、
 自民党内には、修復しがたい深い怨念が残った。

 一方の小沢一郎は、
 東西冷戦構造崩壊を受けて、
 自らの手で自民党一党独裁時代の幕を閉じ、日本政界を混沌の海に投げ込み、
 その後は、ほとんどを、野党の立場に身を置いた。

 東西冷戦構造崩壊で、この国で一番利を得たのは、高級官僚たちだった。
 政権慾だけに絡めとられていた自民党や社会党や公明党の無見識な議員を手なずけ、
 自分たちの思うとおりの国家運営に向い、
 この国は、旧社会主義国家群よりもひどいくらいの官僚社会主義国家となった。

 小沢一郎は、ずっと野党に身を置いていた政治家であったし、
 政権交代選挙で勝利したとはいえ、
 民主党内の権力争いで、その基盤は安定していなかったから、
 官僚たちが、彼を殺そう、と思うなら、
 田中角栄の時よりも、もっと簡単に殺せたはずだった。

 にもかかわらず、
 田中角栄は政治生命を失い、小沢一郎はすんでのところで生き残った。
 つまり、
 司法官僚たちが、どうしても、小沢一郎に「止めの一刺し」を刺すことができなかった。
 これだけが事実だ。
 だから、
 何故、司法官僚たちは、なり振りかまわずやれば出来たにもかかわらず、
 最後の最後、小沢一郎を殺す一刺しが出来なかったのだろうか?
 それだけが、最後の疑問として残る。


 僕の信頼する人に、Tさんという新聞記者氏がいて、
 『郵政』や『地デジ利権』を書いた頃は、頻繁に会って語らい、
 <政治>や<時代>について教えを請うてきたが、
 僕が小沢一郎支援運動をやるようになってからは、
「なんで、小沢なの?」
 と首をかしげられるものだから、
 いつしか疎遠になっていて、
 先日、無罪判決を機に、2年ぶりに彼に電話して、30分ほど講話を聴いた。

 その中で、彼が、
 国境の溶解。
 国家の溶解。
 人の溶解。
 ということを言っていて、
 興味深く聞いた。

 これについては、いつか丁寧に書かねばならないのだが、
 彼の言うところの<溶解現象>を前にして考えると、
 小沢一郎の存在の意味が見えてくるな、
 と思った。


 おそらく、
 東西冷戦構造が崩壊してからの20年間、
 官僚たちや経済人は、
 <溶解現象>の容認を前提として国家プログラムを組んできたのだ。
 例えば、
 政治理念のまったく異なる社会主義国であっても、
 もはや、中国無しの日本経済は成り立たないのであるから、
 社会主義にもすり寄らねばならない、
 といった風に、
 政治思想が溶解し、国境が溶解し、国家が溶解し始め、
 それを「善し」とする風潮が蔓延し始めたのだ。


「そうか。
 結局は、『日本改造計画』なのだな」
 と僕は思った。
 
 『日本列島改造論』と『日本改造計画』との違い。
 それが田中角栄が抹殺され、小沢一郎が生き残った一番の理由にちがいない。
 田中角栄の『日本列島改造論』は、右肩上がりの高度成長期に書かれた。
 そこに書かれたのは、
 安定した国家基盤の中での、「さらなる繁栄への夢と戦略」に過ぎなかった。
 それは角栄がいなくても進める道だったから、
 角栄びいきの大衆は数いても、
 角栄のために支援運動をおこそうという気持ちにまではならなかった。

 しかし、
 『日本改造計画』は、
 東西冷戦構造崩壊による<国家の溶解>を予感し、 
 それに歯止めをかけるべくして書かれた書であった。
 いま、もう一度、それを読み解くと、
 <溶解>への道を進もうとする日本国家に対して、
「それでも輪郭のはっきりとした国家が存在すべきだ」
 との主張こそが、小沢一郎の『日本改造計画』であった。

 おそらく、時代の深層を見つめたなら、
 自民党単独政権が終わってからの20年間、
 政治指針を失った自民党の連立政権体制は、<溶解>を推し進めるだけの存在となり、
 <溶解>を拒絶する小沢一郎に象徴される陣営との間に、
 熾烈な戦いが演じられてきたのだ。

 と書くと、政治家同士の戦いのように思えるかもしれないが、
 そうではない。
 小沢一郎の、あらゆる<溶解>を拒絶する立場、に賛同して、一緒に戦ったのは、
 政治家ではない。
 平成の政治家たちは、そんなことには気づきもしなかった。
 国境の溶解。
 国家の溶解。
 人の溶解。
 それらに拒絶反応を見せたのは、
 おそらく、現在50代後半からの「もう若くない平成大衆」であった。
 戦後という理念の輪郭が明確な時代を生きてきた彼や彼女にとって、
 国家が理念の境界を失い、溶けていく事態は、耐え難いものであったから、
 彼や彼女たちは、『日本改造計画』の著者である小沢一郎に期待をつないだのだ、と思う。
 だから、彼らは、
 苦境の自由党党首小沢一郎に一票を投じたし、
 民主党に移った小沢一郎への抹殺劇に激しい抵抗を見せることが出来た。

 この4月、
 <小沢一郎事件>で、民意を測定していた司法官僚たちは、
 まだ<溶解>の受け入れを拒絶する固い層が存在することを知って、
 この現状で小沢一郎を抹殺することに無理を感じた。
 だから、無罪判決で痛み分けにした。
 と見るべきなのではないか、という気がする。

 それはどういう意味を持つかと言うと、
 この国のロートルたちは、この度、
 法権力との戦いに、
 勝てなくとも、五分五分の戦いをした、ということだと思う。

 これは誇っていいのではないのか。


 ただ、
 <溶解>は今も続いているし、
 高級官僚は気が長い。
 何十年でも「申し送り事項」で懸案を引き継いでいく。
 59歳の僕が死ぬまでには、あと20年もあればいいから、
 30年後くらいには、
 この国は、理念国家としては、溶けてなくなっているかもしれないが、
 それはもはや、次の世代の選択の問題である。
 
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亜空間から (3)

2012年05月27日 06時11分30秒 | 近況報告篇

          亜空間から (3)


 「新放浪日記」に引っ越してきてから、3週間が経つ。

 嫌われ者の僕だから、会員は全然増えない。
 70人ほどの会員読者に向かって、毎日二つずつ文章を書いている。
 文学論や映画論を書くようにつとめてはいるのだが、
 やっぱり、4回に1回は、小沢一郎がらみの文章になってしまう。
 
 阿呆たちの視線を気にせずに書けるので、
 結構充実した内容の文章を書いてはいるのだが、
 「拍手」(今回から、これを採用したのだよ)はほとんどない。
 「コメント」も来ない。
 「私的メール」は皆無に等しい。
 購読料送金なんてのは、もう、ただの1円も来なくなった。
 貧乏孤独地獄に蹴落とされて、
 トホホ、トホホ、の世川行介君である。


 近所では、東京スカイツリーがオープンした。
 それはめでたいことなのだが、
 吾妻橋界隈は、田舎者たちが、
 「三人横並び」という僕の大嫌いな歩き方をして、人様の進行を妨げている。
 困ったものだ。
 ただ、
 僕もやっぱり人の子で、
 皆がスカイツリーの写真を撮るものだから、思わず一緒に撮ってしまった。
 見せる相手もいないのにね。


 この旧放浪日記に、「映像コーナー」なんてものを作った。
 もちろん僕には、そんな技術力はなく、
 作業をしたのは、藤島さんの指導を受けた研一郎ちゃんで、
 彼はいま、疲れ果てて、僕の部屋の通路で眠っている。
 藤島さんが、
「映像は私に任せて、世川さんは文章で勝負すべきです」
 と忠告してくれたが、あえて、作ってみた。
 何のための「映像コーナー」かは、再来週くらいには発表しようと思っている。
 見たい人は覗いてやってくださいな。


 で、
 僕は、収入のなくなった僕は、いま、何で食べているのか。
 もちろん、愛を食べ、勝負で糊口をしのいでいる。
 マージャンとラブラブは、順調だ。
 書くと、あちこちから嫉妬の鉄砲が飛んでくるので書かないが、
 とにかく、順調だ。


「あの世川がネット世界から消えてくれて本当に嬉しい。」
 と、あちこちの人が言っているらしい。
 この間は、僕の隣の席の人の電話に
「心の曲がりきった世川」
 と言っている女の声を聞いて、苦笑した。
 品のいい人たちだこと。

 あのな。
 そっちも嬉しいかもしれないが、
 こっちもとっても嬉しいんだぞ。


 もう、ネット世界に視線をやることがなくなった。
 自分の日記を書く以外にパソコンには用がなくなった。

 それと、
 「お散歩」が終わってからは、人様に会うことがなくなった。 
 みんなどうしているのだろう。
 市井に戻って、自分たちのささやかな生活をはぐくんでいるのだろうか。
 たまに、平松さんの駄洒落が恋しくなるときがある。
 振り返って、しみじみ懐かしい「激励お散歩」の半年間であった。

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亜空間から (2)

2012年05月19日 15時05分39秒 | 01 小沢一郎篇

         亜空間から (2) 


 僕は元気でやっている。

 自分に課した「小沢一郎支援運動」が終わったので、
 マージャン三昧の日々だ。
 これが、また、毎日みたいに勝つので、やめられない。
 連日、深夜3時ごろまでマージャンに興じている。

 ある人から、
「世川さんの文章は、お金の取れるような文章ではない。
 会員制は失敗するだろう」
 と言われたが、
 どうも、その言葉通りの結果になっていて、
 以前は、読者が数千人いたみたいだが、
 結局、この読者の大半は、「けなしたいための読者」だったらしく、
 今は、
 わずか70人の会員相手の亜空間で細々と文章を書く毎日だ。

 生活不安解消のためのマージャン生活、ってとこかなあ。


 外界と接触をはかることがほとんどなくなった。
 支援運動の仲間だった人たちとも、
 会員でない人とは、連絡を取らないようになったし、
 特に、ネットは、ニュース以外を見ることがない。
 あのネットの勇者・藤島利久さんはどうしているのだろう?と思ったりするが、
 「阿修羅」を検索するのが面倒なので、見ていない。
 彼のことだから、相変わらず勇ましく暮らしていることだろう。
 僕は僕らしく、彼は彼らしく。
 それでいいのだ。


 二日に一回は気合いの入った文章を書くことを、自分に義務付けているが、
 これはなかなかの苦行であることを知った。
 勉強しなくちゃいけないし、
 頭をいったんは透明にしなくてはいけないし、
 文章も何度も練り直さなくてはならない。
 マージャン以外の時間は、作文に費やす日々だ。

 だけど、
 信用できて読解力のある相手に向かって全力投球できるというのは、
 これは物書きにとっては最高の幸せなので、 
 結構張り切って書きまくっている。


 毎日、
 一人くらい、
 会員申し込みが来ていて、
 わずかずつ会員ファイルが増えていくのを幸福感で眺めている。
 この調子で推移したら、
 1年くらい後には、<知の砦>らしくなるのだろうか?

 案外、
 数ヶ月後に、
「60歳の売れない物書き男。
 日記を閉じたら、収入源も閉ざされ、
 マンスリーマンションの小部屋で孤独死」
 なんて新聞記事が掲載されたりして、ネ。


 では、また来週。
 
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亜空間から (1)

2012年05月13日 02時08分05秒 | 近況報告篇


           亜空間から (1)


 ネット荒野を離れて、「亜空間」に引っ越してから、一週間が経つ。

 この一週間、旧日記の「アクセス解析」を見ていて、
「これは僕の認識違いだったな」
 と思ったのは、
 <未知の読者>の数だった。
 どうも、僕が思っていた数をはるかに上回る読者数だったみたいだ。
 それだけの人たちをあっさり捨てて亜空間に引越しして、
 少し、悪かったな、という気持ちの中にいる。
 が、
 まあ、あれこれ思うことがあってのことなので、許してくださいな。


 今の僕は、
 とっても幸福だ。
 「カテゴリー」に「悪態退治篇」がなくなったということが、何よりの幸福だ。

 現在は60人ほどの会員で、
 一年会員もいれば、半年会員、四半期会員、もいて、
 その大半は、何年来の、人として信頼できる読者氏だが、
 最近の読者も、自らの姓名住所電話番号まで書いて会員申込をくれ、
 信用のできる人間であるので、会員になってもらっている。
 お蔭で僕は、「秘密の漏洩」を恐れることなく、
 毎日、60人に向かって、
 これまでよりも数段質の高い日記を書いて暮らしている。
 ありがたいことである。


 たまには、矢野健一郎や秋本SOBAジジイの陰湿悪態が恋しくなることもあるが、
 抱きしめて頬ずりしたいほどの恋しさではないので、
 まあ、日が経てば忘れていくことだろう。
 頑張れよ。SOBAじいちゃん。
 お前のあの程度の落書きを読んでくれるのは、「阿修羅」の読者だけだから、
 陰湿文章に磨きをかけて、一定読者の確保につとめるのだぞ。

 こう書き始めると、
 なんか、悪態退治の頃の記憶がよみがえり、
 腕が、ブルーン、ブルーン、と鳴るのだが、
 いやいや、世川君。
 君にはもっと大事な仕事があるでしょう、と、
 軽率な自分を叱っている今夜である。

 こら。
 そこでホッとした顔をするな。家久来澄夫。

 なんてね。


 最後の日記を読んで、
 もう、僕が<小悪魔>とラブラブ状態に戻った、
 と思っている人もいるかもしれないが、
 残念ながら、まだ会っていない。
 もう、会わなくなって3ヶ月が過ぎる。
 いつ会う日が来るのか、それも定かではない。
 ただ、電話の声は、とっても優しくなっている。


 といった感じで、
 一週間に一度くらいは、亜空間からの便りを送ろうか、と考えているが、
 飽きっぽい僕のことだから、どうなるのかよくわからない。
 まあ、たまにここを覗いてみてやってくださいな。
 
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最後の日記    明色の明日

2012年05月06日 19時34分15秒 | 03 愛欲篇


 このgooに「放浪日記」を移動してから、1322日が経っているらしい。
 最初は『恋するアジア』のホームページの一角を借りて初めたが、
 ここだけでも、3年半が過ぎたのだ。
 千葉県でマージャン屋のメンバーをしながら、
 合い間を縫って日記を始めた日、
 ネットカフェやサウナのネット室で、パソコンとにらみ合った日、
 真夏の東新宿の安アパートで、汗を垂らしながら「小沢私論」を書いていた日、
 <小悪魔>の寝息を聞きながら、暗闇の中でパソコンを叩いた日、
 今となっては、どのひとコマも、懐かしさでいっぱいだ。

 
 さて、
 『世川行介放浪日記』最後の文章を書かせてもらう。

 この数ヶ月間の<小悪魔>の不満は、
 日記に、他の女のことは、どの女も、「いい女」として書かれているのに、
 何故、世川は自分だけは悪い女みたいに書くのか。
 世川は私に愛情を持っていないのではないか。
 ということだった。

 僕は、僕に対してだけ厳格過ぎるくらいに厳格な父親に躾(しつ)けられたせいか、
 男はファーザーシップ(父性)だ、
 と思って生きてきた。
 愛情などというものは、ささやかにそっと差し出すものであって、
 「これを見てくれ」みたいに掲げるものではない、と信じてきた。
 僕は、腐っても物書きだから、
「僕の文章を、「読める読者」が読めば、
 「愛欲篇」の底流に、女に対する愛情が目いっぱい流れていることくらいわかるのに、
 言葉尻ばかりにこだわって読み違える。どうしようもないな」
 という思いがあって、
 女の不満には、何一つ満足に答えなかった。

 会わないままに3ヶ月近くが過ぎ、
 女の苛立ちは拡大し、その苛立ちから、あちこち遊び歩くようになり、
 僕は僕で、そんな女の姿に失望し始め、
 このまま行ったら一生会わないことになりそうな、
 そんな関係に、僕たちはなっていた。
 
 この数日、さまざまなことがあって、
 それは、僕の不快感と失望を増幅させ、
 今日を機に<小悪魔>と名実共に別れよう、と決心して、
 女にもその旨を電話で伝え、
 お互い、言い足りないことがたくさんあったから、
 昨日の午後1時半から深夜零時まで罵り合い、
 疲れて、近くの店で安酒をあおり、
 部屋に帰って来た午前2時から6時まで、また電話で言い争いを続け、
 結果、
 今朝7時前、生涯会わないことで一致し、
 別離をテーマにして最後の日記を書いて、掲載した。


 日記を掲載して十数分後、
 女から、電話があった。

「何だ」
 僕は、不機嫌を持続させていたから、ぶっきら棒に訊いた。
「ごめんなさい…、」
 負けん気が強く、挑戦的な言辞ばかり投げつけていた女とはうって変わった、
 しおらしい声だったが、
「また、ごめんなさいの一言だけか。
 お前は、いつも、ごめんなさいの言葉だけだ。毎度毎度同じ馬鹿をやるな。
 電話をかけ直せ」
 僕は怒鳴って電話を叩ききった。
 すると、
 すぐに電話が鳴った。
「……、」
 僕は無言で女の言葉を待った。
「世川に不愉快な思いをさせて、
 本当にごめんなさい」
「本気で謝っているのか」
「はい」
「そうか、」
「世川。
 愛している」
 女が、か細い声でそう言った。
「……、」
「大嫌いだけど、大好きなの。
 別れようと思うけど、いつも頭の中に世川がいて、消えないの」
「……、」
「もう、世川が嫌がる男の電話番号は、電話から全部消すから。
 一人は着信拒否にしてあるし、
 家電も、今朝からコードを抜いたままにしてある。
 六本木や麻布にも、もう、絶対に遊びに行かないから」
「本当かよ。
 お前、ずっと僕に嘘ばっかりついてきたじゃないか」
「約束する。
 絶対に守るから」
 それは、出逢って1年半近い間に、女が初めて見せた素直さだった。

「そうか。
 わかった」
 僕は、パソコンに向かうと、
 十数分前に掲載したばかりの文章を、削除した。

「じゃあ、僕も、お前に約束をしてやる。
 小沢支援運動も終わったから、僕には、もうごまかしの嘘をつく必要がなくなった。
 これからは、どんな小さなことでも、お前に嘘をつかない。
 それから、
 もう、お前の過去を絶対になじらない。
 僕は、1年をかけてお前の過去を乗り越えた。
 もう、一切、お前の過去を責めない」
「ホント?」
「ああ。約束する」
「よかった…、」
 小さな安堵の吐息が、電話の向こうから洩れた。


 僕の「小沢一郎支援運動」は上首尾で終了したものの、
 「愛欲篇」の方は、何の成果もなく不首尾に終わりそうで、
 今まで、そんなことを経験したことのない僕は、
 この日記の最後の最後に、
 「愛欲篇」の世川行介として、
 残念無念の無力表明を一旦は掲載したのだが、
 土壇場の土壇場になって、
 女の言葉で、それをこの文章に差し替えることになった。

 人というものは、満更捨てたものじゃない。
 愛情というものも、満更捨てたものじゃない。
 誠実を生きるということは、もっと捨てたもんじゃない。
 そうした明色の思いを抱きかかえて『新世川行介放浪日記』に移行できることを、
 いま、何よりの幸福、と思っている。


 <未知の読者>諸氏。

 4年の間、だらしない放浪者の日記を読んでくださって、
 本当にありがとう。
 僕は、明日から、新しい試みに挑戦する。

 さようなら。
 そして、お元気で。
 
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とりあえあずの日記

2012年05月05日 21時06分41秒 | 近況報告篇


 閉鎖まであと二日なので、まともな日記を書くつもりだったが、
 どこかの女が、午後1時半に僕をたたき起こして、
 それから延々夜の9時まで、
 くだらない電話の相手をさせられた。


 女の話を聞いて、
 あまりの情けなさに、
「僕の1年を返せ!」
 と、何度も怒鳴った。、


 今日、といっても夜半になるだろうが、
 会員にパスワードを送る。
 僕には新しい世界の始まりだ。
 楽しみにしていてくださいな。


 明らかに<悪態幽霊>と思われる人間が、
 入会申し込みをしてきて、思わず笑った。
 僕は、そんな馬鹿じゃないよ。
 ちゃんと読者を選ぶ。

 もっと書くつもりだったが、
 阿呆電話のせいで、怒りが収まらない。
 今はこれだけにして、
 とりあえずの日記とする。

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最後の「悪態退治編」で〜す

2012年05月05日 08時29分47秒 | 近況報告篇


 思えば、
 よく4年間、飽きもせずに、<小沢一郎>に関する文章ばっかり書いてきたものだ。

 4年間というのは、結構長い歳月だから、
 千葉から阿呆臭を放ち続けた「私狂ってます・家旧来澄夫」から始まって、
 遠藤勝人・李ひとみ・矢野健一郎の「馬鹿デモ卑怯デモいいじゃない三羽烏」、
 いつも喧嘩に乗り遅れ専門で、「背中に罵声」の秋本SOBAじいさんまで、
 読解力のない<悪態幽霊>たちの愚にもつかない罵詈雑言も、
 今となっては、懐かしく思う。
 人というものは、実に面白いものだ。

 まあ、僕の人生で、あれほどの低級人間たちとつき合ったのは初めてのことだから、
 あれこれ、結構、勉強になった。
 たまには異次元に降りてみるも悪くない。

 人には、知性も躾(しつけ)も必要である、と痛感した。

 どうか、僕の別れた娘たちよ。
 子供はきちんと育てるのだぞ。
 子供は母親で決まる。
 頼むから、あんな人間をこれ以上この世に送り出すなよ。


 もう、読者諸氏が、この日記で僕の<小沢一郎>を読むことはないだろうから、
 <小沢一郎>に関して、最後に高級な世川節を書いてみようか、
 と思って、パソコンに向かったのであるが、
 もう、無罪判決も下り、
 僕が自分自身に課した役目は終わったから、
 休憩時間にまだネットで意気(粋じゃないぞ)がっている理解力のない阿呆たちに、
 僕の名文(!)を読ませるのは、いかにも勿体ないので、
「大切にしましょう。有料会員。
 これからの本拠地は、「おねだりブログ」で〜す」
 ということで、
 それも、「新放浪日記」に持っていくことにした。


 なにせ、今度の『新放浪日記』には、「悪態退治篇」がない。
 昨夜、名無しの阿呆が落書きを寄越していたので、今日が最後の「悪態退治篇」だ。
 半村良が『妖星伝』で言っていた。
 「不要なものは消滅する。
 消滅したものを人は恋しがり崇拝し、
 それが、いつか、宗教とまでなる。
 つまり、
 無いものねだり」

 ひょっとしたら、
 僕の『新放浪日記』では、
 <悪態幽霊>は、
 読者諸氏の「無いもねだり」によって、<神>にまで昇格するかもしれないな。
 おいらが大将矢野権現。
 目立ちたいのよSOBA稲荷。
 勃起不能は李明神。
 「勃たないお前が疎ましい」が念仏だったりして。

 遠藤…、
 え〜と、遠藤…、
 ……、
 駄目だ。
 こいつはどうしても神にはなれないわ。


 『世川行介放浪日記』最後の「悪態退治篇」でした〜。

 

 

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これも一つの「ご愛嬌」

2012年05月04日 17時16分19秒 | 近況報告篇

 

 新しい日記では少し正統派の作家論を連載したい、と考えて、

 その第一弾として、「山本周五郎私論」を執筆にかかり始めた。

 かれの文庫本は、吾妻橋に住むようになってから少し買ったので、
 引用に困らない。
 ただ、
 もう一度読み直さねばならない作品がいくつかあるので、
 今日はもう少ししたら、松屋の中の本屋に行ってこようかと思っている。

 この日記が、そうした営みと重なり合う日が来るとは、
 これまで想像していなかったので、
 今度の会員制移行は、僕にとって、理想的なものとなった。
 僕は、小沢一郎の正当な理解者を数多く欲しい、と思ったことはあったが、
 自分のための数を欲しがったことは、ただの一度もないので、
 この30人からの再スタートには、少し意気込んでいる。

 もう日記を閉鎖してネット世界から姿を消させてもらうので、
 正直な気持ちを言わせてもらうと、
 いつも最後に出てくる「秋本SOBAじじい」がその典型的存在だが。
 「ネット壮士」という種族は、本当に、無知丸出しの馬鹿ばかりだった。
 おそらく、子供の時分に勉強なんぞしたことのない人間ばかりではないだろうか。
 学校の勉強だけでなく、
 青年期の思索、
 大人になって、実生活上での人との誠実な対応、
 自己研鑽、
 そんなこととは無縁で過ぎてきた人間たちばっかりだったろう、と思う。


 名を隠して他を謗(そし)って恥じない卑怯――。

 この病毒に侵された輩(やから)が我がもの顔に闊歩している間は、
 無料公開ネット世界に正常な言論エリアは定着しないだろう。 

 僕は、小沢一郎に関しては、そんな場所ででも論陣を張らねばならなかったので、
 <悪態幽霊>や「〜国民会議」崩れの悪態合戦もやって見せたが、
 判決直前の小沢支援運動体の「動員力の無さ」を確認して、
 ネット世界に何の幻想も抱かないことに決めたから、
 もう、悪態合戦の必要すらなくなったので、
 あっさり、本格的な自己研鑽の場所に帰ることにした。


 これからは、
 僕の文章を読み解ける読者相手に書くだけの、わがままなもの書きに戻る。

 そうした僕にとって、
 昨夜、坪川昭治さんからメールがとどいたのが、
 何よりも嬉しい。
 読者も物書きを選ぶ。
 83歳のこの大先輩の心に届く文章を書き続けるんだぞ、と、 
 開設を前に、自分を激励しているところだ。


 会員制に移行したことで、
 おそらく僕は、食うに事欠く生活に陥ることだろう。
 何人かの人が、「どうして生きていくつもりだ?」、と、
 懸念と叱責の言葉をくれたが、
 僕は元来、<野垂れ死にをも許される自由>を希求して生きて来た男だ。
 その<自由>を得るためなら、金も名誉もいりゃしない、
 と、本気で思ってきた男だ。
 そんな自分を捨てたら、今までこの背中に背負ってきた女たちの思い出が、泣く。

 僕は僕らしく。

 7日からは、
 自分の生活思想を裏切らない物書きの一貫性を生き抜こう、
 と決意している。
 だらしない風化を重ねる平成の世に、
 そんな偏屈な貧乏物書きが一人くらいいたって、
 ご愛嬌、というものだ。

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連休初日は睡眠不足の僕である。

2012年05月03日 21時46分59秒 | 近況報告篇


 結局、2時間の睡眠で起き、
 また『新放浪日記』の設定に没頭した。

 ここの『放浪日記』はしばらくの間残しておいて、
 新たに会員制の『新放浪日記』を開設したわけだが、
 文字サイズや背景色などの設定に結構気をつかい、
 時間を食う。
 4連休でよかったのかもしれない。

 結局、今日なんぞは、二つの放浪日記の文章を書いているわけで、
 それで思ったのは、
 人は、一番心を注いでいることにしか夢中になれない、
 という事実だった。
 早く『新放浪日記』を完成させ、
 明日明後日くらいまでには、何とか、30余人にパスワードを送って、
 移行しなくては。


 坪川昭治さん。
 
 僕のメールアドレスにメールを下さい。
 僕は、あなたにだけは、無料ででも読み続けていただきたい。
 メールをくだされば、すぐにパスワードを送ります。
 必ずメールくださいね。 


 ただ読み、転載、朱書きの非難、
 と、
 貧乏くさい真似やり放題の秋本SOBAじじいが、
 これから覗き魔をやれなくなるかと思うと、
 ちょっと同情する。
 「主権者の会」騒動から4年間、僕につきまとって、
 一回も僕に相手にされず、
 それでもご執心。

 あの爺さん。僕にかまってもらいたかったのかな?
 でも、僕は、男でも女でも、下品な人間は大嫌いだからなあ。
 あの知性も品位もない文章は、読む気にもなれなかったから、
 ものの見事に無視し続けた4年間であった。

 でも、僕って、ネット世界では、案外に人気者なのだな。
 ジジイの世川攻撃落書きに1000を超えるアクセスがあるのを見た。
 なかなか注目されていて、いいじゃないか。

 毀誉褒貶は男子の誉れ。


 『新放浪日記』の「カテゴリー」欄から、
 「悪態退治篇」というのが消えた。
 これこそが会員制移行の目的ではあったのだが、
 いざなくなると、いささか淋しい気持ちになるものだ。
 最後に、あの秋本SOBAジジイの悪態に思い切って反撃して、
 「悪態退治篇」を締めくくろうかなあ、と思ったが、
 あんな小者のヨイヨイじいさん相手じゃ、僕の名折れであるから、
 や〜めた。


 朝から、一歩も出ず、
 何も食べずに過ごしたので、
 腹ペコだ。
 今から、また、「大東縁」でホルモンとミノでも食べてくるか。

 吾妻橋を離れるのはいいが、
 あそこの店と疎遠になるだけが淋しい気がする。

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『新世川行介放浪日記』です。

2012年05月03日 16時11分21秒 | 近況報告篇

 
 会員制導入の準備が完了した。
 今度のブログは、

           『新世川行介放浪日記』

 という。

 さっき、開設の挨拶文を書いて、新しい日記に掲載した。
 今日から開設日までに、格調高い(?)文章を少し掲載して、
 連休中にはパスワードを送りますので、
 会員の皆さん。どうか、読んでやってくださいな。

 いま現在、30人強の人が会員申し込みをしてくれて、
 その数は、僕が最初に想定した人数とほぼ一致しているので、
 とっても嬉しい。

 会員の個別ファイルを作り、
 会員からのメールをプリントアウトして、ファイルに入れ始めた。
 会ったこともない人もいるが、
 どのファイルにも親近感を覚え、思わずファイルを撫でてしまった。
 少しイソイソした気分は、まるで、結婚直前の荷造り女の心境だ。


 会員制移行後は、粗末な文章は掲載できないし、
 しかし、連日密度の高い文章ばっかりは書ききれないので、
 貯金箱よろしく、文章をあれこれ下書きしている。
 文学篇、歌謡曲篇、小沢一郎篇と、あれこれを書くのだが、
 文章の読めない<悪態幽霊>たちの眼を考えなくてもいいから、
 ペンの走りが早い。
 これがまた楽しい。
 初めて家を持つ人間って、こんな気持ちなのかもしれない。


 しばらくの間は、
 一日の大半を日記書きに費やし、
 小さな土台からコツコツと築いてみたい。
 30人の読者が納得賛同してくれる文章を書き続け、
 気がついたらネットでは稀な<知の砦>になっていた…、
 そんな大それた夢を見ているが、果たしてどうなるものやら。


 4連休最初の日、
 昨夜は徹夜で、朝10時から1時間しか眠れなかった。
 しかも、さっきまでパソコンをいじって起きていたので、
 『相棒』の再放送を観ながら、ウトウトが始まった。

 少し眠ろう。
 
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愛があるなら歳の差なんて

2012年05月02日 15時19分04秒 | 12 漫談篇


 昨夜は、
 別れた長女や次女よりもまだ若い女と飲みに出かけ、
 朝の4時まで、飲んで語らった。

 30歳も歳の下の女とのデートというのは、
 これは、もう、犯罪に近いのだが、
 昨日から、僕は「自由の身」になり、
 誰と会おうと、誰にも責められることはなくなったので、
 それもよろしかろう、ではないか。

「世川さんって、本当に優しいから」
 何度もそう言うので、
「じゃあ、どうだ。
 優しい世川と、愛の成就に向けて進むという方向では」
 訊いた。
「でも、
 世川さん。別れた娘さんから、自分より年下の女とはつき合うな、って言われて、
 指切りゲンマイしたんでしょう」
 <町屋の娘>は、難色たっぷりに質問をしてきた。
 ふ〜む。ここの回答が勝負目だな。

 僕は、慎重に言葉を選んで答えた。
「長女の顔を見なくなってから、もう、15年が過ぎ、
 面影も記憶の中で風化してきている。
 同じように、あの子との約束も、きっと風化し始めているだろう。
 それに、
 何よりも、これまで、お前のように魅力的な若い日本人娘と会う機会がなかった。
 だから、長女との約束は、全部捨てていい。
 お前のためなら、子供たちにどんなに軽蔑されてもいい。
 どうだ。僕とのラブラブ突入は」
 僕は、これ以上の模範解答はないほどの答えを口にした。


「でもさあ。
 私のお父さんと同じくらいの男と恋人になるってなあ」
「馬鹿。
 バカ。バカ。バカ。バカ。バカ。バカ。
 愛に年齢は関係ないんだよ。
 昔、にしきのあきらもうたっていた、愛があるなら歳の差なんて、な。
 お前が僕よりも30歳年上だったら、それは問題だ。
 だけど、
 お前の方が年下だ。
 お前が50歳になっても、僕はまだ80歳だ。
 仮に、お前が60歳で死んだとしても、僕は90歳で、ピンピンしている。
 なんの不安もない歳の差だ。」
「そうかなあ」
「そうだ。
 間違いなく、そうだ」


「世川さん。貧乏なんでしょ?」
「そうだ」
「あまり、顔はよくないしね」
「ふむ。見方によるけどな」
「スタイルだって悪いでしょう?
 こんなお腹だもの」
 <町屋の娘>は、無遠慮に、僕の出っ張った腹を撫でた。
「お前さあ。
 なんか、この間までの女と同じことを言ってるぞ。
 その男評価はやめなさい。
 そういう評価基準で男を探すと、同じ評価基準の男しかお前とつきあわなくなって、
 必ず不幸になる」
「私、魅力的なんだもの」
「まあ、それはそうだけど…、」
「結局、世川さんのいいとこって、
 心と助平さだけか…、」
 その声が、僕には、ため息のように聞こえたのであった。


「日記読んでいたら、
 最近、薫ちゃんネタばっかりだけど、
 世川さん。薫ちゃんのことを大好きなんでしょう?」
「もちろん、大好きさ。姉みたいに慕っている」
「私とラブラブ関係になったら、
 薫ちゃんがヤキモチ妬くでしょう」
「薫ちゃんは、そんな度量の狭い女じゃないよ。
 世川。よかったね。幸せになるんだよ。と祝福してくれる」
「あの<小悪魔>って人は?」
「あれには、今日、絶縁状をたたきつけられた。
 つまり、僕が捨てられたの」
「ホント?」
「なんで僕が嘘なんか言うものか。
 だから、
 早く心の準備をして、連休明けにはラブラブ状態になろうではないか」
「でもなあ…、」
「人に一番大事なのは、勇気だ。
 飛び込もうとする決心だ。
 そこで躊躇したら、一番の幸せをフイにするぞ」
「でもなあ…、」
「こら。
 こら。こら。こら。」
「やっぱり、ちょっとなあ…、」
「こら」
「う〜ん…、」
 だけどなあ、
 でもなあ、
 ちょっとなあ…、

 煮え切らない<町屋の娘>にイライラしながら、
 春の夜は、足早く過ぎて行ったのでありました。


 会員制移行を前にして、
 何やら、新展開の「オンナ篇」「愛欲篇」を予感させる「町屋の娘篇」。
 果たして、
 「ラブラブこそ我が生きがい」と豪語する世川行介のお目当ては、この娘なのか。
 それとも、新たなヒロインの登場か。
 そしてまた、
 釜山に1年間ほったらかし状態であった<4駅先の女>との交信は復活するのか。
 
 皆様方の羨望と嫉妬の視線の中を、
 「あの子も好きだがこの子も好きだ」の世川行介、
 1年間の「お一人様限定」から解放されて、本来の自分に戻り、
 書いて書いて書きまくる新しい「オンナ篇」。
 乞う、ご期待。

 なんてね。
 
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これで奇跡は、何度目だ?

2012年05月02日 13時54分25秒 | 近況報告篇


 昨日、
 また、奇跡が起きた。

 杉並区役所に行こうかと部屋を出たら、
 以前から知っている40歳の受付の女性が、
 隣の部屋から出てきて、
「おっ。今日はこっちかい」
 と声をかけると、
「世川さん。
 落し物していない?」
「えっ」
「落し物してるでしょう」
「何で知ってるんだ」
「二日前に、受付に人が来て、
 これが落ちてましたって、ポシェットを届けてくれたの。
 中を見たら、世川さんの通帳があったから、
 取りに来るかなあって待っていたのよ」
「本当か?!」
「うん。受付に置いてある」

「やったあ〜!」
 僕は大声で叫ぶと、思わずその女性を抱きしめ頬ずりをした。
「ありがとう。
 ありがとう。
 本当にありがと〜!」
 抱きしめる腕に力をこめると、
 女性の両胸が僕の腹部に当たり、それがまた、とっても心地よく、
 僕は、久方ぶりの歓喜と陶酔の世界に入ったのであった。

 タクシーを降りて、マンションに入り、
 郵便受けを覗いてエレベーターに乗るまでの間に落したらしい。
 親切な人がいたから助かったが、
 ホント、どうしようもない男だなあ、僕は。

 ポシェットを受け取ると、
 僕は、浅草マツヤまで走り、ケーキ屋さんでケーキを買って、
「感謝の気持ちです」
 と受付に持って行った。
 その女性に、
「今夜、何かご馳走しようか」
 と言うと、
「彼女のいる男の誘いには乗らないわよ」
 あっさりと断られた。
 折角のチャンスだったのに、残念。


 連休4日間は、ゆうちょのATMは稼動しないので、
 わずか金額だけど、郵便局に行き、有り金全額を払い戻した。
 これで明日からの連休4日、なんとか飢えずに過ごせる。


 それにしても、
 大いなる奇跡で、感謝感激の昨日であった。
 日頃を善行に生きている人間は救われるんものだとは言うが、
 本当にそのとおりだった。
 よく肝に銘じておけよ。秋本蕎麦。

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お断りとお知らせ

2012年05月01日 03時41分01秒 | 近況報告篇


 初めにお断りをしておくと、

 昨夜、抗議のメールが来て、
「日記を読んだが、
 自分はお前のことなんか全然好きではない。
 お前の日記を読んで、自分の周囲の人間は笑っている。
 自分だけ格好いい事を書くお前に愛想がついたので、
 もう、縁を切る。」
 と書かれていた。

 僕は、15日前後に女から届いた、いくつもハートマークの入ったメールを読んで、
 そうか、会えなくなっても愛されているのか、と思ったし、
 先日電話で、
「小沢無罪判決の日は、私をお祝いの食事に誘うのだと思っていたのに…、」
 と言われたものだから、
 そうか、そんな気持ちだったのか。
 だとしたら、薫ちゃんの指摘にも正当性はあるな。
 と思って日記に書いたのだが、
 「お前に愛想が尽いた。大嫌いだ」とまで言われては、
 「自惚れでした。ごめんなさい」と訂正するしかないので、
 訂正しておきます。

 でも、
 理由はどうであれ、
 神に誓って、薫ちゃんの店には行かない、という約束を破ったのだから、
 あの女が、けしからん!と抗議をしてくるのはわかるが、
 あの女の周囲の人間って、何を根拠に僕を笑うのだろう?
 僕には、まるでわからない。
 本当に不思議な人たちだ。


 さて、本題。

            お知らせ


 4年間にわたってご愛読いただきました当『世川行介放浪日記』は、
 開設目的であった小沢一郎の無罪判決と、
 世川行介の吾妻橋からの旅立ち、
 を契機として、
 (おそらく)5月6日をもって、
 無料解放ブログとしては閉鎖させていただきます。
 5月7日からは、「会員制」とします。
 「SOBA」さま、「矢野健一郎」さま、といった方々には、
 けちくさい「ただ読み非難」ができなくなって、さぞ残念のことでしょうが、
 どうかお許し下さいませ。

 最近の僕は、「とにかく読者を選択したい」という欲求に襲われ、
 何でもいいから、とにかく会員制移行へ、と急ぎ、
 食っていけなくなるぞ、といったご忠告もいただきましたが、
 あえて、このようなシステムといたしました。
 すでに何十人かの方からは温かい申し込みのメールをいただき、
 感謝の気持ちでいっぱいです。
 これからは、「SOBA」ジジイを筆頭とした<悪態幽霊>に邪魔されることなく、
 落ち着いた心と思考力で、
 いままで以上に深みのある文章を書こうと決意しておりますので、
 会員の方は、少しは期待して頂いてよろしいではないか、と思っております。

 今後は会費制をとりますが、
 もし、支払うお金はないが読みたい、という方は、
 僕の私的メールアドレスにご一報くださいませ。十分に対処いたします。
 その代わり、匿名やHNはお断りさせていただきます。
 また、僕の方から、無料でいいからぜひ読んでいただきたい、と思う方には、
 パスワードを送らせていただきますので、
 これまで同様に読んでやってください。

        年会費     10000円
        半年会費     5000円
        四半期会費    3000円
        送金先     購読料送金先に同じ(下記参照)

 としておりますが、
 会費を支払えば誰でも会員になれるというシステムではありません。
 僕は、今後は読者を選びますから、会費返金の場合もありますので、
 その点も、何卒、ご了承下さいませ。

            世川行介拝
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