桜が咲く頃までには

家族と歩む、ちょっと病気の主婦の日記です

悲しむ土偶

2016-10-29 01:01:31 | 日記
主人が私にあだ名をつけた。

具合が悪い時の君は
悲しむ土偶だ
と、思うことにした、とケラケラ笑いながら言った。

土偶?
昔、社会の教科書にあった写真を思い出す。

目にピーと線が入った、動かない置物。
何も考えていないようで、考えているようで、微笑んでいるような。

確かにそんな感じかも!
お地蔵さんとかよりも、世俗的で、世の中を達観できてないので
土偶は言い得て妙だと思った。

どこか滑稽で、どこか優しい感じのする土偶。

あれ?
動けない私でも、周りから見たらちょっと楽しいのか、
と思えば、悲しむことも無くなるかも。
と、私の心も切り替えることができた。

それまでは
電池が切れた
と言っては、ハラハラと泣いていたが

今、土偶になった
と思うと、泣く気はしなくなるから不思議である。

なんでだろう。
土偶。
遠く昔に生きた人の心のよすがだったのだろうか。
子どもの頃は、面白い形したお人形くらいにしか思わなかったが
今は少し穏やかな気分になるような。そんな温かみを感じる。

動けない私に対して
主人も、動けないのをかわいそうだと思うのと同じくらい
心身ともにがっくりして、
悔しさも、しんどさも、苛立ちも感じていたはずである。

その中で、見つけた心の置きどころが
悲しむ土偶と思うこと。

結果、特に何も感じなくなったようで、主人の作戦は大成功である。
心が揺さぶられないのは、心を平穏に保つことは、病人もその家族も大事なことだと思います。

症状が全く変わらなくても
言葉ひとつで、心が変わる。
心が変われば、家族に笑顔が増える。
そして体調も良くなる。

あれ?
じゃあ?病は気から?

んー、それは違う。
病を治すのは気からもできるという話。
でも、とても大事なこと。
気づかなかったけど。なかなか気づかなかったけど、すごく大事なこと。

大事なことは誰も教えてくれないんだな。
(裸の大将風に。)


土偶は、考える。
故事成語っぽくしたいなー、と。
んー。

だめだ!
元気があれば何でもできるが頭の中を流れてきてしまった!!!
これはこれで、ことわざになりそうだと思うけど。
ちょっと違うんだなあ。


心の置きどこは、病に負けない要。

今の私の精一杯ですが、表現できて自己満足しております。
今は悲しんでない、土偶でした。
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