桜が咲く頃までには

家族と歩む、ちょっと病気の主婦の日記です

生きがい

2017-05-26 02:15:55 | 病気
人のために、自分の時間を使う

この考え方に従うようになってから、病気の自分を憂いたり死にたくなったりしないで、
むしろ前向きに充実した毎日を送れるということに気づきました。

自分のために生きる

これは、当たり前の大原則に感じますが、実はキツイ。
私の場合、自分のために生きるなら、体を横たえて休ませてあげたい。
薬の量も少なくしてあげたい。

すると、自分の体調と向き合うことになります。が、体調が改善してこないとやってる意味がありません。

なぜ横ばいなのか、具合が悪くなるのか、と悶々とするに違いないのです。
というかしてたかな。

自分のしたいことなんて、自分の体調に阻まれて、どうせ出来っこないのです。願えば苦しくなる。だって出来ないんだから。


ところが、人のために、必要とされるところで動くのは意外と体も動きます。
自分のしたいことは、きちんとした体調前提なんですよね。でも人の為なら今の私の精一杯でいいと感じます。すると意外と踏ん張って動けたりするものです。

娘の幼稚園。
送り迎えに、行事の付き添い、見学。
ヘロヘロのレロレロでも、行くことに価値があるのです。
行けば私の中で及第点。
でも、そんな及第点の私を娘は満点だと言って迎えてくれるのです。

主人のために動くこともそうです。
両親のためもそう。
友人のお悩み相談も喜んで。

例え、当初の私の仕事である家事が散漫になっても、落第点になっても、どこかで人の役に立ってると思えば、もう気分は穏やかです。
やりたいことは、みんなのやりたいこと、役に立つこと。

情けは人の為ならず。

よく言ったものです。
動かなくなる体とのお付き合いも、少し気がまぎれるようになって、心が軽くなりました。
人の役に立つというのは、自分の為なんですよね、ひいては。病気の人間にとっては、そう生きることがむしろ大事だと感じます。

みんなの為に私の時間を。それが私の生きがいです。
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