つむじ風

世の中のこと、あれこれ。
見たこと、聞いたこと、思ったこと。

華の下にて

2017年07月16日 22時24分41秒 | Review

―浅見光彦シリーズ72―
内田康夫/講談社文庫

 2004年2月15日初版。西行の句「ねがはくは はなのしたにて はるしなむ そのきさらぎの もちづきのころ」から始まる長編。日本の文化の一翼とも思われる華道、家元制度(集金システム)に斬り込む。保守、革新の激突最前線は浅見光彦の視点から鋭く描写される。しかし、意外に平等に双方の立場にたってみると、日本人の弱点、欠点があらためて見えてくる。例えば「ブランド」についても、その意味付けは似た様なものだと思うが、日本人は「ブランド」に極めて弱い。そのことからも性格をうかがい知ることが出来る。まあ、それはそれとして。

 著者の作品は、どうも登場人物の出自(ルーツ)にからんだものが多い。過去を遡って隠れていた部分に光を当て、その「動機」が「納得」できるまで調査を諦めない。この追求が浅見光彦シリーズの根幹を成しているようだ。そしてその多くは現在に生きる人々、その将来の安寧を考えると簡単に断罪し難い悲しい過去である。そして悪を憎むことは出来ても、何の罪も無い人々を巻き込むことはとても出来ないという優しさがある。

 サスペンスに欠かせない「思わぬ展開」は最後の最後、例によって出自の暴露とそのスキャンダルをネタにした恐喝事件の真相だった。フリーライターの高田の恐喝にしても中瀬の家元制度否定にしても、永々と築き上げてきた既存のシステム崩壊につながりかねない事だったに違いない。ストーリーとしてプロローグの夢のような一件がこんな結末になるとは。

 それにしても、日本人の桜に対するイメージはどうしてこうも感情的、情緒的なんだろう。桜の様相がその精神文化にあまりにも似ているから、或いはあるべき姿の象徴として、日本人の精神風土に深く根を下ろしていることは確かである。春一番、一斉に咲き誇る淡い桜色の花が、また一斉に吹雪となって散り始める様は、確かに異常なほど美しく儚過ぎる。それは、あながち教育のせいばかりではないだろう。


『本』 ジャンルのランキング
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 秋田殺人事件 | トップ | 隅田川殺人事件 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL