停年後の生活を楽しみましょう。

常識を脱して、新しい目で停年後の生活を考えましょう。定年後は自分のために楽しむ時間です。

日本人の心の原点「お茶」その心は「気遣い」「思いやり」

2017年03月21日 | 旅行・ダイビング・趣味
 私がこのブログを開いてから早いもので、もう2年になりました。最初の頃は書きたいことを書く唯それだけでした。それでも私がブログを始めた目的は「報道機関の監視役」のつもりでした。書いても書いても報道機関の態度は良くなることは無く、むしろ徐々に悪くなっているのではと思いました。
 「嘘で無い嘘報道」「本当の嘘報道」「自らの私見を述べるだけの偏向報道」「世論迎合報道」「批判だけの報道」娯楽番組など。テレビでも良い内容の放送もありますが、政治経済に関しては報道機関の姿勢を疑いたくなるような内容が多過ぎます。
 それに、他へは厳しい批判をし、何度も謝罪させて、その会見は同じものを何度も放送する。
 「報道機関は正義の味方でも無ければ、裁判官でもありません。」相手が弱いと思えば強い態度で接します。そして、自らの嘘放送や偏向報道に対しての反省は全くありません。当然謝罪会見など有りません。明らかな嘘と解った(ばれた)報道に対しては、謝罪をする時もありますが、それは番組の終わる寸前に少しだけ時間を取って、1回だけの謝罪放送です。殆どの人は報道機関の謝罪会見を見られません。それは何を意味するかというと、謝罪会見を見なかった人は、報道機関は間違ったことをしていない。と言うこれまた嘘を視聴者に印象づけることになってしまいます。
 さらに、政治家や評論家の中には有名大学を出て、法律を学び弁護士資格を取り、その後政治家になった人や評論家として生活の糧を得ている人もいます。多くの弁護士や弁護士出身の政治家や評論家は、私たちに物事の真偽や考え方を教えてくれます。しかし、中には「法律でしかものを考えられない、中途半端に頭の良い政治家や評論家」がいます。
 社会の基本は法律でも無ければ憲法でもありません。法律や憲法はやむなく真偽をはっきりさせなくてはならない時の最後の切り札です。
 社会の基本は道徳です。法律に合致しているか否かを考える前にまず道徳にかなっているか否かを考えなければ行けません。これが人間社会の基本です。
 これまで色々と本ブログで提案や検証をしてきましたが、一部の報道機関や政治家そして評論家には何を言っても判らない人が居ることが解ってきました。
 1年位前から、どうすれば良い日本になるのか?日本人に何が欠けているのか?考えてきましたが、2020年東京オリンピック・パラリンピックの誘致で使われた言葉「おもてなし」から「気遣い」と言う言葉を連想、日本人に掛けてきているのは「気遣い」では無いかと思いました。
 「気遣い」こそ日本人の心の原点。そして、「道徳」よりもっと基本のことだと気づきました。その「気遣い」を最も大事にしているのが「お茶(茶道)」だと思います。
 そのお茶(茶道)について、私なりにもう少し深く掘り下げて考えてみました。勿論私のお茶の師匠にもこの内容は見ていただきました。
 そんな私なりのお茶に対する思いを次回からブログで紹介したいと思います。

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