医者から詳しく聞かされない医療情報:セカンドオピニオン

誤解と批判を恐れない斜め後ろから見た医療情報

タミフル:異常行動との因果関係

2008年11月05日 | インフルエンザ
今日は外来で、今年で最初のインフルエンザの患者さんを診ました。そこで以前問題になっていたタミフルについての記事をもう一度振り返ってみることにしました。


タミフル内服が異常行動の原因となるかが問題となっていますが、以下の中間報告があります。前回は論文の審査について書きましたが、これらの結果が論文として提出され、もし私が論文の審査員だったらどうコメントするかをまとめてみました。

最初の毎日新聞の記事は、かなり「バイアス(偏り)」があり、記者の主観が入った記事だということもおわかりいただけるかと思います。


(毎日新聞より引用)<タミフル>規制後、異常行動の割合減少 厚労省データ
服用による異常行動が指摘されているインフルエンザ治療薬「タミフル」に関し、10代の使用が原則禁止された今年3月以降、患者の飛び降りや走り出しといった異常行動の発生率が3分の1程度に低下したことが分かった。厚生労働省の研究班が今月、同省に示したデータなどで判明。

タミフル服用と異常行動の因果関係を示す重要なデータになる可能性もあり、研究班は詳細な分析を始めた。研究班は昨年から、全医療機関を対象に「突然走り出す」「飛び降り」「徘徊(はいかい)」「激しいうわごとや寝言」など重度の異常行動を起こした患者数や年齢などを調べ、今月16日、厚労省に報告した。

それによると、昨年10月1日から「原則禁止」になった今年3月20日までの約半年間に、重度の異常行動をとった患者は30歳未満で93人いた。このうち「突然走り出す」か「飛び降り」に該当したのは55人だった。国立感染症研究所(東京都)のデータによると、この期間の30歳未満のインフルエンザ患者は推計約600万人。重度の異常行動を起こす割合は、患者10万人あたり1.55人、「突然走り出す」「飛び降り」の発生率は同0.92人だった。

一方、10代のタミフル服用が原則禁止となった3月21日から9月30日までの約半年間で、重度の異常行動を起こした患者は35人。うち「突然走り出す」「飛び降り」は12人だった。この期間のインフルエンザ患者は推計約330万人で、重度の異常行動は10万人あたり1.06人。「突然走り出す」「飛び降り」は同0.36人の割合で発生していたが、禁止前に比べてほぼ3分の1に減った

研究班班長の岡部信彦・国立感染症研究所感染症センター長は「禁止後に飛び降りなどの率が減ったのは事実だ。タミフルと異常行動の因果関係は今後の調査も含めて判断したい」と話している。

岡山大大学院の津田敏秀教授(疫学)の話 飛び降りなどの絶対数は、インフルエンザ患者の減少を考えても、原則禁止後に大きく減っている。タミフルを処方された患者の割合が減ったためと考えられる。詳細な分析のため、異常行動のない患者への処方率について、禁止前後で変化を調べるべきだった。


私が感じるこの報道の問題点 この報道はつっこみ所満載です。
1,10歳代の異常行動に問題の焦点があるのに、どうして統計処理は20歳を境にするのではなく30歳を境にして比較されているのか。

2,10歳代を対象に調べると逆の結果になるので、あえて30歳以下で比較したのではないだろうかという疑いの余地が残ること。

3,比較対象が10月1日~3月20日と3月21日~9月30日という時期的な違いは影響がないのだろうか。10月1日~3月20日は秋~冬だし、3月21日~9月30日は全く逆の春~夏だ。インフルエンザの型は両期間で同じだったのだろうか。

4,調査対象をタミフル内服群と非内服群に分けるべきだ。単純に3月21日~9月30日に異常行動が減った→タミフルの処方も減っていた=タミフルのせいだ、というのは乱暴な推論だ。

5,非内服群も後半の3月21日~9月30日に異常行動が減っていたりしていないか。後半には家族への注意喚起が行き届き、患者に注意を払っているという安心から異常行動とする基準が高まり報告の数が減っただけではないだろうかという問題の答えが示されていない。



(NHKニュースより)タミフル未使用 異常行動2倍
大阪市立大学大学院の廣田良夫教授の研究班は、昨シーズンの冬に、全国およそ700の医療機関でインフルエンザと診断された18歳未満の患者およそ1万人について、幻覚が出たり大声で叫んだりする異常な行動がどれだけ起きたかを調べました。

その結果、異常な行動を起こしたのは、タミフルを服用した患者ではおよそ7200人のうち10%に当たる700人、服用しなかった患者ではおよそ2500人のうち22%に当たるおよそ550人で、タミフルを服用しなかったほうが服用した患者より異常な行動を起こす割合が2倍以上高いことや異常な行動を起こした患者のおよそ40%はタミフルを服用していなかったことが報告されました。

また、建物から飛び降りたり突然走り出したりする危険な行動に絞って分析しても、タミフルを服用したほうが異常な行動を起こす割合が高いという結果は出ませんでした

「タミフル」をめぐっては、服用後に建物から飛び降りるなどの異常な行動が相次いで報告されたことから、厚生労働省はことし3月、原則として10代の患者への使用を禁止しました。また、製薬会社の臨床試験では健康な大人の睡眠や脳波に影響は見られず、ラットを使った動物実験でも、通常の量では脳や中枢神経への影響は確認されなかったとしています

これらの報告を検討した結果、調査会は「これまでの調査で異常な行動との因果関係を示す結果は得られていないものの、引き続き調査を進める必要がある」としたうえで、原則として10代の患者への使用を禁止する今の措置は続けるのが妥当だとする見解をまとめました。

さらに、薬を服用していない場合や、「リレンザ」や「アマンタジン」など、タミフル以外の薬でも異常な行動が起きていることから、未成年のインフルエンザの患者は少なくとも2日間、1人にしないで観察を続けるよう注意を呼びかけることを決めました。


私が感じるこの報道の問題点 
1,嘘や結果に対する過大解釈はない。ただし、以下の記事にあるように、高崎健康福祉大と東京理科大のチームや米ワシントン大の和泉幸俊教授らのマウスの実験で脳に影響があるという結果に対するコメントがない。



(毎日新聞より引用)タミフル:異常行動との因果関係、決着つかないまま
「タミフルと異常行動の因果関係を示唆する証拠は見つかっていない」。厚生労働省の調査会は25日、疫学調査や輸入販売元の中外製薬が報告した動物実験の結果などから、こんな報告をまとめた。患者は、どう受け止めればよいのか。

インフルエンザ患者1万人規模(18歳未満)の調査結果は意外な内容だった。「タミフルを飲んでいる患者の方が異常行動の発生が低い」ことを示唆するデータが出たからだ。調査は、昨シーズン(昨冬から今春)に全国692医療機関から報告された症例のうち1万316件を用いてタミフル服用と異常行動の関係を解析した。この結果、タミフルを飲んだ7181人のうち異常行動・言動を起こした人は700人で、発生率は9・7%、飲んでいない2477人では546人で約22%だった。

しかし、この結果について、解析した大阪市立大の広田良夫教授は「開業医を介して患者家族に回答をもらうという非常に複雑な疫学研究だ。第1次の予備解析の段階で、今後の解析で結果はどう変わるかわからない」と強調する。患者の健康状態や他の薬を併用しているかなどの背景を考慮した解析ではないためだ。

出席した参考人も「集計の仕方で結果が大きく変わる可能性がある」と指摘。最終的な結論は、今後の解析に委ねられた形だ。中外製薬が報告した動物実験では明確な結論は出なかったが、タミフルが中枢神経に何らかの影響を与える可能性を示唆する研究結果も出始めている。

高崎健康福祉大と東京理科大のチームはマウスの実験で、脳に入ろうとする異物を排出する「P糖たんぱく質」が、タミフルの脳への移行も制御していることを解明。P糖たんぱく質のないマウスは正常なマウスに比べ、タミフル投与1時間後の脳内のタミフルの濃度が大幅に高くなった。荻原琢男・高崎健康福祉大教授は「幼い動物はP糖たんぱく質の働きが十分でなく、他の薬が働きを阻害することもある。ヒトでも年齢や体調などによっては脳への移行量が増大する可能性も否定できない」と話す。

米ワシントン大の和泉幸俊教授(精神医学)らは、ラットの脳組織にタミフルや代謝物を投与、脳内の神経興奮作用を観察した。神経細胞の情報伝達が促進され、興奮状態が生じることが判明。エタノール投与で刺激は強まり、タミフルとの相互作用で強まったと考えられた。和泉教授によると、タミフルとの相互作用が考えられる物質にはカフェイン、風邪薬などに含まれるエフェドリンなどもあり「患者が併用する可能性の高い薬との相互作用についても調べることが必要」と指摘する。

既にインフルエンザの流行が始まっているが、抗インフルエンザ薬の使用を従来より慎重に行ったり、「患者とよく相談する」という医療機関も出てきた。タミフルを服用すると、高熱などの症状が1日程度早く治まるとされるが、抗インフルエンザ薬を飲まなければ治らない病気ではないためだ。中外製薬によると、発売開始の01年2月~07年9月までの6年半に、国内で延べ3600万人が使用したと推定される。全世界の服用者の7割にあたり、日本でだけ多く患者に使われていることをうかがわせる。

亀田総合病院の岩田健太郎・総合診療感染症科部長は「一般的には安静にしていれば5~7日で治る。発症したら即、抗インフルエンザ薬を使うというのはやりすぎだ。効果と副作用の可能性のバランスを考慮し、重症化の危険性の高い高齢者など少数の患者に限定的に処方すべきだ」と話す。新潟大の鈴木宏教授(公衆衛生学)は「薬が多く使われるほど、薬が効かない耐性ウイルスができる可能性が高まる。服用の仕方を冷静に考える時期に来ている」と指摘する


私が感じるこの報道の問題点
1,嘘や結果に対する過大解釈はない。ただし、「開業医を介して患者家族に回答をもらうという非常に複雑(厳密でないと言いたいのだろう)な疫学研究」であるのなら、その厳密性の無さは投与群と非投与群で差が出ないように影響するはずだ。この点をどう考えるか。

2,「集計の仕方で結果が大きく変わる可能性がある」とあるが、両群をカイ2乗検定するとp値は<0.0001、すなわちこの結果は1万回調査を行って9,999回同じ結果が出るという意味である。もし今後結果が逆になれば、なんらかの人為的な操作が介入したと考えるのが妥当だろう。この点をどう考えるか。 3、記事に記載されているように、カフェインや風邪薬などに含まれるエフェドリンなど併用成分の影響を調べるため多変量解析を施す必要がある。

4,亀田総合病院の岩田健太郎・総合診療感染症科部長のコメント
「一般的には安静にしていれば5~7日で治る。発症したら即、抗インフルエンザ薬を使うというのはやりすぎだ。効果と副作用の可能性のバランスを考慮し、重症化の危険性の高い高齢者など少数の患者に限定的に処方すべきだ」
I agree with you. その通りだと思います。



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2 コメント

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大変参考になりました (bloom)
2007-12-31 09:48:31
以前より気になっていたニュースなので参考になりました。
疫学調査の基本(母数や調査条件)というものがあると思うのですが、今回の調査は論文としては通るレベルなのでしょうか。

*キッズ携帯の件では二重投稿でご迷惑をおかけしました。片方は削除して下さって構いません。
Unknown (金沢大学 血液内科・呼吸器内科)
2008-11-16 08:13:51
充実したサイトで感銘いたしました。

これからも拝読させていただきます。

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