気になる記事から (8月12日)
2005-08-12
カテゴリー: Weblog
520本のろうそくに灯…御巣鷹で追悼慰霊式
日航ジャンボ機が群馬県上野村・御巣鷹の尾根に墜落して20年となった12日、ふもとの「慰霊の園」では午後6時から慰霊式が営まれた。遺族や日航関係者らは慰霊塔に献花した後、塔を囲むように並べられた犠牲者の数と同じ520本のろうそくを一本ずつ灯(とも)し、手を合わせた。墜落時刻の午後6時56分には、亡くなった肉親やゆかりの人が眠る尾根の方角に向かって、1分間、黙とうをささげた。弟の加藤博幸さん(当時21歳)を亡くしたさいたま市の小林由美子さん(46)は「悲しみは、20年間深まるばかりでした。この日を空の安全の新しい一歩にしてほしい」と話した。この日早朝から始まった慰霊登山に臨んだのは103家族405人。事故から10年(1995年)の94家族349人を上回る過去最多となった。
(yomiuri on-line)
日航機墜落事故:川上慶子さん治療手記 担当医残す
85年8月12日に起きた日航ジャンボ機墜落事故の生存者の1人、川上慶子さんが入院した国立高崎病院(当時)=群馬県高崎市=の副院長だった故浦野悦郎さん(事故当時58歳)が、慶子さんが転院するまでの2週間を記録した手記を残していた。入院時の様子などが克明に記され、事故から20年たつ今年、初めて明らかになった。 (mainichi)
絶対忘れてはいけません。
日航ジャンボ機が群馬県上野村・御巣鷹の尾根に墜落して20年となった12日、ふもとの「慰霊の園」では午後6時から慰霊式が営まれた。遺族や日航関係者らは慰霊塔に献花した後、塔を囲むように並べられた犠牲者の数と同じ520本のろうそくを一本ずつ灯(とも)し、手を合わせた。墜落時刻の午後6時56分には、亡くなった肉親やゆかりの人が眠る尾根の方角に向かって、1分間、黙とうをささげた。弟の加藤博幸さん(当時21歳)を亡くしたさいたま市の小林由美子さん(46)は「悲しみは、20年間深まるばかりでした。この日を空の安全の新しい一歩にしてほしい」と話した。この日早朝から始まった慰霊登山に臨んだのは103家族405人。事故から10年(1995年)の94家族349人を上回る過去最多となった。
(yomiuri on-line)
日航機墜落事故:川上慶子さん治療手記 担当医残す
85年8月12日に起きた日航ジャンボ機墜落事故の生存者の1人、川上慶子さんが入院した国立高崎病院(当時)=群馬県高崎市=の副院長だった故浦野悦郎さん(事故当時58歳)が、慶子さんが転院するまでの2週間を記録した手記を残していた。入院時の様子などが克明に記され、事故から20年たつ今年、初めて明らかになった。 (mainichi)
絶対忘れてはいけません。






トラックバックしていただいて、ありがとうございました。
忘れてはいけない事件・事故、もう増えて欲しくないと思っています。
こちらも、トラックバックさせて頂きました。
トラックバックありがとうございました。
私もトラックバックさせて頂きました。
世の中全体が、コスト削減や利便性ばかり追うのではなく、「最も大切なこと」を絶対に見失わないようにしないといけないですよね。
そして絶対に忘れちゃいけない、風化させちゃいけない!
同じ鳥取県の方なんですね。今後ともよろしくお願いいたします。
事故も20年も経つと風化してしまいそうで恐いです。ところが昨日、福岡で少し間違えば御巣鷹山と同じ惨劇になる事故が起きました。
またしてもJAL機。もう絶対にあってはなりません。
トラックバックありがとうございます。
これまでに、黙祷をしたことがなかった人も
きのうは、きっと日本中でたくさんの人が
同じ時間に同じ気持ちで祈ったと思います。
怖かったでしょう、、辛かったでしょう、、。
安らかにお眠りください、と。
はじめまして。TBありがとうございます。
人は年を重ねていくと、いろいろなことを忘れていってしまいますが、「忘れてはいけないこと」があるはずです。
今後の、JAL、JRをみていきたいです。
JALの経費削減による安全軽視には強い憤りを感じます。
福岡空港は市の中心部に近く利便性の高い空港です。
利用者には便利ですが周囲には住宅や店舗が密集しています。
今回の落下物が小さい物であったために被害が少なかったのですが、もしも大きな落下物で有れば相当な被害が予想されます。
墜落となれば予想も付かない大惨事になっていたでしょう。
国交省も本腰を入れて調査・指導を願いたいものです。
TBありがとうございます。
年月を追うごとに明らかになっていく事実。
もう2度と繰り返してはいけない!と誰もが願っているはず。
520人の犠牲者。そしてそのご遺族の方達の思い。決して忘れてはいけない。
そして改めて考えて欲しい。
何をしなきゃいけないのか・・・
1人1人が「命」に対し自覚をもって欲しい。
トラックバックありがとうございました。
24才の私にとっては全く知らない事件でしたが
20年の時を経て、この事件に触れ
色々な事を考えさせられました。
最近いろいろな事件が多いですが、その事件1つ1つの裏に
色んな人の思いがあることを忘れていた気がします。
皆が心から笑って暮らせる世の中になればいいですよね。
こちらからもトラックバックさせていただきました。
あれから20年になるんですね!!
最近飛行機のトラブルも多々報道されていますが!!
2度と繰り返さない様にしてもらいたいものです!!
トラバってくれてありがとうございましたm(_ _)m
20年目という8月12日にJALの飛行機のエンジンのトラブルがありましたね…。本当にもうやめてほしいです。私は事故当時に生きてなかったので詳しいことは知りません。けど、「520」という数を見れば、どれだけ大きな事故かはわかります。
心から、もう絶対に繰り返さないでほしいと願います。
はじめまして
TBありがとうございます !
ホンと忘れてはいけない・風化してはいけない大事故ですよね。
最近航空機トラブルが続いてますが、二度と同じような事故が繰り返されぬよう願うしかないです。
TBありがとうございました。

日航機墜落事故は、本当に忘れられない出来事です。
しかし最近の日航、20年前の教訓を生かしてないんで腹が立ちます
怖くてJALは乗れません!!
同じことを繰り返しませんように・・・
私からもTBさせてください。
先日はトラックバックしていただき、
ありがとうございました。
私からもトラックバックさせていただきました。
月日が経つのはホント早いです・・・。
2度と同じ事故が起きない事を願うばかりです。
トラックバックありがとうございます。
日航機墜落事故当時はまだ小さくて憶えてなかったのですが、
対応不備等で助かったかもしれない命が失われたということを聞いてすごい憤りを感じました。
亡くなった方々のためにも、安全管理とかちゃんとしてもらってこのような大惨事はもう起こってほしくないですね・・・
トラックバックありがとうございました。当時9歳だった長男は今、東京でマッサージ師として働いています。事故機のことはずっと忘れないでいたいと思います。
はじめまして。
群馬県に住んでいて、事故当時北海道にいた私にとって、なんだか他人事に思えません。戦争もそうですが、人間のエゴが起こした悲しい事件があったことを決して忘れず、少しでも多くに人に知っていて欲しいと願います。
遅ればせながら先日はTBありがとうございます。
書き込みKanの管理人です。
12日記事をアップした後にも
海外で飛行機事故が2件有りましたね。
依然無くならない空の事故・・・・
いろいろなケースはあるでしょうけど
やはり過去の事故を忘れず今後の安全に
生かされて欲しいと願わずにいられない自分です。
川上慶子さんは看護婦になられていたんですね。
彼女と同じ年齢だった事もあり消息が気になっていました。頑張って頂きたいですね。
はじめまして。
本当にもうあのような事故がないことを祈りたいです。