世川行介放浪日記

日々の雑感。
昔話。
時事問題への言及。
歌謡曲篇。文学篇。
漫談。
たまに女篇。
2年に1度は愛欲篇

インデックス 

2021年07月11日 14時12分53秒 | 99 Weblog



    直接僕にご意見のある方は、
   以下のメールアドレスに送信ください。

         segawakousuke@gmail.com

      



    会員制ブログ(2016年4月30日~)
    『世川行介備忘録』
    (http://blog.hatena.ne.jp/segawakousuke/)



        旧・会員制ブログ
        『新世川行介放浪日記』
        (http://blog.ap.teacup.com/applet/59635963/login?protect=1&n=%2fapplet%2f59635963%2farchive)
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誕生日の朝。

2016年10月01日 11時39分38秒 | 彦根放浪篇


         誕生日の朝。




 昨夜は、
 愛弟子猪上一生が来たのが、午後10時を回った頃で、
 しかも雨が降っていたので、
「スシローに行くか。」
 歩いて5分の店に行った。


 食べた。
 35皿。
 そして、数か月ぶりのビール。
 この数年、猪上 一生と、何十度も飲食に行ったが、
 「二人で5054円!」なんて安価で済んだのは、
 昨夜が初めてだった。
 こんないい店が、この世のどこにあるんだ?!
「これからこい つが彦根に来た時は、この店しかないな。」
 固く固く決意した僕だった。


 あれほど、
「誕生祝いは現金で!」
 と言っておいたのに、
 思ったとおり、
 猪上一生のやつは、現物支給でたち向かってきた。

「世川さん。
 誕生日のお祝いと日々の売買指南のお礼です。
 はい。どうぞ。
 名古屋駅で買って来た世川さん大好物の可愛いいワッフルと、
 あでやかな胡蝶蘭です。」
「……。」


 たしかに、なかなかスリムで美しい「一本植えの胡蝶蘭」であった。
 長い人生、誕生日に男から胡蝶蘭をプレゼントされたのも初めてだ。
 しかし、
 僕は希望したのは現金による誕生祝だった。
「でも、世川さん。
 この胡蝶蘭、すご~く高かったんですよ。」
「そうか…。
 で、猪上。
 お前。
 今週、いくら儲けた?」
「今週ですか?
 今週は、一日、売買ミスをやった日があったので、少なくて、
 たったの20万円ですよ。」
「そうか。「たったの20万円」か…。」


 僕は、明くる日には64歳の誕生日を迎える大人だったから、
 あらゆる思いをグッと心に閉じこめて、
 午前1時半まで、二人で呑んで語らったのではあったが、
 いったい、何万円の「一本植え胡蝶蘭」なのだ?
 答えてみい。猪上一生。


 目覚めたら、朝の9時半だった。
 今日は、誕生日。
 起きてパソコンを覗いたら、
「おおっ!」

 なんと。
 なんと。
 なんと!


    チャンチャコリーオ チャンチャコリーオ 
    すずがーなるー リオリオ!
    晴れて彦根市民のコースケさん
    64歳の誕生日オメデトー っしょ!
 

 リ オ帰りの「トン ビ」チャンチャコリンから、
 南国情緒を漂わせた誕生祝いの「内緒コメント」が来ているではないか。

 この配慮。心からの祝福の言葉。
 どうせ持つなら、
 無慈悲な味方より心通う敵。だな。


 それから、メールを見たら、
 数人の「昔乙女」読者諸氏から、
 誕生日おめでとうのメールが来ていた。
 ありがとう。

 
 どうせなら、
 乙女から欲しかった。
 とは、口が裂けても言わない。


 午後からは、6人の人が、各地から来る。
 それまでに、買っておいた組み立て式の本箱を完成させなければならないが、
 担当者の猪上一生は、
 一度起きて、コーヒーを半分飲んで、
 また、布団に入った。
 「寝る子は育つ」と言うけれど、
 育ち過ぎだな。88キロ。


 昨日の日記にも書いたように、
 昨日は、あんな事件があって、
 ちょっと心配を抱えた半日だったが、
 それも無事片づき、
 今日は、こころ爽やかで、
 天気の悪さも気にかかからない。
 いい誕生日になることだろう。


 続きは、またあとで書く。




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『ブーメラン女王』は絶品だ!

2016年09月30日 21時09分04秒 | 自選 時々への発言


       『ブーメラン女王』は絶品だ!




 ネットの産経ニュースで、
 ネット動画に『ブーメラン女王』というのがあることを知って、
 そういうことをあまり好まない僕が、
「そんなに面白いのか?」
 興味津々で、覗きに行った。


 いや。
 ホント。
 久しぶりに爆笑した。


 どこの誰がつくったのか知らないが、
 これをつくった人物のユーモア感覚に、
 素直に脱帽した。
 あれだけの場面を過去の映像から拾い出すしてつなぐ時間と忍耐力があるところをみると、
 よっぽどのヒマ人なのだろうが、
 「ヒマの結晶」とでもいえばいいような、
 見事極まる出来栄えだった。


 何万文字も使って蓮舫を批判したりからかったりするよりも、
 あの映像だけで、
 その百倍もの効果がある。
 政治的思惑など抜きにして、
 政治には無関心な庶民でも腹の底から笑える。
 抱腹絶倒とは、まさに、あれのことだ。

 あれを見たら、
 10万票くらいは、民進党支持票が減るに違いない。


 とにかく、大笑いした。

 この笑いが一回きりではもったいないので、
 自分のパソコンに、
 綾小路きみまろの動画の隣に保存した。


 僕はこれまで、蓮舫の国会での発言光景など見たことがなかったが、
 今回、こうやって、過去の光景を見る機会を得て、
 蓮舫は、綾小路きみまろに匹敵する優れたお笑い芸人だ。
 民進党の代表なんかで朽ち果てさせてはもったいない、
 そう納得させてもらった。


 これじゃあ、
 自民党が、「早期解散!」って叫ぶはずだな。




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思いがけないことが起こるものだ。

2016年09月30日 19時55分16秒 | 近況報告篇


     思いがけないことが起こるものだ。




 一件落着となったのでここに書くが、
 今日は、ちょっと大変な半日だった。


 東京の知人のお嬢さんが、
 昨夕から行方不明になり、
 携帯電話もつながらず、
 母親が朝から警察に相談に行き、
 あちこちに照会してもらったところ、
 夕方になって、
 やっと、
 昨夕、中目黒の路上で意識不明で倒れていたのを、
 通りがかりの人が発見して、
 自分の車で病院に運んで、
 身元不明のまま、
 そして、意識不明のまま、
 一昼夜病院に収容されていたことがわかった。

 今は意識を取り戻しているとのことだ。


 その知らせを受けて、
 僕などが最初に心配したのは、
 ひょっとして、なにか事件に巻き込まれたのか?
 ということで、
 人さまのお嬢さんのことではあるが、
 昔、恩を受けたことのある人のお嬢さんだったので、
 心底心配した。


 病気で倒れたのは困ったことだったが、
 まだ若いお嬢さんのことなので、
 心配していたような事件ではなく、無事に見つかって、
 ホッとした。
 発見して病院に運んでくれた人に、ただただ感謝だ。


 ということで、
 気分を元に戻し、
「正式に彦根市民になった記念に、
 DVDでも観るか。」
 そんな気になって、
 夕方から彦根のTUTAYAに、住民票の写し持参で行き、
「借りちゃえ、借りちゃえ。」
 と、
 『相棒』と『24』と『NCIS』を、30枚ほど借りてきた。
 この枚数だと返却期限は2週間なので、
 ゆっくり観れるだろう。


 猪上一生から電話があって、
 今夜10時ごろに彦根に着く、とのこと。

「世川さんの誕生祝いを何か買ってから、」
 と言うので、
「物なんかいらないから、
 お祝いは現金で持ってこい。
 これまでの株式売買指南料、5万円!」
 と答えておいたけれど、
 そこは、あの男のことだから、
 澄ました顔して、

「世川さん。
 久しぶりでしょう。この「赤福」。
 名古屋で一番売れている高級銘菓ですよ。
 いつもはケチケチを生きている私ですけど、
 明日は世川さんの記念すべき誕生日なので、
 大奮発して、
 二箱も買って来ました。
 遠慮はいりません。
 思う存分食べてやってください。」

 それくらいはやりかねないな。


 それにしても、

 女の海を泳いで生きてきた世川行介、
 その誇り高き世川行介が、
 63歳最後の夜を一緒に過ごし、
 64歳最初の朝を一緒に迎えるのが、
 なんで、
 あの猪上一生なんだ!
 あの太鼓腹を揉んだり撫でたりして、
 この僕に、なんの喜びが生じるというんだ!


 窓を開けると、
 夜空を飛ぶカラスまでもが、
 「女」という懐かしい文字に見えた。





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晴れて「彦根市民」になった。

2016年09月30日 14時34分55秒 | 彦根放浪篇


      晴れて「彦根市民」になった。




 今日は、朝から忙しい。

 昼前に、可愛らしい女巡査が訪ねて来て、
「教えてください。」
 とのことで、
 氏名、生年月日、裁判相手、緊急連絡先等を詳細に報告し、
「お仕事は?」
「放浪者。」
「は?」
「放浪者。」
「……。」

 こんな若い娘さんに言っても、理解されないか。


「この自転車はあなたの、」
「はい。そうです。」
「可愛い自転車ですね。」
「グリーンタンクと呼んでやってください。」
「はいはい。」
 まるで相手にされなかった。


 それから、正午過ぎに彦根市役所に行って、転入届を出し、
 無事受理され、
 僕は、
 晴れて「彦根市民」になったのであった。


 健康保険課で、
「僕、この街にはしばらくいようと思ってますので、
 保険料は貯金通帳からの引き落としにして下さいな。」
 と、
 放浪生活20余年間において、初めて
 自発的に、保険料支払いを申し出たのであった。
 これは、
 今まで住んでいた街の保険課の職員が激怒するくらいに、
 僕にとっては画期的な行動で、
 僕がどれほど彦根市を気に入ったかの証左だ。


 市役所の手続きが終わるまでの一時間を、
 土曜日の二次会の店のママさんのやっている喫茶店に行き、
「あっさり、明日の値段を決めよう。」
「45000円。」
「駄目だ。
 あの店で45000円は高すぎる。
 東京でも、そんなに払ったことはない。
 これから長いつき合いになるかもしれないんだから、
 まずは4万円からで行こう。」
「4万円かぁ…、」
「その代わり、ボトルは吉四六2本。
 足が出たら、猪上一生という男が、一本につき5千円ずつ払う。
 それでどうだ。」
「猪上一生、ネ。
 なんか、信用できそうな名前だわね。
 わかりました。
 じゃあ、それで。」
「よし。予約成立。」
 あっさり決まった。

 名前で信用を得、
 体形で信用を失う、
 そんな男もこの社会にはいる。


 再び、市役所に戻って、
 住民票の写しをもらった。


 当事者たちはまったく気づいていなけど、
 未知の街への転入者にとって、
 転入手続きに訪れた市役所の光景は、
 越してきた街の縮図!のように思えるものだ。
 まして、転入者が男性だった場合、
 転入者は、手続きをしている市役所の中で、
 その街の女性レベルを読み取ろうとする。

 彦根市役所にも、大勢の女性職員がいた。
 たしかに、大勢いた。
 それは事実だ。


 彦根市はいい街だ。

 城は国宝で優雅だし、
 堀端の光景は情緒があるし、
 酒は旨いし、
 女の人は、優しそうだし、
 きっといい街に違いない。

「……。」
 何か一つ欠けたものがあるような気がするが、
 岐阜や名古屋昭和区の時の、
 あの、胃痛を起こしそうなほどに激しい欠落感ではないので、
 まあ、いいか。


 ということで、
 本日、僕は、
 晴れて彦根市民になったのである。




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いくつかのニュースに 9・30

2016年09月30日 08時59分37秒 | 日々のニュースに


    いくつかのニュースに 9・30





 今朝の彦根は、久しぶりの青空で、
 射しこむ朝陽が眼に痛い。
 さっき、カーテンを引いた。


 昨日は、午後6時、
 早くから独り酒を始めた。
 かなりの量を呑んで、
 9時過ぎから眠ろうとするのだが、
 『五右衛門奇伝』のここしばらくの構想がまとまったせいなのだろうか、
 やけに眼が冴えて、
 結局、零時過ぎまで眠れず、
 困った。


 おかげで、今朝は、7時45分まで眠っていた。
 この部屋は、ゴミの集積所があるので、
 決まった日のゴミ出しをしなくてもよく、
 朝ゆっくり眠れるので、非常に助かる。
 のっそりと起き上がって、ネットニュースを見た。


 自民党内で「解散風」が吹き出している、
 と書かれていた。


 自民党幹部たちが、
 陣容も主張もご立派すぎる蓮舫執行部を見て、
「解散するなら、今だ!
 間違いなく大勝だぞ~!」
 と思ったのだろう。

 誰も同じことを思うものらしい。


 次の総選挙でボロ負けしても、
 あの野田佳彦という男は、
「敗北は自分の責任ではない。」
 と逃げ、
 民進党の一大派閥として残って、
 反自民<溶解>の立役者になることだろう。
 ご同慶の至りだ。


 こんな阿呆たちについて書くのは、知力と労力の無駄以外の何ものでもない。


 菅直人が、
 安倍晋三との裁判で、二審も敗けたらしい。
 二審で敗けたということは、敗けがほぼ決定ということだが、
 上告すると息巻いた菅直人が記者会見して、


   1 現職総理相手の裁判に勝つのは困難だ。
   2 裁判の判決は間違っている。


 この二つを言っている。


 こんな泣き言を人前で言うくらいなら、
 始めっから、「裁判」という戦いを選択するのをやめればいいのだ。

 「判決には承服できない。」と言うならまだしも、
 「判決は間違っている。」なんて言葉は、
 裁判闘争を自ら仕掛けた人間は、死んでも吐いてはいけないセリフだ。
 この男の甘ったれぶりには、反吐の出る思いがする。

 まあ、
 こんな男について何かを書くのも、時間の無駄だ。


 今は、9時59分。
 東京株式市場の寄り付き前の気配値が出ている。


 昨夜はニューヨークダウが195ドルも下げたから、
 東京市場も、
 金曜日であることだし、
 様子見で軟調に推移するかもしれない。
 たまにはそんな日があってもいいだろう。


 まあ、
 僕としては、
「今日、この株は上がるな。」
 って思っている銘柄はあるけれどね。




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小松範任という人。

2016年09月29日 22時09分44秒 | 自選 吉本隆明雑感


        小松範任という人。




 昨日、
 名古屋に向かう「こだま」の車中、
 キネマ旬報の『深作欣二の軌跡』という雑誌を読んでいた。
 過日、研一郎と神保町の古本屋を歩いた時に買ったものだ。


 その雑誌の中に、『われらの仲間、深作欣二』という座談会が載っていて、
 眼をやったら、
「うん?」
 とても懐かしい人物の名を発見した。


 小松範任。


「この人、
 深作欣二と仲良しだったのか…。」
 驚いた。


 僕が、今よりもまだ40歳以上も若い地方大学生だった頃、
 つまり、昭和49(1974)年、
 吉本隆明が、『詩的乾坤(けんこん)』という書物を出して、
 その書の一番最初に、
 『情況への発言』
 という章があった。


 吉本隆明は、
 直接購読者3000人ほどの『試行』という雑誌を出して、
 未熟な僕たちに、<自立>という思想を説いていた。


 僕もその直接購読者の一人だったが、
 その『試行』の中には、『情況への発言』という章があって、
 三か月か半年に一度に送られて来る『試行』で、
 時々の<情況>への自身の見解を書いて、
 まだ20歳そこそこの若かった僕たちは、
 飢えた子供のように、彼の言葉を待ったものだった。


 さらにつけ加えると、
 『試行』には、
 柄谷行人、桶谷秀昭、宮城賢、松下昇、北川透、菅谷規矩雄、内村剛介、芹沢俊介…、
 といった、
 僕より5歳から10歳くらい年長の、
 すごく頭のいい秀才たちが、難解な言葉を並べ立てた論考を投稿していて、
 馬鹿だった僕は、
「すごい人たちがこの世にはいるもんだなあ。」
 と、
 羨望の眼差しで、それらを読んだ記憶がある。


 『詩的乾坤』の中には、
 その『試行』連載の『情況への発言』の数か年分が一等最初に掲載されていて、
 そのまた一等最初の「発言」が、
 「書簡体での感想」というタイトルで、
 宛名は、「小松範任様」だった。


 「東映助監督声明に私は署名しない。」という小松範任の思想姿勢に対して、
 吉本隆明は、
「ほんとうはこれだけ云えばいいようなものですが、
 あなたの「パンフレット」を読んで、
 <『試行』を刊行してきて良かったな>と思いました。」
 と、
 最大級の言葉で応じていて、
 それが、僕に、小松範任という人の名を長く記憶させた。


 若い日の僕は、東映の映画監督であった深作欣二に入れ込んで、
 それから数十年、東映の作品群を追いかけ続けたわけだが、
 この一文を読んでからは、
 東映映画を観る度に、「小松範任」という名を探した。
 が、
 ただの一度も見出すことができず、今日に至っていた。


 それが、
 何気なく開いた雑誌に、突如として名を現わし、
 いくつかの発言を眼にした。
 奇跡的な偶然、としか言いようのない話で、
 人の連鎖の奇妙に恐れ入って、
 その「座談会」の文章をむさぼり読んだ。


 僕は、前世代の脚本家としては、
 鈴木尚之という人の書いた『飢餓海峡』を高く評価していて、
「この脚本家は優れているな。」
 と思って来たが、
 「座談会」の文章を読んで、
 その鈴木尚之と深作欣二が懇意であったと知ったのも、
 僕を嬉しくさせた。


 その「座談会」を読んで初めて知ったが、
 小松範任は、
 「撮影所にいたのは三年から四年という短い期間でした。
 その後は組合の紛争で収容所(東映のPR室)に入れられたんで。」
 ということだったらしい。
 どうりで、いくら東映映画の画面を追いかけても名前を見ることができなかったはずだ。


 その小松範任が、
 深作欣二の映画について、


    「原点は要するに「若者」ということですよ。
     若者の大人社会に対する異議申し立て。」

 と、
 深作映画の本質を指摘しているのを読んで、
 さすがによくわかっているな。と感心した。
 さらに、
「現代に対して居心地の悪さを抱えている人間を自分のモチーフとクロスさせてやくざものを作ってました」 
 と付け加えていて、
 深作欣二はいい友を持っていたのだな、と思った。


 僕が若い日、吉本隆明の書物から教えられたのは、
「ぶっ倒れるまでやらずにおいて、
 私は才能がありませんなどと、泣き言を言うな。
 何ごとも徹底してやり続けろ。
 才能なんか問題じゃない。
 努力を積み重ねて持続するんだ。」
 ということだった。


 吉本隆明が可愛がる弟子は、
 北川透とか、
 芹沢俊介とか、
 それほど頭の出来は良くないが、地道な知的努力をする人間ばっかりで、
 そこに僕は吉本の人を評価する基準を見、
 結構励まされてきたように思う。


 深作欣二も、
 日大芸術学部などという三流大学出で、
 大島渚や篠田正浩や吉田喜重たち秀才監督たちの中で、三流監督としてスタートしたが、
 一つのテーマを生涯かけて追い続け、
 最後は、
 秀才の彼らをしのぐ名映画監督として生涯を閉じた。
 その深作欣二の近しい友人として小松範任が存在していたことを知って、
 なんか、こう、
「人の世界って、まんざら捨てたもんじゃないなあ。」
 そう思った。


 ということで、
 昨日は、僕にとって、非常に楽しい読書であった。




         (『世川行介備忘録』からの転載)





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今日も元気な株式市場。

2016年09月29日 14時34分31秒 | 近況報告篇


     今日も元気な株式市場。




 日経平均が250円を超える元気で、朝から頑張っている。
 日経平均、16700円。
 結構な話だ。
 早く17000円を突き抜けて、庶民投資家を喜ばせてやってくれ。


 私生活について語ると、


 僕にとって、
 菊地研一郎くらい、
 頼んだことはきちんと、最後まで、そして細部まで、責任持ってやる人間はおらず、
 彼に何かを頼むと、後をまったく心配しなくてもよく、
 彼には100%の信頼を置いているのだが、
 今日も、
 研一郎が依頼発送した、モニターのスタンドが着払いで二箱届き、
 後は、あいつの彦根着を待つだけとなった。


 明後日の64歳ドツボ祝賀会に、歌舞伎町の順女も来ることになったが、
 あいつは日本の線路には不慣れなので、
 それも研一郎に頼み、
 研一郎が手を引いてくることになった。


 そんなこんなで、朝から宅配や郵便物があれこれ届き、
 玄関は、それらでいっぱいになった。
 さっき、また玄関のベルが鳴って、
「今度は何だ?」
 と思ったら、
 簡易書留で、
「おお。やっと来たか。」
 名古屋市昭和区役所からの郵便物を受け取った。


 僕は、
 やっと、
 正式に、
 「彦根市民」になる。

 大嫌いな武村正義が県知事を何期かやった県なので、
 滋賀県民になるのは全然嬉しくないが、
 彦根市民になるのは、嬉しい。
 64歳になるまでに、彦根市民になっておきたい、と思っていたので、
 明日は、死んだ父親の誕生日だから、
 明日、彦根市役所に行こう。


 さらに、


 体重が71キロを超えなくなった。
 「食欲一瞬、デブ一生。」
 これが、この1カ月間の自戒の言葉だった。
 ムシャムシャ食う男を目の前にしながら
「ああなってはいかん。
 あのような体形で死んではならぬ。」
 自戒の言葉を何度もつぶやいて、箸を引っこめてきた。
 その甲斐あって、3キロ減。

 清らかな肉体は清らかな精神がつくる。
 それが実証されたわけだ。
 少しは僕を見習って、精神を浄めろよな。猪上一生。


 昨日名古屋の「ゲオ」で借りてきた『相棒』のDVDを、朝から何本も観ている。
 思ったとおり、結末をすっかり忘れていて、
 新鮮だ。

 ただ、
 明日の夕方まで、全部観終えて、
 猪上一生に名古屋に持って帰ってもらわなくてはいけないので、
 結構大変だ。


 今日の彦根は風が強く、
 窓から下を見ると、
 鉢植えが幾つも倒れている。
 さっき直してやったばかりなのに、
 まただ。
 急いで降りて、直して来てやった。
 彦根の風なんかに敗けてちゃ駄目だろう。


 2時半目がけて、
 日経平均が280円高まで取ってきた。
 16750円。

 なんて美しい光景なんだ。


「アベノミクスは失敗です。
 かつて私たち民主党自壊内閣がやったような、
 増税による福祉政策の充実、
 あの路線に戻るべきです。
 私たちの国民である労組「連合」は、それを願っています。」
 馬鹿ばっかり言っているあの女を見返すくらいに上がってやれよ。東京株式市場。





 
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「アベノミクス」なる語の定着という事実。

2016年09月29日 10時11分24秒 | 自選 時々への発言


    「アベノミクス」なる語の定着という事実。




 僕は、この数年間、
 「アベノミクス失敗!」を叫ぶ反自民人間たちを徹底して馬鹿扱いして来た。
 今もその姿勢は変わらない。彼らは、阿呆だ。


 安倍晋三が、
 庶民経済生活に何の配慮も見せなかった民主党政権に対抗して、「アベノミクス」なる造語を打ち出したのは、
 もう、5年くらい前になるだろうか。
 その時期は、まだ、
 「アベノミクス」なる語は、
 国民の耳には違和感を伴ってしか入って来ない「恣意的な造語」にすぎなかった。
 言ってみれば、
「何だ? それ?」
 という類の造語にすぎなかった。


 しかし、
 4~5年経った現在、
 マスコミも、国民も、
 反自民人間たちでさえも、
 アベノミクス。
 という言葉を、
 何の注釈もなしに口の端にのぼらせ、
 それに何の違和感も覚えなくなった。

 これが何を意味するのか、
 そこを僕たちは認識しなくてはいけない。


 好きとか嫌いとか、
 賛成とか反対とか、
 そんなことはこっちに置いても、
 「アベノミクス」なる語が、
 今の日本社会で、生存権を得、認知され、流通している。
 これが、民主党政権自壊後の5年間とは何であるのかの光景なのだ。


 経済学などに疎い無学な庶民でさえも、
「アベノミクスとは、庶民を経済的に豊かにさせようとする政策だ。」
 というおぼろげな認識でアベノミクスを見ている。
 そして、それに賛同し、安倍政権に票を投じ、
 経済の豊かさ回復に期待している。


 この「アベノミクス」なる語の定着ぶりに、<何か>を感じ取ることができずに、
 5年前と同じたわ言を、「普遍の正義」だと信じて叫んでいる反自民など、
 馬に蹴られて死んじまえ。なのだ。


 僕のこの「放浪日記」を読みに来る人間の中には、
 僕をけなしたいだけのバカやアホウも大勢いるが、
 古くからの読者の中には、
 僕が長く主張して来た、
 <知に拠って立つ>ことを自分自身に課した人も少なからずいるはずだ。
 そういう人たちには、
 アベノミクスなる語の定着によって、
 むしろ、反自民の側からとどめようのない<溶解>が始まり、
 いずれ、それが、この国を浸蝕し尽くす、 
 そうした光景の中で、どこに自らの思考の支柱を置いて<世界>を見るべきか、
 それを考えてもらいたいと、
 僕は願っている。


 蓮舫という馬鹿女が、
 第一野党の代表として、
 社会保障という政策を前面に出したとか書いてあったが、
 あの女は、いったい、その財源を、どこから持って来ようとしているのか。
 所詮は、「生産性のない国家予算」の中からねん出しようとしているだけの話で、
 あの阿呆たちの好きな言葉で言うと、「国民の血税」をつかうだけの話だ。
 一片の生産性も陽光も感じさせない思いつきだけの提言。
 そんなものは、「経済政策」とは言わない。
 それくらいのことは、僕のような、経済学の勉強などせずにきた人間にでも、簡単にわかることだ。


 「アベノミクス」なる語が、何の違和感もなく流通しているこの2016年の日本社会の光景が示唆しているものは何か。
 僕は、それが知りたくて、
 東京株式市場の動向を、毎日凝視している。





 
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彦根って、なんて便利な街なんだ。

2016年09月28日 20時49分11秒 | 彦根放浪篇


      彦根って、なんて便利な街なんだ。




 名古屋に行って来た。
 午後1時半に部屋を出て、
 7時半に戻ってきた。


 彦根は便利な街だ。
 部屋を出て、米原で乗り換えて、名古屋駅に着くまで、
 たったの1時間。
 嘘みたいな話だ。
 名古屋駅から、桜通り線で吹上まで行って、タクシーで「つるさこ歯科。」
 そこで、約2時間。


 歯の治療が終わって、
 外を見たら、午後5時を回っているのに、雨。
 近くに住む猪上一生が、
 心配して、
「世川さん。車で名古屋駅まで送りましょうか。」
 そんな電話をしてくるのではないかと、
 つるさこ歯科のロビーでしばらく待ったが、
 よ~く考えたら、
 あの男が、そんな気の利いた真似をするわけもなく、
 そんな気配りは待つだけくたびれるので、
 「つばめタクシー」を頼んで、吹上駅まで出て、
 吹上の「ゲオ」で「相棒」のDVDを7枚借りて、
 そこから電車で名古屋駅に戻った。


 このように、
 今日の僕は、とても立派な倹約家で、
 一番安い交通手段を使って、つるさこ歯科にまで行き、
 治療を受け、
 名古屋駅まで帰ってきたわけだ。


 そんな自分が可愛くて、
 名古屋駅に着くと、
「そうだな。
 土曜日には、可愛い菊地研一郎が来て、
 パソコンを、横並びから、上下二段にしてくれる。
 ああいうことをしてくれるのは、この世に、菊地研一郎しかいない。
 さらには、
 もっと、もっと、もっと可愛い、安芸の残九郎君も来る。
 よし。
 彼らが土曜の深夜、カラオケ大会から帰ってきた後、食べながら呑めるように、
 本日は、浮いた交通費で美味しいものを買って帰ろうではないか。」
 高島屋の地下に潜った。


 これだけは、絶対に彦根では見られない。
 世川が愛してやまないデパ地下光景!


「いやあ。 
 一か月ぶりのデパ地下だ。
 懐かしくって、涙が出そうになる。
 焼き鳥、カレー、焼き野菜サラダ、クリームコロッケ‥‥、
 どれもこれも、実に美味しそうではないか。
 これだけのものを買わずに帰る手はない。
 饗応用だけではなく、
 冷凍保存用にも買っておこう。」


 ということで、
 あれも買った。
 これも買った。
 美味しそうにパクつくであろう研一郎や残九郎さんの顔を思い浮かべながら、
 買って、
 買って、
 買って、
 やっぱり、
 高島屋の大袋二つ。
 

「まあ、
 今日は、日経平均大幅安の中を、
 世川推奨銘柄Dだけがすっ飛んだのだから、
 これくらいの散財はいいか。」
 ということで、
 ついでに、地下二階に降りて、

 醤油、ソース、一味、塩、などを、
「今後の食生活は、調味料こそが食生活の豊かさのバロメーター。
 減塩、低カロリー、伝統もの。
 調味料はこれに絞るぞ。」
 ということで、
 「かめびし三年醸造醤油」、「一休堂の京七味」、「淡路島の藻塩」、「広島レモン」…、
 等々、等々、
 あれこれ買ったならば、
 ふ~む。
 千円札に羽がついて、飛んで行った。


 しかし、
 これから1~2年は過ごすであろう彦根市。
 調味料は、
 彦根の孤独な作文者暮らしを優雅にするための大切な小道具であり、生活必需費品だ。
 この買い物も、許す。

「それにしても、少し買いすぎたな。
 彦根の家まで持てるかな。」
 そんな心配をしながら、
 重い大きな紙袋3つを抱えて、「こだま」に乗った僕だったのだが、
 なんだ。なんだ。
 彦根って、
 昭和区川原通に帰るより、安くて早く着くじゃないか。 
 あっという間に彦根駅。
 なんて便利な街なんだ。滋賀県彦根市。


 彦根駅に着いたら、
 彦根駅は、東口も、西口も、雨だった。
 僕は、東口のエレベーターで降り、
「いい男は、雨に濡れて歩くものだ。」
 自分にそう言い聞かせて、
 びしょ濡れ覚悟で、三つの紙袋を抱えて、雨の中を歩いた。


 たしかに、
 彦根は雨だったが、
 間違いなく、
 雨は降っていたけれど、
 世川行介の新居、
 彦根駅から、たったの5分。
 煙草を一本ふかしている間に家に着いた。
 濡れる暇もなかった。

 しかも、
 部屋に入って体重を測ったら、
 70.3キロ!


「世界はおいらのためにある~。」
 思わず鼻歌なんか口からこぼれた。


 なんていい街なんだ。彦根市。




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「つるさこ歯科」に行って来る。

2016年09月28日 12時08分56秒 | 近況報告篇


       「つるさこ歯科」に行って来る。




 外は雨が降っているが、
 間もなくしたら、名古屋まで行って来る。


 久しぶりに、つるさこ有子先生に会ってくるのだ。
 今日は下の歯を、2時間半かけて治療してくれるそうで、
 彦根帰着は、8時9時になることだろう。


 東京株式市場は、
 権利取りが終わり、
 今日からは、実質、下期に入ったのだが、
 日経平均は257円安で前場を終えた。
 配当落ち分が埋められていない。


 そうした中で、
 世川推奨銘柄Dだけが、
 今日も元気に値を上げていて、
 それが、午後からの名古屋行きをためらわせるが、
 まあ、そんな日もあってもいいだろう。


 今の東京株式市場は底堅くなってきている、と僕は認識しているので、
 日経平均も、後場からは、少しは戻すのではないだろうか?


 まあ、
 僕は、
 全体の株の動きにはあまり関心がなく、
 自分の推奨株ばかりを見ているので、
 今日も、いい東京株式市場だ。と思う。


 引っ越しして初めての名古屋行きなので、
 帰りに、名古屋駅のおいしいタルトを買ってこよう。
 赤福やういろうは、もう、ご馳走さまだから、買わない。
 駅の高島屋で何か美味いものでも、と考えているが、
 まあ、気分次第だ。


 ということで、
 夜まで、しばしのさよならだ。




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寝坊をした。

2016年09月28日 08時57分09秒 | 近況報告篇


          寝坊をした。
  



 昨夜は、空きっ腹に呑んだものだから、
 まあ、よく酔って、
 11時には、ソファに轟沈した。
 目覚めたら朝の8時半。
 それでも、
 エアコンを切ることを忘れなかったので、
 起きて震えることはなかった。


 昨夜から今朝の僕の喜びは、
 お腹に力を入れても、
 これまでのように、

 プックン。

 と、下腹が出て来なくなったことだ。

 これこそが、努力の甲斐があった、というもので、
 この数週間、かなり苛酷な減量作戦をやり、
 毎日、空腹感に襲われて大変だったが、
 いい気分だ。

 どこかの街には、
 相変わらず、でかい太鼓腹を揺すって暮らしている男がいるらしいが、
 少しは僕を見習えばいいのに、
 意志の弱い男だから、無理だな。


 昨夜は、ニューヨークダウが133ドルも上がっていて、
 権利配当落ちした東京株式市場、
 寄り付きを前に堅調な気配値を出している。
 昨日も面白い展開だったが、
 今日も結構楽しませてくれることだろう。


 昨日の野田佳彦の代表質問関連のニュースが、
 今朝は、ネットから、ことごとく消えている。
 さすがに、あまりの馬鹿馬鹿しさに、
 報道価値無しと判断したのだろう。
 いいことだ。


 何度でも書くが、
 あんな恥知らずたちが得意顔で運営する民進党に政権を渡すくらいなら、
 安倍自民党内閣の方が数段マシだ。




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2時間10分サイクリング。

2016年09月27日 18時57分15秒 | 彦根放浪篇


      2時間10分サイクリング。




 64歳を目前にした世川行介君。
 本日は、自分の年齢も考えず、
 少々無謀な戦いに挑んでしまった。


 午後3時に東京株式市場が終わるなり、
「今日も、昨日に引き続き、
 明日に大いなる夢の抱ける日となった。
 なんて楽しい毎日なんだ!」
 全国の庶民投資家の皆さんに祝福のエールを送った後、
「行くぞ!」
 愛するグリーンタンク(戦車)に飛び乗って、
 彦根城の堀端のパン屋さんに向かった。


 しかし、
 そのパン屋さんは、今日が定休日だった。
 僕は、別に、どうしてもパンを食べなくてはならない人ではないので、
「休みなら仕方がないな。」
 ということで、
 再びグリーンタンクに乗った。


「このまま真っ直ぐ部屋に帰るのも芸がないではないか。
 ここは一つ、市内散策と行くか。」
 そう決めて、
 僕は、どこというあてもなく、
 気の向くままに自転車を走らせた。


 やがて、
 小さな坂道を登ると、
 川があって、そこに、池洲橋とかいう橋があって、
 それを渡ってしばらく進むと、
「あれっ?」
 どっかで見た光景だ。
「ふ~む。」
 僕は、注意深くあたりを見渡した。


「なんだ。
 こんな所に毎晩来ていたのか。」
 納得した。
 ベルロードと呼ばれる通りで、
 ここに、僕は毎晩のように来ていたのだ。


 その通りを、またしばらく行くと、
 ケーキ屋さんがあった。
「記念にお菓子でも買うか。」
 そこに入って、10分間だけかけて、
 洋菓子を少し買った。
 その洋菓子を自転車のハンドルにぶら下げて、
 それから、僕は、帰途についた。
 この間、間違いなく、たったの10分。


 たしかに、
 僕は、それで部屋に帰るつもりだった。
 しかし、
 ここが問題だが、
 昨年の今ごろ住んでいた岐阜市という街は、
 町名が、
 金(こがね)町から始まって、
 金園町、金岡町、金屋町、金宝町、金龍町、
 金華町、玉宮町、大宝町、福富町…、
「もう。
 また、カネヘンの町名かよ。」
 と、
 情緒のない町名にウンザリさせられたのだが、


 この彦根市は、
 河原町、芹橋、立花町、池洲町、鳥居本町…、
 町名に、城下町ならではの情緒があって、
「ちょっと通りを覗いてみようかな。」
 って気持ちにさせられる。

 で、
 僕は、自転車に乗り続けた。


 今日の彦根市は、結構暑かった。
 途中から、汗も噴き出てきた。
 しかし、
 風情ある町名。
 路地一つに漂う情緒。
 美人はいないが、それよりもまず、通行人がいない閑散。
 それに惹かれて、
 世川行介、
 額の汗を手の甲で拭きながら、
 グリーンタンクに乗り続けた。

 特に、
 なんとか通りと名づけられた河原町の中を、
 延々30分かけて、
 あっちに曲がり、こっちに曲がりをしながら、
「おお。やっと駅の方角に出たか。」
 と前を見たら、
「フン。」
 さっきの河原町入口だった。


 それにめげず、自転車を飛ばしていたら、
「おお。
 やっと、知ってる店があった。」
 僕は、炉端焼き『魚丸』の前にたどり着いたのだった。


 「準備中」のドアを開け、
「すみませ~ん。」
 と声をかけると、
 何度か顔を見た彼が出て来て、
「はい。」
「今夜、また、
 そこの席、予約ね。」
「この席?」
 彼は少し首をひねり、
 それから、僕の下半身をマジマジと見つめ、
 もう一度僕の顔を凝視して、
「世川さん?」


 驚かれて初めて気がついた。
 今日の僕は、ピンクの半ズボン姿だった。
 そう言えば、この彼には、そんな姿を見せたことがなかった。
「うん。世川。」
「ああ。世川さんでしたか。
 はい。いいですよ。この席。
 待ってます。」
 そう言いながら、彼は、再び僕のピンクの半ズボンに視線を注いだ。
 フ~ム。


 で、
 僕は部屋に帰ってきたわけだが、
 時計を見たら、
 なんと。
 今日の僕は、正味2時間10分、自転車の上にいたのだった。
「結構乗ったもんだな。」
 自分で呆れながら、フッと気がつき、
 急いで、体重計に乗ったならば、


   「ハハハハ。」


 僕は、
 70.4キロという、
 一年ぶりの快挙を成し遂げていたのであった。
 意志薄弱男猪上一生が、泣いてヨダレを垂らしそうな減量作戦の遂行。
 世川行介なればこそのことだな。


「非常にお腹が減った。
 しかし、この空腹の時に何かを食べることが一番いけない。
 「京都のM」さんが彦根に来て、
 「魚丸」で、カツオの藁焼きか野菜焼きを口にするまでは、
 一切何も口にすまい。」
 そう決心して、パソコンの前に向かった次第だ。


 今夜、空腹感を酒で誤魔化して、
 そのままばったり寝たら、
 明日からの僕は、70点何キロ台を維持できるはずだ。
 

 さあ、
 いよいよ、60キロ台復帰だ。
 糖尿病よ。永遠にさようなら。
 お前。
 行く所がなくなったら、名古屋の猪上一生のところに行くといいぞ。
 きっと歓迎してくれるはずだ。

 
 実に理想的な生活光景。
 桃源郷。
 彦根はいいなあ。





 
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野田佳彦の代表質問に。

2016年09月27日 15時33分22秒 | 日々のニュースに


        野田佳彦の代表質問に。




 野田佳彦という、
 戦後昭和最大の暗愚宰相竹下登に匹敵する、平成日本最大の暗愚宰相だった男が、
 おのが立場には頬っかぶりして、
 呆れたことに、
 国会議事堂で、
 民進党の代表者として、
 安倍晋三首相に質問し、喰ってかかったという。


 この男に、
 日本政治に関して、人前で何かを言う資格など、
 ない。


 2010年前後の、国民の改革への熱い思いを、
 阿呆な党内理念抗争をやらかして瓦解させたのは、
 菅直人、江田五月、仙谷由人、前原誠司、
 そして、この暗愚宰相野田佳彦だ。
 この馬鹿政治家は、
 自分が、政治歴史に記録される倫理的大罪を犯したことにまったく無自覚のまま5年以上を通りすぎ、
 時が経ったから復権は許されただろうと、
 出たがり病にあおられて、
 またぞろ、人前に立った。

 通常、
 こういう人間を指して、
 恥知らず。
 と呼ぶ。


「自分の政治生命をかけて選んだ三党合意を反故にした。」
 と、消費税増税の先送りを批判したらしいが、

 冗談じゃない。


 経済政策にはまるで無能で、
 豊かさを求める国民に、何も経済政策を提示することをせず、
 投票した国民の期待とは真逆に、
 ただ安直に、
 国民に増税を強いることで国家経済を立て直そうとした、
 その姿勢が一番責められるべきもので、
 こんな馬鹿が首相をやっていることに愛想を尽かして民主党を捨てた国民や、
 国民の心情にスポットを当てて、アベノミクスを提唱した安倍晋三は、
 この政治家に比べたら、
 ずっとまっとうな選択をし、まっとうな行動をしている。
 この暗愚政治家に、それらに対して何かが言えた柄か。


 こんな暗愚な政治家の、
 政治生命を賭けたとかけなかったとかが、
 それが、いったい、平成日本にとって何なのだ?
 民主党政権を瓦解させた責任をとって、議員辞職でもしたというのなら、
 「政治生命を賭けて」という言葉にも、少しの生命の匂いが漂うだろうが、
 「元首相」の影響力だけに頼って、ノラクラ政治家稼業を続けていただけじゃないか。

 この阿呆政治家が、どこの県の選出議員か、僕は、関心もないので、知らないが、
 こんな男でも国会議員になれるのだから、結構な県だ。


 この政治家が、
 何の反省もなく、再び、シャーシャーと国民の前に立つことを許した現在の民進党の状況こそが、
 政治の<溶解>の象徴的光景であることを、
 僕たちは見抜かなければならない。

 融けつつあるのは、国民や自民党ではなく、
 反自民を標榜する集団だ。


 真の社会変革を求める人たちにとって、
 前途は暗すぎる。




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結構忙しい男になってきた。

2016年09月27日 13時04分43秒 | 彦根放浪篇


       結構忙しい男になってきた。
 



 『~備忘録』で中断していた『五右衛門奇伝』の後半部の構想がまとまって、
 この数日、毎日、狂ったみたいに作文に没頭している。
 今朝も、起きるなり机にむかい、コーヒー一杯だけで正午を迎えた。
 こうなったら、もう、マージャンどころではないので、
 マージャンはほどほどに抑えて、
 年末まで、これにかかりっきりになる。


 正直言って、
 子供相手の三人マージャンというのは、
 やっていて、空しさを覚え、
 あまりよろしくない。
 あれは、マージャンではなくて、「字合わせ」の世界だ。
 対戦相手の青年二人の上がり手を見ていると、
 ホント、何にも考えてない。
 ドラの数と運のつながりだけでリーチをかけ、
 運のつながりで当たり牌を打つ。
「おっ。出たか。」
「あっ。やられたか。
 こっちもハネマン張っていたからしょうがないや。」
 楽しい世界だが、
 こんなマージャンをやっている人間が上手くなるはずがない。
 僕が言うのだから、間違いない。


 嘘か本当かは、
 レートを三倍くらいに上げて打ってみたら、すぐに結果が出る。
 安いレートで滅茶苦茶を打ち慣れている人間は、
 高いレートで2~3度打ち込んだら、
 一打のお金の重さに気づき、
 途端に、身がすくむ。


 まあ、そんなことはどうでもいいが、


 『本能寺奇伝』の方は、1月中旬に刊行されることになったので、
 それまでには、第二部にあたるこの『五右衛門奇伝』は、推敲まで終えたい。


 本当のことを言うと、
 これを書き上げるためだけに、彦根市に越して来た。

 舞台になる関が原にも、京都にも、大阪にも、近いから、
 風景描写が大の苦手な僕を助けてくれることだろう。
 と考えてのことだ。
 たとえば、
 おそらく京都・大阪もそうであろう、
 彦根近辺の「低い山脈(やまなみ)」は、僕の想像力の中にはなく、
 実際に見て、
「なるほどね。」
 でしか書けない。
 なので、
 そのうちに、あちこち見学に行く予定しているが、
 それはまだちょっと先のこと。


 期待したとおり、
 城下町彦根市は、作文作業にはすこぶるいい環境なので、
 「彦根で書いて良かった。」と満足できるものにしたいと思っている。


 話はさらに飛ぶ。


 寄り付きには下げていた株が、
 前場の引け前あたりから、切り返してきた。
 他の銘柄のことは知らない。
 世川推奨銘柄だけの話だ。


 朝方、昨日比8円安まで下げた推奨銘柄Dを、
「ここは買いだ。
 他の損している株をぶん投げてでも、この安値を拾え!」
 そう叫んで、安いところを買わせたが、
 いま、昨日比2円高まで戻してきた。

 200円台の株が、2~3時間で10円も上げれば、御の字というものだ。
 しかし、まあ、
 相場の流れを読めない猪上一生には、
 こんな芸当は、まだ無理だな。


 本日2杯目のコーヒーを淹れた。


 今日は、「京都のM」さんが、仕事の帰りに、夕方、彦根に立ち寄るとのことなので、
 炉端焼き「魚丸」に行こうと思っている。 
 土曜日の人数が9人に決まったことを報告しなくてはいけないからだ。
 減量作戦続行中の僕は、
 昨日は、ココ壱番屋のカレーのルーだけを食べて過ごしたので、
 今夜は少し、「魚丸」さんに、美味いものでも食べさせてもらおうか。




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